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【5】 秘めたる想い

【5】 秘めたる想い


「マーちゃんって、アレスとギル、どっちの事が好きなんですか?」

「え……、へ……、えええええ!?」


 思わず叫び声を上げた私にユリアは彼女らしからぬ動きで口をふさぎに走り、手で私の口を覆った。


「し、しーっ……! 二人、起きちゃうからっ……!」

「んぶっ……! んんっ……!」


 鼻と口、両方を塞がれ混乱以上に息苦しくてたまらなかった私はとにかく頷き返す。


「……っぷはーっ……。……で、なんですって……?」


 真剣なまなざしを向けて来るユリアに怪訝な目を向ける。


 ドキドキと、内心ドキドキなのだけど。


「だからアレスとギル。どっちの事が好きなのです?」


 何を言っているんだろう、この子は。

 ……とか、思うほど私も野暮ではない。


 仮にも背中を預け合い、命を庇い合った仲間だ。

 旅を始めて数カ月。

 お互いに年頃ではあるし、そういう感情を抱き始めていてもおかしくはない。

 ちらり、と洞窟の奥で片膝を立てて眠るアレスとすっかり寝息を立てて転がっているギルを眺める。


 夜は交代制で寝ずの番。

 いまは私とユリアの番だった。


「だって実際問題。私達魔王を倒して帰ったら英雄扱いじゃないですか? そうしたら困ると思うんですよね、結婚」

 神聖職の癖に何を真顔で言ってるんだろう、この子。という気はしないでもない。

 でも、本当に生きて帰ることが出来たのなら残る人生はこの旅よりもずっと長い。


「アレスやギルは良いですよ? 男の子ですもん。引く手あまたですっ。魔王殺しの英雄様なんて王族から歌姫まで選び放題好き放題って奴ですよ!」

「アンタさァ……、見た目に寄らずけっこーな肉食系よね……」

「そう……ですか? あまり自覚はありませんが、修行中お肉を断たれていた反動でしょうか?」


 違う。ぜったいに、違う。


 この子は元からこういう性格だったろうし、わりとえっぐい下ネタとか知ってるし、なんで神聖職の適性が出たのか私にとっては不思議なぐらいだ。


「それでアンタはあの二人のどっちかに唾を付けておいて、あわよくば未来の旦那にしようって魂胆な訳ね」


 正直口に出すとちょっとえぐい。

 意識してこなかった訳ではないが、仲間内でそういう行為に及ぶというのはちょっと想像したくないし、何かあった時にぎくしゃくしそうで怖い。


「…………ふん」


 たわわに実った、というとおっさん臭いけど、年相応に成長している事が分かるマリアの胸や腰つきとは対照的に幼児体形と言われても言い返せない自分のそれとを見比べてちょっと落ち込む。

 仮にあの二人にあたしたちどちらかを選べと聞けば、間違いなくユリアの方が選ばれるだろう。


「もぅっ!」

「わわっ!?」


 私の沈黙に要らぬ考えを抱いたらしいユリアが私を抱きしめる。


「かあいいですねぇっ、まーたんっ」

「やめっ、やめろぉっ」


 バタバタと抵抗するがあまり騒いでも奥の二人を起こしてしまいかねないし、第一、ここは敵地だ。

 バカ騒ぎして敵に見つかったなど笑い話にもならない。


「そ、そういうお前はどうなんだっ……」

「んぅー?」


 どうにかこうにか胸の隙間を抜け出して睨むとユリアは魔性とも呼ぶべき笑みで応える。


「どっちでしょう……? どっちにしましょー?」

「……より取り見取りはアンタの方じゃない……」


 正直言ってマリアは可愛い。

 同期の中では抜きんでていて共同訓練尾時などは男子の視線がうるさかったほどだ。

 貴族社会でも通用しそうな美貌に加え、神聖職という「なんかすごくやさしそー」という漠然とした男子共の妄想が加わり、ひそかなファンクラブもとい、新興宗教が発足しかけていたという話も聞いたことがあった。


