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第11話 鏡の中の亡霊

 

 ランキング戦のトーナメント表が更新され、司令室のモニターに映し出された次なる対戦相手の名に、チーム『アストレイ』のメンバーは息を呑んだ。

 チーム【グレイム(Grimm)】。

 それは、今大会最大のダークホースとして、学内で噂になっていた謎のチームだった。ノーシードから勝ち上がり、全ての試合を無傷で、しかも相手チームを完全に破壊するという、圧倒的な力で勝ち進んできている。

 そして何より、このチームは、月読朔が以前所属していたとされる場所だった。

 そのリーダーは、全ての個人データが非公開。登録されているのは、ただ**『No.0(ナンバーゼロ)』**という、無機質なコードネームだけ。

 蓮が眉をひそめていると、技術科の協力者から秘匿回線で通信が入った。

『神凪、気をつけろ。このチーム、今までの試合ログを解析したが、やり口が……昔のお前にそっくりだ』

 その言葉に、蓮の背筋を冷たいものが走る。

 隣に立つ朔は、そのチーム名を聞いて、初めてその怜悧な表情に、わずかな険を浮かべていた。

 ◇

 試合開始のブザーは、悪夢の始まりを告げる合図だった。

 フィールドに展開した敵チーム『グレイム』の動きは、蓮にとって、忘れたくても忘れられない、自らの罪の記憶そのものだった。

 それは、かつて自分が信奉し、疑うことすらなかった戦術。

 仲間を最も効率的な駒として配置し、わずかな犠牲を厭わずに、ただ冷徹に勝利という結果のみをもぎ取る、完璧な死の方程式。

「クソッ、読まれてる!」

 大友の突撃は、完璧なタイミングで仕掛けられたカウンターによって阻まれ、孤立させられる。

「ダメだ、射線が通らない! 狙撃ポイントが事前に全部潰されてる!」

 鈴木の悲鳴に似た報告が続く。

 まるで、過去の自分が、現在の自分を狩りに来たかのようだ。仲間を守ろうとすればするほど、その思考の隙を的確に突かれ、じりじりと追い詰められていく。蓮の指揮に、明らかな焦りと迷いが生まれていた。

 その時、敵リーダー『No.0』から、蓮にだけ聞こえるプライベート回線での通信が入った。

 その声は、感情の起伏が全くない、機械的な合成音声だった。

『――久しぶりだな、神凪蓮。あるいは、元・神凪蓮と言うべきか』

「……誰だ、お前は」

『俺は、お前が捨てた過去だ』

 亡霊の囁きは、蓮の心を直接抉るように響く。

『お前は変わったつもりか? 仲間を守るという感傷が、お前の牙を抜き、思考を鈍らせた。今の貴様は、勝利から目を背ける、ただの臆病者だ』

「黙れ……!」

『思い出させてやろう。仲間を切り捨て、ただ勝利のみを追求した、あの非情なお前こそが最強だったのだと』

 執拗な精神攻撃に、蓮の冷静さは限界に達していた。

 そうだ。あの頃の自分なら、こんな状況にはならない。もっと冷徹に、もっと非情に、仲間という名の駒を動かせば、勝てるはずだ。

 捨てたはずの『人形』としての過去が、甘い毒のように彼の思考を侵食し始めていた。

 ◇

「蓮くん、しっかりして! 挑発に乗っちゃダメ!」

 医務室で戦況を見守っていた光は、モニターに映る蓮の異変に、誰よりも早く気づいていた。彼女の声が、必死に蓮へと呼びかける。

「相手の動き、完璧すぎるよ! まるでAIみたいに正確だ。でも、その分、きっとイレギュラーな動きには弱いはずだから!」

 だが、その声は、混乱する蓮の耳には届かない。

 戦場では、蓮の指揮が乱れたことで、チームは完全に崩壊寸前に陥っていた。敵の巧妙な罠にハマり、佐藤の駆る電子戦用ドールが集中砲火を浴びる。絶体絶命のピンチ。

「神凪! 指示を!」

 仲間たちの悲痛な声に、蓮は有効な手を打てずにいた。

 その、思考が停止した一瞬。

「――見ていられない」

 月読朔が、初めて明確な命令違反を犯した。

 彼は蓮の指示を待たず、独断で機体を急反転させると、神業のような操縦で佐藤の機体の前に割り込み、敵の砲火をシールドで受け止めた。

「あなたの感傷には付き合いきれないが、ここで無様に負けるのは俺のプライドが許さない」

 そう吐き捨てると、朔は単独で反撃に転じ、一時的にではあるが、強引に戦線を立て直してみせた。

 朔の、ありえないはずの行動。

 そして、ヘッドセットから聞こえ続ける、光の必死な声。

 その二つの光が、暗い呪縛に囚われていた蓮の意識を、現実へと引き戻した。

(そうだ……俺はもう、一人じゃない……!)

 恐怖も、罪悪感も、迷いも、全て今の自分を構成する人間性の一部だ。それごと、受け入れろ。そして、信じろ。駒ではない、心を持った仲間たちの力を。

 蓮の瞳に、再び強い光が宿った。

 彼は、マイクのスイッチを入れると、全く新しい次元の指示を、仲間たちに叩きつけた。

「大友! もう俺の指示を待つな! お前の思う一番熱いやり方で、敵陣をかき乱せ!」

『――! おうよ!』

「鈴木! 最高の獲物が目の前にいるぞ! お前の最高のタイミングで、奴の頭を撃ち抜け!」

『――了解だ!』

「佐藤、敵の情報をハックしろ! 朔、お前は好きにやれ! 俺が! お前たち全員の行動を、勝利への『最適解』にしてみせる!」

 それは、もはや司令官の一方的な命令ではなかった。

 仲間一人ひとりを、一個の人間として信じ、その意志と判断力を尊重し、その全てを束ねて勝利へと導くという、蓮の新たな戦術の始まりだった。

 蓮の覚醒に呼応するように、チームの動きが変わった。

 大友の野生の勘とも言える突撃が、AIのような完璧な敵の予測を乱し、鈴木の執念の一撃が、敵の陣形に亀裂を入れる。

 人間ならではの、予測不能な魂の連携が、完璧なはずの『グレイム』の戦術を、確実に翻弄し始めていた。

 追い詰められた『No.0』の動きが、ほんのわずかに、しかし致命的に乱れた。

 その瞬間を、蓮は見逃さない。

「――今だッ!!」

 蓮の号令一下、チーム『アストレイ』の決死の連携攻撃が、『No.0』の機体に叩き込まれた。

 大爆発の閃光の中、敵機の頭部が吹き飛ぶ。メインカメラが断末魔の火花を散らしながら、一瞬だけ、内部のパイロットの姿を映し出した。

 そこにいたのは、蓮と瓜二つの顔ではなかった。

 蓮の過去の戦闘データを完璧にインプットされたであろう、「強化人間」か、あるいは「アンドロイド」のような、無感情な瞳をした、名もなき少年だった。

『――Error. Analyze failure... Command...』

 ノイズ混じりの声を最後に、『No.0』は完全に沈黙した。

 蓮は、自分と戦っていた相手の正体に、ただ戦慄するしかなかった。

「あれは、一体……人間、なのか……?」

 その光景を、月読朔は、ただ一人、冷静な瞳で見つめていた。

 そして、誰にも聞こえない声で、静かに呟く。

「やはりか……。『委員会』の、実験体モルモットめ」

 学園のさらに深い闇。

『教育指導委員会』という、具体的な組織の存在が、初めて言葉として、そこに示された。

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