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第32話 蒼き炎の騎士団

 

『――話がある。一人で来い、蓮。でなければ、お前たちの船は、ここで朽ち果てることになる』

 父、神凪副長官からの、一方的な通信。

 それは、交渉の余地など一切ない、絶対的な最後通牒だった。

 その言葉を裏付けるかのように、アルゴノーツ号を包囲する委員会の追跡部隊の動きが、一斉に活発化する。レーダーに表示される敵の数は、先ほどよりも明らかに増えていた。

 父は、この絶望的な状況を、意図的に作り出したのだ。

「罠よ、蓮! 絶対に行っちゃダメ!」

 玲奈が、血相を変えて叫ぶ。

「そうだぜ、司令官! あのクソ親父、今度こそ、あんたを自分の人形にするつもりだ!」

 大友も、怒りを露わに反対する。

 だが、蓮の決意は、固まっていた。

「……いや、行く。これは、俺がけじめをつけなければならない、問題だ」

 彼は、仲間たちの顔を見渡し、静かに言った。

「それに、このままじゃ、ジリ貧なのも事実だ」

 その言葉に、誰も反論できなかった。

 蓮は、玲奈によって応急処置と改良が施された、自らのアストラル・ドールに乗り込み、一人、父が待つ荒野へと、向かった。

 ◇

 蓮のドールが、父が待つポイントへと着陸すると、まるでそれを見計らったかのように、地平線の向こうから、委員会の追跡部隊が、砂塵を巻き上げながら殺到してきた。

 やはり、全ては仕組まれていたのだ。

 父は、蓮に、一つの取引を持ちかけた。

「この国が、そして世界が、《ネフィリム派》の狂信者どもに滅茶苦茶にされるのは、俺の望むところではない。一時的に、手を組め、蓮」

 その言葉を、嘲笑うかのように、追跡部隊の第一陣が、蓮と父のドールに向かって、一斉に攻撃を開始した。

 蓮が、迎撃態勢に入ろうとした、その瞬間だった。

 父が乗ってきた漆黒の輸送機のハッチが、音もなく開き、その中から、複数機の、見たこともないアストラル・ドールが、静かに出撃した。

 その機体は、夜の闇よりも深い、美しい蒼色に塗装されていた。そして、その肩には、まるで生きているかのように揺らめく、青い炎のエンブレムが、鮮やかに刻印されていた。

 彼らこそ、父が、その権力と財力の全てを注ぎ込んで作り上げた、超エリートで構成された私設特殊部隊――『ヴィルヘルムリッター』

 その戦いは、もはや戦闘ではなかった。一方的な、蹂躙だった。

 ヴィルヘルムリッターのドールたちは、アストレイとも、ハンターとも全く違う、極めて高度で、そして芸術的なほどに統制の取れた戦闘術で、委員会の追跡部隊を、文字通り「解体」していく。

 一機が敵の注意を引きつけ、もう一機がその死角から攻撃し、残りの機体が、逃げ惑う敵を、完璧なフォーメーションで包囲殲滅する。そこには、一切の無駄も、一切の感情も存在しない。ただ、完璧な「任務遂行」だけが存在していた。

 蓮は、その圧倒的な力の差に、ただ、愕然とするしかなかった。

 これが、父が持つ、本当の「力」。父の掲げる歪んだ理想に心酔し、絶対的な忠誠を誓う、鋼の騎士団。

 蓮は、父の持つ、もう一つの、恐ろしい顔を垣間見た気がした。

 ◇

 あっという間に鉄屑の山を築き上げ、ヴィルヘルムリッターは、父の背後に、再び静かに整列した。

 父は、まるで何もなかったかのように、取引の続きを、蓮に告げた。

「俺たち《アーク派》が持つ、委員会の内部情報、そして、貴様らの船への、安全な補給ルートを提供する」

「……その、見返りは?」

「《ネフィリム派》が、この日本国内で進めている、最終計画の要となる人物――**『預言者プロフェット』**と呼ばれる、奴らを、お前たちの手で、排除しろ」

 父の言葉に、蓮は眉をひそめた。

「なぜ、俺たちに? あなたの、その『騎士団』がいれば、簡単なことではないのですか?」

『預言者』は、強力な精神感応能力者テレパスだ。奴は、NSIシステムを介して、敵の思考を読み、精神を汚染する。我々のような、旧来の訓練を受けた兵士では、奴の精神攻撃の前には、赤子同然だ」

 父は、続ける。

「だが、お前たちのような、イレギュラーな存在――特に、あの『始祖の鍵』の少女と、それに強く引かれるお前たちの精神は、奴の予測計算を、あるいは上回るかもしれん」

 やはり、父は、全てを知っていた。そして、その上で、蓮たちの特異性を、自らの目的のために「利用」しようとしているのだ。

 アルゴノーツ号に戻った蓮は、父からの提案を、仲間たちに全て話した。

 案の定、作戦室は、激しい反対意見の嵐に包まれた。

「ふざけるな! あのクソ親父の口車に乗るってのか!」

「そうだよ、蓮くん! 利用されるだけだって!」

 大友と玲奈が、声を荒らげる。

 しかし、その中で、月読朔だけが、冷静だった。

「……悪くない取引だ。敵の敵は、利用できる限り、利用するべきだ。我々には、情報も、物資も、圧倒的に不足している」

 その合理的な判断に、誰もが言葉を詰まらせる。

 蓮は、苦悩の末、一つの決断を下した。

「……この提案を、受ける」

 その言葉に、仲間たちが息を呑む。

 蓮は、続ける。

「父を、あの人を信用したわけじゃない。だが、このままでは、俺たちは、何もできずに、ただ朽ち果てていくだけだ。それに、俺たちの目的は、委員会の、そして《ネフィリム派》の野望を砕くこと。その目的が同じである限り――」

 蓮は、固く、拳を握りしめた。

「たとえ、それが悪魔との契約だとしても、俺は、その手を取る」

 ◇

 蓮の決断を受け、アルゴノーツ号のクルーたちは、それぞれの持ち場で、再び動き出した。

 父から送られてきた、膨大な、そして極めて機密性の高い情報。その中から、クロウと光が、血眼になって『預言者』の潜伏先を特定していく。

 そして、ついに、その場所を突き止めた。

「――見つけた。日本の旧首都、京都……その地下深くに作られた、巨大な祭祀場のような施設、『神殿テンプル』。ここが、奴らの本拠地だ」

 玲奈は、父の部隊から、半ば強引に提供させた、最新のパーツや武装を使い、アストレイのドールたちの、大幅なアップグレードを開始していた。

「あいつは心底ムカつくが、持ってくるブツだけは、超一級品だ。これで、ようやく、まともな戦いができるってもんさ!」

 その手つきは、頼もしく、そして楽しげですらあった。

 蓮は、作戦室のモニターに映し出された、古都・京都の地図を、静かに見つめていた。

 父との、歪な共闘。

 そして、《ネフィリム派》との、この日本を舞台にした、最終決戦。

 アルゴノーツ号は、次なる目的地、京都へと、その進路を向けた。

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