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レディ・バタフライとパグ娘

流行りは乗るもの作るもの

だからこそ悲喜こもごもが生まれる……ってわけよおわかり?シスター

今日の湖はちょうど、春の色をしていた

少し前までは冬の色をしていたと思ったが、イリスはそれを口にしなかった

ただ大きく息を吸う

清涼というにはまだ冷たすぎる空気が肺を満たす

これがきっと春になりたての空気なのだろうとなんとなしに考えた

ねえやがそっとイリスの肩に黒いツィード生地のストールを掛ける

未だ水場は少しばかり寒い

ねえやはあまりイリスに声を沢山掛けることはない

生家での出来事が二人の関係に影を落としていることは間違いなかった

それでもねえやはこうしてイリスの側で何くれなく世話をするし、イリスはそれを享受する

血のつながりが無くともイリスにとっては家族よりも家族らしいのがねえやで

それでもねえやの立場は家族でないのだった


「ねえ貴女、聞いていて?あの男!わたくしを一体何だと思っているのか…婚約者よ!?わかる?あの人の同僚の女騎士とは違うのよ!」

きゃんきゃんと隣で目の大きなご令嬢がわめいている

なんだか街中で散歩中に他の家の犬と出会った犬みたいな吠え方だなぁとイリスは思いながら湖のさざ波を見つめた

彼女はいきなり現れた

ざかざかと、それこそ貴族令嬢とは思われぬような足取りで湖にやってきては不機嫌なウサギのように足を踏み鳴らしたかと思うと

目ざとくイリスとねえやを見つけては、付き人がいることに安心したのか何なのか

彼女たちの隣に居座ってなんだかよくわからないことを言い立てているのだった


彼女の後ろでは帯剣した女性が少しばかりおろついている

なるほど、これが女騎士

話に聞くものの(つまり本や絵で見たということだ)実物を見たのは初めてだった


イリスは横目で彼女を観察した

黒々とした艶のある巻毛

サクランボみたいな赤みのある瞳

怒りで赤くなっているみたいなほっぺたに、薄くてよく動いてはのべつくまなしに文字の羅列を吐き出す唇!

美人なのは間違いない

ただ、ちょっと身に着けているものの雰囲気が似合ってはいないだけだった


彼女は目が大きいが決してあどけない顔つきというわけではない

しかし美しい、エレガントな要素だけで出来た顔つきでもない

目は大きくて、まつげは上向き

なんだか人形じみたつくりで、そこだけ見たらかわいらしいと言えるんだろうなと思う

鼻はと言えばこぢんまりとしていて、決して形が悪いわけではないのに完ぺきとは言えない

それでも全体としてみれば美しさだけでない味をその鼻が与えているのだった


体つきはとてもほっそりとしていて、いかにも貴族令嬢らしく肌はつややか

身に着けているデイドレスも一級品

少なくともイリスとねえやよりも上等な布を使っていそうだった

もしかしたらこんな乱雑なコミュニケーションとも言えない何かを彼女が二人に向けているのは、

自分の家より金回りが悪そうだけれど普通の庶民でもなさそうに見えているからかもしれない

イリスはそんなことを頭の片隅で考えながら彼女の身にまとっている色や形を今度は正面からまじまじと見る


デイドレスってやつはそもそもデコルテをしっかり見せるものではない

だから彼女の胸元もまあたっぷりとした布地でとまではいかないが、鎖骨が見えない程度には守られていた

なんていうか、貴族らしい恰好と思ったのはもしかしたらあまりにもその服装が彼女の個性と真っ向衝突しているからかもしれなかった


「あァら御覧なさいな芋虫ちゃん、この困ったパグ娘ったら鏡の一枚も持ち合わせてないみたいね?」

「レディ、ああレディ。このかわいそうな芸術家を悪く言うのはやめて差し上げて頂戴な」

彼女はただ、自分の可能性に挑戦しているだけなのよ


あれあれ?今日はレディ・バタフライとミスター・アンブレラが着いてきていたはずだった

イリスの頭の中から世界に投影されるお友達

その顔ぶれがいつの間にか一人分変わっていたのだ

いつだって杖の代わりに真っ黒な蝙蝠傘を携える皮肉屋のミスターの代わりにふわりふわりと金魚のような裾をたなびかせるレディをたしなめているのはシスター・ガルニエ

ベールをきっちりとつけた黒衣の修道女だ

まあ、もちろん口は悪い


「ねえ貴女聞いているんでしょうね?わたくし何か間違ったことを言っていて?たった一言よ!たった一言お世辞とも思えない熱の入った言葉をもらえたならわたくしそれでよろしいのよ、わたくし、何か違うことを言っているのかしら!?」


直截に言って、イリスには関係もなければ知る由もない事だった

だって、イリスはこの名前も知らない御令嬢の言う『あの男』の上っ面滑りらしい言葉を見たことも聞いたこともないわけだし

社交をぶん投げているのでもちろん婚約者だっていない

ただイリスは、この目の前でわめきたてている御令嬢(らしき人)の服装をまじまじと眺めて今の流行りはこういうものなんだなァ、などとぼんやり思うだけであった


ただまあ、ふわりふわりと視界を麗しのレディ・バタフライのドレスの裾がきらきらゆらゆらしているし

白い繊手のシスターはおろつきながらレディとなにか言いあっている


「大体なァによこのダッサイ色!この娘にこぉんなペールのラベンダーなんか着せちゃって。この娘の侍女は仕事が出来ないのよ。間違いない」

「ああ、ああレディ、レディ!お聞きになって、どうかもっとそう、彼女の可能性を信じて差し上げることも肝要なのでは?ご覧になってくださいな彼女の首筋を!ラベンダーの布地との対比を!ギリギリですわどうにかこの不均衡を壊滅的にしないための努力が見えるではないですか」

「シスター、あんた神様にでもなったつもりなの?言っておくけど、人の肌の色も血の色も神様がお作りンなったところからどうあがいたって変えられやしない。この娘の侍女が首筋にどうにか白粉をはたいて色映えを偽装しているのは白い薔薇を赤く塗るようなこと」

つまりは無粋ってワケ!

魚のうろこのようにきらきらした爪を口元にやって、レディ・バタフライは婀娜っぽく高笑いした

相反したような表現だが、そうとしか見えないのだ。

彼は確かにレディだし、厳しい評論家でもある

そしてシスターは些細なことにも気が付くが、決して穏やかで寛容な人間ではない


御令嬢が身に纏っているのはペールのラベンダー色で、しかも生地にはそれなりの厚みがあった

まだ春先だからだ。

お洒落は忍耐だからって、いくらなんでもチュールやシフォン生地をメインにしたデイドレスはまだ寒すぎる

その生地は色味といい質感といい、この御令嬢の個性と本当に正面から見事な殴り合いをしているのだった


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