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第13話 三重奏の戦場

 

 決戦の朝。その空気は、澄み切った硝子のように鋭く、張り詰めていた。

 作戦室では、神凪蓮と天野光が、最後の分析を続けていた。モニターに映し出される決勝の相手、チーム『ヴァルハラ』のデータは、あまりに完璧すぎた。勝率、損害率、エネルギー効率、その全てが理論上の最大値で構成されている。

「……なんだか、機械みたいに綺麗すぎるんだ」

 光が、タブレット端末から顔を上げて言った。

「綺麗すぎるものには、きっとどこかに、計算じゃ見えない『心』の隙があるはずだよ」

 アナリストとしての彼女の直感が、蓮に新たな視点を与える。

 同時刻、ドールハンガーでは、月読朔が一人、自機である漆黒のアストラル・ドールの最終調整を行っていた。そこに、蓮が静かに姿を現す。

「今日だけは、お前の背中を預ける」

 蓮の言葉に、朔は手を止めずに答えた。

「好きにしろ。だが、死ぬなよ」

 多くを語らずとも、二人の間には、戦いを前にした者だけが共有できる、奇妙な信頼関係が芽生え始めていた。

 決勝の相手は、学内最強と謳われる現ランキング1位、チーム『ヴァルハラ』。

 そのリーダーは、学苑長の実子にして、『教育指導委員会』の寵愛を一身に受ける完璧なるエリート、ジークフリート・フォン・リンドバーグ。

 彼こそが、この学園という歪んだシステムの頂点に君臨する男だった。

 ◇

 決勝戦開始のブザーが、戦いのゴングのようにアリーナに響き渡った。

 その瞬間、空気が震えた。

 ジークフリート率いる『ヴァルハラ』の動きは、芸術の域に達していた。個々のパイロットの卓越した技量、機械のように精密な連携、そして、あらゆる状況を予測したかのような完璧な戦術。その全てが、チーム『アストレイ』に、絶対的な力の差を見せつけていた。

 それは、蓮のかつての非情な論理と、朔の超効率的な合理性を、さらに高い次元で融合させたかのような、まさに「最強」のスタイルだった。

「クソッ! 早すぎる!」

 大友の突撃は、完璧なクロスファイアによって阻まれ、機体の腕部が吹き飛ばされる。

「ダメだ、ロックオンできない! 敵の電子妨害が強すぎる!」

 佐藤の悲鳴が響き、鈴木が狙う狙撃ポイントには、常に分厚いシールドが展開される。

 アストレイは、序盤から完全に防戦一方となり、為す術もなく追い詰められていく。

『――感傷に溺れた敗北者よ』

 ジークフリートからの、余裕たっぷりの通信が、蓮の脳内に響く。

『お前も、そこにいる裏切り者(朔)も、委員会の偉大なる計画の前にひれ伏すがいい。お前たちの存在は、より完璧な未来のための礎となるのだ』

 絶体絶命の状況。仲間たちの機体からは、次々とダメージを報告するアラートが鳴り響く。

 しかし、その中で、蓮の思考は、かつてないほどにクリアに冴え渡っていた。

 彼の隣には今、物理的に二人、そして通信の向こう側に一人、三つの強力な「目」があるのだから。

「――朔、敵陣のエネルギー消費、ポイント・ガンマに集中している。防御が最も手薄になるのは、3秒後だ」

 蓮の論理分析が、完璧な陣形の、ほんのわずかな綻びを暴き出す。

「――了解した。最も効率的に損害を与えられるターゲットは、後衛の支援機だ。奴を潰せば、敵の連携は一時的に麻痺する」

 朔の合理分析が、最も効果的な攻撃目標を瞬時に算出する。

 そして――。

『――蓮くん、あの人を見て!』

 通信回線を通じ、光の、切迫した、しかし確信に満ちた声が響いた。

『あの人、自分が一番目立つ筋書きじゃないと、きっと我慢できないプライドの高いタイプだよ! あの完璧な陣形は、全部、彼自身をカッコよく引き立てるための、ただの舞台装置だ!』

