かくして賽は投げられた。わかりやすいタイプのテンプレート踏襲は「あり」だよね
例えばイリスがこのレディ・パグを自分の裁量で飾り付けるとして
春ならチュールを重ねると思うのだ。決して張り感のある分厚い生地など使わない。
例えばそう、キャラメル色や向日葵のような黄色。少しだけ渋いオレンジ。緑なら新緑樹のような夏を思わせるほんの少し深い色を。
どうしてもペールのラベンダーがその時も流行りだというなら布地から変えて、地色をアイリッシュクリームのような雰囲気のある白にする。そして刺繍を大胆にペールのラベンダーにしてやればよろしい。
夏ならもちろん空のような青。灰色のまったく入っていない白でなく水で薄めたような水色でもいい。
むしろこの季節にチュールは無粋だろう。少し麻の入ったようにも見えるざっくりとした織り感の薄手の布であれば文句なしだ。格式なんか知ったことか。彼女にはそれが一番似合うに決まっている。
夏場には白も映えるけど黒も良いと思う。黒いミニマルな上半身。下は少し奔放なまでにボリュームを足す。
お洒落は忍耐なんだろ。熱さには少し耐えてほしい。その代わりバックスリットを入れていいものとする。
婚約者なるその不心得者が苦言を呈するようなら似合っていないか尋ねてやれ。似合わないというならそいつは間違いなく見る目がないのだからそれが分かってちょうどいいだろう。
秋には当然ツィード生地だ。ミルクチョコレートとほんの少しのマゼンタピンクと白で作られた生地があれば、彼女の個性にぴったりのものができるだろう。
上半身はなるべくかっちりと、それこそ騎士のお仕着せをほんの少し変えたような堅苦しさで
下半身には黒無地の見事なとろみのある生地でドレープを作る。フェミニンに、舞台女優の演じる女神のように。ゴージャスだ。ブラボー。これで目を奪われて賞賛しない奴はまさしく節穴。
まあ、冬は割愛しておくとする。さすがに今着ているものをけなすのも代案を考えるのも礼を失するにもほどがあるってものだ。
そこらへん、さすがにイリスも心得ている。
そもそもこんなに雰囲気のある只者ではないかわいらしさだけでも美しさだけでもない新機軸の美を持つ人間に流行り一辺倒のものを着るようにさせるあたり流行というものもなかなか罪深い。
この辺りはまったくもってイリスはレディと意見を同じくしていた。
言葉に出すかどうかが違うだけだった。
そのはずだった。
気づいたら目の前のパグ娘は黙り込んでいた。頬にチークをさっきより余分に入れて、目薬なんか差しましたか?というふうに潤みを帯びた光が眼に灯っていた。
唇はかみしめすぎて複雑にたわんでいる。
耳の裏からミスターの皮肉気な笑い声が聞こえた。
「ほら、君が舞台に上がる時だ!端役とはいえ!」
「あたし…私、美しく見えていて?あなたに?」
レディ・パグは酸欠にあえぐように肩を上下させながら、餌を求める魚のように唇をぱたつかせた。
イリスは首を傾げた。
「レディ、その…失礼ですが。鏡をご覧になったことが無いわけではありませんでしょう」
イリスにはまったくもってわからなかった。
この人は素材を生かせる環境に恵まれていないようには見えるが、間違いなく美しかった。
何よりも生気がある。それはまったくもって自分に持ちえない彼女の美点だと思った。
「あなた…あなた、お名前は…いいえ、いいえ」
誰でもいいわ!
パグ娘のチェリーレッドの瞳は今や内側に恒星でも宿しているかのように光っていた。
あなた、わたくしのタウンハウスにいらっしゃい
今すぐよ!
腰に手を当てて命令をするパグ娘の頬の赤みは今や首筋にまで至っていた。
眼の潤みは目頭から鼻筋に伝っていて、鼻先から唇にぽつんぽつんと落ちていく。
かわいらしくてかわいそうなこのパグ娘の美しさを肯定する人間は今まで一人もいなかったのか?
イリスはねえやを振り向いてどうしようか目で語りかけた。
ねえやは少しもうろたえた様子がなかった。
ただ、イリスの肩にかかったストールを直すふりをしてそっと触れてくれた。
イリスにとって、それがどのように心に響いたことか。
イリスの目には今や静けさが戻っていた。
うろたえることなど少しもなかった。ねえやがそばにいてくれるなら。
ありふれたテンプレート的展開というものはわかりやすいが故に求めるものの元へ運ばれやすくなっているのだ




