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【2】 死して終わらぬ生

【2】 死して終わらぬ生


 そうして、僕は死んだ。

 ……死んだものだと、思っていた。


「……ぐ、ぁ……」


 目が霞む、上手く息が、吸えなかった。

 ――……まだ、……いきてる、のか……? ぼくは……、


 呻きつつ、どうにか身を起こす、ゆっくりと、時間を掛けて意識を暗闇の中からひっぱりあげるが、目の前に広がっていたのは暗闇だった。


「んぁ……?」


 駄目だ……。やっぱり目が霞む……。

 何度も目をしばたかせ、目だけではなく頭の中も霞みがかっていて、上手く考えが纏まらない。


 一体僕は、……魔王は……、アレスや、ユリア、マーリンたちは……、どうなった……?


 周囲を満たしているのは静寂だ。

 僕以外に、何かが蠢く気配はなかった。


「くそ……」


 もう一度目を凝らし、周囲を見た。

 そうしてようやく、景色が頭の中に入りこんで来る。


 ここは、……魔王城の広間だ。


 所々が崩れ落ちた壁から、朝日が差し込み始めていた。

 ボロボロになった大広間。

 復活した魔王が必ず居座ると言われている神代より現存する魔王城……。

 その最奥。僕達が死闘を繰り広げた広間で、僕は転がっていた。


「僕は……、どうして……?」


 魔王討伐に派遣される勇者に渡される『自爆宝珠』。


 それは死する時まで魔族の一人でも道連れにせよという大義によるものであり、実際、僕達がここに来るまでの道中を切り開いたのは先陣を行った先輩勇者達の死によるものであり、四天王とか呼ばれる魔王の配下も僕達の前のパーティが倒してくれていた。


