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ドワイトの生誕祭

 ヒュリムトンの城下町では至る所で音楽が奏でられ、お祝いムード一色となっていた。


 今日はヒュリムトン国王の生誕祭だ。広場では民衆たちが用意した花々が飾り付けられ、この日ばかりは仕事を忘れダンスを楽しんでいる。

 立ち並ぶ出店は活気あふれ、「国王陛下に乾杯!」の掛け声と共に、昼間から酒を飲む者達で賑わっていた。


 ニールは白銀の仮面をつけ、王太子シハイルの装いとなり、肩にはミルドレットに仕立てて貰ったマントを掛けて、白い手袋を身に付けながら颯爽と謁見の間へと訪れた。


 簡単に祝辞を述べてドワイトの掛ける玉座の隣へと立つと、ドワイトがふんと鼻を鳴らした。


「随分と長らく留守にしていた様だな」


 ドワイトがそう言うのも当然だ。グォドレイに無理矢理に連れ去られたニールは、言葉も通じない異国の地に置き去りにされ、帰国にはひと月以上もの時間を要したのだから。


「父上の差し金では?」


 ドワイトとグォドレイの間に何らかの密約があると察しているニールがそう言うと、ドワイトはニヤリと笑った。


「成程、グォドレイのせいか。あやつの考える事は余にもわからぬ。だが、生誕祭に間に合って良かったな。公の場にデュアインを出すわけにはゆかぬ」


 ニールはチラリと視線をドワイトの隣席へと向けた。そこは空席であり、王妃であるユーリが欠席している事を物語っている。


 シハイルを亡くして以来、ユーリは夫の生誕祭に姿を現さなくなってしまった。息子の命日と夫の誕生日が一緒なのだから、無理もないことだろう。

 ユーリは誰にも知れずに息絶えた息子の為に、たった独りで喪に服しているのだろう。


 ニールが留守にしている間、王城は平穏な時間が流れていた様だ。ミルドレットはエレンに徹底的に指導されていたと聞くし、グォドレイも長らく留守にしていたようだ。


 気に食わない事といえば、相変わらずデュアインがアレッサと会っていたということだ。


「陛下。何故Dにアレッサと会う様に指示されたのです?」


 以前、デュアインを問いただした時、『本人に直接聞け』と言われた事を思い出し、ニールは苛立ちを押えながらドワイトへと問いかけた。


「そんな事もわからぬのか」


ドワイトがガッカリした様に眉を寄せた。


「お前はルーデンベルンの姫君を妃として迎え入れたいのだろう?」


 突然言われた言葉に動揺し、ニールは白銀の仮面の下でたらりと汗を掻いた。


「ええ。まあ……」

「とはいえ、ヒュリムトンとしてはユジェイの国秘も手に入れねばならぬ。どちらに転ぼうともな」


 つまり、ドワイトはミルドレットがシハイルの妃に選ばれ様とも、アレッサを王族の側に置いておきたいと企んでいるのである。

 デュアインに心を寄せたアレッサを手に入れようという魂胆なのだ。


——その様子を見て、ミルドレットはまた深く傷ついただろうか。自分を好いていると言った男が、別の女と逢瀬を繰り返しているのだ。不安に思ったに違いない。

 やはり留守にすべきではなかった。私としてはユジェイの国秘などどうでもいい。グォドレイめ、許すまじ……。


「そう怒るな。なんにせよ、王太子妃候補としてヒュリムトンの地を踏んだ以上、自国に戻ることなどできぬのだからな」

「父上こそ、私をあまり怒らせないでください。Dが死にますよ?」

「……少しは手加減してやったらどうだ?」


 ヒュリムトンに戻るや否や、デュアインがシハイルとしてアレッサとの逢瀬を繰り返していたと知り、ニールは彼を執拗以上に痛めつけ、とてもではないが人前に出せる状況では無くなった。


「御冗談を。手加減をしたからこそ生きているのです」

「あやつは優秀な影武者ぞ? 貴重な逸材を潰しては、代えが効かぬ」


 ドワイトの言う通り、デュアインは優秀な男だった。何に於いても完璧であると称賛された王太子シハイルと入れ替わっても、全く周囲にバレずに立ち回る事ができるのだから。


「どれほど優秀であろうとも私には関係ありません。邪魔ならば消すだけです」


ニールの答えにドワイトは呆れた様にため息をつくと、ふっと笑みを漏らした。


「リッケンハイアンドの姫君の件については、よくやった。マクレイ家が嫁ぎ先となれば、申し分ないだろう」


 ドワイトが広間に集まった客の一人に視線を向け、ニールもチラリと見た。そこにはマクレイ家の嫡男が齢三十にもなるというのに落ち着かない様にソワソワとしている様子が見受けられた。その傍らには、凛とした様子のルルネイアが居り、ニールと目が合うと僅かに会釈をした。

 

