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【10】 死体の軍勢

【10】 死体の軍勢


 十年にも渡る魔王軍との戦いによって、人類側の領地は大きく削られ、荒野を抜けてもまだ、そこは魔族の支配する領域だった。


 魔王を討ってからの十数年はこの領地を取り戻すための戦争を行う事になる。

 本来、魔族とは魔素を吸収し、生きる生物であり、肥沃な大地というものを必要とはしない。


 動物も、植物も、摂取する必要がないからだ。


 それでも人の暮す領域、大陸の西側を支配したいと思うのは何故なのか?

 それは研究者の間でも様々な考察がされており、人語を介す魔族がいることからも魔族の中には人の暮しに憧れているのではないか、だとか、魔素以外のものを口にするうちに、趣味趣向が変化していったのだとか、まぁ、推測の域を出ていない。


 結局の所、奴らは人間を支配する対象としか見ていないので和解は不可能だし、土地を奪われたのであれば奪い返さなくては王政の沽券にかかわる。


 故に、人類領からは魔王討伐の報を受け、王国騎士団が出陣し、魔族領ではそう易々と土地を奪われて堪るかと元魔王軍もとい魔族の各有力氏族がそれらを迎え撃つべく、戦線を整えて始めているはずだ。


 その間、魔族領の中の警備は手薄になり、追っ手さえ振り払ってしまえば脱出はそう難しくない。

 彼らも魔王の仇をいつまでもおっている訳にはいかず、防衛に回らなくてはならなくなるのだから。


 つまり、後はその混乱に乗じて前線を抜け、人類領に帰れば良いだけだった。


 実際、カルラとティア、そして前衛職の二人(名前は聞きそびれたままだ)の活躍もあって、数回、突発的な戦闘はあったものの、どうにかこうにか、現時点での人類支配域にまであと少しの所まで引き返して来ていた。

 なのに、思わず、丘の上から見渡せたその光景に、足を止めてしまった。


「皆が来るときは、まだ、進軍は始まってなかったんだよね……?」


 確認した所で現実が覆る訳でも無いのに、ユリアは尋ねた。

 一同は困惑気味に顔を見合わせ、「騎士様達は普通に警備任務に当たっていたっす」とカルラが困ったような目を向けて来る。


「そうだよね……」


 なら、これはカルラ達がここを通った後、日数にしてここ一週間ほどでの出来事なのだろう。

 人類領まではまだまだ距離がある。

 だけど、騎士団の進軍は行われていない。


 なら、この死体の山は、なに……?


