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お師匠様はカンカンです

 ニールがミルドレットの部屋へと訪れるも、門前払いを食らってしまった。


 何でも、王太子妃候補としての教養を身に付ける為、エレンによる厳しい指導の下、徹底して勉学に励むのだそうだ。

 ニールだけではなくグォドレイまで入室を断られ、二人は廊下で互いに『まぁ、こいつも同じ扱いならいいか』と考えて、大人しく従う事にした。


 二人が、諦めてミルドレットの部屋の前から立ち去ろうとすると、廊下を艶やかな黒髪の男が歩いてくる様子が見えた。


「ヴィンセント様、ミルドレット様にはお会いできません」


ニールが声をかけると、ヴィンセントはキョトンとした様子で琥珀色の瞳を瞬いた。


「しかし、私は呼ばれて来たのだが……」


ガチャリとミルドレットの部屋の扉が開き、エレンが「ヴィンセント様、お待ち申し上げておりました」と、迎え入れた。ニールとグォドレイは頭の上に『!?』を浮かべ、慌てて反論した。


「何故ヴィンセント様は良くて、私はダメなのです!?」

「そうだそうだ! 不公平だぞっ!!」


「お静かに願います!」


エレンにピシャリと言い放たれ、ニールとグォドレイは怯んだ。


「ヴィンセント様はダンスの練習のお相手なのです」

「ダンスの練習であれば、私でも務まるはずでは?」


ニールの反論に、エレンは「いいえ」ときっぱりと言った。


「ニール様の教え方は汎用的ではございません。ご自分がリードすれば良いという態では、成長できません」


 エレンの指摘は尤もだった。この先ミルドレットはニール以外の他の誰かと踊る事もあるだろう。

 ニールが大人しく引き下がろうとすると、グォドレイがしゃしゃり出て来た。


「じゃあ、俺様はミリーに魔法薬の指導をしてやるぜ。それなら、会ってもいいだろ?」

「いいえ。今は魔法薬のご指導よりも、王太子妃候補としての教養を一刻も早く身に付けなければなりません。生誕祭の次には感謝祭が控えているのですから、少しの猶予もございません。お二人はお引き取り下さいまし!」


 エレンはそう言い放つと、ヴィンセントを室内へと迎え入れて、部屋の扉を閉じてしまった。


 締め出しを食らった二人は、閉じられた扉を不満気に見つめている。


「ちっ。しゃーねぇな。それじゃあ俺様は仕事にでも出掛けるか」


 グォドレイがボソリとそう言った言葉が聞こえているのか否か、ニールはその場に佇んだまま微動だにしなかった。

 不審に思って、グォドレイは小さく詠唱し、印を切った。ニールの心を読む魔術を使ったのである。


 頭を揺らす程の耳鳴りが響き、ニールの魔術に対する異様な程の抵抗力の高さが伺い知れたが、『夜……忍び込むか……』という考えだけが辛うじて読み取れた。


「うはぁ……ストーカーきたコレ……」

「……なんです?」


不愉快そうにニールが眉を寄せた。いつもならば、自分に魔術が掛けられた事に気づかない彼では無かったが、完全に思考がミルドレットの事のみに集中していた様だ。

 それ程に、昨夜の空中遊泳が思い出深く、一刻も早くミルドレットに逢いたいと求めてならないのだ。


 グォドレイはニッと笑うと、ニールの肩に腕を回し、がっしりと捕まえた。


「ニコニコ仮面、ちょっとばかし俺様に付き合えよ」

「嫌です」


即答したニールに怯むことなく、グォドレイはその端整な顔をニールに近づけた。


「まあ、聞けって。今回の仕事はちょっとばかし俺様の苦手分野でな。手伝ってくれるんなら、報酬は弾むぜ?」


——グォドレイの苦手分野? 魔術の効かない相手か何かだろうか。

 ニールはそう考えたものの、「お断りします」ときっぱりと言い放った。


「えー!? お前さん、つきあい悪いぜ!? 友達いねぇだろ!? ぼっちだろ!?」

「貴方こそ、友人も居なければ孤独でしょう」


ニールの反撃に、グォドレイは精神的ダメージを受けて、「うっ!」と呻いて項垂れた。肩を組まれている為、ニールの肩にずっしりと重さが伝わる。


「ひでぇこと言われて、俺様凹んだぜ!? べっこべこのぼっこぼこで、俺様可哀想っ!!」

「煩いし重いのでどいてください」

「やなこった!!」


グォドレイはすかさず印を切った。どうでもいいやりとりをしながら、裏で魔術を完成させていたのだ。


「しまっ……!!」


 ニールとグォドレイの姿がふっと廊下から消えた。


◇◇


 暗闇が支配するかび臭い古城の中、グォドレイとニールは息を顰めながら石造りの壁に背をつけた。


 地響きのような足音を轟かせながら、腐った獣が巨大化した様な化け物が無数に彷徨っている。連中に感づかれない様にと息を殺しているわけだが、ニールはジロリとグォドレイを睨みつけた。


——ヒュリムトンは昼前の時刻だったというのに、ここでは日が沈んでいる。つまりはそれ程に遠くへと連れて来られたということだ。グォドレイの瞬間移動なしで戻るのは至難の業だろう。


「そう睨むなって。今回の依頼は古城に住み着いた悪魔退治だ。お前さんなら余裕だろ?」


あっけらかんと言ったグォドレイに、「貴方だって、私の手を借りずとも余裕でしょう」と言い返した。が、グォドレイは整った眉を下げると、肩を竦めて小首をかしげて見せた。


