アプリでマッチングした相手が母親だったからそのままデートしてみたら夕日は優しく包み込んでくれた。
家紋武範様主催『夕焼け企画』参加作品です。
「彼女が欲しい!」
と、思わず叫びだしてしまうほどに彼女なるものを欲しているわけだが。
なぜかって?
それは俺が華の高校生だから!
そう。高校生よ?
あの高校生。
曲がり角で美少女転校生とぶつかったり、階段から美少女幼馴染みと一緒に転がり落ちて体が入れ替わったり、皆から恐れられてるヤンキー女が実はめっちゃ優しくて可愛いことに俺だけが気が付いていたり、他にも他にも……。
そんなさまざまなドラマ展開の舞台となる高校生!
……うん。知ってる。
分かってるよ。
そんなんは所詮、マンガやアニメの話だってことぐらい。
あるいはスクールカーストトップクラスの陽キャのみに許された所業だってことぐらい。
実際は、帰宅部な上に勉強も運動もそこそこな俺にそんな気まぐれなロマンティックが訪れるはずもないってことぐらい。
いや、一応、幼馴染みとかいうのはいるんだが、ヤンキーだし、怖いし。
分かってんよ。
俺にはそんな青春来ないって。
分かってるからこそ、
「……ついに、やってしまった」
そう。
俺は手を出してしまったんだ。
マッチングアプリというものに!
「……遅いなぁ」
ポケットからスマホを取り出す。
アプリを起動してメッセージ欄を確認する。
待ち合わせ場所に着いてからもう何回もやった動作だ。
「……既読さえつかないんだけど」
小さく溜め息をつく。
このアプリは相手がメッセージを読んだかどうかが分かる仕様になっている。
「……もしかしてイタズラだったのかなぁ」
これで俺のことを遠くから眺めてて、友達とバカにしてたら恥ずか死ねるんだが。
「せっかく母さんに友達と遊ぶって言って小遣いもらってきたのに」
バイトはしてる。
してるけど、やっぱり高校生のなけなしのバイト代だけじゃ不安だったんだ。
母子家庭であるウチで母さんに小遣いをねだるのはだいぶ心が痛んだけども。
いや、このサイトは比較的安全性が高くて、幅広い年齢層が利用している代わりに詐欺めいた人が少ないって話なんだ。
だからマッチしてデートするからって、とんでもない金額を使うことはないんだろうけど、でも、でも、もし、もしも……もし仮にその、あのその、あんな場所やこんな場所に行くことになったらさ。それはやっぱり男の俺が払うべきじゃん?
一応、相手の女性は二十代前半らしいからお姉さんではあるんだけど、それでもそういうときはやっぱり俺が出さないとだよな。
「……ま、向こうは俺のことを二十代後半だと思ってるんだけど」
そう。
このマッチングアプリは年齢の設定が自由なのだ。
『恋に年齢は関係ナッシング!!』
がコンセプトなのだ。
とはいえ、運営に対しては身分証明書による登録が必要だから、俺は叔父さんの免許証をこっそりと拝借させてもらった。
叔父さんは見た目二十代と言っても過言ではないぐらい若いし、あんまり気にしない人だからまあなんとかなるだろう。
ちなみにプロフィール写真は俺自身のものだ。雰囲気写真だけど。
「あ!」
そのとき、俺のスマホに通知が来た。
『ごめんなさい(^-^;
電車に乗り損なってしまって、もうすぐ着きますので~汗汗』
そんな内容のメッセージだった。
「なんだ、良かった」
俺の杞憂だったな。
今から会う相手、マユコさんはとても礼儀正しくて真面目な人だ。
きっと待ち合わせの時間に遅れてしまうからと焦っていて、メッセージを送るのも遅くなってしまったんだろう。
ちなみに俺の登録名はタクヤ。叔父さんの名前だ。
本名はユウタだから、マユコさんに呼ばれて間違えないようにしなきゃ。
「……でも、この年代のお姉さんってこんな感じの文章なのかな」
なんか、昨日までやり取りしてた文体とちょっと違うような。なんか、その、ちょっと古い……?
