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愛した代償

 グォドレイは毎日数多くの依頼を熟し、世界中を飛び回っていた。


 ニールを遠い異国へと置き去りにしたことで、安心してミルドレットの側を離れる事が出来る。その間に用事を全て済ませてしまおうという魂胆だった。


 あと僅かで目的が達成されるのだから。


 昼夜問わず出かける為、ミルドレットと顔を合わせる時間が殆ど取れなかったが、出かける前には必ず彼女の様子を窓の外から見つめて、元気そうな姿を確認してから行く。


——俺様も、ニコニコ仮面の事をとやかく言えねぇな。これじゃあストーカーみてぇじゃねぇか。


 うんざりした様にため息をついて、自分の手の平を見つめた。

 ミルドレットと初めて出会った時は、この手にすっぽりと納まってしまう程に彼女の手はか細く小さかった。


 いつの間にか指を絡めて繋げる程に成長してしまった。


 出来る事なら、あのまま時を止めて子供のまま自分の側に居てくれたらいいと思った。


——あいつがガキのままで居てくれたなら、こんな気持ちになんかならなかっただろうに……。なんて、手前勝手に思っちまうのもどうかしてるな。


 寂しげに一人瞳を細めてぎゅっと拳を握り締めると、グォドレイは依頼を熟す為に瞬間移動の魔術を使い、ヒュリムトンから姿を消した。


◇◇


 ミルドレットは初潮が遅かった。


 恐らく幼少期から長い間ろくな食事を与えられず、酷いストレスに晒され続けてきたせいだろう。


 洞窟の掘っ立て小屋の中ミルドレットの悲鳴で目を覚ましたグォドレイは、ベッドに広がる経血を前に泣きじゃくる彼女を見て困った様に眉を下げた。


 ベッドから降りてどう説明しようかと思い悩んでいると、ミルドレットはとんでもない事を言い出した。


「どうしよう、お師匠様! あたし、死んじゃう!?」


 十六歳になったばかりのミルドレットは、サファイアの様な瞳から涙をポロポロと零しながらグォドレイに抱き着いた。


 寝間着も経血で濡れ、男性であるグォドレイには痛々しく思えた。


「お師匠様の魔法薬を飲めば治るよね? そうでしょ!? ねぇ、お願い! あたしを助けて!」


 懇願し、縋りつくミルドレットが不憫で堪らなかった。グォドレイは溜息を吐くと、ミルドレットの頭を優しく撫でた。


「……ああ、治るさ」


 二ッと笑い、グォドレイはミルドレットを連れてリビングへと行った。


 洞窟の掘っ立て小屋は見た目こそ劣化が激しく見えるものの、それは訪れる客の目を欺く為の幻術のせいであって、実際は全てが清潔に保たれていた。

 魔法薬の精製に使用する道具類は整然と並べられており、完璧な程によく手入れがされている。


 手慣れた手つきで魔法薬を精製すると、グォドレイは小瓶へと小分けしてミルドレットへと手渡した。


「こいつを月に一度飲むんだ。そうすりゃ、体調も良くなる。心配要らねぇさ」


 月経を調整する魔法薬は、貴族女性からの依頼で作る事がしばしばあった。ミルドレットは嬉しそうにそれを受け取ると、誇らしげにグォドレイを見つめた。


「やっぱりお師匠様は凄い! なんだって出来ちゃうんだから!」


 グォドレイは寂しげにミルドレットの頭を撫でながら「さあ、仕事に出かけて来るぜ」と言ってパチリと指を打ち鳴らし、身支度を整えた。


——『なんだって出来ちゃう』だなんて、買いかぶり過ぎだ。

 いくら望んだところで、ミリーの成長を止める事なんか出来やしない。


 その日の夜。グォドレイはミルドレットと夕食を共にしながら、ポツリと言った。


「ミリー。今日から寝室を分けようぜ」


 食事を掻っ込むミルドレットの手がピタリと止まった。グォドレイはスープを口に運ぶと、チラリとミルドレットに視線を向けた。

 彼女のサファイアの様な瞳がみるみるうちに潤んでいき、ポタリと皿の中に涙が零れ落ちた。


「おい、なんで泣くんだ!?」

「だって! お師匠様、あたしの事が嫌いになったんでしょ?」

「は!?」


 ミルドレットは子供の様に声を上げてワンワンと泣くと、「あたしが病気だから、一緒に寝たくないんだっ!」と喚く様に声を放った。


「違う! そうじゃねぇよ、俺は……」

「お師匠様に追い出されちゃったら、あたしはどうやって生きていけばいいの!? 誰からも必要とされなくて、その上病気になってゴミみたいなあたしなんか、もう死んじゃえばいいんだっ!!」

