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祝福の花嫁

 大木に構えたツリーハウスの中、グォドレイはたった一人、煙管をぷかぷかとふかしていた。


 オーレリアに教える為に揃えた魔法薬調合に使用する品々は、すっかりと埃を被り、長い間使われていない事が容易に見て取れた。


 彼女が突然ここを訪れなくなって三カ月程過ぎようとしていたのだ。


——ま、こんなもんだろう。


 魔導士であるグォドレイにとって、人間の寿命は儚い程に短い。まして、オーレリアは貴族の令嬢だ。年頃の娘ともなれば飽きも早い事だろう。

 現に、一般的な貴族女性は毎月の様にやれ流行がどうだとこぞってドレスを買い求めるのだから。そんな行為は、グォドレイにとって無意味な事でしかない。


 オーレリアは他の者達とは違った様にも見えたが、やはり同じであったのだろう。


「……まあ、暇つぶしには、なったからいいか」


 ポツリと呟くと、グォドレイは立ち上がった。そして、室内のものに一切触れようともせずに住処を後にした。


 訪れる事のない彼女を待つ事を止め、もう二度と、ここへは戻らないと決めたのだ。


 嫌に天気の良い日だった。


 晴れ渡った空から燦々と太陽の日差しが降り注ぎ、草原を輝かせていた。時折そよ風がグォドレイの深い紫色の髪をさらりと攫う。


 旅立つには絶好の日であるに違いない。

 思い出を目にすれば、寂しさが募る。それならば何もない所に自分が行ってしまえばいいのだ。


 それだから、居を構える事をしてこなかったのだから。

 結局また無駄になってしまった。


 ふと、前方に目を向けると、豪華な馬車を守る様に大勢の騎士を引きつれた一行が見えた。ルーデンベルンの国旗が掲げられている事から、王族の誰かであることは明らかだが、この地は既にヒュリムトンの統治下となっている。

 そこに堂々とルーデンベルンの国旗を掲げた一行が通るとは、どうみても不自然であった。


 何気なしにグォドレイはゆっくりと歩を進め、その一行の前へと赴いた。

 いつもであれば、極力人間には関わらない様にと姿を消すというのに。


——なんだろう。この、妙にざらつく気分は。


 先頭を守る騎士が馬を止め、グォドレイに向けて剣先を突きつけた。


「道を空けよ!! ルーデンベルンの王族一行と知っての無礼か!!」

「お前らこそ、イカレてんじゃねぇか? ここはとっくにヒュリムトンの領地になったはずだぜ?」


 相変わらずの飄々とした様子でグォドレイは言った。騎士が怒りを露わに「無礼者め!」と剣を振りかざした時、馬車の中から制する声が轟いた。


 オーレリアの声だ。


 グォドレイはズキリと心が痛んだ。


 豪華な馬車のカーテンが僅かに開き、中から着飾ったオーレリアの白い顔が覗いた。


「お止めなさい。その方は紫焔の魔導士グォドレイ様です。貴方方が何人束になろうと、敵う相手ではありませんわ」


 オーレリアの言葉に、騎士達は動揺した。


 グォドレイは訝し気にアメジストの様な瞳を細め、オーレリアを見つめると、「少し話せるか?」と問いかけた。


「良いでしょう。ですが、私はルーデンベルンの王城へと急ぎ向かわねばなりません。道すがら、この馬車の中で会話致しましょう」


 オーレリアの乗る豪華な馬車へとグォドレイが乗り込むと、一行は再び進みだした。


 グォドレイの前に、煌びやかなドレスに身を包んだオーレリアの姿があり、凛とした様子でサファイアの様な瞳を向けていた。


「久方ぶりですね、グォドレイ様」


 上品に笑い、彼女は両手を膝の上で交差させた。


「なんだよ、(かしこ)まっちまって。お前さん、そんな女だったか?」


 まるで別人と会話している様な気分になり、グォドレイは茶化す様にそう尋ねた。オーレリアは困った様に眉を下げて微笑むと、「貴方は相変わらずですね」と言って小さくため息を漏らした。


「妙じゃねぇか。この馬車はルーデンベルンの王族のものだろう? どうしてお前さんが乗ってるんだ?」


 わざわざオーレリアに問いかけるまでもなく、グォドレイは理解していた。


 これが、ルーデンベルン王太子妃を行幸する一行なのだと。


 重苦しい沈黙が車内を包み込んだ。だが、オーレリアはグォドレイから視線を外す事は無かった。


 まるで、愛しい男を最期にその目に焼き付けようとしているかの様だ。


「随分と豪勢に着飾ってるな。そんな事を、リアは求めていたのか?」


 グォドレイの言葉に、オーレリアは口元に僅かに笑みを浮かべた。


「どうかしら。でも、悪い気分ではないわ」

「いつの世も、女は着飾り、美しさをひけらかす事が好きだな。お前さんも他の女達と同じだったってことか」

「花はいつか枯れるものですもの。それならば、美しい時に一層自分を飾り立てたくなるのは当然ですわ。ですが、貴方は私が老いて死んでいっても、ずっと美しいままなのでしょうね」