 通算、四十六組。


 今回の魔王討伐に使い潰された勇者たちの数だ。

 僕達は養成機関の第六代卒業生で、戦士職のアレス、魔法職のマーリン、神聖職のユリアと共に片道切符の旅に出た。


「まさか本当に倒し切れるとは思わなかったけどな……」


 十年にもわたる魔王討伐の完遂である。

 これで次代魔王の復活までの約百年は残存する魔族との停戦協定を結び、世界のパワーバランスを整えることが出来る。

 魔族とは元々氏族社会の色合いが濃く、それらの頂点に君臨する魔王無くしては人類とは戦線を開くことはない。

 あくまでも戦争は国と国とが行うものであり、魔族の各氏族が人類に戦争を吹っ掛けた所で一族皆殺しに合うのは相手の方なのだ。


 ――だから、これで平和になった。世界は、救われたのだ。


「はぁーっ……」


 僕はもう一度床に横になり、大きく息を吸った。

 どうやら仲間たちは僕を残して引き上げてくれたらしい。


 ああ、それでいい。

 生死不明の動けない怪我人なんて足手纏いでしかないのだから、置いて行くのが正解だ。


 魔王を討ち取ったとはいえ、ここは魔族領の最奥。

 魔王を討つ為に幾つもの魔族を殺して来た僕達は奴らにとっての恨みの対象であり、長居は禁物なのだ。


「一応報告用の伝書鳩飛ばせば後詰が回収班を回してくれるハズだけど――……、」


 あんまり期待できないだろうなーとは思う。

 全ては魔王討伐の為の計画であり、魔王討伐が成し遂げられたのであれば僕達の価値は低い。


 ……というか、戦後の事を考えると死んでくれていた方が国王連中にとっては都合が良いのだろうとは思う。


 報奨金を目的に集まった身寄りのない孤児たち。

 それが魔王を討った事によって稀代の英雄となり、政治に利用される。

 出来ることなら僕達は金だけ貰ってさっさと田舎に引っ込みたいし、王様たちも金だけ払ってさようならして欲しいと思っている事だろう。


「うへ、うへへ……」


 金意外にも辺境の土地を貰える事になっていたはずだ。

 療養地という名目ではあるが、ようやくこの血生臭い生活ともおさらばできる。


「……うし、帰るか!」


 勢いよく跳ね上がり、立ち上がって帰路に向かう。

 どれほど気を失っていたかは分からないが、その内、どこかで追いつく事も出来るだろう――、……と、その時まで僕は現実を見えていなかった。


「おろっ?」


 大きく踏み出した足の、二の足が上手く踏むことが出来ずに大きく転んだ。

 転んで、「おろろろろろ!?」世界が大きく回転した。

 瓦礫の上を転がって、壁にぶつかって、視界は止まる。


「…………っつてぇ……」


 反射的にそう口には出していたが、正直、そこまで痛くはない。

 痛くはないが――、「…………なにがどうなって……、」思考が現状に追いついてこない。

 それでも、目の前に映る光景に理解は考えよりも先に到達する。


「…………へ」



 僕の身体が、バラバラになっている事に。



「は、は、はぁあああ!?」


 思わず叫び、体の状態を確かめるように動かした腕は数メートル先でバタバタと動いていた。

 右腕と、左手が別々の場所で暴れまわり、左の足先を失った下半身だけが立ち上がる。


「な……、な……、なんだ、これ……」


 全身が、バラバラだ。


 いや、それは分かる。分かるが、「なんで、僕、……生きてんのか……?」


 死んでいる。

 否、死んだのだ。僕は。


 魔族四天王ですら爆死させるほどの自爆宝珠だ。

 ゼロ距離で魔王を巻き込んで炸裂させた。


 だから僕の身体はバラバラになって――……、


「くくく……、お前の仲間がせっかくつなぎ止めてくれた身体だというのに、無様だな」

「はぁあ!?」


 偉そうな物言いに思わず叫び返すと悪魔の瞳と目が合った。


「生首風情が、いい気味だ」

「……………………」


 

 生首となった魔王が、そこにいた。


「テメェも生首だろうが!?」


 勢い任せに頭突きを繰り出し、魔王の首(もとい、現魔王)は悲鳴を上げる。


「ぐぎゃぁ」

「ぐぎゃぁ!? じゃねぇ、ぐぎゃぁ! じゃ!」

「そんな風には言っておらぬ。ぐぎゃあ、だ」


 ふんぞり返っているつもりらしいが生首に威厳もクソもねぇ。


「というか、お前。その状態でどうやっていま跳ねた。生首風情が生意気な」

「ぁあ?」


 ムカついたのでもう一発。

 魔王は小さく悲鳴を上げるが「……確かに、僕首だけなのになんでこんな風に跳んだり跳ねたりできるんだ……?」


 不思議に思って首を傾げる。

 いや、首があってないようなモノなのにこれ、僕どうやってるんだ……?


