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邪魔者はお前だ

 ルーデンベルンの国王が紫焔の魔導士グォドレイの手により強制的に連れて来られ、更には王太子妃候補であるミルドレットが誘拐されるというアクシデントが発生した為、ヒュリムトン国王の生誕祭は急遽スケジュールの変更を余儀なくされた。


 謁見の間での祝辞対応は打ち切られ、夜会は決行となったものの、主役であるドワイトの姿もなければ、王太子も参加しないという酷い有様だ。

 招待客達の間から漏れ伝わった噂話に尾ひれがつき、ルーデンベルンはヒュリムトンの支配下にあるというデマが、民衆にまで広まってしまった。


 ニールはグォドレイと共に消えたミルドレットの行方を探そうと試みたものの、神出鬼没な紫焔の魔導士グォドレイは、この世界にどこへでも瞬時にして移動する事ができる為、捜索のしようが無かった。


 人払いをして会議室の長テーブルへと着いたドワイト、アーヴィング、ニールの三名は、重苦しい空気の中苛立ち、更に雰囲気を悪化させていた。


 長いため息を一つついた後、先に口を開いたのはドワイトだった。


「最悪の誕生日だな……とはいえ、ルーデンベルン王と内密な話がある。シハイルよ、すまぬが席を外してくれぬか」

「どのようなお話です? 王太子の私に聞かれてはまずい話とは」


 父の狡猾さを疑いながらそう言ったニールに、ドワイトはやれやれと肩をすくめた。


「お前は夜会でユジェイの姫君と踊る役目があるだろう? 感謝祭まで後一月程だ。王太子妃候補をないがしろにしてはならぬ」


 淡々としたドワイトの様子に、アーヴィングが慌てて声を放った。


「余は貴殿と話す事など何も無い! ニールよ。契約の魔術は未だ残っているのだ。余の側を離れるな、余を守れ!」


 怯えた様に言うアーヴィングに見向きもせず、ニールは溜息をついた。ミルドレットに対しての酷い虐待を行っていたと知った今、よもや同じ空気を吸う事すら耐えがたい。


 ニールは席を立つと、ゆっくりと扉の方へと歩を進めた。


「ニール、おい、何処へ行くのだ!!」


 アーヴィングが叫び、ニールは僅かに振り向いた。


「私はシハイル・ベルンリッヒ・ヒュリムトンです。この王城で、二度とその名で私を呼ばないでいただきたい」


 そう言い残して、ニールは部屋から出て行った。


 静かに廊下を歩きながらも、怒りで握りしめた拳が震える。


 アーヴィングを殺そうと首筋に剣先をあてがえた時、耐えられない程の恐怖がニールを襲った。あの絶望にも似た恐怖は、一体何だったのだろうか。


 ミルドレットに心身共に深い傷をつけたアーヴィングに復讐できるのならば、例え自分の命が潰える事になろうとも構わない。


 その覚悟が、自分には全く出来ていなかったのだと思い知らされた気分だ。


「おのれ、グォドレイ……! こうなると分かっていてアーヴィングを攫って来たのか! 私に、手出しが出来ない事を知っていて!!」


——一体目的は何だ!? ヒュリムトンとルーデンベルンの崩壊か!? そんなことをして奴に何のメリットがある!? 国を消し去りたいのであれば、こんな小細工をするまでもなく、奴ならば造作もないはずだ。