いや、ダメだダメだ。そんな失礼なこと。
きっと急いでて変な感じになっちゃっただけだ。
マユコさんは清楚系の美人さん。
雰囲気写真だけだったけど、パーツからでもその美しさがよく分かった。
ちなみに俺はめちゃくちゃ目力入れた目のアップとか、思いっきりエラを張った首筋とかの写真を見せた。そういうのがウケがいいってネットで見たから。
「……あー、なんか緊張してきた」
彼女が欲しいからってこんなものに手を出したけど、もし本当にマユコさんが俺の彼女になったらどうしよう。
相手は二十代前半よ?
お姉さまよ?
え? 大丈夫? 俺。
「……もうちょい大人っぽい服にしてくれば良かったかな」
俺の中では最大限のオシャレをしたつもりだ。
古着のジーパンにグレーの薄手パーカーに黒のジャケット。
母さんが買ってくれた、いつもよりちょっといいとこのやつ。ま、ノーブランドだけど。
俺に服のセンスが皆無だから母さんセンスファッションなんだけど、ガキっぽくないかな。あるいはオジサンっぽくないかな。
でも、この服装でいるって送っちゃったから今さら変更はできないし、もうこのまま行くしかない!
「タクヤさん! お待たせしました~!」
「!」
そんな風に決意を新たにしたところに、ついにマユコさんが登場。
声がけっこう高い。いいかも。
「いえ! 僕もいま! ……キタ、トコ……ろ?」
「……え?」
「……は?」
「……な、なぜ?」
「……マユ、コ、さん?」
「……タクヤ、さん?」
オーマイガ。
そんなことある?
「……いや、母さんやん」
「……いや、ユウタやん」
マッチングアプリで会うことになった相手は、俺の母親だった。
「……さて、タクヤさんや。ちょいと話し合おうではないか」
「……うむ。それがいい。それがいいと思うよ、マユコさん」
なぜか異常なほどに冷静になった俺と母さんは近くの自販機でコーヒーを買って、公園のベンチに並んで腰掛けた。
お互い、声のトーンがさっきとは別次元に低い。
ちなみに母さんの本名はサヤカだ。
「……マユコって、たしか婆ちゃんの名前だったっけ?」
「そうだね」
俺は婆ちゃんの名前であんなに盛り上がってたのか。
「……タクヤってことは、あんたの叔父の?」
「そうなるね。母さんのお兄さんの」
「……あたしゃ、実の兄の名前で一人で盛り上がってたんかい」
うん。母さん。
俺はたしかにあんたの子だよ。
「……どうやって登録したのさ?」
「叔父さんが酔っぱらって寝てる時に写真を……」
「……あのジジイ。あとで殺っとくか」
母さん。今回に限ってはやめてあげて。俺のせいだから。
「……てか、あたしがホントに普通の女の人だったら、ユウタとデートしたらお巡りさんに怒られるからね」
「え!? そなの!?」
そこに愛があっても!?
「……そんなことも知らなかったのかい。あんた未成年でしょ」
そんなの無慈悲だ! そこに愛はあるんか!
「……てか、なんであんたマッチングアプリなんて……」
「……いや、その言葉そっくりそのまま返しますけど」
「うっ。特大ブーメランやった」
母さんは何かが刺さったみたいにやたらとデカい胸を抑えた。
……てか、その胸確実に偽物よな。詰めすぎだろ。
「……あの、マユコさんの写真は?」
あれは確実にこんなくたびれたババ……歴史のある女性のものでは……。
「お化粧と加工アプリは人類の最大の叡知だと思うの」
「……さいですか」
怖い世の中だよ、まったく。
四十代の母さんがあそこまでなるなんて、もう写真は何も信用できないな。
「……で? あんたはなんでこんなアプリを?」
「……彼女が欲しかったんだよ、高校生だし。青春したいし」
「……まあ、気持ちは分かる。
あんた、学校じゃモテなそうだもんね」
「……否定はできぬ」
正論過ぎてぐうの音も出ぬ。
いや、それよりも!
「俺なんかより母さんだよ!
なんでこんなのやってんだよ!」
たしかに母さんはシングルマザーとして俺を女手ひとつで育ててくれてるし、早くに父さんを亡くしてはいるけどさ!
「……ちょっと、歩こうか」
「はい?」
俺の質問を無視して母さんはベンチから立ち上がった。
「行きたいところがあるんだ。せっかくだし、久しぶりに母さんとデートしようよ、タクヤさん」
「……デート代は頼むよ、マユコさん」
「あんたに渡した小遣いからまず使うよ」
それはごもっとも。
「ユウタ! コロッケ! コロッケ食べよ!