 ドワイトは満足気に笑った。


「気の強い娘と頼りない男。なかなか似合いではないか。良い誕生祝いだな」


 ニールはぎゅっと拳を握り締めると、静かに言葉を放った。


「……とんでもございません。あれは父上の為ではなく、ミルドレットの為ですから。誕生祝の品は別で用意してありますよ」


 謁見の間へと訪れた客人が祝辞を述べ、ドワイトは愛想良く頷きながらニールに言った。


「そうか、それは楽しみにしておこう」


 ふと視線を扉の方へと向けて、ドワイトが目を細めた。

 ヴィンセントにエスコートを受けながら、アレッサが静々と入場してきたのである。艶やかな黒髪に浅黒い肌の二人の兄妹は、どちらも揃って見目麗しく、来場客の目を惹く。


 アレッサとデュアインが逢瀬を繰り返していた事については既に噂が広まっている為、王太子妃に選ばれるのは有力であると、期待を込めた眼差しが向けられる。

 ヴィンセントについては貴族女性達からの人気が高く、場内のところどころから黄色い声が漏れ聞こえた。


 揃って頭を垂れて祝辞を述べる様子に、ドワイトは上機嫌で頷いた。ヴィンセントが書簡を掲げ持つと、「我が国からのささやかな贈り物にございます」と頭を垂れたまま言った。

 控えていた大臣が、金色のリボンが掛けられた書簡をヴィンセントから受け取ってドワイトへと献上した。

 ドワイトが書簡をはらりと開くと同時に、そこに書かれている内容をヴィンセントが暗唱した。つらつらとユジェイ国の特産である琥珀や翡翠等の献上品を述べて言葉を止めると、アレッサがすぅっと息を吸い込み、言葉を続けた。


「そして私からは、陛下の御身の治癒を献上させて頂きとうございます」


ヴィンセントは満足気に頷き、アレッサの言葉に補足した。


「陛下は膝の調子が芳しくないと伺いました故、御身に触れる事をお許し頂けませんでしょうか」

「ほう? 良い。許そう」


 ドワイトが控えている近衛騎士に手出し無用と目くばせをすると、アレッサがヴィンセントにエスコートされながら壇上へと上がり、ドワイトの前で跪いた。

 すっと両手を膝へと向けて詠唱すると、柔らかい光が放たれる。


 来場客達の目の前で、希少なユジェイの国秘である治癒力を見せつけたのだ。


「お加減は如何でしょうか、国王陛下」


 ドワイトは玉座から立ち上がって見せると、「ふむ」と満足気に笑った。


「ここのところ、膝が言う事を聞かぬのでな、最近は遠乗りも控えておったが、狩猟にも行けそうな塩梅だ。礼を言おう」


 歓声と共に拍手が沸き起こり、ヴィンセントとアレッサの二人は「恐縮にございます」と言って壇上から降りた。


「シハイル王太子殿下」


 アレッサが笑みを浮かべながら声を掛け、ニールはチラリと視線を送った。


「夜会のダンスパーティーを楽しみにしております」


 ほんのりと頬を紅潮させながら言うその様子からは、熱を感じた。恐らくデュアインがアレッサとの逢瀬を繰り返したことで、彼女の心を動かしたのだろう。


「私も、楽しみにしています」


 仕方なくそう答えたニールに、アレッサはパッと顔を輝かせた。


「では後程。広間で殿下をお待ちしておりますわ」


 王太子妃候補は、他の来賓客達とは異なり、王への祝辞の後は夜会へと向けての準備がある為、直ぐに退場しなければならない。

 来場客から称賛を浴びながら謁見の間を後にする二人の様子を見送りながら、ドワイトが言った。


「ルーデンベルンの姫君よりも、ユジェイの姫君の方がずっと価値が高いとは思わぬか? 治癒魔法は希少ぞ?」


 ニールは鼻で笑うと、「陛下と私は価値観が異なります」とサラリと返した。

 アレッサの優れた能力については、自らの身を癒して貰ったのだから、ニールも重々に承知している。この先ヒュリムトンの多大な国益となることは確かだ。


「お前からの余への誕生祝いの品だが、ユジェイの姫君との婚約でどうだ? ルーデンベルンの姫君は、妾にでもしてやれば良いではないか」

「王族は一夫多妻制ではありませんよ」

「わかっておる。だから『妾』だと言っておるのだ。そのくらいならば余も目を瞑ろう」


——何が『余も目を瞑ろう』だ——と、ニールは白銀の仮面の下で、相変わらず笑顔を貼り付けたまま僅かに奥歯を噛みしめた。

 父ドワイトが、冷酷で非情な男であることはよく知っている。ミルドレットの身を守る為には、彼女の立場を確固たるものにしない事には、容易く操り人形として餌食にされることだろう。

 それを解っていた上でも、強引にこの国に連れて来たのはニール自身であり、また、グォドレイと共に過ごす事が、ミルドレットにとって最も安全であると分かっていながら引き離そうとしているのも、ニールなのだ。


