第41話 決意
登場人物
・ドラガン・カーリク…人間。ベレメンド村の発明少年。
・アリサ・ペトローヴ…人間。ドラガンの姉。ごく普通の常識人。
・セルゲイ・カーリク…人間。ドラガンの父。竜車の御者。死亡。
・イリーナ・カーリク…人間。ドラガンの母。畑を手伝っている。
・アルテム・ボダイネ…人間。ドラガンの友人。
・ナタリヤ・ボダイネ…人間。アルテムの妹。
・ハラン・ゾルタン…ドワーフ。ドラガンの友人。
・ハラン・ドミニク…ドワーフ。ゾルタンの父。桶屋。
・ロマン・ペトローヴ…人間。アリサの婚約者。村長の息子。死亡。
・アナトリー・ペトローヴ…人間。ベレメンド村の村長。
・タルナメラ・クリシュトフ…ドワーフ。ベレメンド村の首長。
・イーホリ・ザバリー…人間。教師。ドラガンの担任。
・モナシー…人間。工務店を営んでいる。
・ラスコッド・ザラーン…ドワーフ。冒険者。死亡。
・ヘオリー・マイオリー…人間。冒険者。
・ベアトリス・プラジェニ…エルフ。行き倒れたドラガンを助けた。
・イリーナ・プラジェニ…エルフ。ベアトリスの母。
ベアトリスたちプラジェニ家に居候して一週間が経過した。
一週間で色々なことがわかった。
プラジェニ家は農業を生業にしていて、いくつかの畑を共同所有している。
どの畑も家から少し離れているが、そこでさまざまな生薬と香辛料を栽培している。
メインで栽培しているのは、胡椒、ウコン、香菜、生姜、唐辛子。
これが主な収入源らしい。
それ以外にも、肉桂、サフラン、セージ、月桂樹、ナツメグといった説明されてもよくわからないものも植えている。
一部の生薬は大麦の蒸留酒に漬けて『アプサン』にしている。
これはこれでそれなりの値段で売れるのだとか。
マリウス・マチシェニという男性が共同所有者だそうで、そちらの畑では蜜柑とコーヒーを栽培している。
キシュベール地区では山羊の牧畜が盛んで、山羊の乳を良く飲んでいた。
同じように、ベルベシュティ地区ではコーヒーを良く飲むらしい。
さらに森林でキノコも栽培している。
これは副食でもあるのだが、干して粉にすると薬にもなるらしい。
一週間もいると暗部もそれなりに見えてくる。
ベアトリスたちの畑は川からかなり離れた場所にある。
どうやら川に近い畑に適した場所は人間たちに接収されているらしい。
エルフたちは天秤棒で水桶を前後に吊って、かなり遠い川から水を運んできて畑に撒いている。
さらにエルフの集落には井戸が無い。
小川が近くにあるというのに水が非常に貴重で、普段の煮炊きには雨水を貯めたものを使用している。
大量に水が必要な場合は大きな貯水池から水を汲んでいるらしい。
元気な時は溜池の水を使い、病気になると川まで新鮮な水を汲みに行く。
以前、イリーナが叔父は風土病で亡くなったと言っていたが、その風土病の原因は貯水池にあるらしい。
ジャームベック村は比較的標高が高く雨も多い。
その為、貯水池の水はそれなりに新鮮に保たれる。
だがそれは、あくまで「それなり」なのだ。
水が病の原因とわかっていても現状ではどうにもならない。
工事の技術を持った人が人間の集落にしかいないからである。
ベルベシュティ地区でも、キシュベール地区同様、地位協定は結んでいる。
だがベレメンド村と違って人間たちとの関係はお世辞にも良好とは言えない。
お互い距離を置いて最低限の付き合いに留めている。
正直なところを言えば、ベアトリスたちがドラガンを介抱しているのも眉をひそめる者がいるくらいである。
そんな状況なので、一週間経ってもアリサの情報はおろかベレメンド村の情報すら入ってこない。
何となく無下に時間だけが過ぎていっている気がして焦りが出始める。
ドラガンも畑仕事を手伝いながら色々と考えてはいた。
そこで思い出したのは、以前モナシーさんが言ってくれた言葉だった。
”誰かのためを思って真面目に仕事をすれば、どんな仕事だって感謝はされるんだよ”
自分にできることと言えば頭を使って何かを作ることくらい。
ならばエルフの方々に感謝されるような何かを作ってみよう。
「川から貯水池まで、水路を掘るわけにはいかないんですか?」
水を川から運びながらベアトリスに尋ねてみた。
「あの川ね、雨が降ると増水しよるんよ。そうなったらその水路も氾濫するやろ? そしたら人間の人らの畑が水浸しになってまうんよ」
人間の人たちに怒られるからやれないとベアトリスは説明した。
「じゃあ井戸は? 井戸は掘らないんですか?」
「うちら井戸の掘り方知らんもん。それに、闇雲に掘ってもこの辺水が出へんのよ」
当然そんな事はエルフたちもとっくに考えてきたし試してもきた。
だが上手くいかなかったのだ。
「じゃあ、外のあの大木たちは一体どこから水を得ているんだろう? 普通に考えて水が無かったら、あの木だって枯れちゃうだろうに」
「言いたい事はわかるよ。そう思て木切ってその下掘ってみたけど、水、出へんかったて聞いたよ?」
エルフだって、ここに何百年、いや、もっと長い年月住み続けている。
ドラガンが考えるような事はとっくに誰かが試しているし、その上で失敗しているんだとベアトリスは笑い出した。
井戸を掘ってみたい。