ここのめちゃくちゃ美味いんよ! しかも安いんよ!」
「……うん、知ってる」
「ユウタ! タピオカだって! あのタピオカ! ユウタが永遠に関わることのない陽キャJKの大好物タピオカ!
これ、ラーメン一杯と同じカロリーって知ってた!? でも飲も! ノリよこんなん!」
「……俺の心はラーメン一杯よりも重たくなったよ」
母さんめちゃくちゃはしゃいどりますがな。
デートって言っても、その辺の商店街をぶらぶら歩いてるだけ。
てか、休みの日によく買い物しに来てる所だし。今さらそんなはしゃぐようなことでは……。
「へーい! ユウタ! 次はあっち行くぜー!」
「……」
まあ、母さんが楽しそうだからいいか。
いつも遅くまで仕事をして、疲れた様子で帰ってくる母さん。
それでもきちんと俺のメシを用意してくれるし、話も聞いてくれる。母さんもその日の出来事をいっぱい話してくれる。
で、次の日には俺より早く起きて朝メシを用意してる。
「ちょっと! 早く来なさいよ~!」
「……へいへい」
しっかり化粧をしていつもと違う洋服を着て、今日を楽しみにしていたのが分かる。
「……」
息子としては、それが少し複雑だ。
母さんには幸せになってほしい。
でも、やっぱり父さんのことも想っていてほしい。
そう思うのは、俺のエゴなんだろうか。
俺がまだ子供だから、そんなことを思うのだろうか。
母さんには母さんの人生がある。
母さんは、俺の母さんってだけじゃない。
俺はそろそろ、それを理解した方がいいのかもしれない。
「ユウター! このクレーンゲームぜんぜん取れないんだけどー! ぶっ壊していいかな~!」
「やめろ元ヤン!」
少しだけセンチメンタルな気持ちになりながら、俺は慌てて母さんを止めに急いだ。
「あ~! 遊んだ遊んだ!」
「……ホントにな」
その後、結局ボウリングにカラオケにバッティングセンターと、激しく体力を消耗する遊びに付き合わされ、俺はへとへとになっていた。
「風が気持ちいいね~」
「……たしかに」
今は子供の頃によく通った公園に来ていた。
ここは高台にあって、街を一望することができる。
いつの間にか日が暮れてきていて、街は夕焼けで見事に真っ赤に染め上がっていた。
涼しい風が体の疲れを流してくれる。
夕日は優しい。
こんなにも世界を黄昏に染めるのに、直視してもその目を焼こうとはしない。
むしろ優しく包み込んでくれる。
まるで子供の頃に、布団に入る俺に優しく語りかけてくれた母さんみたいだ。
静かで暗い夜が怖くないように、眠っている間に過ぎていくように、優しい温かさで包み込んでくれる。そんな感じがする。
だから俺は、この夕焼けの町並みが好きだ。
「……お父さんとも、よくここに来たんだ~」
「……え?」
二人でぼんやりと夕焼けを眺めていると、母さんがぽつりと口を開いた。
「じつはここでね、お父さんからプロポーズもされたんだよ」
「マジか!?」
それは初耳だ!
「……でね、お父さんと最期に一緒に出掛けたのも、ここ」
「……そっか」
……それも、初耳だな。
「……お父さんが病気になって、たぶんもう外に出られるのは最後だろうってことになって、どこに行きたいか聞いたら、お父さんはここに行きたいって言ったのよ。
でね、そのときにお父さんと約束したんよ」
「……約束?」
今は亡き父親と、マッチングアプリをするって約束を? え、なに? 転生してくるからそこで出会おう的な?
え? 頭大丈夫? いや、俺の妄想が大丈夫か?
