第15話 製図
登場人物
・ドラガン・カーリク…人間。ベレメンド村の発明少年。
・アリサ・カーリク…人間。ドラガンの姉。ごく普通の常識人。
・セルゲイ・カーリク…人間。ドラガンの父。竜車の御者。
・イリーナ・カーリク…人間。ドラガンの母。畑を手伝っている。
・アルテム・ボダイネ…人間。ドラガンの友人。
・ナタリヤ・ボダイネ…人間。アルテムの妹。
・ハラン・ゾルタン…ドワーフ。ドラガンの友人。
・ハラン・ドミニク…ドワーフ。ゾルタンの父。桶屋。
・ロマン・ペトローヴ…人間。アリサの婚約者。村長の息子。
・アナトリー・ペトローヴ…人間。ベレメンド村の村長。
・タルナメラ・クリシュトフ…ドワーフ。ベレメンド村の首長。
・イーホリ・ザバリー…人間。教師。ドラガンの担任。
・モナシー…人間。工務店を営んでいる。
ドラガンの水汲み器はたった二日で壊れた。
村人たちは水汲み器に興味津々で、我先にと動かして水を汲んだ。
水が汲み上がる事に大喜びし、次は私、次は俺と、取っ手を上下させ、あっさり取っ手が取れた。
その後、突き棒を上下させていたら突き棒が折れた。
壊れると今度は、ドワーフたちが中身はどうなっているのかと取り外して確認。
実に良くできている。
ドワーフたちは唸った。
水が出たというだけで満足し、既にドラガンは興味を失っているが、村人たちの興味はこれからだった。
ドワーフたちはザバリー先生を呼び出した。
ドラガンに製図の描き方を教えてやって欲しいと頼んだ。
そう言われても、植物学が専攻のザバリー先生にはそんな心得は無い。
そこで、年が明けたら資料を取り寄せ二人で研究してみると、ドワーフたちには話した。
年が明けた。
新年というものは、ドワーフにとっても、人間にとっても特別なものである。
人間たちは『神』という唯一の存在を奉じて生活している。
神に名前など無く、神は神である。
各村には小さな教会があり神父もいる。
新年には家族全員でその教会を訪れ、一年の加護を祈るのが人間たちの新年の習わしである。
一方のドワーフたちは自然崇拝。
『大地母神フード・アニャ』を主神として、炎、水、光の神を三侍神とした多神教を信奉している。
キシュヴェール山には神社がいくつか建てられており、神主が守っている。
そこに家族で出かけ一年の無事を祈るのがドワーフたちの習わしとなっている。
各村で完結する人間たちと違い、ドワーフたちはいくつかの村で一つの神社を利用する。
その為、そこで近隣の村々での情報交換が発生する。
年末にドラガンが作った井戸の水汲み器は、ドワーフたちのコミュニティに噂として広まったのだった。
ベレメンドの村は人間たちとうまく共存できていて羨ましい。
周囲の村のドワーフたちは口々にそう言い合っている。
もし自分たちの村でドラガンのような子が生まれたら人間たちだけで情報共有し、ドワーフに漏れないように緘口を敷く。
その後ドワーフたちは、よくわからない部品をはした金で製作させられ、完成品を高額で売りつけられる。
人間たちは、どうやったらドワーフに対し優位な態度がとれるのか、そればかり考えている。
地位協定をどこまで無視できるか、まるでそれを試しているかのようである。
もちろんベレメンドの村も、周辺の村々から同じようにしろという圧力は受けている。
近隣の村に買いものに行くとベレメンド村の者だからという理由で、粗悪品を売りつけられたり、売ってもらえなかったりということがあるらしい。
これに対し当然、村人たちの意見は二つに割れている。
だがベレメンド村では、周囲に流されずドワーフたちと共生すべきという意見が大勢なのである。
現在の村長のペトローヴは事なかれ主義であり、村人の多くがそう言うのであればと、今の方針を貫いている。
息子のロマンも同じ方針で行くつもりだと周囲には言っている。
ドワーフたちには羨ましがられるが、人間たちからは眉をひそめられる、それがベレメンド村の実情なのだった。
年が明け数日すると学校が再開する。
ザバリー先生は周辺の村の学校に製図の資料が無いか聞いてまわった。
だがどこの学校からも、そんな資料は無いと言われてしまった。
当初ザバリー先生は嫌がらせをされていると感じたらしい。
そこで、もしかしたら資料室に眠っている資料があるかもしれないから探させてくれと頼んだ。