「ふむ……、理屈ではない部分で動いているようだな。流石は我を討ち滅ぼし勇者だ。あっぱれ」

「あっぱれも何も、てめぇ生きてるじゃねぇか……」

「否、我は死んでおる」


 じっと魔王の見つめる先には朽ち果て、魔素へと還元されていく魔王の身体が横たわっていた。


「首から上だけの存在になっても意識がある事には驚いだが、最早我に打てる手は無い。我の負けだな」


 何を考えているのか分からないがとにかく偉そうで腹が立ってきた。

 あ、上手く右腕が上半身にくっついて下半身の上に腹を乗せたお陰で、腹はちゃんと立った。


「……お前の仕業じゃねぇのか、これは」

「否。貴様の神官風情が掛けた蘇生魔法の影響だろうな。身体の損傷が激しく、蘇生する事は叶わなかったが、しかしこうして死人としては蘇ったという事なのであろう」

「まじかよ……」


 蘇生魔法は大量の魔力を消費し、魂を肉体に繋ぎ止めると同時に肉体の治療を行う必要がある。

 魔王との戦いでマーリンは多くの魔力を消費していたし、ユリアも治癒魔法は打ち止めだったはずだ。


「どうにかみんなで帰ろうとはしてくれたんだな……」


 ぎゅっと胸の内が熱くなるのを感じながら僕の身体は僕の頭を拾い、左足をくっつけて一息ついた。


「じゃ、その蘇生魔王にお前も引っかかったって訳だ」

「うぬ。本来であれば我の首を持ち帰る手はずであったのだろうが、我が配下の者達が戻って来ておったからな! 貴様の仲間は慌てて引き上げて行きおったわ」


 ふはは! と笑う様にムカついたので魔王(頭)を持ち上げてシェイク。


「ふあああああああああ」


 ――と、振っていたらなんかパラパラ落ちてきた。


「……は?」


 思わず手の中を見ると、悪魔然とした魔王の顔の表面が剥がれ、その下から白い皮膚が除いている。

 もう一度振ってみる。殻がこぼれ落ちるように、まるでお面が剥がれるかのように、『魔王の顔の下の素顔』が顕になった。


「あばば……、何をするっ……! 卑劣にも程があろう!? それでも貴様は勇者か!」


 そう叫ぶ魔王の顔は、……女の子だった。しかも、なんか結構整った顔立ちをしていた。


「……お前」「なんじゃ」


 心なしか地に響き渡るような声色も変化したように思える。妙な愛らしさもあって、「アババババば!!?」

 僕は思いっきりその美少女然とした生首を思いっきりしシェイクした。


「何をする!?」

「いや、そのツラも剥がれるかと思って……」


 残念ながらそれ以上殻は剥がれなかった。

 一通り、魔王の愚痴を聞いてからふと、気になった事を尋ねる。


「つか、お前戦闘中は殆ど喋らなかったくせにやけに饒舌だな」


 魔王=悪の権化。


 言葉も通じないバケモノだなーって印象だったのに、下手すりゃアレスよりおしゃべりだ。


「魔王として生まれ落ち、背負い続けた重荷をようやく下ろすことが出来たのだ。饒舌にもなる」

「そういうものか」

「そういうものだ」


 負けて生首となった癖に何処か清々しい様子に若干の苛立ちを覚えつつも、全力を出し合い、殺し合った相手とこうして語らうこと自体には妙なものを感じずにはいられない。


「ま、残り少ない余生の話し相手としては退屈しなさそうだな」


 蘇生魔法により死人として死体が動き出す事例は良く知っている。

 大体その時に注ぎ込まれた魔力や祈りの大きさによってその活動限界は変化するが、長くて1週間、短くて半日と経たないうちに死人は死体へと戻っていく。

 束の間の、使者との語らうだけの猶予を齎す禁呪。

 それが蘇生魔法の一般的な扱いだった。


「まぁ、貴様が我と残り少ない時間を語らう事に使いたいと申すのであれば、我もやぶさかではないがな。――良いのか? 貴様の仲間は今、死地に追い込まれておるぞ?」


「……ぁ?」


 魔王は語る。

 出払っていた魔王配下の親衛隊によってアレス、マーリン、ユリアの三人はまともな装備を回収する時間も無く、帰路に着いたと。

 魔王を討ち滅ぼした勇者はどの時代においても『追跡者たち』によって殺され、人類側とのある種の『手打ち行為』になっているのだと。


「奴らがこの地を去ってから三日。……追っ手との戦闘を考えるとそろそろ追わねば間に合わぬだろうな」


 魔王は首だけの癖に偉そうに語り、僕を見る。


「それとも、貴様は自らが守ろうとした者共が嬲り殺しにされ、その死すら犯される事を良しとするのか?」


 問われるまでもないし考えるまでも無かった。


「ンな訳、ねぇだろッ」


 僕は転がっていたアレスの折れた槍を杖代わりに、ボロボロになったリュックに使えそううなものを詰め、魔王の生首を拾い上げる。


「人質だ、てめぇも付いてこい」

「ふん。この状態となった我に利用価値があるとは思えんがな、朽ちて果てるだけの余生だ。良かろう。話し相手にでもなってやろう」


 縄で縛り、槍の矛先に吊るして僕は大広間を後にする。

 点々と続く、仲間の血の跡を辿る様にして。



 魔王退治の後の、家に帰るまでの旅の、始まりだった。


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