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【7】 後輩

【7】 後輩


「な、なにが起きたの……?」


 突然、ゴブリンたちの動きが鈍った。

 否、ゴブリンたちが何者かに襲われている――……?


「ユリア、ユリア!」


 この機を逃す訳にはいかないと叫び、咄嗟に張った防御結界で近場のゴブリンのナイフを受け止めると、次の瞬間、そのゴブリンの頭に矢が突き刺さる。


「な……、」


 言葉を失ってい間にもまた一本、更にもう一本。


「突撃―!」


 状況を把握するよりも先に何処からともなく雄叫びが聞こえ、数人の人影がゴブリンに向かって突撃していった。

 振り返れば、見知った顔が、そこにいた。


「大丈夫っすか、先輩!」

「カルラ……」


 人懐っこい笑みを浮かべる幼い顔付きの男の子。


「もうっ……、無茶し過ぎですぅっ……!」


 その後ろから駆け寄って来たのは神官服に身を包んだ細身の女の子で、名を確か――、


「……ティア……?」

「はいっ!」


 元気よく返事する二人と、前線で戦っている二人は……、「……だれ……?」

 多分、養成機関で組まされた面々なのだろう。

 後衛職の二人には見覚えがあったが、後の二人は知らない。

 いや、そうじゃなくて――、「と、とにかく傷口、なおしますっ……!」


 ティアが私とユリアの横で膝をつき、治癒魔法をかけ、カルラは周囲に防御結界を張る。

 前衛職の二人は若干危なっかしい動きをしているものの、ゴブリン程度であればどうにかなりそうなのは見て取れる。


「なんで……? まだ、私達が鳩を飛ばしてからそんなに日が経ってないのに……」


 現状、勇者の育成が消耗に間に合っていない為、基本的には先発隊が死亡してからの派遣になるはずだ。

 カルラの組はあたしたちの後。同期の中ではあたしたちが一番最後だった上に、後の世代は更に人材不足で幼いから出来るだけ育成に時間を掛けてって話だった。


「先輩たちが全然連絡寄越さないから、死亡報告出す前に死んだんじゃないかって上層部が判断したっス! なので、自分、尚早かもしれないけど行きますって名乗り上げたんす!」


 魔法で前衛を援護しながらカルラは叫び、


「結果的に、よかった、ですっ……!」


 ティアは涙ぐむ。

 そう、結果的に、良かった。

 おかげで私達は、一命を取り留めたのだから。


「シュルツ! ワンダ! ひくっす!」


 カルラが爆炎魔法を詠唱しながら叫び、前衛二人が飛び下がる。

 入れ違いに炸裂する炎。


 飛び散る、ゴブリンたちの群れ――。


「まだやるっていうなら――、」


 再びの構えを取るカルラに形成が悪いと判断したらしい連中が尻尾を巻いて逃げ出した。

 そうすると統率力に掛けるゴブリンたちの動きは早い。

 我先にと四方八方、あっちこっちに向かって走り出し、蜘蛛の子を散らすようとはこのような事を指すのだろう。


「……ふぅ。なんとかなったっすねぇー」


 カルラは前衛二人に周辺の警戒を頼み、あたしとユリアの具合を見る。

 ティアの治癒魔法のおかげで殆ど傷は癒えたけど、体力の方はそう簡単には戻らない。


「回復薬っス。一応、ここに来るまでに関所っていうか、魔族共の根城があったので、帰りも戦闘はさけられないっす。自分達も一緒出来たらよかったんすけど……」


 ちらり、とティアと目配せし合うとカルラは申し訳なさそうに告げる。


「魔王、さっさと倒して世界を平和にするっす!」


 その瞳には決意がみなぎっていて、あたしたちの様子からアレスやギルがどうなったかは推し量っているのだろう。

 推測して、……「あー」そっか。伝書鳩、まだ届いてないんだ。と、その食い違いに気が付く。


「魔王、もういないよ。あたしたちが、倒したから」

「分かってるっす。先輩たちの仇は――、…………へ?」


 カルラの表情が一瞬固まった。

 ティアも信じられないとでも言いたげに目を丸くする。


「ギルがね、道連れにした。自爆宝珠で」

「マジっすか……、マジでギルパイセンが……」


 わなわなと震えだすカルラにあたしは頷き、それまで事の成り行きを見守っていたユリアが身体を起こして補足する。


「魔王を倒して、引き上げて来たんだよね……。でも途中で追っ手に捉まって、アレスさんがしんがりを引き受けてくれた」

「なら!」とカルラが立ち上がる。

「早く助けに行くっす!」


 その勢い任せな所は羨ましくもあるけど、あたしたちの様子からティアは既に気が付いているらしい。


「アレス先輩……も、死んじゃったんですか……?」


 震える言葉にあたしの胸まで苦しくなった。


「多分、ね。……自爆宝珠の音も聞いたし、もう、生きて無いと思う」


 ユリアの言葉にカルラが悔し気に呻いた。


「ギルパイセンも、アレスパイセンも、自分よりずっとずっとすごかったっす……! すごかったから、魔王倒せたんでしょうけどっ……。 こんなの、こんなのってあんまりっすよ……!?」