 怒りを無理矢理に押さえつけながら、ニールは廊下を歩き、生誕祭の夜会が繰り広げられているであろう広間へと歩を進めた。

 本当は、ミルドレットの行方を捜しに出たかった。だが、それにはデュアインの存在が必要不可欠であった。

 怒りに任せて人前に出せない姿にしてしまった事が悔やまれる。


「シハイル殿下」


 艶やかな黒髪を肩からサラリと零し、ヴィンセントがお辞儀をした。その傍らにはアレッサの姿があり、彼女も優雅に膝を折った。

 ニールは怒りを鎮め切れていないまま口元に笑みを浮かべた。


「アレッサ姫。お待たせしてしまった様で、失礼いたしました」


 アレッサは遠慮がちに「いえ。大変な事態でしょうから、致し方ございませんわ」と言った後、チラリと黒曜石の様な瞳を向けた。


「殿下も夜会を欠席されるのですか?」

「いえ。ヒュリムトンの王族全員が欠席するわけにもいきませんから、これから向かうところです」


 そう言って、エスコート役を代わるためにアレッサの側へと赴くと、彼女は頬を染めながらニールの肘へと手を添えた。

 ニールは広間へとアレッサをエスコートしながら、シハイル特有の低い声を放った。


「今日は陛下の生誕祭ではありますが、王太子妃候補の実力を皆に周知させる大事な日でもあります。それだというのにお一人にしてしまい、不安に思ったことでしょう」

「殿下とのダンスの約束が反故になるのではと、心配しましたわ」


「だが……」と、後方をついて歩いていたヴィンセントが寂しげに声を放った。


「ミルドレット姫が不在では、不公平ではないか……」


 その言葉に、『全く、誰のシャペロンなんだか』と、ニールは心の中で小さく笑ってヴィンセントに向かって言った。


「グォドレイ殿が何故ミルドレット姫を連れ去ったのかはわかりませんが、氏のことですから、また突然現れるのではないでしょうか。彼はあれでいて、ミルドレット姫の気持ちを無視する男ではありません」


 ニールはそう言いながら自分に言い聞かせた。グォドレイはどこまでもミルドレットファーストだ。もしもそうでないのなら、もっと早くに彼女を連れ去っていたはずなのだから。


「私もそうは思いますが……」


 ヴィンセントが遠慮がちに言葉を続けた。


「グォドレイ殿もまた、ミルドレット姫を妻に迎える気であると聞き及びます。氏は割と短絡的といいますか、その……もし二人が同意の上……」

「ヴィンセント殿下」


 ニールはヴィンセントの言葉を遮る様に声を放ち、溜息をついてチラリと振り向いた。


「いくら心配しようとも、氏の行方を追うのは難しいということはおわかりでしょう?」

「では、放っておけと仰るのですか!?」


 ピタリと足を止めて、ヴィンセントは眉を寄せニールを見つめた。僅かに怒りを込めた強い口調で言葉を続ける。


「前々から申し上げたかった事だが。シハイル殿下に、妹のアレッサを気に入っていただけているのは喜ばしい事ではあります。しかし! シャペロンの私の不在中にばかり貴方はアレッサとの逢瀬を繰り返し、ミルドレット姫を蔑ろにするのはあんまりではございませんか! 票集めだなどと悪戯に長引かせて、ヒュリムトンは王太子妃候補の出身国を馬鹿にしているとしか思えない!!」


「……私に、妃の決定権はありませんから」


 静かに言ったニールに、ヴィンセントは尚も食ってかかった。


「決定権が無ければ、彼女等の気持ちを踏みにじっても良いとお考えですか!? ミリーは……ミルドレット姫は、毎日朝早くから夜遅くまで王太子妃候補として恥ずかしくない様にと学習に励んでいたのだ!! 貴方の為に!!」


 その努力に付き合っていたヴィンセントだからこそ、ミルドレットがどれほどに頑張ってきたのかを良く理解していた。


……だが。


 ニールはヴィンセントから視線を外すと、ふ、と小さく笑った。


「それは、本当に私の為でしょうか」

「どういう意味です?」


 眉を寄せたヴィンセントに、ニールは背を向けたまま答えた。


「ミルドレット姫は、ヴィンセント殿下。貴方に想いを寄せているからこそ、会いたいが為に努力を重ねていたのではないのですか?」


 ヴィンセントは愕然としてニールの背を見つめた。


「ミリーは、そのような女性ではない!! 訂正しろ!!」

「訂正? する必要がありますか?」


 ヴィンセントは、自分の心を見透かされ、だからこそ疑われたのだと理解した。悔し気に拳を握り締め、琥珀色の瞳をニールの背に向けたまま眉を寄せた。


「……私が、ミリーを想っている気持ちは認めよう。だが、彼女は決してそのような感情は持っていない。自分のことだから痛い程によく分かる」


 そして、溜息を一つつくと、言葉を続けた。


「アレッサ、すまぬが私はそなたのシャペロンとして相応しくない様だ。明日にでも帰国するとしよう」

「お兄様!!」


 慌てて振り返ったアレッサに、ヴィンセントは首を左右に振って制した。


「このような気持ちの私がいたのでは、ミリーにとっても、そなたにとっても良くはない。シハイル殿下、度重なる無礼、申し訳無かった。謝罪致します」


 深々と頭を下げた後、ヴィンセントは踵を返して去って行った。


 押し黙るアレッサをエスコートしながら広間の前まで到着すると、室内へと入場する直前に、アレッサはニールの肘から手を離した。


「殿下、申し訳ございません」


 そう言い残すと、パッと駆けて兄の後を追って行った。


 ニールは広間の前で暫く佇んでいたが、このまま自分一人が夜会に参加したところで、つまらない質問攻めに遭うだけだとうんざりし、自室がある離れへと戻る為、踵を返した。

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