ドラガンはイリーナに打診してみた。
だがイリーナの反応もいまいちだった。
「そら井戸が使えたら、うちら大助かりやけども、井戸作るのって、ごつい労力いるんやろ?」
夕飯のスープを混ぜながら、イリーナはドラガンの方に顔だけ向ける。
「その前に、まず井戸が掘れる場所があるかどうかですけどね」
ドラガンは、以前モナシーさんから教えてもらった竜脈の探り方をイリーナに説明した。
「竜の抜けた羽根やったらすぐに手に入るけど。そやけど誰も手伝ってくれへんし、感謝もしてくれへんよ?」
「構いませんよ。イリーナさんが感謝してくれたらそれで。恩返しがしたいんです」
イリーナはドラガンの言い方に心がくすぐられる感覚を覚えた。
何だか気恥ずかしい、そんな気持ちになった。
「気持ちは嬉しいけども、そないな事考えんでも良えよ。ヴラドはもううちの子なんやから」
その翌日、エルフの男性が一人風土病で亡くなった。
エルフは、ある程度で見た目が変わらなくなるので、いまいち年齢の把握ができない。
だがベアトリスの話だとそこそこの年齢らしい。
イリーナの話だと、本来エルフは長寿の人種で人間の二倍から三倍生きるらしい。
ただし女性の体の周期が人間の三倍くらい長く、その上で出産の適齢年齢は人間と同じくらい。
そのせいで繁殖能力が弱いのだそうだ。
地区ではいつの頃からか風土病による死者が増え平均寿命が短くなっている。
今では人間よりも下回ってしまっている。
それによって様々な知識が失われていったらしい。
その翌日、また一人エルフの女の子が亡くなった。
ドラガンから見てもまだ幼く見えるその娘も死因はやはり風土病らしい。
さすがに幼い娘の死はエルフたちの心を暗く落ち込ませた。
この二人の死でドラガンは井戸を掘る決心をした。
昼間は畑で仕事をし、夕方から村の中の何か所かに竜の羽根を挿した。
お椀を借り羽根に被せ、早朝に様子を見に行った。
初日、目星を付けた場所は全滅だった。
一枚も濡れていなかったのだ。
確かにイリーナが言うように竜脈はかなり乏しいらしい。
ジャームベック村は『木漏れ日の』といわれるように周囲を森に囲まれている。
その中の木漏れ日が差す広場のような場所に人間たちは住んでいる。
小川も集落の隣を流れている。
エルフたちは広場を東に外れた森の中に住んでいる。
とはいえ家もあるし道もある。
『木漏れ日の』といえば雅ではあるのだが、つまりは、ただ単に風通しと日当たりが悪いだけなのである。
その道の隅の何か所かに目星を付けた。
だが最初に挿した羽根は全て乾いたままだった。
二日目も懲りずに別の場所に羽根を挿したのだが、これまた全滅。
三日目、村の外れの最後の候補地が当たりだった。
だがここではあまりに不便すぎる。
そこで、その周囲に羽根を仕込んだところ竜脈の通りが何となく見えてきた。
もしかしてとベアトリスの家の端に羽根を挿したところ見事に朝湿っていた。
エルフたちの主要産業は主に四つ。
農業、林業、狩猟、皮加工。
キシュベール地区では当たり前に溢れていた鉄器がここでは希少らしい。
やむをえずドラガンは木の板の先を削り、それに棒を括り付けて簡易のスコップを作った。
毎日そのスコップで少しづつ土を掘っていった。
木のスコップで四苦八苦しながら土を掘っているとエルフたちが興味津々で集まってくるようになった。
ベアトリスもそうだが、どうやらエルフは好奇心がドラガンたちより強いらしい。
一人が興味を持つと翌日には何人もが集まって来る。
毎日必死に土を掘るドラガンの姿に、エルフたちも次第に好感を抱くようになったらしい。
これを使えと言って鉄のスコップを貸してくれた。
ついには首長のバラネシュティまでもが興味を示した。
エルフは見た目ではなかなか判別が付かないのだが、バラネシュティは、かなり年齢が上らしい。
非常に髪が長く、それを丁寧に編み込んで束ねている。
「ヴラドとかいうたか。君はいったい何をしとるんや?」
バラネシュティがエルフを代表してドラガンに尋ねた。
「井戸を掘っているんです」
ドラガンはバラネシュティの方を見向きもせず、作業の手も止めず答えた。
「そんなもん掘ってどないしよう言うんや?」
「風土病での死者を出さないように、新鮮な水を飲んでもらうと思って。あんな小さい娘が亡くなるなんて見てられなくって」
そう回答しながらもドラガンは穴掘りの手を一切止めない。
ドラガンの言葉に心をうたれたようで口元を押さえて涙をこぼしてる人がいる。
「うちらのためにわざわざ……」
バラネシュティも予想外の回答に感動して思わず言葉を詰まらせた。
「病気で倒れていたところを助けていただきましたからね。何かしら恩返しをと思いまして」
そこまで言うとドラガンはやっと作業の手を休め、バラネシュティたちの顔を晴れやかな顔で見た。
「そら殊勝なことやな。人間にも、こないな真っ直ぐな人がおるんやな」
エルフたちは皆微笑んで頷き合っている。
バラネシュティは、困った事があったら申し出るようにと言ってくれたのだった。
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