【19】エピローグ
【19】エピローグ
魔王討伐から三年。
ゆっくりと、のんびりと時間を掛けて奪い返された人類領をあたし達は訪れていた。
騎士団と魔族との衝突もいまではもう殆ど起こらなくなって来ていて、あと半年もすれば国家を上げて入植者を募り始めるだろう。
「とはいえ、知らない間に勝手に住み始めてる人たちもいるみたいだけどねー」
あたしは屋根が半分切り取られた古城から平原を見回していた。
地平線を埋め尽くすほどの死体や骸骨が転がっていたはずだが、知らぬ間に草木が生い茂り、緑が景色の大半だ。
その向こう側に幾つもの掘っ立て小屋が乱立し、煙が上がっている。
「元々ここが故郷だった方々も大勢いらっしゃいますから」
隣でユリアが苦笑する。
危ないから立ち入り禁止という事に表向きにはなっているのだが、騎士団も目を瞑っているようだし、なんらかの犯罪組織が根城にしていない限りは見逃されるのだろう。
戦争終結を皆が喜び、訪れるであろう数百年の平和を謳歌しようとしている。
そのことが微笑ましくもあり、……また逆に、疎ましくもあった。
語り継がれる英雄譚は愛と友情の物語で、あたしとユリアは二人の勇者の献身的な行いによって帰還したことになっている。
全ては勇者ギルと、英雄アレスによる偉業であり、カロルら一行はその後詰、彼等にはギルとアレスに本来渡されるはずだった報奨金を分け与えられたのだが、やはり物語としては弱い。
人は死する事で神格化されるのだと、思い知った。
「誰も本当のアンタたちの事なんて知らないのにね」
あたしは道すがら集めて来た花束をそっと古城に添え、ユリアもまた、それを部屋の一角へと置いた。
あの戦いの後、ギルとアレスの身体は塵となって消えた。
元々腐敗するはずだった肉体を無理やり魔力で繋ぎ止め、それを激しく行使した反動なのだろう。
他の多くのアンデッドがそうであるように、乾燥した砂のように、風に乗って消え、世界に溶けて行った。
だから二人を弔う記念碑はあっても、眠る墓はない。
ギルの妹は生まれ故郷の村へと戻ることが叶えばギルの墓を作ると言っていたし、アレスも没落貴族だとは言っても家の墓はあるようなのだけれど、そこに遺骨がないのであれば、やはり二人の眠る場所はこの地であるのだ。
往生際が悪く、未だに蘇生魔法の研究をしていると言ったら、ギルは笑うだろうか。
それとも、いい加減にしろと怒るだろうか。
じくり、と胸の奥底が痛むけれど、それももう、治りかけの古傷だ。
あの日の光景を夢に見ることはもう殆どないし、思い返せるのは楽しかった旅の思い出。
ギルと、アレスと、ユリアと、あたし。
下らない事を言い合いながら魔王討伐へと挑んだ妙に現実感の薄い、大切な、大切な思い出。
「また、帰って来るからね、きっと」
ギルやアレスはあたしたちを必ず帰すといってくれたけれど、帰る場所なんてものは年を重ねる度に変わっていくものだと思う。
子供の頃、遊び疲れて帰る場所が家だったように、
戦いが終わり、勇者となった今、あたしたちの帰る場所は、ここだ。
吹き抜けていく風が平原に咲いた花々を舞い散らせていく。
種子が旅立ち、別の場所に芽吹くように、あたしたちはまた、ここに「帰って来る」。
――仲間たちの眠る、この場所へと。
【了】