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【9】 求婚と恋心

【9】 求婚と恋心


「この戦いが終わったら俺の元に嫁いではくれないだろうか」


 最後の休息地。

 寝ずの番をユリアとギルから変わり、二人が寝静まった頃にアレスがふと言った。


「……それってマジな話?」

「戯れでするような話でも無いだろう」

「だよねー」


 ていうか、ギルと違ってアレスは結構真面目一辺倒っていうか、不器用すぎるほどに一直線だし、こういう冗談をいうタイプじゃない事ぐらいあたしにだって分かってる。


「理由を聞いても良い?」

「ユリアとギルが、夫婦になるからだ」

「なるほどね」


 意味不明。話がぶっ飛びすぎてて理解に苦しむ。


「たぶん。たぶんだけど、ユリアがギルとくっつくから、あたしを嫁にしたいっていってるんだよね?」

「初めからそう言っている」

「うーん……?」


 言葉足らずだなァ、ほんと……。


「ユリアがギルと結婚しなかったら?」

「その場合、ユリアに結婚を申し込む。お前はギルと結婚しろ」

「なるほどね。うん。そういう事ね」


 色々と足りない部分はあるけど――……、まぁ、たぶん、こういう事だろう。


「魔王討伐の功績を買われて面倒な事に巻き込まれる恐れがあるから、あたしたちはあたしたち同士で婚姻を結んで、そういった政治的な圧力や思惑に振り回されないようにしておこう――、って事でおっけ?」

「最初からそう言っているが……」

「言ってない。言えてないんだよ。アレスは。アレスってさ。ほんっと、言葉足らずで誤解招くよね? あたしはちゃんと文脈とか関係なくアンタの考えを読んで言葉を見つけて来るけどさ、絶対ギルとか勘違いしてるよ。下手したらアンタに嫌われてるとか思ってるかも」

「そ、そんなはずはっ……、…………ないとも、言いきれない、のか……?」


 普段からどしっと構えている癖に目に見えて動揺を見せるアレス。

 養成機関時代から「堅物」だの「こわもて」だの、散々な言われようだったけど、こういう所を見せつけてやればギャップ萌えとかいうので女子共が放っておかなかっただろうに。


「やーよ。あたしは。アンタの相手はなんか疲れる」

「本当に夫婦になれと言う訳ではない。良き相手が見つかる間のパートナーというかだな、……助け合おうと思うのは、悪い事ではないと思うのだが……」


 本当にこいつはギルとは違った意味で真面目だ。

 ギルはただひたすら魔王を討ち滅ぼす事だけを考え、勇者になる為に努力を惜しまない。

 それは傍から見ていると危険な程に危うく、魔王を討ち滅ぼした後の事など微塵も考えていないような破滅へと向かっているようですらある。


 ――が、アレスはちゃんとその後の事を、自分の事だけじゃなく、パーティ全員のことも考えてる。


 それはとても頼もしい話だし、ありがたいお話であるとは思うけど。


「本気でアンタがあたしを愛しちゃったってんなら考えなくもないけど、そうじゃないならパス。偉い人たちが何を考えてるかは知らないけど、一応それなりの家の出だし、安心して良いよ。社交界での身の振り方はそれなりに分かってるつもり」


 実際に顔を出したことは数えるほどしかないが、知識としては知っている。

 その面倒なしがらみも、アレスが一族の名誉を回復したいと願う気持ちも。

 理解することだけは、出来た。


「あんたにとっては一族にとっての好機って感じなんだろうけど、あたしたちにとっちゃ、気がついたら魔王が復活しててさ、もうめちゃくちゃだよ。人生設計とか、色々」


 本当なら王都の学園で勉強したり、研究に打ち込んだり出来ただろうに。

 なにがどうねじ曲がってあたしは魔王討伐になんて乗り出したのやら……。


「幼馴染を失ったと、……聞いている」

「ギル……」


 寝息を立てるお喋りバカを横目に睨む。


「俺では代わりにはなれないか?」

「なれない。……っていうか、ならなくていい。ギルにも言ったけどさ、それはキッカケに過ぎなくて、たぶんきっと、アイツが死ななくてもあたしは色々理由付けてこうしてたんだと思う」


