第14話 優勝の代償と偽りの平穏
ランキング戦の優勝を告げるファンファーレは、どこか遠い世界の出来事のように、神凪蓮の耳を通り過ぎていった。
学苑長から手渡された、黄金に輝く優勝トロフィー。その重さが、勝利の栄光ではなく、次なる戦いの重圧となって、彼の腕にのしかかっていた。
華やかな表彰式の壇上から、蓮はチーム『アストレイ』の仲間たちを見渡す。
大友は、まだ傷の癒えない腕でガッツポーズを作り、満面の笑みを浮かべている。鈴木や佐藤も、誇らしげに胸を張り、観客の歓声に応えていた。
ただ二人、蓮と月読朔だけが、その喧騒の中心で、まるで別世界にいるかのように冷めた表情をしていた。
(素晴らしいデータが取れた。感謝するぞ、神凪蓮)
ジークフリートが最後に残した、あの不気味な言葉。
勝利の裏に隠された『教育指導委員会』の真の意図とは何なのか。俺たちは勝ったのではなく、ただ、踊らされていたに過ぎないのではないか。
拭いきれない疑念が、蓮の心に暗い影を落としていた。
一方、朔もまた、委員会の次なる一手を探るため、誰にも気づかれぬよう、独自の調査を既に開始していた。
◇
激動のランキング戦が終わり、アストラル学苑には、まるで嵐が過ぎ去ったかのような、束の間の平穏が訪れていた。
優勝チームとして一躍有名になった『アストレイ』のメンバーは、学内でも注目の的となっていた。
「よぉ、司令官! 今日の昼、学食の新メニュー、食いに行こうぜ!」
昼休み、大友が気さくに蓮の肩を叩く。彼の周りには、いつの間にか鈴木や佐藤も集まっていた。
「俺は、栄養バランスが計算されたA定食でいい」
「相変わらず固えな、お前は! 優勝祝いだ、たまにはジャンクなもんでも食えよ!」
かつては考えられなかった、他愛のないやり取り。
蓮は、戸惑いながらも、そのやり取りが不快ではない自分に気づいていた。
カフェテリアのテーブルを、アストレイのメンバーが囲む。それは、少し前まで想像もできなかった光景だった。
少し離れた席では、朔が一人、無表情で栄養補助食を口にしている。彼が自ら輪に加わることはないが、以前のように明確に他者を拒絶する雰囲気も、少しだけ和らいでいるように見えた。
そんな彼らの様子を、病室のベッドの上で、光は微笑みながらタブレット端末のカメラ越しに眺めていた。
『みんな、なんだか楽しそうだね』
「ああ……。これも、お前のおかげだ」
蓮の素直な言葉に、光は嬉しそうに頬を染める。
退院はまだ少し先になりそうだったが、彼女の声は、日に日に力を取り戻していた。
「神凪、お前、最近ちょっと顔つきが柔らかくなったよな」
大友にからかわれ、蓮はむっとした表情で顔を背ける。
仲間たちの笑い声が、カフェテリアに響き渡る。
それは、血と硝煙の匂いから遠く離れた、ごく普通の高校生たちの、穏やかな日常のワンシーンだった。
誰もが、この偽りの平穏が、少しでも長く続くことを、心のどこかで願っていた。
◇
そんなある日、1年A組のホームルームで、再び季節外れの転校生が紹介された。
教室に入ってきたのは、まるで精巧なビスクドールのように、完璧に整った容姿を持つ一人の少女だった。
陽の光を吸い込んで銀色に輝く、プラチナブロンドの髪。感情の色を一切映さない、ガラス玉のような蒼い瞳。
「――エヴァ・シュタインメッツ、と申します。ドイツからの留学生です。皆様、どうぞ、よろしくお見知りおきを」
流暢な日本語で、彼女はそう言って、深々と頭を下げた。その振る舞いは、どこまでも優雅で、完璧だった。
しかし、蓮と朔は、その完璧さに、ある種の既視感を覚えていた。
エヴァは、教室の中を見渡すと、その視線を、蓮、そして朔の上で、ほんの一瞬だけ、意味ありげに留めた。
光もまた、病室からオンラインで授業に参加しながら、その様子を見ていた。
そして、画面越しのエヴァの姿に、得体の知れない違和感を覚えていた。
(なんだろう、この子……。綺麗だけど、なんだか……心臓の音が、聞こえないみたい)
アナリストとしての彼女の鋭敏な直感が、エヴァという少女の仮面の下に隠された、人間味のない、冷たい本質を感じ取っていた。
その予感は、的中する。
数日後、学苑の一大イベントである学園祭の開催が決定し、クラスが浮き足立つ中、蓮たちに衝撃的な知らせがもたらされた。
学園祭の目玉イベントとして、優勝チーム『アストレイ』と、エヴァが所属することになった留学生選抜チームとの、スペシャル・エキシビションマッチが、大々的に組まれることが発表されたのだ。
表向きは、国際交流を目的とした親善試合。
しかし、蓮と朔は、その決定の裏にいる『教育指導委員会』の影を、はっきりと感じていた。
これは、試合ではない。
自分たちの実力を測り、分析するための、新たな「実験」なのだ、と。
偽りの日常に、再び戦いの匂いが色濃く立ち込めていく。
蓮たちの、束の間の平穏は、終わりを告げようとしていた。