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第31話 世界が揺れる

 

「――我々は、テロリストではない。我々は、世界を裏側から支配する巨大な悪意、『教育指導委員会』に、最後まで抵抗する者だ」

 神凪蓮の、静かだが、しかし揺るぎない決意を込めた言葉が、世界へと放たれた。

 その瞬間、アルゴノーツ号の作戦室は、奇妙な静寂に包まれた。

 クロウと光の、神業とも言うべきハッキングによって、このメッセージは、あらゆる壁を乗り越え、世界中のネットワークへと、ウイルスのように拡散されていく。

 作戦室の巨大なホログラムスクリーンには、各国の主要なニュースサイト、動画共有サービス、SNSのトップページが、凄まじい勢いで「教育指導委員会」という、今まで誰も聞いたことのなかった単語で埋め尽くされていく様子が、リアルタイムで映し出されていた。

「……やった、のか……?」

 大友が、固唾を飲んで呟いた。自分たちが今、どれほどとてつもないことをしでかしたのか、まだ現実感が追いついていないようだった。

 クロウが、飄々とした態度を崩さずに、タブレットから顔を上げて言った。

「矢は、放たれた。もう、後戻りはできないよ、司令官さん」

 蓮は、固い表情で、ただ頷いた。そうだ、もう、引き返すことはできない。

 ◇

 数時間が経過し、世界は、熱狂と、そして混乱の巨大な渦に叩き込まれていた。

 SNSは、お祭り騒ぎだった。

【#JusticeForAstral(アストラルに正義を)】

【#WeAreA stray(我々はアストレイだ)】

 そんなハッシュタグが、瞬く間に世界のトレンドを席巻し、蓮たちを「欺瞞に満ちた世界に、真実の光を灯した英雄」として支持する声が、特に若い世代を中心に、爆発的に広がっていった。彼らが編集した、アストレイの戦いの動画は、神話のように拡散されていく。

 しかし、光が強ければ、影もまた、濃くなる。

 各国の主要メディアや、政府の報道官たちは、まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、一斉に、そして全く同じ論調で、蓮たちを断罪する声明を発表し始めた。

『――これは、社会秩序の転覆を狙う、悪質なテロリスト集団による、極めて巧妙なプロパガンダです』

『――偽情報に惑わされず、冷静な対応を。彼らは、英雄などではない。ただのカルト集団に過ぎません』

 委員会の影響力が、どれほど深く、この世界の隅々まで根を張っているのかを、それは雄弁に物語っていた。

 アルゴノーツ号のメンバーは、自分たちが、世界そのものを二分する、巨大な論争の渦の中心にいることを、痛感せざるを得なかった。

「ちっ、早速きやがった! 委員会の犬どもめ!」

 橘玲奈が、悪態をつきながらコンソールを叩いた。

「あたしたちの発信元を特定して、国家レベルの、強力なサイバー攻撃を仕掛けてきてる!」

 ゴゴゴゴ……!

 アルゴノーツ号のシステムに、凄まじい負荷がかかり、船内が、地震のように激しく揺れた。

「大丈夫……! 私の『道』は、まだ、こじ開けられる!」

 作戦室の一角で、光が、NSIシステムに簡易的に接続しながら、必死で防御壁を構築していた。彼女の額には、玉のような汗が浮かんでいる。その瞳は、もはやアナリストのものではなく、ネットワークという広大な戦場を駆ける、一人の戦士のそれだった。

 ◇

 だが、委員会の攻撃は、それだけに留まらなかった。

「まずいよ、玲奈さん! 蓮くん! 奴ら、本気だ! 日本国内の、主要なインフラを、直接狙ってる!」

 クロウが、普段の飄々とした態度をかなぐり捨て、悲鳴に近い声を上げた。

 モニターに、次々と日本の都市部の映像が映し出される。

 交通管制システムがダウンし、街中の信号が滅茶苦茶に点滅し始め、大規模な玉突き事故が発生する。

 金融機関のネットワークが停止し、ATMはただの鉄の箱と化し、経済活動が完全に麻痺する。

 電力供給が不安定になり、煌々と輝いていたはずの都市の灯りが、まるで悪夢のように、少しずつ、しかし確実に、闇に飲まれていく。

 委員会は、蓮たちを「この社会を混乱に陥れた元凶」として完全に孤立させるため、日本という国家そのものを、人質に取り始めたのだ。

「ひでぇことしやがる……!」

 大友が、怒りに拳を震わせる。

 さらに、その社会の混乱に乗じて、これまでとは比較にならない規模の、委員会直属の追跡部隊が、アルゴノーツ号へと迫っていた。レーダーには、海外から派遣されたと思わしき、見たこともない高性能なドールの機影も、多数確認できる。

「まずいな、このままじゃ補給路を完全に断たれて、マジで袋のネズミだ」。玲奈が、苦々しく吐き捨てた。

 サイバー攻撃と、物理的な追跡。二重の絶望的な攻撃に、アルゴノーツ号は、完全に窮地に追い込まれていく。

 もはや、これまでか。

 誰もが、そう思いかけた、その時だった。

 作戦室のレーダーが、一つの、高速な飛行物体を捉えた。

 それは、敵の追跡部隊とは明らかに違う、たった一機の、所属不明の、漆黒の輸送機だった。

 輸送機は、攻撃してくる様子もなく、アルゴノーツ号から数キロ離れた、開けた荒野へと、静かに着陸した。

『――なんだ……? 敵の増援か?』

 警戒する蓮たちの前に、その輸送機から、一人の男が、ゆっくりと降りてくる。

 黒い高級スーツに身を包んだ、見覚えのある、壮年の男。

 彼は、一人で、武器も持たずに、ただ静かに、地平線の向こうにいるであろう、アルゴノーツ号の方向を、じっと見つめている。

 モニターに映し出されたその姿に、蓮は、息を呑んだ。

 間違いない。

 自分の父、神凪副長官だった。

 父は、敵か、味方か。

 この、絶望しか見えない状況で、彼が、たった一人でここへ来た目的は、一体、何なのか。

 蓮は、モニターに映る父の、その威厳に満ちた姿を、固い表情で、ただ、見つめ返していた。

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