するとあっさりと許可された。
考えてみれば基礎教育を行う学校である。
そんなところに、入門書とはいえ工学の資料が置いてあるわけがないのであった。
やむを得ずザバリー先生はドワーフたちところへ行き、独自に製図を書いてしまおうということにした。
確かに製図は物づくりには重要なのだが、ようは作る側がわかれば良い話である。
ならば作る側であるドワーフがわかればそれで良いのだ。
そこからドラガンは学校の授業もそこそこに、ザバリー先生とドワーフの居住区に通い詰めたのだった。
ドワーフたちも人を集め、人間側も人を集め、ドラガンとザバリー先生を中心に何度も話し合いが行われた。
学校卒業まで後一月というところで井戸の汲み上げ器の製図が完成した。
そこからドワーフたちは、ドラガンの製図通りに部品を作り上げていった。
汲み上げ器側は部品こそ多いが、ほとんどは鋳型でなんとでもなるものばかり。
問題は汲み上げ管の方だった。
各井戸によって深さが異なっており、汲み上げ管の長さは異なる。
つまり、ドラガンがやったように、そこそこの長さの管を繋げるのが現実的ということになった。
しかも、これも鋳型でというわけにはいかない理由があった。
技術力の問題なのか、どうしても管の径が大きくなってしまうのである。
管が太くなると、水の汲み上げに何度も取っ手を動かさねばならなくなる。
結局その部分はドラガンがやったように、皮を木に撒きつけ膠で固めるという方針を取ることになった。
いづれ技術が上がれば満足の行くものができるのだろうが、現状ではこれが精一杯だった。
ドラガンが学校を卒業した翌日、カーリク家の使用する井戸に、汲み上げ器の試作一号が取り付けられた。
前回壊してしまった罪滅ぼし、そういう名目だった。
ロマンとアリサが二人で取っ手を上下させると、汲み上げ器から水が流れた。
それを見ると集まった人たちは拍手した。
今度はそうそう壊れないからと言われると、子供たちも取っ手を上下させ、水だと言って大はしゃぎだった。
鋳型の元型は既にできたからと、製図はドラガンに返却された。
ドラガンはそれを、お気に入りのロケットペンダントに入れ首からかけた。
ドラガンの工作がこんな事になるなんて。
アリサは、汲み上げ器に群がる村人たちを見て複雑な感情を抱いている。
自分のこれまでのドラガンへの接し方は、どこか間違っていたのではないか。
そう疑問を覚えた。
これでもう何度も釣瓶を落とさずに済むねと無邪気に笑うドラガンに、アリサは、母さんが喜ぶと思うよと微笑んだ。
「姉ちゃんは喜んでくれないの?」
ドラガンは不思議そうな顔をしたのだが、アリサは呆れたという顔をする。
アリサはもう少したらロマンのところに嫁に行くのだ。
そうなれば当然カーリク家を出ることになる。
当然アリサは別の井戸を使うことになる。
「何? まさか忘れてたの?」
ドラガンはアリサから目を反らすと、何とも複雑そうな顔をしている。
ロマンは、そんなドラガンの頭に手を置くと髪を乱暴に混ぜた。
次の汲み上げ器はうちの近所の井戸に付けてもらうことになってるから安心しろと、ドラガンの肩を叩いた。
「それよりもだ、ドラガン。結婚式が終わったら行商だぞ!」
ロマンに背を叩かれ、ドラガンは嬉しそうにロマンの顔を見上げる。
行商先のロハティンまでは片道三日。
向こうで十日商いをして帰ってくる。
西府ロハティンはベレメンド村とは比べ物にならない大都会で圧倒的に人が多い。
周辺の村々の人を足しても、それ以上の人がごった返している。
まるで毎日がお祭り騒ぎのようである。
当然そんな街であるから、犯罪の件数も多く危険も多い。
ドラガンの所持品を盗もうと目を光らせている奴らが何人もいる。
「そんなことせずに真面目に働けば良いのに」
ドラガンの言葉にロマンはきょとんとした顔をする。
そういう意味で言えば、彼らも真面目にドラガンの物を盗もうと励んでるのである。
努力の方向が間違ってるとドラガンは笑い出した。
ロマンも笑ったが、その透き通った瞳を見ると、瞳と同じように純真な心の義弟をアリサの代わりにちゃんと守っていかねばと強く感じたのだった。
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