 嫌な予感がする。

 長きにわたる敵中突破が第六感とも呼べるべきモノを目覚めさせてたのかもしれない。


「っていうか、そうでなくても怪しいのは間違いないよね……?」


 一同に問い掛けると各々が頷き、取り合えず前衛職の一人が斥候に出向こうという事になった。

 近づいてみて不穏な様子を感じれば即引き返して戦闘は避ける。

 ここまでの道中で分かった事だが、見た目以上にカルラ達一行は鍛えられているようで、余程のヘマを打たない限りは並大抵の魔族に後れを取ることはなかった。


 こわもての前衛職の人にカルラが身体強化魔法をかけ、ティアが祈りを捧げて送り出す。

 私たちは丘の上で様子を伺いながら何か異変があればすぐに対応できるよう、固唾をのんで見守った。

 見守って、いるうちに、その死体の山が微かに蠢いている事に気が付いた。

 何者かの接近に反応する自動人形のように、カタカタ、カタカタと歯を打ち鳴らすようにしてそれらは身体をもたげ、首を持ち上げ、


「ユリア!」

「ホーリー・スピア!」


 言うが早いか、ユリアは神聖魔法で一面を討ち払う。

 慌てて前衛職の人が引き返そうとして、――その足が止まった。


「なんだ……?」


 カルラがつい問い掛けを溢す。

 尋ねながらも彼自身答えを目の当たりにしていたというのに。


「そんな……、嘘、でしょ……?」


 前衛職の人の足元から、スケルトンが湧き出て来る。

 それも一体や二体ではない、ぞろぞろと、


「や、やだっ……!」


 ティアの悲鳴に目をやればそれはあたしたちの周りでも起きていた。

 ぼこ、ぼこ、と地面から腕が生え、身体をもたげ、這い出て来る。

 その大きさも、損傷具合も個体によってそれぞれ違いはあるものの、誰も彼もが恐らくはこの地で、この魔族領の中で、魔族と戦い、死んでいった人間達の成れの果てだった。


「戻ってこい! 早く!」


 カルラが叫ぶ。

 一人残っていた方の前衛職は早くも盾を構え、回復要因であるティアとユリアを守ろうと立ち位置を変えていた。

 スケルトンを蹴散らしながら戻ってこようとする仲間の為にカルラは魔法を放ち、ティアとユリアは神聖魔法で骸骨のバケモノを地に返していくが、


「き、きりがないよ、こんなのっ……」


 ティアが泣き言を吐き始める。

 スケルトンやデッドマンは骸骨や死体を用いた死霊術式と呼ばれるもので、必ずどこかに術者が居り、そいつを叩かない事には永遠に死霊を使って兵隊を生み出し続けられる。


「これだけの規模を操るだなんて、相当の遣い手なはず……! 魔力を逆探知してみるから、少しの間、持ちこたえて貰える……!?」


 防御結界を張りながらではそう言った繊細な魔力コントロールは出来ないので、しばらくの間戦線を離れることにはなるが、カルラは快く頷いてくれた。


「もとより、僕らは四人組のパーティっすよ。パイセンたちの抜けた穴なんて、物の数じゃないっす!」

「生意気に、言ってくれるじゃない」


 養成機関では魔力の流れすら読み解けずに泣きべそ書いてたくせに……!


「じゃ、お願い!」

 あたしは一旦みんなの背に隠れるように引っ込んで、全神経を体内の魔力に集中させる。


 魔力は五感で捉える物じゃない。

 身体の中に流れるそれらは感覚で操るもので、その感覚を自分の身体の外に広げることで他人の魔力の流れを感じ取ることが出来る。


 ――さがせ。さがせさがせ。


 きっとどこかに勝機はあるはずなんだ、考えることを辞めちゃいけない……!


 カルラはああいったけど、この数だ。

 神聖職が二人、相性がいいのは間違いないけど数でごり押しされればいつかは前衛職が飲み込まれ、防護結界頼みの籠城戦に押し込まれる可能性は高い。


 そうなったら時間の問題だ。


 軽い攻撃なら弾き返すことが出来るけど、物量で押しつぶされれば耐え切れない。

 襲い来るスケルトンたち。

 その魂とも呼べる死霊の存在。

 そして、それらを現世に繋ぎ止め、操る存在の残り香――。


 だいじょうぶ。だいじょうぶだいじょうぶ。


 極限とも呼べる魔王との戦いの中で、

 勝手に死んでいったバカの蘇生魔法の中で、

 あたしはその魂とも呼べるものの存在に触れ、感覚を一度掴んでいる。

 死体に魂を繋ぎ止め、魔力を介して自動人形にする術式なら、実践済みだ――。


「知らない魔法ならまだしも、身を以って経験したものなら、見逃さない」


 バチリ、と方々に伸ばしていた魔力の枝葉の先が、その存在を突き止めた。


「北東! 古城の上!」


 叫び、その声に合わせてユリアが神聖魔法の矛先を変えた。


「ホーリー・ブレス!」


 空中に生み出された巨大な光の柱は一直線にスケルトンたちを薙ぎ払い、打ち捨てられたらしい古城への導きを生み出した。


「走って!」


 術の反動で膝を突きそうになったユリアの手を取ってあたしは走り出し、カルラやティア、前衛職の人達もそれに続いた。

 無論、生まれた道の領端からは雪崩のようにスケルトンたちが押し寄せて来る。

 最低限、射られる矢だけを防ぐ防御結界を上空に張りながら必死に走り、あと少しで古城までの辿り着けると感じたその時、ぐわっ、と視界の端でスケルトンが波打った。


「今度は何よぉっ……!?」


 足を止める事もなく叫ぶと、視界の領端で幾つものスケルトンが組み合わせって巨大な骸骨お化けが身体を持ち上げた。


 がしゃどくろ擬き。


 そんな巨大な外国の怪物があたしたちを見下ろしていた。


「……嘘でしょ?」


 影が、頭上から落ちて来る。


 思わず止まったあたしたちに向けて、スケルトンたちで形成された、大きな骨の手が振り下ろされる。 

 カルラとあたしは咄嗟に防御結界を張ってそれに対抗するけど、雪崩のように圧し潰して来る骸骨の波は視界を塞ぎ、景色を埋めた。


 視界の先で、古城へと続いていた細い道がスケルトンたちによって閉ざされていくのが分かった。

 こんなところで、よりにもよって、帰る事の出来なかったかつての勇者たちによって道を阻まれるだなんて、なんという皮肉だろう。


「助けて、……ギル」


 魔力を防御結界に集中させながらもその名前を呼び、あたしたちは暗闇に包まれる。

 地獄の闇とは、こういうものなのだろうかと、あたしは思った。


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