「んなワケあるかっ!!」


 ガタリと倒れた椅子をものともせずに慌てて立ち上がり、グォドレイはミルドレットを優しく抱きしめた。


「ミリー、お前さんの居場所は自分で決めていいんだ。俺の側に居る事を強制する気もねぇ。でも、俺がお前を追い出すなんてことは絶対にしない。どんなにかお前さんが酷い事をしようが、俺がミリーを嫌いになったりすることなんか絶対にない。ただ……」


 グォドレイは眉を寄せると、柔らかな女性の身体へと成長したミルドレットに戸惑いながら悲し気にため息をついた。


「……ただ、俺がお前に嫌われたくねぇだけだ」


 ミルドレットを女性として意識したグォドレイは、自分がいつか彼女を傷つけるのではと恐れたのだ。


「あたしが、お師匠様を嫌う……?」

「ああ、そうだ」


 寂しげにそう言ったグォドレイを、ミルドレットは細い腕を伸ばして抱きしめた。


「お師匠様の事を嫌いになんかならないよ。絶対に」


 震える唇を噛みしめて、グォドレイは俯いた。華奢な指先で背中に触れるミルドレットの温もりを味わいながら、「そうか」とだけ小さく言った。


——どうして、俺は男として生まれて来ちまったんだろう。

 ミルドレットと同性なら、こんな感情が芽生えなかったに違いない。親子の様な間柄のまま、命が終わるまで何も変わることなく、一緒に居られたはずなのに。


「お師匠様、大丈夫? どこか痛い?」

「いや、平気だ」


 グォドレイはミルドレットの頭を優しく撫で、アメジストの様な瞳でみつめながら笑みを浮かべた後、すっと立ち上がった。


「お師匠様?」


 棚に並べてある魔法薬の調合瓶を手に取るグォドレイの様子を訝しく思い、ミルドレットが声を掛けた。

 グォドレイはニッカリと笑うと、「ちょいと急ぎの仕事を思い出した」と言って、魔法薬の精製に取り掛かった。


 性欲抑制剤。それは、グォドレイの寿命を縮める程に強力な薬だったが、ミルドレットを傷つけ嫌われるくらいならば、自分の身が多少どうにかなろうとも構わなかった。


 魔法薬を調合し終えて、グォドレイはチラリとミルドレットに視線を向けた。彼女は食事の片づけを終えて、師の様子を伺う様に椅子へと腰かけており、魔法薬の調合が終わった事に期待を込めた眼差しを向けた。

 嫌な予感がしつつ、グォドレイは今しがた出来上がったばかりの薬の瓶をぎゅっと握りしめた。


「お師匠様、お風呂に入りたいんだけど。一緒に入ろう?」


——そらきた!


