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第12話 仮面の告白

 

 勝利を告げるブザーの音は、静まり返ったブリーフィング室には、もはや虚しく響くだけだった。

 チーム『アストレイ』は、勝利した。しかし、そこに歓喜はなく、誰の顔にも笑顔はなかった。

 モニターには、直撃を受け吹き飛んだ『No.0』のコクピットの残骸が、無人の証拠映像として繰り返し再生されている。

 神凪蓮の脳裏には、爆発の瞬間に見えた、あの無感情な瞳が焼き付いて離れなかった。

「あいつ……本当に、人間だったのかよ……」

 大友が、吐き捨てるように言った。その声には、やり場のない怒りと、言いようのない恐怖、そして、人ならざる者と戦ってしまったことへの、生理的な嫌悪感が滲んでいた。

 チーム全体が、重苦しい空気に支配されていた。

 蓮は、静かに椅子に座る月読朔に向き直った。

「朔。お前は何か知っているはずだ。『委員会』とは何だ? そして、あの『No.0』は、一体何だったんだ」

 朔は、その問いに何も答えなかった。ただ、氷のように冷たい視線を、蓮に返すだけだった。

 ◇

 ブリーフィングが解散した後も、蓮の疑念は晴れなかった。

 彼は、一人になろうとする朔を追い、夕暮れの光が差し込むトレーニング施設の片隅で、彼を壁際に追い詰めた。

「答えろ、朔。お前が俺たちのチームに来た、本当の目的は何だ」

 逃げ場はない。蓮の真剣な眼差しに、朔は観念したかのように、初めて重い口を開いた。

「……いいだろう。教えてやる。俺の、そしてこの学園の、忌まわしい秘密を」

 朔は、自らの過去を、まるで他人の物語でも語るかのように、淡々と話し始めた。

 彼もまた、幼い頃にその類稀なる才能を『教育指導委員会』に見出され、感情を排した完璧な「兵士」として育て上げられた、実験体の一人だったこと。

 チーム『グレイム』は、その委員会が擁するエリート集団であり、『No.0』は、朔のかつての「同僚」であったこと。

「『No.0』は、失敗作だ。感情を完全に消し去ることができず、精神的に不安定だった。だから、より完璧な『人形』であった過去のあなたの戦闘データをインプットされ、あなたの思考を模倣するだけの、中身のない存在に成り下がった。……あれは、もはや人間ではなかった」

 その言葉に、蓮は息を呑んだ。自分と戦っていたのは、過去の自分の亡霊そのものだったのだ。

 朔は、言葉を続けた。

「委員会の目的は、アストラル・コンバットを通して、最強の兵士の戦闘データを収集・分析し、感情に左右されない完璧なAI兵士、あるいは感情を制御された強化人間を作り上げることだ。この学苑は、そのための巨大な実験場に過ぎない」

 そして、彼は蓮の瞳を真っ直ぐに見つめ、核心を突いた。

「俺があなたに近づいた理由も、そのためだ。あなたは、委員会にとって最高の研究サンプルだった。完璧な『人形』から、感情を持つ『人間』へと変質した、唯一無二のイレギュラー。俺は、あなたを間近で監視し、その変化のデータを委員会に報告するよう、命じられていた」

「……お前は、俺を、利用していたのか」

 蓮の声に、怒りが滲む。

 しかし、と朔は続けた。その瞳に、初めて確かな意志の光を宿して。

「だが、俺はもう、委員会の命令に従うつもりはない。俺は、俺自身の意志で、あの腐った組織を内側から破壊する。そのためには、論理だけでは測れない、あなたの『人間としての力』が必要だった。あの試合で、あなたはそれを証明してみせた」

 蓮は、朔が自分を利用していたことに、腹の底から怒りがこみ上げてくるのを感じた。だが同時に、彼の覚悟と、自分たちが対峙している敵の巨大さを、理解せざるを得なかった。

「……お前を、信用したわけじゃない」

 蓮は、朔に手を差し出すことはしなかった。ただ、一人の司令官として、彼の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。

「だが、目的は同じだ。俺はお前のやり方を認めない。俺は、俺のやり方で、仲間と共に委員会を止める」

 その言葉に、朔は、初めて、ほんのかすかに口元を緩めた。それは、嘲笑ではない、初めて見せる人間らしい表情だった。

「望むところだ。せいぜい、俺の足手まといになるなよ、司令官」

 二人の間に、和解ではない、しかし確かな「共闘関係」が成立した瞬間だった。

 ◇

 その夜、蓮は医務室の光に、今日あったことの全てを話した。

 一連の顛末を聞き終えた光は、静かに言った。

「そっか……。蓮くんは、一人じゃなくなったんだね。良かった」

 その声は、どこか安堵したように響いた。

 数日後。

 チーム『アストレイ』の作戦室に、ノックの音がした。

 ドアを開けると、そこに立っていたのは、パイロットの制服ではない、学苑の一般生徒用の制服を着た、天野光だった。

 彼女は、まだ少し顔色は白かったが、その瞳には、以前と同じ、太陽の光が宿っていた。

 光は、部屋の中を見渡すと、蓮の隣で、ずっと空席だった椅子に、当たり前のように腰を下ろした。

 そして、悪戯っぽく、にっこりと微笑んだ。

「パイロットは、正式に引退しました。今日から、私はこのチームの専属『戦術アナリスト』です。よろしくね、司令官!」

 蓮は、驚きに目を見開いた。

 戦場には戻れない。だが、彼女は諦めなかったのだ。別の形で、自分の隣で、仲間と共に戦い続けることを、自らの意志で選んだ。

 その眩しい笑顔に、蓮は、心が救われるのを感じた。

 司令官・神凪蓮。

 孤高のエース・月読朔。

 そして、最強の目を持つアナリスト・天野光。

 いびつで、不格好で、しかし、無限の可能性を秘めたチーム『アストレイ』が、今、本当の意味で産声を上げた。

 彼らの視線の先には、ランキング戦の決勝トーナメント、そしてその向こう側で不気味に揺らめく、巨大な敵、『教育指導委員会』の影が、はっきりと見えていた。

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