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グォドレイにかけられた呪い

 どれほどに永い時を生きようとも、どれほどに感情をすり減らそうとも、生きる限り決して逃れる事のできない痛みがある。


『寂しさ』だ。


 グォドレイが白焔(びゃくえん)の魔導士ハリエット・ウォルノ・エリンワースの元へと訪れたのは、何度も人間に裏切られ続け、傷つき疲れ果てた頃の最悪な状態だった。


「『寂しさ』など。魔導士のくせに情けない」


 ハリエットは鼻で笑うと、白銀の長髪をさらりと後ろへ追いやった。濃紺のサファイアの様な瞳は美しく、そして自信に満ち溢れていた。

 その瞳を小ばかにでもしているかのようにグォドレイへと向けて、長い睫毛を揺らしてゆっくりと瞬きした。


「お前は優し過ぎるのだよ、紫焔よ。人間相手にいちいち感情を揺さぶられている様ではいけないよ。私達魔導士と彼等は、別の世界の生物と言っても過言ではないのだから」


「でも、同じ世界で生きてるじゃねぇか」


 グォドレイはそう言うと、グラスの中で揺れる赤い液体に視線を落とした。


 ここはハリエットの(ねぐら)。高く(そび)え立つ山の上にある氷の城で、その道のりは余りに険しく人が足を踏み入れる事など到底できない場所だった。

 無論、生物の存在しない凍える大地に、好き好んで足を踏み入れる者などいないわけだが。


 氷の城と言っても、氷で出来ているわけではない。石造りのやたらと広い古城が長年の間吹き付ける吹雪に晒されて凍結したというだけのことだ。

 室内には暖炉もあり温かく、高価な家具や調度品で飾り付けられており、床やソファの上には立派な毛皮が敷かれているという、人間の貴族や王族にも匹敵する豪華な様子だった。


 そのくせ、わけの分からない不可思議な道具類が部屋の隅に雑多に置かれ、折角の洒落た室内を台無しにしていた。

 魔道具作成を趣味としているハリエットは、毎日の様にその不可思議な道具を弄り倒し、研究に明け暮れているのだ。


 ランプの灯りがグラスの中の赤い液体に反射し、グォドレイのアメジストの様な瞳をチラチラと照らす。


「同じ世界で生きてるってのに、どうして一緒に生きたらいけねぇんだ?」


 そう言って寂しげに俯くグォドレイは、無意識にも自前の美貌を艶っぽく、やたら色気を放つので質が悪い。

 そんな彼を見て、ハリエットは悪戯っぽく唇を横に引いた。


「紫焔、私が愛してやろうか?」

「遠慮するぜ」


 即答したグォドレイに、ハリエットは不貞腐れた様に眉を片方下げた。


「何故だ?」

「俺様はお前さんの事が大嫌いだからだ」

「いけずだな。本当は好きなくせに。嫌いな奴の元にわざわざ来るか?」

「なら帰る」


 グラスをテーブルに置き詠唱しようとしたグォドレイに、ハリエットは右手ですっと印を切った。瞬間移動の魔術を遮ったのだ。


「何しやがる!」


 喚いて睨みつけた矢先、ハリエットはグォドレイの手首を掴み顔を近づけた。唇が触れるというすんでのところで顔面を鷲掴みにされて引き剝がされたが、自由な片手をするりとグォドレイの服の中へと滑り込ませた。