「……ユウタが高校生になってバイトとか始めて手が離れたら、自分の幸せを探してもいいんだよって、あの人は言ってくれたんよ。
責任感の強い君のことだからユウタがある程度育つまではそんなこと考えもしないだろうし、って」
「……父さんが」
「で、あたしは言ったんだ。
探してやるって。探して探して、お父さんよりあたしを幸せにできる男はいなかったっていつかあの世で言ってやるって。
だから、これはその最初の一歩だったんだよ」
「……母さん」
母さんは意地っ張りだ。
父さんの記憶はあんまりないけど、そんな母さんを優しく見守ってたことは覚えてる。
「あの人はバカだからさ。自分以外の誰かでもあたしを幸せにできるって思っとるんよ。
満足した顔で先に逝っちゃってさ。
ホント……バカな男だよ……。
あんたより良い男なんて、この世界のどこを探したって居やしないんだから……」
「……」
俺は知ってる。
母さんが夜中まで働いて家に帰ってきて、俺の寝顔を見たあとに父さんの遺影を見ながら、たまに泣いていることを。
お酒を片手に目元を拭っていることを。
「……」
俺はそれを知っていて、布団を被って寝たふりをしていた。
見てはいけない気がしたから。
母さんが、見せたくないと思っている気がしたから。
でも、ふと思う。
もし俺が奇跡的に結婚したりして母さんと別々に暮らすことになったら、母さんは毎日独りで過ごすのかと。
父さんの遺影を見ながらグラスを傾ける日々を過ごすのかと。
その寂しげな背中を、俺は見たくないと思った。
母さんにそんな姿をさせたくはないと。
「……いいじゃん」
「え?」
俺が呟くと、母さんは軽く目元を拭ってからこっちを見た。
俺はそれに気付かないように夕焼けに染まる街だけを見つめた。
「探そうよ、再婚相手。
父さんに言ってやればいいさ。あんたなんかよりよっぽど幸せにしてくれる男はいくらでもいたぞって。
母さんを置いてさっさと逝っちゃったことを後悔するぐらい、幸せになってやればいいんだよ」
「……ユウタ」
こんなに頑張ってくれている母さんには、それだけの権利があるはずだ。
「でも、付き合う前に必ず俺に紹介すること。
俺が母さんに相応しい男かどうか審査してやるよ」
「ははっ! 陰キャくそ童貞のあんたが?」
「……ぐう」
母さん、それはちょっと辛辣すぎるよ。
「……分かった。必ずあんたに紹介するよ。
そんなことがあればね」
「……ああ」
あるさ、母さんならきっと。
「あんたもね、彼女が出来たらちゃんと紹介するのよ」
「ぜ、善処しよう」
「リナちゃんなんかはどうなのよ? 高校まで一緒にしちゃってさ」
「あ、あいつはただの幼馴染みだろ! しかも高校が一緒だったのはたまたま!
誰が好き好んであんな奴と!」
「あーはいはい」
「……ったく」
そもそも、俺が彼女が欲しいって思ったのは母さんに安心して欲しかったからってのもある。
あんたの息子は勝手に幸せになるから、母さんも勝手に幸せになっていいんだって、そう伝えたかったのかもって、今なら思う。後付けみたいだけどさ。
夕日が沈んでいく。
ゆっくりと空気が冷えて、暗くて静かな夜がやってくる。
でも、それは完全な暗闇ではないことを俺はもう知っている。
空には月が輝き、星が瞬くから。
そうして、また明るい朝はやってくる。
太陽が、夕日が沈んでしまった母さんの、俺は月でいられただろうか。星でいられただろうか。
母さんの歩く暗闇を、一緒に歩いて照らすことは出来ているだろうか。
出来ていたらいいな。
そして、再び明るい太陽を見つけることができたらいいな。
黄昏に染まる母さんの横顔を横目で眺めながら、俺はそんなことを考えてみたりした。
そして、そこから十年の月日が流れ……。
「ユウター! ごめーん! ユナがうんちしたっぽーい!」
「あ、おっけー。俺がおしめ替えとくからリナはそのままメシ作ってて~!」
「サンキュー」
俺は奇跡的にも結婚なるものをしていた。
おまけに可愛い可愛い娘なるものまで生まれた。
「おー。いっぱいしたな~。バッチリ臭いぞ~。生きてる証拠だ~」
「なにそれ」
バカみたいなことを言ってリナと笑い合う。
娘も嬉しそうにキャッキャと笑う。
こんな幸せがこの世界にあったのかと驚いてみたり。
「なんかさ、ユナってちょっとお義母さんに似てるわよね」
調理が一段落したリナが様子を見に来る。
「そうか~?」
俺には世界一可愛いリナに似て、世界一可愛い娘にしか見えないんだが。
「うん。目元とか。あ、ユウタに似てるからかな」
「そうだな。きっとそう。そうに違いない」
母さんじゃなくて俺に似た。その方が嬉しい。
「……でも、あのときは驚いたわ。
あんな元気だったお義母さんが……」
「そうだな……ん?」
そのとき、俺のスマホが着信を知らせてきた。
「すまん。まだおしめ替えてる所だから出てくれる?」
「おけ~」
リナが通話ボタンを押すと、
「ハロハロ~!
