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第17話 開幕

 

 学園祭の喧騒が、嘘のように遠ざかっていく。

 メインステージに設置された巨大な特設アリーナ。数万の観客が放つ熱狂の渦の中心で、神凪蓮は静かに目を閉じ、精神を集中させていた。

『――蓮くん、落ち着いて。相手は完璧な人形かもしれないけど、その糸を操っているのは、不完璧な人間のはずだから』

 出撃直前に交わした、光の言葉が脳裏に蘇る。そうだ。俺たちは、その糸を断ち切る。

 ステージの巨大スクリーンに、両チームのパイロットの顔が次々と映し出される。エヴァ・シュタインメッツは、完璧なアイドルスマイルを観客に向け、優雅に手を振っている。しかし、そのガラス玉のような瞳は、射殺さんばかりの冷たさで、アストレイの面々を見据えていた。

 大友は、その挑発的な視線に「あの野郎…」と歯ぎしりするが、蓮の「落ち着け。俺たちを信じろ」という短い通信に、何とか冷静さを取り戻した。

 やがて、運命のカウントダウンが始まる。

『5、4、3、2、1……FIGHT!!』

 試合開始を告げるブザーと共に、華やかな戦場で、人形たちの歪な円舞曲ワルツが始まった。

 ◇

 その戦場は、開始数分で、エヴァ・シュタインメッツという一人の天才によって、完全に支配された。

 彼女の思考は、常人には理解できない速度と精度で、盤上を解析していく。

『――思考開始。敵チームの初期配置、予測パターンA-3と98.7%一致。司令官、神凪蓮の精神的動揺、あるいは何らかの罠の可能性を5.4%と仮定。だが、現時点では無視できるノイズと判断』

 エヴァの脳内では、全てが冷徹な数値と確率に変換されていく。

『――ターゲット、コードネーム:大友。感情的思考パターンを持つ、最も制御しやすい駒。彼の直線的な突撃を誘い、カウンターで装甲の薄い脚部関節を狙う。損耗率、30%以上を予測。実行』

 彼女の思考は、寸分の狂いもなく、留学生チームの連携へと反映される。彼らは、エヴァの思考を実行するためだけの手足に過ぎない。

「ぐわっ! クソッ、速ぇ!」

 エヴァの予測通り、突出した大友の機体は、完璧な連携攻撃によっていとも簡単にいなされ、左脚のブースターを破壊された。

「神凪! 狙撃ポイントが読まれてる! 全く射線が通らない!」

 鈴木の焦った声が響く。佐藤の電子戦も、まるで壁に吸収されるかのように、ことごとく無力化されていく。

 エヴァが事前に仕掛けた心理作戦は、確実にアストレイの連携を蝕み、彼らの動きを鈍らせていた。

 戦場は、完璧な人形が舞う、美しくも残酷な舞台と化していた。

 ◇

「……潮時か」

 蓮は、光と交わした作戦を実行に移す時が来たと判断した。

 彼は、司令官として、そしてチームの仲間として、ある一つの「賭け」に出る。

「大友! 聞こえるか!」

「ったりめえだ! まだやれるぜ!」

 片足を損傷しながらも、大友の闘志は衰えていない。

 蓮は、あえて無謀としか思えない指示を出す。

「もう一度、単独で、敵陣中央に突っ込め!」

 その指示に、司令室が凍りついた。

『正気か、神凪!』『無茶だ! 同じことの繰り返しになる!』

 鈴木と佐藤が、悲鳴に近い声を上げる。

 だが、その中で、大友だけが、蓮の真意を信じ、不敵に笑った。

「――おうよ! 任せとけ、司令官! 派手な花火、打ち上げてやるぜ!」

 エヴァの思考に、初めてノイズが走った。

『――理解不能。同じ失敗を繰り返すとは。神凪蓮の判断能力、著しく低下。あるいは、これは何らかの罠か…? 思考パターンを再計算。最適な迎撃プランを構築…』

 彼女の完璧なプログラムに、「予測不能」という初めてのエラーが記録された。

 大友の機体が、雄叫びと共に再び敵陣へと突撃する。

 そして、それはエヴァの予測通り、凄まじい集中砲火によって迎え撃たれた。機体は瞬く間に火花を散らし、装甲が剥がれ落ちていく。絶体絶命のピンチ。

 しかし、それこそが、蓮が描いた絵図だった。

「――今だッ! 鈴木、佐藤! 大友を信じて、残弾全て、あのポイントに撃ち込めぇぇっ!!」

 蓮の絶叫が、二人の迷いを断ち切った。

 彼らは、大友の機体に直撃するリスクを承知の上で、彼のいる座標ごと敵を殲滅するかのような、飽和攻撃を開始した。

 それは、仲間が必ず避けてくれることを信じる、人間ならではの、あまりに不合理で、無謀すぎる連携。

 エヴァの思考が、完全に停止した。

『――Error. System conflict.』

『共倒れの発生確率、91.4%。回避行動、推奨。しかし、味方の行動原理が、理解不能。理解不能。理解不能……!』

『この動きは、どのデータベースにも存在しない……! なぜだ!? なぜ、自ら死地に飛び込む!?』

 その混乱は、致命的な隙を生んだ。

 仲間を信じるという「不合理」が、エヴァの完璧な計算を、根底から覆した瞬間だった。

 大友は、神業のような操縦で、味方と敵の弾幕が交差する死線を、紙一重ですり抜けていく。

 そして、その突撃によって生まれた、一瞬の混乱。

 エヴァの完璧な連携が、初めて統制を失い、陣形が崩壊した。

「――見えたぞ、人形の首が」

 その致命的な隙を、月読朔が見逃すはずがなかった。

 今まで、獲物を狩る豹のように、息を潜めてその瞬間を待ち続けていた漆黒のドールが、潜んでいた影から、一筋の稲妻となってエヴァ機へと襲いかかる。

『なっ……!?』

 初めて「予測」ではなく、「本能的」な恐怖を感じたエヴァの、完璧な仮面が剥がれ落ちる。

 そのガラス玉のような瞳が、驚愕に見開かれた。


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