「どういうつもりだ、ハリエット!!」

「愛してやろうとしているだけだよ」

「遠慮するって言ったじゃねぇか!」

「それなら、性欲の捌け口として使ってくれてもいいよ」

「お断りだっ!! いい加減にしやがれっ!!」


 グォドレイが怒鳴りつけると同時に凄まじい閃光が走り、弾き飛ばした。


「俺はお前さんのそういうところが大嫌いだ! 自分を安売りしやがって!!」


 魔術で弾かれて床に座り込むハリエットに、グォドレイは怒り狂って人差し指をつきつけた。だが、ハリエットは悪びれた様子もなくケラケラと笑った。


「そう怒るな。別に安売りしているつもりなんかないよ。紫焔だからいいと思ったのだけれどね」

「嘘つけ! 毎度毎度うんざりだっ!!」

「知っていて折角来てくれたのだろう? つれないな」

「強制的に呼びつけたのはお前だろ!? 誰がこんなところに来たくてくるもんかっ!」


 海辺に腰を下ろして寂しげにため息をついていたグォドレイを、強制召喚したのはハリエットだった。

 尤も、強制召喚の魔術をくらった瞬間ハリエットの仕業であると気づき、無抵抗のまま召喚されてやったわけだが。


「ったく! お前さんはいつもいつも、他人の都合なんかお構いなしだよなぁ!?」

「いいじゃないか。私は紫焔が好きなのだから」

「俺はお前さんが大嫌いだっ!!」

「そんなことはないはずだよ。魔導士の中でも一番魔力の高い紫焔が、私程度の罠に甘んじてかかるとは思えないからね。だから、逢いに来てくれたのだろう?」


 勝ち誇ったかのようにツンと鼻先を高くして言い切ったハリエットに、グォドレイは不貞腐れて舌打ちをすると、ジロリとアメジストの様な瞳を向けた。


「……お前さんの事は嫌いだ。だが、何かあったのかと思ってな。顔だけは見ておいてやった方がいいだろうって」

「やはり、優しいな。紫焔は」

「うるせぇ! 優しくなんかねぇっ!! もういいだろう!? 用事がねぇなら帰る!」

「まあ、そう怒るなよ。良いものをやろうと思ってね」


 ハリエットはそう言うと、立ち上がって服を叩いた。


「良い物だぁ? どうせろくなモンじゃねぇくせに」

「まあ、そう言うな」


 悪戯っぽく笑ってパチリと指を打ち鳴らすと、グォドレイが顔を顰めながら差し出した掌の上に小箱が現れた。

 不審そうにハリエットへと視線を向けると、クイと顎を動かして開ける様にと促すので、渋々そぅっと箱を開けた。


 鳥の羽根……いいや、竜の羽根だろうか。一見群青色だが、光に当てると僅かに七色の光を発するそれは、大きな宝玉が連結された一組のピアスだった。


「それはね、人の寿命を延ばす事の出来る魔道具だよ。勿論、私は使った事なんか無いし、使おうとも思わないから効果の程は分からないのだけれどね」


「但し!」と、人の悪い笑みを浮かべてグォドレイを見つめた。


「その魔道具は未完成だ。完成させるには多量の魔力が必要でね。そうだね、最低でも三百年以上は身に付けておかないといけないだろうね」

「成程な。つまり、身に付けている間は魔力がこいつに吸い取られ続けるわけだから、俺の魔力も半減するってワケか」


「ご名答」


 ハリエットは満面の笑みを浮かべて見せた。それは勿論、グォドレイがそんなくだらない魔道具を身に付けるとは思っていないからだ。

 自分の魔力を三百年間半減させてまで誰かと過ごしたいと思うはずがない。


 三百年後には、今生きている人間の全てが寿命を迎え、確実に死に絶えているのだから。


 何の確証もない未来の為に、不自由な生活を送れるほど寂しさを感じているわけではないだろう、目を覚ませ、とハリエットは言っているのだ。


 だが、グォドレイは何の躊躇もなくそのピアスを身に付けた。


「紫焔!? 正気か!?」

「あ? 何がだ?」


 もう片方のピアスも身に付け終えて、ふぅとため息を吐くと「なるほどな、随分とがっつり魔力を持って行きやがる」と舌打ちした。


 ハリエットが乾いた笑いを発し、トスンと椅子に腰かけた。


「なんとも、困った魔導士がいたものだ」

「そうか? お前さんこそ未来に絶望してるようだが、大丈夫か?」

「絶望? 私がか?」


 グォドレイは頷くと肩を竦めた。


「絶望しているからこの魔道具を俺様にくれたんだろう?」

「どういう意味だ?」

「その言葉通りだ。お前さんは未来に絶望してるんだ。誰からも愛されないと決めつけていやがる」


 今まで飄々としていたハリエットが、グォドレイの言葉を聞いて突然顔を歪めた。


「ああそうだ! もう二度と私は人間と関わらないと決めた!!」


 人が足を踏み入れる事など無い凍れる山頂を根城としたのは、何度も裏切られ絶望した結果だった。

 悲しみという痛みに耐えきれず、寂しさを受け入れる事で自分を慰めているのだ。


「……紫焔よ、お前も解っているだろう? 魔導士は精神的な状態が魔力に直結する。もう二度と、あんな気持ちを味わうのはご免だ! それなら一人で居た方がずっといい!!」


「ああ。俺様は何度か死にかけた」


 グォドレイはニッと笑うとあっけらかんと言い放った。


「ガキが病気で苦しんでるってんで魔法薬を調合して助けてやったら、平和な街に災いの種になるような厄介な奴はいらねぇって追い出されるしな? 荷馬車の車輪がぬかるみにハマって立ち往生していた商人を助けたら、奴隷商人だったらしく危うく売り飛ばされるところだったしよぉ」


「……」


「この間なんてなぁ、恋人になれるかと思った女に裏切られて、魔力がこっぴどく下がった隙に捕らえられてな? 息ができねぇほどロープでぐるぐる巻きにされて、ひでぇ目に遭った。魔導士の生き血を飲めば永遠の命を授かるだなんてデマが流れて、追いかけ回されるなんてのは日常茶飯事だ。何度寝込みを襲われた事か知れねぇ」