 矛盾した自分の行動に苛立ちを覚えながらも、ミルドレットだけは手放したくはないと、唇を噛みしめながらゆっくりと首を左右に振った。


「我々に決定権はありません。感謝祭での票こそが妃を決めるのですから」

「わかっておる。だが、同じ一票とて、王族のポイントは高いのだぞ」


 言い淀むニールの様子を見て、ドワイトは愉快そうに肩を揺らして笑うと、ニールと同じダークグリーンの瞳を細めた。


「案ずるな。余にとってはどちらの候補がお前の妃として選ばれようとも良いのだからな。ユジェイの国秘。紫焔の魔導士グォドレイ。どちらも余の手中に収めねばならぬ。契約の魔術とは便利なものだな」


——我が父ながら食えない男だ。

 ニールは、ドワイトに揶揄われたのだと悟り、小さく舌打ちをした。

 とはいえ、ミルドレットの契約の魔術は解除済みである為、彼女を縛り付けているのはニール自身であるという事実は、胸の内に秘めておかなかればならない。


 ドワイトがニヤつきながら口を開いた。


「して、お前の大事なルーデンベルンの姫君は、長らく自室に閉じこもっているのだと聞くが、顔を合わせたのか?」

「いえ。時間が無く、急ぎこの場へと参上致しました故」


 帰国後、ニールは一目でもミルドレットの顔を見たかったが、ひと月もの長旅をやっとの事で終えたばかりの為、生誕祭に参加する準備を急ぎ行わねばならず、少しの猶予も無かったのだ。

 それというのも全てあの紫爺のせいだ、とニールは白銀の仮面の下でギリギリと歯を噛みしめた。ヒュリムトンまでの道中、あの男にいかにして仕返しをしてやろうかばかりを考えていた。

 恐らくグォドレイは人間の催事を嫌い、このヒュリムトンからは離れている事だろう。とはいえ、ミルドレットがここに居る限り、再び姿を現すはずだ。あの男が最も嫌う事といえば、鍵を握るのはミルドレットに他ならない。グォドレイの目の前で、ミルドレットを……。


 来賓客の名を読み上げていた男が、躊躇う様に言葉を止めた。


 ドワイトとニールが怪訝に思って顔を上げる。


「紫焔の魔導士、グォドレイ・コート・フォルシュナー閣下!!」


 皆扉の方へと視線を向ける。


 さらりとした衣擦れの音を鳴らしながら、深い紫色の髪に、アメジストの様な瞳をした端整な顔立ちの男が姿を現した途端、感嘆の声が上がり、その場の空気が一瞬で変わった。


——どういうつもりだ、グォドレイ……。


 ニールは殺気立ち、警戒した。半ば形式ばっていたとはいえ、どれほどに招待状を送ろうとも、人間の催事にグォドレイが訪れる事など一度として無かったのだから。


 真紅のカーペットが敷かれている玉座の前へと進み出ると、グォドレイはチラリとアメジストの様な瞳をニールに向けた後、品良く頭を垂れた。


 人間の催事に訪れたばかりか、頭まで垂れたのだ。


 周囲がざわつき、ニールは訝しく思って眉を寄せた。だが、ドワイトは上機嫌で笑い、グォドレイを見下ろした。


「これはどういう風の吹き回しか? 紫焔の魔導士グォドレイ殿ともあろう者が、人間の王相手に頭を垂れるとは」

「誕生日プレゼントのつもりに決まってるだろう? ドワイト。いやぁ、めでてぇこった。いくつになりやがったんだ?」

「齢四十七になるところだ」

「へぇ? じゃあ、俺様にとっちゃあ、まだまだガキだな」


 グォドレイがパチンと指を鳴らすと、ドワイトの膝の上に小さな宝石箱が現れた。


「そいつもくれてやるぜ。まあ、俺様のお辞儀の方がよっぽど価値が高いだろうけどな」


 グォドレイの言う言葉は誇張でも無く、正しかった。()()高名で気高い紫焔の魔導士グォドレイが、ヒュリムトンの国王に頭を垂れる様を、来場者全員に見せつけたのだから。


 客達は大国ヒュリムトンの更なる繁栄を確信し、歓声を上げた。


「ドワイト・ネイサン・ベルンリッヒ・ヒュリムトン国王陛下、ご生誕おめでとうございます!!」

「おめでとうございます!!」


 祝福の声が上がる中、ニールは白銀の仮面の奥からダークグリーンの瞳でグォドレイを睨みつけた。グォドレイは相変わらず飄々とした態度のまま、ニヤリと不敵な笑みを浮かべたその時——。


「王太子妃候補、ルーデンベルン第二王女。ミルドレット・レイラ・ルーデンベルン姫!」


 来場者リストを読み上げる声が響き、ニールは扉へと素早く視線を向けた。一月もの間顔を見る事すら許されなかった最愛の人を、追い求めるかのように。


 輝く様な銀髪を高く結い上げ、ミルドレットは凛とした様子で場内へと足を踏み入れた。すっと伸びた背筋。軽く交差させた指先。優雅に揺れる天色のドレスの裾。

 玉座の前まで進み出ると、堂々としたサファイアの様な瞳を穏やかに細め、完璧なカーテシーを決めると、桜色の唇からつらりつらりと心地よい声で祝辞を述べた。


 じゃじゃ馬だったミドルドレットが、完璧な淑女へと変貌を遂げたのである。

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