 悪い魔王をぶっころして、世界を平和にしてやる。

 子供の抱くような正義感で勇者候補に志願して、……こんな所までやって来た。


「アレスはさ。本当に魔王を倒せると思う?」


 パチパチと静かに音を立てて燃える焚火を眺めつつ、なんとなく尋ねる。


「当たり前だ。その自信がなくてはここに立っていない」

「だよね」


 こいつなら、そういうんじゃないかって思ってた。


 誰よりも体を鍛えて、

 誰よりも技術を磨いて、

 誰よりも強く、魔王討伐を願ってる。


「……アンタとギルは、良い勇者になるよ」

「なんだ急に」


 怪訝そうに眉をひそめるアレスにあたしは笑みを向けてやる。


「お伽話に描かれるなら、アンタがギル、そのどっちかがお似合いだっていってんの」


 きっと、こいつらと一緒なら魔王を討ち滅ぼせるだろう。

 ――っていうか、こいつらに倒せないなら一体誰が倒せるっていうの? みたいな。

 そういう身内びいきにも似た自信が胸の内では広がっていた。


「あんたを旦那にしたいとは思わないけど、アンタが奥さんと子供に囲まれてしあわせそーに笑ってるところは見たいから頑張りなよ。もうちっと、言葉を付け足してやればちゃんと伝わると思うからさ。アレスの優しいトコ」