 光の直感分析が、敵の総大将であるジークフリートの、精神的な弱点――その傲慢なまでの「自尊心」を、完全に見抜いていた。

 三つの異なる視点からの分析が、蓮の脳内で一つの結論へと収束していく。

 ――一点突破。

 ジークフリート本人を、彼のプライドを逆なでする形で引きずり出し、直接叩く。

 蓮は、チームに最後の指示を出す。それは、これまでの彼では絶対に選択しなかったであろう、極めてリスクの高い、無謀な「賭け」だった。

「全機に告ぐ! これより、最後の攻撃に転じる!」

 蓮の檄が、チーム全員の鼓膜を打つ。

「大友! 鈴木! 佐藤! お前たちの役目は、ただ一つ! 朔と俺のために、たった10秒の時間を作れ! 己の全てを賭けて、ヴァルハラの心臓部に、風穴を開けるんだ!」

『――応ッ!!』

 仲間たちの魂の返事が、コクピットを揺らした。

 次の瞬間、大友の機体が、残った片腕でヒートホークを構え、雄叫びを上げて敵陣へと突っ込む。鈴木も、佐藤も、自らの機体が大破することも厭わず、決死の覚悟で鉄壁の防衛ラインへと突撃していく。

 閃光と爆炎が、戦場を紅く染め上げた。

 仲間たちが命懸けで作った、たった10秒の血路。

 その光景を、ジークフリートは、まるで美しい絵画でも眺めるかのように、愉悦の表情で見つめていた。

 だが、その慢心が、命取りとなる。

「――そこだッ!!」

 蓮の完璧なナビゲートを受けながら、朔の漆黒のドールが、仲間たちが開けた風穴を、一筋の流星となって駆け抜けた。

 その神速の動きは、ジークフリートの予測を、ほんのわずかに上回っていた。

『お前のような出来損ないの人形に、この僕が倒せるものか!』

 傲慢な叫びに対し、朔は静かに、しかし力強く言い放つ。

「俺は、人形であることをやめた。今、見えざる糸で操られているのは、お前の方だ、ジークフリート」

 漆黒のドールと、純白のドール。

 二つの機影が激しく交錯し、高出力のビームサーベルが、耳をつんざくような激突音と共に火花を散らす。

 激しい一騎打ちの末、朔の機体は、ジークフリート機の懐に、深く、深く、その刃を突き立てた。

 ほぼ相打ちに近い形で、二つの機体は大破する。

 その瞬間、絶対的な王を失った『ヴァルハラ』の統制は、砂の城のように、あっけなく崩壊した。

 ――試合終了を告げるブザーが、鳴り響く。

 満身創痍になりながらも、残った大友たちが執念で敵の旗艦を破壊したことで、ランキング戦の優勝は、チーム『アストレイ』のものとなった。

 アリーナが、割れんばかりの歓声に包まれる。

 しかし、蓮の心は、歓喜ではなく、ある強烈な違和感に支配されていた。

 ジークフリートは、まるで、自ら望んで朔との一騎打ちに応じたように見えた。まるで、極限状態における蓮と朔の連携データを、その身を賭して、楽しむように収集するかのように……。

 大破したジークフリート機のコクピットから、彼は憎悪ではなく、不敵な笑みを浮かべて、蓮を見つめていた。

『素晴らしいデータが取れた。感謝するぞ、神凪蓮。これで、計画は次のステージへと進む』

 その言葉に、蓮は戦慄した。

 ランキング戦の優勝は、実は「委員会」のシナリオ通りだったのではないか?

 俺たちは勝ったのではなく、ただ、勝たされただけだったのではないか?

 その頃、薄暗い会議室の巨大なモニターに、今しがたの戦闘データが映し出されていた。

 中心に座る、影のような人物が、満足げに呟く。

『サンプルA(蓮)、サンプルB(朔)、そしてイレギュラー(光)。三重奏トリオによる予測不能なヒューマン・ファクター……。実に興味深い。次の実験体の参考にしよう』

 新たな、そしてより深く、暗い絶望。

 巨大な陰謀の、ほんの序章が終わったに過ぎないことを突きつけられた蓮たちの前で、物語は、次なるステージへと続いていく。

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