「おい、そうまでして何故……」


「でもよ、こんなところに閉じこもってちゃあ、永遠に寂しいだけだぜ?」


 そう言った後、グォドレイは悲し気に瞳を伏せた。長い睫毛が影を落とし、煌めくアメジストの瞳を隠す様子が心悲(うらがな)しい。


「……なあ、ハリエット。俺達は簡単に人を助ける事が出来る。それなのに手を差し伸べもしねぇで閉じこもってばかりいるのは罪じゃねぇか? 俺は人間を見殺しになんかできねぇ。だからあいつらの側に居るんだ」


 ハリエットが乾いた笑いを発した。


「紫焔。私達が、人間を助ける為に存在しているとでも言うつもりか?」

「さあてな。存在意義なんてモンは人間が寂しさを埋める為にでっち上げた大義名分じゃねぇか。そんなことを言っている時点で、お前さんも人間の考え方に染まってるってことじゃねぇのか?」


 肩を揺らして笑うと、グォドレイの耳に下げられたピアスが心地の良い音色を放った。

 ハリエットは溜息を吐くと、「すまない」と小さく言った。


「私は、紫焔に呪いをかけてしまったようだね。先ほども言った通り、最低でもそのピアスは三百年は魔力を溜めこまなきゃならない。もしもその間に、寿命を延ばしたいと思える相手と出会ってしまったのなら……」

「そんときゃそんときだ。言っただろう? 未来を悲観したって無意味なことだ。それに、俺達は寿命こそ永いが決して死なないわけじゃない」


 ハリエットは眉を寄せた。自分の死について、今まで一度も考えた事など無かったのだから。永遠とも言われるほどの永い寿命を持つ魔導士は、神に近いとまでされる能力を兼ね備えているのだ。


 わざわざ『死』を意識する必要など無い。


 それだというのに、何故グォドレイはそんな事を言い出すのだろうか。


「なあ、ハリエット。『情』ってもんはな、互いに与えあってこそ成立するもんなんだぜ? 人情にしろ、友情にしろ、愛情にしろな。だから俺は与え続けることを辞める気はねぇよ。情だけじゃねぇ、俺に出来る事なら何でもするつもりだ」


「しかし、紫焔よ。一方通行になってしまうこともあるだろう。それでも何故与え続けるのだ?」


 グォドレイはアメジストの様な瞳を細めてため息を漏らしながら笑みを浮かべた。


「寂しいからだ」


 ハリエットは溜息を吐くと、小さく何度か頷いてサファイアの様な瞳を細めた。


「紫焔。もしもこれはという相手と出会えたのなら、そのピアスの片方だけを相手に身に付けさせたらいい。そうすればその魔道具は効果を発揮することだろう」


 グォドレイが耳に下がっているピアスに触れた。心地の良い甲高い音が発せられる。


「良い音だね。それは、お前の魔力が音として変換された音色だよ。今まで以上に精神的負担が顕著に魔力に現れるだろうから、下手をすれば本当に死ぬことだってある。私はお勧めしないが……」


「ああ。ありがとな」


 後悔はしないと断言するかのようにお礼を言ったグォドレイに、ハリエットはズキリと胸が痛んだ。


「それじゃあ、帰るとするぜ」


 歌う様な心地の良い音色で詠唱するグォドレイを見つめながら、ハリエットは眉を寄せた。


——馬鹿みたいに優しいこの男の事だ。例え寿命を延ばしたいと思える相手と出会ったのだとしても、自分の寂しさを紛らわせる為に利用しようとは思わないのではないだろうか……?


 だとすれば、この呪いは永遠に続くものになってしまう……。


「紫焔、一つ約束してくれ」


 僅かに振り返ったグォドレイに、ハリエットは懇願するように言った。


「もしも誰かがそのピアスを求めたのなら必ず渡すと!!」


 グォドレイは整った形の眉を下げると、寂しげに笑った。


「ああ、解った。約束するぜ」


 そして瞬間移動の魔術の印を切りながら、「そんな相手は現れないだろうけれどな」という言葉を残して姿を消した。


 しんと静まり返った室内は、いつもよりも広く暗く感じ、ハリエットは俯いた。白銀の髪がさらりと肩から零れる。


「……私も、人里へ降りてみようか」


 呟く様に言ったその言葉は、静まり返った室内に響く事無く消えた。



◇◇◇◇



 満天の星空の下、煙管を口にして、ふぅっと煙を吐いた。

 ツリーハウスの屋根の上に寝そべり、グォドレイは独り古い昔の記憶に浸りながらアメジストの様な瞳を細めた。


——ハリエット。お前さんの予想通りだ。三百年なんかとっくに経ったが、未だにこのピアスを使えずに居る。


 愛した相手に、俺と同じ呪いを掛けちまう事が恐ろしくてならない。


「……まあ、誰も俺を愛してなんかくれねぇけどな」


 呟く様にそう言って、再び煙を吐いた。

 風が一瞬のうちに煙を攫い消えていったが、遥か上空で瞬く星々の輝きは少しも霞む事なく瞳に映っていた。

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