うきうきらぶらぶデート
ミルドレットはたった五日のうちに魔術を習得した。
といっても、習得日数はもっと短く三日程度であったわけだが、あまりの独創的な服のセンスにより、グォドレイによるセンス指導が加わった為長引いたというのが実状だ。
お洒落などマトモにしたこともなかったのだから、服のセンスが独創的過ぎるのは無理もない。
ツリーハウスから少し離れた所には、商人の往来が盛んなランセンの街があり、ミルドレットはその広場の噴水前に立っていた。
グォドレイが約束通りご褒美をやると言うので、その指示に従っているのである。
習得したばかりの魔術で拵えた服は派手過ぎない清楚な物で、一般市民に程よく溶け込む事が出来た。
——お師匠様、こんなところに呼び出してどうする気なんだろう。
行き交う人々を見つめながら、ミルドレットは溜息をついた。
こんな風に一人で街に出たのは随分と久しぶりな事だった。とはいえ、洞窟の掘っ立て小屋に住んでいた頃も、魔法薬の納品に出歩く程度で、それ以外はずっと引き籠っていたわけだが。
待ちぼうけを食らったミルドレットは、不安になってため息をついた。
が、行き交う人の合間から、知った顔の男が近づいてくる様子に目が釘付けとなった。
ミルドレットと彼の間には沢山の人々が行き交っているというのに、それらがまるで透明にでもなったかのように、彼の姿がミルドレットにはハッキリと良く見えたのだ。
「ミルドレット様。すみません、お待たせしてしまった様で……」
「ニール!!」
パッと駆けて、ミルドレットは逢いたくて堪らなかったニールへと抱き着いた。
「突然居なくなって怒ってるよね? でも、あたしも不可抗力で。でもでも、ニールだってずっと留守にしてたし! とにかく凄く逢いたかった!」
半泣きしながら言ったミルドレットに、ニールはピシリと身体を硬直させたまま微動だにしなかった。
——あれ? いつもなら『おやめください』ってあたしを引っぺがすのに。
妙に思って、ミルドレットはニールに抱き着いたまま彼の様子を探った。
ドッドッドッド!!
激しく鼓動するニールの心音に、ミルドレットは驚いて顔を上げた。
「ちょっと、大丈夫!?」
「な、なにがです?」
「何がって、だって! 心臓がおかしいよ!?」
ニールもまた、逢いたくて焦がれたミルドレットに久方ぶりに再会した上に抱き着かれ、あまりにも焦がれ過ぎて緊張がピークに達していたのである。
「し、死んじゃう!?」
「死にません」
「か、帰る!?」
「帰りません」
ニールは一旦自分からミルドレットを引きはがすと、顔に手を当てて深呼吸をした。
ミルドレットは心配そうに見つめた後、キョロキョロと辺りを見回した。
「お師匠様を見なかった? ここで待ってる様に言われたんだけど。お師匠様に診て貰った方がいいんじゃないかな? ニール、病気か何かかもしれないし」
「グォドレイは来ませんが」
「へ? どうして?」
「私は彼の依頼でここに来たのです」
グォドレイの言う『ご褒美』とはつまり、『ニールとのデート』だったのである。
だが、ミルドレットはそれが理解できなかった様で、ムッとした様に眉を寄せた。
「酷い。呼び出したのはお師匠様なのに! 急な依頼か何かが入ったって事!?」
「今日は私一人で我慢してください。それとも、二人では嫌ですか?」
「へ!? 嫌とか、そういうのじゃないけど……」
赤みがかった栗色の髪が、日の光で茜色に輝く。長身のニールを見上げながら、ミルドレットは久方ぶりに見るその顔をじっくりと見つめた。
「何か?」
ミルドレットに見つめられ、不思議そうに小首を傾げたニールにミルドレットはさらりと答えた。
「久しぶりだから、ニールの顔を目に焼き付けてるの」
「私の顔をお忘れになどならないでしょう」
「ならないけど、思い出すよりも直接こうして逢って見たかったもの」
ニールは微笑むと、「私もお会いしたかったです」と小さく頷いた。
「本当? 良かった、嬉しい。あたしに愛想尽かして居なくなっちゃったのかと思ったから」
「まさか。留守にしたのは……」
——グォドレイに拉致されたとは、間抜け過ぎて言えないか……。
ニールはそう考えて言葉を止めると、コホンと咳払いをしてミルドレットへと僅かに肘を向けた。
「さあ、時間が惜しいので参りましょう」
「何処へ? 身体は平気なの?」
ニールの腕に手を絡めると、ミルドレットはサファイアの様な瞳でニールを見つめた。
「問題ございません。ご案内いたします」
そう言って、ニールはミルドレットをエスコートした。
グォドレイからのニールへの依頼は、ただのデートではなく、完璧なデートだった。
事前に事細かに予定が記載された指示書を手渡されたが、グォドレイの目の前で破り捨てた。
とはいえ、デートなどした事も無いニールは、何をどうすれば良いのか分からなくなり、結局は指示書に記載されていた内容を思い出しながら従わざるを得なかった。
——指示書には確か……。
『グォドレイ監修 うきうきらぶらぶでぇと
その一、待ち合わせの開口一番とびきりの笑顔で台詞を言う事。台詞「逢いたかったぜ、ミルドレット。可愛い服だな、似合ってるぜ」』
言えるかっ!!
『その二、手は必ず恋人繋ぎで。台詞「人が多いな、はぐれない様に、ほら」』
できるかっ!!
『その三、広場の露店巡り。ミッション、ミリーにアクセサリーを買ってやる事』
そのくらいなら、まあ……。
不憫な事に、ニールの『一度目にしたものを覚えてしまう能力』が仇となっている様だ。指示書の内容を思い出しながら百面相を繰り広げるニールを、ミルドレットは不思議そうに見上げた。
——やっぱり、体調が良く無いんじゃ……?
「ミルドレット様。この辺りの露店を少し見て回りましょう」
「どうして?」
「何か欲しいアクセサリーがあれば、買って差し上げます」
指示書通りとはいえ、直球過ぎるニールの言葉にミルドレットはポカンとしてサファイアの様な瞳を瞬きした。
「へ!? なんで!?」
「そういうものだからです」
——ニール、絶対におかしい! 悪い病気かも!? どうしよう、ツリーハウスに戻ったらお師匠様に魔法薬を作って貰わないと駄目かも。それも、とびきり凄いやつ。
一気に不安になって、ミルドレットは上の空になりながらニールと共に歩いて行くと、元々人々の往来が激しく賑わっている広場である為、行き交う男にトンと肩がぶつかった。
「失礼」
「こちらこそ」と、ミルドレットが言おうとした時、ニールが殺気の込められた目で去って行く男の背を睨みつけた。
「殺します」
「や、止めて!?」
ミルドレットは慌ててニールの腕を引くと、「買い物はいいから、人混みから離れようよ!」と泣きそうになりながら言った。
「何故です?」
「いいからっ!」
ぐいぐいと強引にミルドレットはニールの腕を引き、路地裏の方へと向かって行った。
そんな二人の様子を物陰から見守りながら、グォドレイは呆れた様にため息をついた。