「アレスか、ギルか。それとも外に男でも作ってるの?」


 ちょっと嫌味っぽく言ってみるけどユリアは微塵も気にする素振りを見せず、「ふふふーん」と得意げに笑って返す。


「実は私、後輩にはお姉さまって呼ばれてましてー」

「知ってる」


 なんなら後輩連中がくだんの新興宗教発足を企てていたとか言う説まであるのだから。


「女の子も、いける口なんですよっ?」


 ふっ、と耳元に息を吹きかけられ、思わず頬がかっと熱くなった。


「あははっ、冗談。冗談ですよー」

「アンタって子はッ……」


 ギルやアレスの前ではいい子ちゃんぶってる癖に、一皮むけばこれだ。

 一緒に水浴びした時なんて全身好きなようにまさぐられてもう二度とこの子の前では服を脱がないと誓った。


「……でも、じっさい、悔いの無いようにしておかないといけませんね」


 一転、ユリアは沈んだ口調になる。


「後衛職の私達とは違ってお二人は常に最前線。一瞬の油断が命取りとなり、そのまま命を落とすなんて事になりかねませんから」

「それは、……そうだけど……」


 敵地を行くということで危険であることは全員変わりないが、魔族と遭遇した時、真っ先に切り結ぶのは男たち二人だ。

 彼らが戦死すればいずれあたしたちも死する定めだとは言え、それでも先に逝く事には変わりないだろう。


「いまから寝込みを襲って気持ちよくさせてあげたりしませんっ?」

「したいならアンタ一人でしてきなさいよ。私はゴメン」

「えぇー?」


 興味ないんですか―?

 えっちなこと、興味ない女のコとかいるんですかー? とセクハラ染みた設問が続き、私が拗ねて何も言わないでいるとマリアは「もうっ」と嘆息して見せた。


「流石の私もはじめてがお二人同時というのは身が持ちませんよっ」

「初めてじゃなければいいのかよ……」


 思わずツッコミ、マリアは満面の笑みを返す。


「まーちゃんと、四人でが理想ですね」

「最悪だよ。悪夢でしかないよ、それ……」


 なんとなく、

 いや、本当になんとなくだけど、あたし×残り全員みたいな構図にされそうな気がするし。


「じゃ、あのお二人は放っておいて、私とまーちゃんで練習を」

「しないから」

「えーっ?」


 いつまで続ける気だ、この話。


「さっきも言ったけど、好きにしたら?