「ああ、分かった……」


 グォドレイは早速魔法薬を飲み干すと、あまりの不味さに脳が揺さぶられる感覚になりながら、必死に詠唱をして蛇避けの魔術を掛けた。

 ミルドレットはそんな師の様子など知る由もなく、喜び勇んで湯を沸かす魔術を唱えて、上機嫌で服を脱ぎ捨てると、グォドレイの手を無邪気に引いた。


 洞窟の掘っ立て小屋の外には、ミルドレットの希望で作られた露天風呂がある。


 服や身体を綺麗にするには魔術で事足りるわけだが、それだとスッキリしないと不満を言うので、作ってやったのだ。


 ルーデンベルンの王城では殆ど入浴をさせて貰えなかったのだから、それくらいの希望は叶えてやりたかった。


「早く入ろうよ、お師匠様!」


 なかなか服を脱ごうとしないグォドレイに痺れを切らし、ミルドレットはグォドレイの服を脱がせ始めた。


「ちょ、待て。ミリー……」


 グラグラとする眩暈に耐えている中、ミルドレットの手が自分の身体に触れる感触がこそばゆい。


「自分で脱ぐから平気だ!」


 慌てて引きはがす様に自分の服を脱ぎ捨てると、素っ裸な状態でミルドレットに手を引かれ、露天風呂まで誘導された。


「どうしたの? お師匠様」


 霞む目を擦りながら手探り状態で歩くグォドレイを不思議に思い、ミルドレットは振り返った。


「ん? 何がだ……?」

「何だかいつもと違うから」

「いいや、いつも通りだぜ」

「でも……わっ!!」


 つるりと足を滑らせて、ミルドレットが転びそうになった。グォドレイは咄嗟にミルドレットの手を引いて、彼女が怪我をしないようにと自分の身を挺して庇うと、ガツンと石に頭を打ち付けてその上にミルドレットが覆いかぶさった。


「いってぇ……」

「ごめんなさい! お師匠様、大丈夫!?」


 自分の身体の上に乗るミルドレットの柔らかい身体の感触を受けて、グォドレイの脳天に凄まじい痛みが走った。

 先ほど飲んだ性欲抑制剤が、グォドレイの性欲を押える為に効力を発揮しているのである。


「し……死ぬ……」

「わ!? ええ!?」


 タラリと鼻血を垂らすグォドレイに驚いて、ミルドレットはグォドレイの上から退こうとしたが、支えた手が滑り、再び胸の上に身体を落とした。


 もぞもぞと自分の上で動く柔らかいミルドレットに、グォドレイは慌てて「待て、動くなっ!」と声を発した。


「あ、あのさ。お師匠様……」

「あ?」

「なんか居る!!」


 ミルドレットの腿にグォドレイの大事なアレが元気になり、触れている。


——くそっ! もっと強力に薬を作らねぇと効果が足りねぇっ!!


「見るんじゃねぇ!」

「怖くて見れないけど、何!? 何が居るの!?」

「毒蛇だっ!!」

「毒蛇!? 蛇避けの魔術は!?」

「こいつには蛇避けの魔術が効かねぇんだっ!」

「嫌だぁっ!! 噛まれるっ!!」

「大丈夫だ、こいつは噛まないやつだ!!」

「噛まない毒蛇って居るの!?」

「ああ、こいつは普段は大人しい奴だから大丈夫だ!」

「普段は!? じゃあ今は!?」

「ちょっくら機嫌が悪いらしい……」

「じゃあ駄目じゃん!! 早くやっつけてっ!!」

「やっつけたら駄目だっ!」

「なんで!?」

「えっと、大事だから!?」

「なにそれ、お師匠様毒蛇飼ってるの!? やめてよ、捨ててきて!」

「捨てたら駄目だろ!?」

「どうして!?」

「可哀想だろ!?」


——もう、わけわかんねぇっ!!


 グォドレイは涙目になりながらパチリと指を打ち鳴らすと、先ほど精製した魔法薬をもう一本飲み干した。


 毒蛇はみるみるうちに元気を失い、ミルドレットはホッとして起き上がった。


「良かった、居なくなったみたい」

「悲し過ぎて涙も出ねぇや……」


◇◇


 グォドレイは当時を思い出し、なんとも情けない気分になって苦笑いを浮かべた。


 空は白みがかっており、数件の依頼を熟した後の身体は少々重く感じた。ミルドレットは当然ながら自室で眠っている事だろう。


 ヒュリムトンの王城に連れて来られて数か月。彼女が服用していた月経を調整する魔法薬はとっくに切れているはずだ。

 それでも落ち着いた様子でいるということは、恐らく誰かしらから女性の身体に起こる自然な理なのだと教えて貰えたに違いない。


 グォドレイと二人きりで過ごすよりもずっと早く、このヒュリムトンに身を置けば彼女は女性として正しい知識を身に付けて成熟することだろう。


 王城の暗い廊下を一人歩きながら、グォドレイは会釈をする見張りの兵士に愛想笑いを浮かべた。


 ここならば、洞窟の掘っ立て小屋の様に毒蛇が出る心配もない。


 ミルドレットも安心して眠れるのだ。


——俺はもう、あいつにとって不要な存在になっちまったんだな。


 ……いいや。もうとっくに不要になっていたに違いない。彼女の成長を妨げる厄介者へと、自分はなってしまっていたのだ。


 薄暗い廊下を歩きながら、グォドレイは居た堪れない程に寂しくなって唇を噛みしめた。

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