 いままであたしたちが口にする事の出来なかった、不条理を嘆く言葉。

 それを聞けただけでもあたしは救われた気持ちになった。


「でも、まだ終わりじゃない。あたしたちが家に帰って初めて、あたしたちの勝利なんだ」


 緩みかけた気持ちを引き締める為にも口に出した言葉にカルラとティアは頷く。

 ユリアに視線を投げ掛け、あたしたちは頷き合う。


 生きて、帰る。

 アレスや、ギルの分も。

 あたしたちは生きて、生きて、おばあちゃんになるまで生き延びて、アイツらの馬鹿な最期を語り継いでやるんだ――。


「じゃ、外の二人に話を伝えてくるっス!」


 魔王城に攻め込む必要がないなら回復薬の温存とかも必要ないし、戦力を増強する為にもあたしとユリアの状態を万全にしうて置こうという話になった。


 ティアとカルラの予備を貰い、身体を癒し、気力を漲らせ、出来れば予備の杖があれば貸して欲しいと申し出ると、訓練用の小さな奴を貸してくれた。

 後衛職は最初、魔法職と神聖職の両方を見据えた共同訓練を行うのでその時に使っていた物だろう。


 十分だ。


 湖で愛用のを失ってしまってから杖無しで魔法を使っていたけど、指向性が上手く絞れずに無駄が多くて仕方が無かった。

 長距離魔法などを使用する場合はどうしても杖の補助が必要になるし、魔力の節約にもなる。


「ありがとね」

「いえっ……」


 ティアはいい子だ。

 ユリアが妹を可愛がるように頭を撫でてやるとくすぐったそうに笑って見せた。

 この子達が、魔王城に行く必要が無くて本当に良かったと思う。

 あたしたちの世代でも準備不足な感じは否めなかった。


 度重なる勇者の敗北に、今世紀の魔王は強大すぎて手に負えないのではないかという話すら上がって来ていたほどだ。


 禁忌とされる軍隊を導入して魔王城に攻め込み、勇者の手助けをさせてはどうか? という案もあったらしい。


 本来なら、それぐらいのサポートはあって然るべきなのだ。

 戦いに送り出して置いて、帰り道でこんな風に死にそうな目に遭うだなんて、とてもじゃないが、英雄への扱いではない。


「王様への謁見の時に少しぐらい文句言っても許されるかな」

「止めておいた方が良いと思うよー……? 魔王を討ったっていっても二人は戦死している訳だし、私たちの影響力なんてたかが知れてると思うし……」


 どうしても打倒魔王の勇者像という奴は前衛職の男性、そのどちらかが銅像にされているイメージがある。

 歴代の勇者像の中には女性の魔法使いのものもあるにはあるのだが、それは彼女が現代に伝わる魔法の殆どを開発したと呼ばれる天才だからだ。


 天才だから勇者になれたし、天才だから魔王を討つことが出来た。

 それに比べあたしたちは互いの足りない所を互いにかばい合ってどうにかなったのだ。

 そのパーティメンバーの半分が掛けているという事は――、


「……帰っても、許されるのかな……? あたしたち……」


 ふと、そんな不安がよぎった。


 少なくとも魔王討伐の報告はあたしたちが上げた文章が全てだ。

 実際にその現場を目撃した者はいない。

 魔王が討たれれば氏族社会の魔族は人類領への侵攻をやめ、引っ込んでいくから魔王が討たれたという事実は推測ですることが出来る。


 と、いう事は、だ。


 それまで、ただ、生き残る事だけに回っていた頭が嫌な思考に陥る。


 魔王を倒して、帰る。

 ただ、それだけの旅のはずだった。

 魔王を倒したら、報酬を貰って、めでたしめでたし。

 全員が幸せになれる、そんなお伽話みたいな終わり方を迎えられると、誰もが信じていた。


 ……いや、信じることで勇気を生み出していたのだ。


 あたしたちは魔王を倒す。倒して幸せになるんだって、信じて、倒した。魔王を。

 世界を、救った。

 なのにいまは、どうしようもない不安に押しつぶされそうになっている。


 王国に帰って、あたしたちの居場所はあるんだろうか。


 いつだったか、アレスが「勇者は政治的にも大きな意味を持つことになる」と言っていた。

 元貴族階級だったこともあり、アイツはそういう話題に敏感で、もし仮に魔王討伐を成し溶けた場合は勇者四人の婚姻に関しても王族や貴族が口を出して来ることになるだろう、と。


 そうでなくとも外交手段としてもちいられたり、奪われた領土を魔族から取り戻すときに士気向上を狙って連れ出される事になったりするとかなんとか。


「めんどくさいよねー」とそのときあたしはなんとなく聞き流したのだが、よくよく考えれば、かなり面倒くさい事に巻き込まれるであろうことは間違いない。


 研究室にこもって新しい魔法の研究をしたり、珍しい魔道具を探しに散策したりする機会は奪われてしまうだろう。

 そして、その意にそぐわなければ容易に処分されてしまうであろうことも、いまとなってはぬぐい切れない不安となって込み上げて来ていて――……。


「……まーちゃん」


 考えが顔に出ていたらしい。ユリアがあたしの手を取る。

 微かに震えるその指先から、きっと同じことを考えてるんだろう。

 ぎゅっと、あたしはその手を握り返す。

 震えそうになる頬に力を込めて、わざとらしい程の笑顔を浮かべる。


「大丈夫。きっと、大丈夫だよっ」


 だから、帰ろう。

 きっとそこに待っているであろう幸せな結末を迎える為に。

 あの世で、ギルやアレスが羨むほどのハッピーエンドが待っているのだと信じて。


 ――再び帰路に着く。


 無事、辿り着かねば全ては杞憂以前の話だ。

 生きて、帰らないといけない。

 心配は、その後で良い。

 魔王殺しのあたしたちは、再び帰国に向けて歩み出し、空を覆う暗澹たる雲を睨んだ。


「帰るんだ。絶対にっ……」


 そうしてあたしたちは後輩たちに守られるようにして荒野を行く。

 力尽きた仲間を、置き去りにしたままに。


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