 パーティ内がぎくしゃくしないように二人同時に相手してくれるならあたしは何も言わないし、死ぬ前に一発、って気持ちも分からくはないから」


 明日と言わず、今この瞬間、果てるかも知れない命。

 魔族の中には人間の女を捕まえて犯す趣味の悪い連中もいるそうだし、幸せな時を知っておきたいというのは当然の考えでもある。


「ユリアになら、どっちを持っていかれても良いわよ。別に、私はギルにもアレスにも興味ないしね」

「ふーん?」


 疑っているようだが本心だった。


 元々研究にしか興味が無かったし、幼馴染が勇者として派遣され、死体となって帰って来たのがなんだかムカついて、一発魔王の顔にぶちかましてやりたくなっただけなのだ。


 ……そう、恋と言うならば私はきっと未だ見ぬ魔王の顔面に恋い焦がれている。


 その顔を極大の爆炎魔法でぐっちゃぐちゃにしてやりたいと思う程度には。


「ふふふ……」

「怖い、怖いです、まーちゃん……。それは恋をする乙女の顔ではないです……」


 言いたいだけ、言えばいい。


「ユリアを応援するわ。アンタはあたしと違って真っ当な道で幸せになるべきよ。アンタは良いお母さんにもなりそうだしね」


 あたしと違って、とは言わなかった。

 でもそれは多分ユリアには伝わっていて、「そんなこと、ないです」と彼女は寂し気に呟く。

 あたしは近所に住む馬鹿な幼馴染の事が好きだった。

 ……好きだったんだと、思う。


 物心ついた時から傍にいて、それが恋心なのかどうかを知る前に彼奴は養成機関に行ってしまって、寂しいな、遊びたいなーとか思っていたら死にやがったのだから。


 なんとか将軍とかと刺し違えたとかで名誉の戦死だの勲章ものだのと周囲は騒いでいたけど、馬鹿みたいだと思った。


 死んでしまったら、元も子もないのに。

 生きて帰って、その栄光を享受してこその英雄だ。

 どんな偉業を成し遂げだとしても、生還しなければ当人にとっては無駄死にでしかない。


 だから――、



「しなせや、しないわよっ……」


 気を失い、あたしに肩におぶさる形で引き摺られるユリアに叫びつつ、歯を食いしばる。

 最低限の防壁魔法を展開し、遠距離で矢を射かけて来る馬鹿共に迎撃術式を発動させて防衛して、一歩、また一歩と帰路を行く。


「ほんっと……、あの馬鹿どもッ……、頭脳派のあたしに、なんてしごと、押し付けてんだかッ……」


 魔王と刺し違えた馬鹿も、

 地平線を生めるほど大群を引き受けた馬鹿も、

 ほんとうに、大馬鹿共だッ……。



 森の中での戦いの後、しばらくの間は追っ手をまくことが出来た。

 思った以上に損害が出た事で一旦追跡を打ち切り、引き上げて言ったのだとあたしたちは判断した。


 このまま身を潜めながら来た道を引き返し、帰国する事が出来ればきっと――。


 そんな風に歩き続け、信仰も教えも殴り棄てて食べられる物はなんでも食べて、どうにかこうにか森を抜けて、荒野に出た時、あたしたちは偶然、人類領から引き揚げて来た魔族達に出くわしてしまった。

 魔王城陥落を彼らは知らず、敗走途中にあるあたしたちを良い獲物だと考えたのだろう。


 一斉に襲い掛かり――、……咄嗟にあたしは二人分の自爆宝珠を魔法で飛ばし、遠隔爆破させて彼らを吹き飛ばした。


 混乱の中を必死に走り、少しでも身を隠せるような崖に向かって走り、谷間を抜け、身を隠し、追っ手がやり過ごし、道を変えて逃げ、捜索隊に遭遇し、倒し、逃げて、逃げて、逃げて、ユリアは疲労の末に意識を失った。

 置いて行って欲しいと彼女は言ったけど、置いて行けるわけがない。

 追っ手の数はそう多くはない。


 でも、着実に距離は縮まってきているし、魔力もそろそろ底をつきそう「だっ――!?」


 思わずつまずいて転んだ先で、首筋を矢が掠めて行った。

 防御結界がいつの間にか解けている。

 転んでいなかったら危うく致命傷だった。


「このッ……」


 振り向きざまに矢の飛んで来た方向に向かって炎の矢を放ち返し、小さな悲鳴を聞いてユリアを担ぎ直す。


 ――が、既に時遅し。


 周囲を見渡せば岩陰という岩陰に小鬼、ゴブリンと呼ばれる魔物たちの姿があった。

 一体一体は然程脅威ではないが、この数を一人で相手取るにはあまりにも手数で押し負けるし、なによりも距離を取られてしまっている。

 弓矢を使われれば魔力が切れた瞬間、私たちはおしまいだろう。


「おしまい……?」


 思わず過った思考に口の端を吊り上げる。



 ――終わらせてなんか、たまるかッ……。



 あたしがどうなっても構わない。

 自爆宝珠は使ってしまったから自前の魔力でどうにかするしかないが、最悪奴らを道連れにユリアだけでも先に行かせて――……。


「……人の事、言えないじゃん……」


 魔王と刺し違えたあの大馬鹿みたいに。

 私達を先に行かせたあの馬鹿野郎みたいに。

 あたしも、結局同じ方法を選んじゃうなんて。


「ユリア……」


 無我夢中で逃げている間、思考は妙にハッキリとしているのに頭の中で考えていたのは仲間と過ごしたどうでも良い時間の思い出だ。

 子供の頃からずっと一人で絵本を読み、幼馴染が遊びに誘ってくれたとき以外はずっと勉強ばかりしていた。

 他の事の興味が無かったし、他の事なんてどうでも良いとすら思っていたから。


 でも、……そんなあたしにも、守りたいと思えるものが出来たなんて知ったら、あの頃のあたしは、驚くだろうな……?


 じりじりとタイミングを見計らうように近づいて来る小鬼の影に目をやって、覚悟を決める。

 ユリアを揺すり起こし、呻き声がかえって来る事に安堵を覚えつつも「はやく、起きて」と祈るように告げる。


 あたしが時間を稼ぐから、

 あたしが命に代えても貴方を送り出すから、

 だから、どうにか――。

 そんな風に祈った矢先、ユリアが虚ろな瞳で私を見ていった。



「あきらめるの、はやい、です……」



 苦笑まじりの、勇気づけようとしているのか小馬鹿にしているのか曖昧な笑みで、あたしの親友はそう言って笑って、小鬼たちの突撃の号令がそれを掻き消した。


「そうだね」


 あたしは、戦う。

 まだ、終わらせてなんか、やらない――。


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