「お、おう……?」


 理解できているのかは微妙な所だけど、まぁ、いっかな。

 そこまであたしが世話を焼いてやる必要はないし、本当に好かれちゃっても困るし。


「うぉーい、ギル。ユリアー。交代の時間―」

「んぅう……」

「ふぁあ……」


 寝起きの悪いギルとお行儀の良いユリア。

 仲良く眠っている所悪いが、あたしもそろそろ眠りに着きたい。

 ギルに付き添って薪集めをさせられておかげでくたくたなのだ。


「ぎる……、ぎるー……? 交代だって」

「んうぅ……、もうちょっと……」


 微睡みながらもユリアがギルを起こす。

 そんな様子を見て胸の奥がチクリと痛んだ。


「っとに……、幸せそうな顔しよってからに」

「まーちゃん……?」

「もう眠たいから早く寝かせろっていってんのっ」

「げふんっ!?」


 八つ当たり気味にギルの尻を蹴り飛ばしてやると勢いよくギルが跳ねあがった。


「な、なんだ……!? 敵襲……!? ごぶりんか……!?」

「あたしがゴブリンに見えるなら燃やしてあげるけど、誰に見える?」

「……なんだ……マーリンかよ……。驚かすなってぇー」

「交代の時間になってもすやすやなのがいけないんでしょ。ほら、起きた起きた」

「ふぁあ……」


 まだ眠そうなギルをユリアがぺちぺち叩くのを眺めながらあたしはあたしで寝床の準備をして、大きくあくびをこぼした。


「んじゃま、よろしくー」

「あいよー」


 寝床、とはいってももしもの場合に備えて装備は最低限だ。

 横になっても身体が痛まないように外套を折り畳んでクッションにし、毛布を上から被る。


「……なによ」


 ふと視線を感じて目を開けると木を背もたれに片膝立てているアレスと目が合った。

 アレスは決して横になって眠ることがない。

 騎士たるもの、常に警戒に当たっていて当然とかなんとか言っていたけど、馬鹿だと思う。


「おまえは、……いや、いい」

「あっそ」


 なんか無駄に気を遣われた気がして私は背を向けるように転がった。

 ギルとユリアが良い感じだとか、実はもう結構深い仲になっている事とか、そういう事は、あたしには関係ない。


 もし仮に、本当にこの二人がこの戦いを生き抜いて、帰路に着けたとしたら、何も無いあたしは、ギルの尻を蹴り飛ばしてでも、帰してやる義務がある。


 ギルは前払いの保証金だけで満足しているとか言っていたけど、馬鹿だ。大馬鹿だ。

 幸せにしたい人がいるのなら、全力でその為に生き延びるべきなのだから。

 だから――、



「死ぬなっ……! 死ぬな馬鹿!」


 あたしは、泣きじゃくるユリアの傍で必死にギルの死体を繋ぎ止め、魔力を注ぎ込んで蘇生魔法の少しでも支えになるようにと気力を絞る。


「おい! あまり時間はないぞ!」

「わーってる!」


 叫びながらユリアの肩を叩いた。


「助けるんでしょ!? 一緒に帰るんでしょ!」


 うん、うんっ、と涙を一杯に溢れさせながらもそれを拭う事もせず、自爆宝珠で千切れたギルの魂を肉体に繋ぎ止めようと必死に呪文を詠唱し続ける。


 蘇生魔法だなんて言われているけど、その実態は気休めでしかない。

 本当に蘇生できた前例なんて数えるほどしかないし、その命も分かれの挨拶をかわすほどにしか持たなかったと言われている。


 ――でも、ここは魔王城だ。


 魔素の吹き溜まりで、時間と共に蓄積された魔素が魔王となって誕生する。

 そう言った世界の特異点であり、魔力と魔素は若干違った性質を持ちはするけど、本質的にはそう変わらないはずだった。


 だから、「帰ってこい! 馬鹿!! ユリアを泣かせるな!」


 あたしは魔力を冷たくなったギルの身体に注ぎ込み続ける。

 止まってしまった心臓の代わりに魔力によって血液の代わりをさせ、魔力を循環させる術式を埋め込む。

 本来はゴーレムだとか、無機物のものを動かす為に用いられる術式だ。


 闇魔法。禁断の術式。死者を蘇らせる闇の法――。


 呼び名は幾らでもある。

 幾らでもあるという事は先人がすでにいるという事だ。


 否定されてはいない。試され続けているのなら、可能性はある……!


 神聖職のユリアと違って神様なんてものに縋るつもりはないけれど、どうか神様、この一瞬だけはどうか、奇跡を起こして……!


「駄目だ! こちらに向かってくる影がある!」


 外の様子を伺っていたアレスが叫んだ。

 ユリアは肩で息をしながらも術を掛け続けている。

 しかし、ギルは一向に目を覚ます様子がない。


 ――だめか……。


 諦めが脳裏を過る。


 当たり前のようにあたしの中に別人格のように切り離されている「冷静な部分」が、いますぐこの場を立ち去るべきだと言っている。

 ギルがその命を犠牲に助けてくれたのだから、その命を無駄にしてはならないと。


 理屈では分かってる。

 頭でも理解できている。

 なのに、あたしはっ――……、


「アレス! ユリアをお願い!」

「おうっ!」

「いやっ、いやああ!」


 泣き喚くユリアをアレスが抱き抱え、あたしは周囲を見渡す。


「マーリン!」

「先に行って! すぐ追いつく!」


 アレスと、目が合う。

 来るよな。

 当たり前じゃない。


「――わかった」


 言葉にする必要もなく、時間にして一秒にも満たないアイコンタクト。

 それだけで背中を預け続けた仲間はあたしを置いて先に魔王城から脱出を図る。


「あとは――、」


 魔法陣を、描く。

 魔王の首を、拾い上げる。

 いまの自分に残された魔力を総動員して、魔王城の広間に巨大な魔法陣を展開し、その出力先にギルの身体を指定する。



 ――いまの私に、出来ることを、する。



 少し手間取って、それでも、なんとか蘇生魔法の発動は確認して、あたしは大広間を後にする。


「……待ってるからね」


 勝手に庇って死んで、文句の一つも言わせないまま逝くだなんて、絶対に許さないから……。

 あたしはアレスとユリアの後を追った。

 きっととギルは、あたしを恨むだろうけど。それでいい。

 あたしは、それでいいんだ。


 言い聞かせるように繰り返した言葉に涙が溢れそうになったけど、ぎゅっと堪えた。



 涙を流して良いのは、あたしじゃない。

 そんな思いが、胸を締め付けて痛かった。


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