 グォドレイはオーレリアの手を取り、優しく握った。オーレリアはその温もりを味わいながら、唇を噛みしめた。


「嫁になんか行くなよ。俺に、生きる意味を教えてくれるんじゃなかったのか?」


 オーレリアの手の平を親指で(すが)る様に撫でながら、グォドレイは言葉を続けた。


「寂しさを、紛らわせてくれるんじゃなかったのか?」


 何も答えないオーレリアに、グォドレイは必死になって言葉を吐いた。


「着飾りたいってなら、俺が何だって与えてやる! 老けない俺の顔が気に食わないなら、顔なんか(えぐ)ったって構わない! 老いた自分を見て欲しくないなら、目を潰したって構わない! だから側に居てくれ!!」


 つ、と。オーレリアの頬を涙が伝った。


「グォドレイ様。解ってください。貴族に産まれた女には、結婚相手を選ぶ権利などないのです」

「じゃあ、俺が国を持てば変わるのか? 一国の主ともなれば、お前の心は戻って来るのか?」

「お止めください! もう、戻れないのです!」


 オーレリアはグォドレイの手を振り払った。

 幾筋もの涙をその頬に流す余りにも悲し気なその様子に、グォドレイは唇を噛みしめた。


「泣かないでくれよ、リア」

「お願いです。私の事はもう、お忘れになってください」


 その言葉に、グォドレイは眉を寄せた。


「……俺は、リアを悲しませちまうだけの存在なのか? 俺の事を、リアは忘れちまいたいのか?」


 グォドレイはアメジストの様な瞳を悲し気に伏せた。長い睫毛が揺れる。耳に下げられた大きなピアスがシャラリと音を発し、深い紫色の髪がさらさらと零れた。


 沈黙の後、オーレリアは意を決した様にぎゅっと拳を握り締めて言葉を放った。


「人間の世界に、貴方の様な方は不要なのです」


 その時、オーレリアは既に、後のルーデンベルン第一王子クロフォードを身籠っていた。


 グォドレイは人と関われば傷つく。人智を凌駕した存在だというのに、彼の心は悲しい程に脆いのだ。


 もう二度と、グォドレイが傷つかないようにと、オーレリアなりの精一杯の言葉だった。


 余りにも強力なグォドレイの力を利用しようと、どこまでも汚れた人間の心に、汚されて欲しくはない。


「お前さんの世界にも、俺は不要なのか……? 俺の事が嫌いになったのか?」

「……私の世界にも不要だわ。貴方なんか、()()()よ」


 グォドレイはその言葉を聞き、ぎゅっと瞳を閉じた後、小さく何度か頷いた。


「……分かった。仰せの通り、お前さんの世界から消えてやるよ。ルーデンベルン王太子妃殿下。いや、ルーデンベルン王妃陛下」


 ルーデンベルンでは急遽アーヴィングの戴冠式を執り行うこととなっていた。それに間に合わせる為、この一行は王城への道を急いでいたのだ。


「人間の花嫁に、紫焔の魔導士である俺様からの結婚祝いを二つやろう」


 グォドレイはそう言うと、オーレリアの頬を優しく撫でて顎を持ち上げた。オーレリアが抵抗する事無く瞳を閉じると、その唇に口づけをした。


「……これで、リアの中にある俺様の記憶は徐々に消えていくだろう。悲しい思い出は、無い方がいい」


 グォドレイはそう言い残すと、パチリと指を鳴らし、一瞬のうちに馬車から姿を消した。


 オーレリアは号泣し、グォドレイが座って居た椅子へと突っ伏した。まだ僅かに残る温もりに、縋る様に。


 一行は、紫焔の魔導士グォドレイの転移魔法により、ルーデンベルンの王城へと送り届けられた。


 その奇跡を目の当たりにした者達は、『紫焔の魔導士グォドレイに祝福された花嫁』として、オーレリアは称えられる事となった。


 それが、グォドレイからの二つ目の結婚祝いだった。


『ルーデンベルンには紫焔の魔導士グォドレイの後ろ盾がある』との噂が広まった。


 これで大国ヒュリムトンも、ルーデンベルンに侵略をすることが容易ではなくなったと言えるだろう。

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