「悪魔って、魔術が効きにくいんだな、これが。ああそうか! お前さんも悪魔だから魔術が効きにくいのか!」


 素早く抜いたニールの剣が石壁を叩き割った。

 グォドレイを狙ったつもりが瞬時に躱された為、空振りしたのである。


「あっぶね!」

「ええそうです、私は悪魔ですよ。ですから貴方にとっては敵だという事ですね。味方を連れて来たはずが誤算でしたね」


 そう言ってニールが投げつけたスローイングナイフを躱すと、その後ろに居た魔獣に突き刺さり、断末魔の悲鳴を上げた。


「おお! 一匹やっつけたな。流石、やるなぁ~!」

「私を利用しようとは、いい度胸です。悪魔諸共退治して差し上げましょう。そうすれば、ミルドレットに近づく目障りな者が一つ減るというものです」


「……だまれ」


 グォドレイは飄々とした態度を一変させると、アメジストの様な瞳でギロリと睨みつけた。


 凍り付く程の殺気が込められており、ニールですら思わず怯む程の圧が込められている。

 普通の人間であれば気絶していてもおかしくない程の精神的圧力だ。


「お前さん、ミリーを傷つけやがったな?」

「何の事です?」


「恍けるんじゃねぇ!」


 グォドレイが言葉を放つと、天井からパラパラと破片が落ち、ニールは凄まじい程の耳鳴りに襲われた。


「あいつの心の傷を抉りやがって!」

「ですから、何の事です?」

「一昨日の夜の事だ。ミリーの背中の傷の事を指摘しやがっただろう!」


 ニールは眉を寄せた。


「二度目だ。お前さんにだけは見られたくねぇと、俺様に痕を消してくれと泣き付いてきた!」

「私に見られたくない?」

「ああそうだ。この悪魔野郎になっ!!」


 グォドレイが再び殺気を放った。空気が弾ける様な音が鳴り響き、ニールの背後の古い柱に罅が入った。


「ヒュリムトンの王太子妃になれば、一つくらい小さな我儘が通るだろう。あいつは、お前さんが二度と汚れ仕事をしなくていい様にと、ルーデンベルンとの縁を切らせる為に、王太子妃になると決めたんだ」


 グォドレイは言葉を止めると、痛々し気に瞳を細めた。


「……それなのに、背にあんな傷があったらお前さんを救えねぇ、王太子妃になれねぇって泣いていやがった。自分はお前さんにとって役立たずだって、そう言ってな」


 グォドレイは憎々し気にニールを睨みつけた。シハイルはニールやアリテミラの為、父の意思を尊重し自らの命を絶った。

 そして、ミルドレットは愛するニールを救う為、望みもしない結婚をとりつけようと、自分の心を捧げて今まで目を逸らし続けてきた現実に立ち向かう努力を必死にしている。


 心に深い傷をつけた『王族』という過去に立ち向かうのは、並大抵の覚悟ではできないことだ。更に深く傷を抉られるのだから。


「お前さんに、そこまで想って貰える価値があるっていうのか? お前の覚悟はどうなんだよ。答えやがれ!」


 グォドレイに凄まれて、ニールはたらりと背に汗を垂らした。今まで数多くの人の命を殺めてきた彼が、グォドレイに対しては恐ろしいと初めて感じたのだ。

 しかし、それ以上にミルドレットに対して放った言葉に後悔していた。


「私に価値があるかどうかなど、私自身に分かりますか? 覚悟も何も、何一つ自分で決める事などゆるされなかったのです」


 そう言ったニールを見つめ、グォドレイは唇を噛みしめた。


 思えば、暗殺稼業に身を投じる事となったのは、ニール自身に責任はない。ニールもまた、物心ついた頃からルーデンベルンに送り込まれ、誰からも愛情を注がれる事もなくアーヴィングの使い勝手の良い駒としてこき使われ続けただけの被害者なのだから。


 シハイル同様、優秀である事が仇となった。


 暗殺者として、自分の心すらをも殺してしまう程に優秀だったのだから。


「お前ら兄弟は、一体何だってんだ……」


 唸り声を発しながら魔獣達が集まって来た。グォドレイはハッとした様に振り返って舌打ちをした。


「ちっ。邪魔が入ったか。まぁ、依頼があってここに来たのはマジだしな」


そう言うと、瞬間移動を繰り返しながら魔獣の間を縫って行った。


「グォドレイ! 待ってください。彼女は、私の為に王太子妃になるつもりなのですか……?」

「そう言ってるじゃねぇか。ばーか!」

「待てと言っているんです!」


ニールはグォドレイを追いながらスローイングナイフを投げつけ、空ぶったナイフが魔獣達を次々と仕留めていった。


 一階に居た魔獣達を根絶やしにし終えると、グォドレイは「ミリーは悪魔の嫁になんかならねぇよ~!」と、尻を叩きながら階段を駆け抜けて行き、ニールはバスンと頭から湯気を上げて追いかけた。


 古びてところどころが崩れている石段をものともせず素早く駆け上がっていくと、且つては立派であったのであろう重工な扉が開け放たれており、その奥には朽ち果てた玉座あった。

 玉座に腰かけている禍々しい眼光を放つ者が、蝙蝠の様な翼をバサリと広げ、ニールを威嚇した。


「我が城に脚を踏み入れるとは……」

「静かにしてください」


 ニールの放ったスローイングナイフが蝙蝠男の眉間を貫いた。

 自己紹介一つする隙も無くあっけなく倒された蝙蝠男に見向きもせず、ニールはキョロキョロと辺りを見回した。


 だが、グォドレイの気配は疎か、動く者の気配一つ感じる事はなかった。とっくに瞬間移動の魔術を使い、この場から遠く逃げていたのである。


 どこぞとも知れない古城に置き去りにされ、ニールは叫んだ。


「紫焔の魔導士グォドレイ!! ただじゃ済ましません!!」


 ニールの叫び声は、主を失った古城に虚しく響き渡った。

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