第七話
ガラガラガラ――
「先生。ただいまかえりました」
柚子は、沖田の目の前から姿を消した後すぐに長州藩邸に戻っていた。
すると、
「柚子か。思ったより早かったな。沖田を殺ることはできたか?」
奥から出てきたのは、吉田だった。
柚子は、軽く会釈をして事のあらましを話し出した。
「いえ、実はとんだ邪魔が入りまして…。決着はつかぬまま戻ってまいりました。すみません」
柚子が、申し訳なさそうに謝ると吉田は分かっていたかのようにうなずいた。
「やはり、そうか。壬生浪、一筋縄ではいかない、か…。
それより、柚子。その傷はどうした?」
そういうと、吉田は柚子の腕の傷を指差した。
確かに、柚子の腕には刀をかすったように傷ができており、そこからは鮮明な真紅の血が流れ出ていた。
その傷を見て、柚子は、
「あぁ、これですか。たいしたことではありませんよ。三段突きというのをよけられなかっただけですので。私の腕が未熟だったまでです」
と、微笑みながら答えた。
が、吉田は珍しく考え込み小さく
「柚子が人斬りを初めて任務を遂行できなかったことはおろか傷をつけられるとは一度もなかった。
壬生浪。少々厄介な相手になるかも知れんな」
とつぶやいた。
「明日も同じ夕刻に待つと文を置いてきましたので。明日にでも、決着をつけてきます」
吉田の言葉を聞いた柚子は自信満々言い放った。
その言葉を聞いた吉田は、妖艶に微笑し、
「もし、次に邪魔が入ったときは―――」
「殺せ。」
と、冷酷に言い放った。
「な、何をおっしゃっているんですか。先生。あくまで相手は新撰組の沖田総司です。
あたしは、関係の無い人間は斬れません」
柚子は、大きく目を見開いて訴えた。
柚子には、信念がある。
『敵討ちに関係の無い人間は傷つけない』。
柚子にとって人斬りは快楽のために行うものではなく敵討ちを探し自分の手で殺す手段。
そのため、いくら自分の主である吉田の発言でも許せなかった。
しかし、そんな柚子をあざ笑いながら、吉田は、
「『関係の無い人間は斬れません』か。
あまいな。柚子。お前はすでにその手で何人斬った?
殺した相手の中に敵はいたか?」
吉田の確信をつく言葉に柚子は、反論できず黙り込んだ。
確かに、今まで殺した多くの命の中に柚子の仇は居なかった。
それを見た吉田は続けた。
「居ないのか。戯言を抜かしながら結局お前はただの人斬り。
それ以上でも以下でもない」
そういうと、吉田は奥の部屋に戻っていった。
一人取り残された柚子は、
「あたしは、ただの人斬り…?」
と消え入るような声を出すのだった。
今まで自分が信じてしてきたことを全否定された。
そして、その否定は確かに正しい正論だった。
自分の信念を否定されると言うことは柚子にとって何よりつらいことだった。
ただの人斬り
その言葉が柚子にはひどく重くのしかかったのだった。