ユウタ~! リナちゃーん! ユナちゃーん! みんな元気~?」
「母さん。相変わらず元気そうだな」
それは母さんからだった。
どうやらビデオ通話のようで、海辺でサングラスをおでこにのせた母さんが映し出された。
「あら~! ユナちゃん元気モリモリしたわね~! 生きてる証拠!」
「ぷっ! ユウタと一緒」
「……母さん。改めて聞くとバカみたいだわ」
「なんの話~?」
母さんがこっち側の映像を見て俺と同じことを言っていた。
吹き出すリナに途端に恥ずかしさが込み上げる。
「ボブ……ダディは?」
「ビッグウェーブが来たからって、また海に飛び込んで行っちゃったのよ~! 退屈だからあんたたちに電話しちゃったの!
まったく! 今日はハンバーガーにピクルスいっぱい入れちゃうんだから!」
「さいですか」
母さんは、あのあとわりとすぐに再婚した。
まさかの国際結婚だ。
今は海外で新しい旦那と悠々自適な生活を送っている。
初めは俺の二倍ぐらいデカい黒人のおっさんが来たときはどうしようかと思ったけど、アニメやマンガが大好きで日本語ペラペラなボブと俺はすぐに打ち解けた。
おまけに母さんのことをめちゃくちゃ大事にしてくれる。
俺にダディと呼ばせているのは母さんの意向だ。
「……そっちは、もう夕方なんだな」
「ん? そうよ~。見てよこのサンセットビーチ! あの公園の夕焼けにも負けないわね!」
「……そうだな」
たしかに世界の絶景百選と言っても過言ではないぐらいに、母さんのいる向こうの夕焼けは綺麗だ。
そんな圧巻の景色とあの公園の夕焼けを良い勝負させる所は如何にも母さんらしい。
「あ! ボブが戻ってきたわ! もう切るわね!」
どうやら愛するダディが戻ってくれば俺たちはもう用なしらしい。
「……母さん。今、幸せ?」
ふと、そんなことを聞いてみる。
「ん? なーに言ってんのよ。
あたしが幸せじゃなかった時なんて一秒たりともないわよ」
「……ははっ。そっか」
母さんらしい答えだな。
「んじゃーねー。またなんか送るわー」
「お義母さんいつもありがとねー」
「いーのよー。ユウタの面倒よろしく~」
「はーい」
「ユナちゃんも元気でね~。バーイ!」
「……切りやがった」
息子には最後の挨拶もなしかい。
「ふふ。あんな元気だったお義母さんが、まさかさらに元気になって海外で暮らしてるなんてね」
「……ホントにな」
幼馴染みであるリナは俺たちの家庭のことをよく知っている。
母さんの元気な姿も、頑張って元気に見せている姿も。
「……幸せそうで、良かったわね」
「……まあ」
「素直じゃないんだからー」
「ええい! ほっぺをつつくな!」
「うりうりー!」
「くそー! お返しだー!」
「きゃー!」
ほぎゃー!
「はっ! リナ! ミルクだ!」
「承知!」
たまに、あの公園に行って夕焼けを眺める。
なんだか、父さんが俺たちを優しく見守ってくれているような気がして。
「……そっからなら、母さんのことも見えるんだろ?
幸せそうな母さんを見て喜んでるのか? それとも他の男と幸せに過ごしてて、ちょっとは嫉妬してるのか?
俺だったら嫉妬するなぁ。
ま、母さんを残して逝った罰だよ。母さんがそっちに行くまで、母さんの幸せそうな笑顔でも眺めてるんだな。
心配しなくても、今度のダディはきっと父さんも含めて三人でそっちで楽しく過ごしてくれそうな人だからさ。いつかそのときが来たら、まあよろしく頼むよ、なんてな」
「ユウター! そろそろ帰ろ~!
ユナも寝ちゃったしー!」
「ああ! 今行く!」
かつて母さんと見た夕焼けを今は妻と娘と眺める。
家に戻る俺たちを夕焼けは優しく黄昏に染める。
夕日は優しい。
どんな俺たちも、優しく包み込んでくれるから。