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お師匠様の仕事ぶり

「風向きよーし、天候よーし、魔力……は、ちょっとばかし不足してるが、よーし」


 グォドレイはいつもの陽気な様子でそう言うと、不安気に見つめるルルネイアにニッと微笑んだ。


「ここいらの魔物を殲滅すりゃあいいんだよな?」

「……ええ。そのつもりですが。グォドレイ様、一体何をなさるおつもりですか?」

「すぐ終わらせるから、ちょいとばかり待ってな。俺様、この後も依頼が残ってるから、あまりゆっくりしてられねぇんだ」


グォドレイはふわりと身体を浮かせると、ぐんぐん上昇させた。ルルネイアの姿が小さく見える程に空高く舞い上がり、周囲をぐるりと見回した。勿論、彼の目には魔術が施され、見たいと思うものを少し凝視するだけで鮮明に脳裏に映し出される。


「ふむ。城の西側ではお姫さんの魔術がかかった騎士達が頑張ってくれてるみたいだが、この調子だと後七日はかかりそうだ。悪いが俺様はそんなに待ってはいられねぇな」


 すぅっと手を動かすと、グォドレイは歌うように詠唱した。深い紫色の髪がサラリと揺れる。光がグォドレイを中心に輪となって広がる。


 ルルネイアはその様子を見上げながら、唖然とした。押しつぶされそうな程に凄まじい魔力の圧が、遥か上空に居るはずのグォドレイから放たれている。

 美しい歌のような詠唱の音色が、まるで悪魔の歌声とでもいうかのように恐ろしく感じた。

 グォドレイを囲む輪が幾重にも連なり、ゆっくりと回転している。よく見ると細かな古代文字が書かれており、魔法陣を重ねて立体的にしたようなものの様だ。

 ふわりと両手を広げ、グォドレイは仕上げとでもいうかのようにその手を胸の前で打ち付けた。

 その瞬間、魔法陣に描かれていた細かな古代文字が閃光を放ち、次々と上空から流れ星の如く落とされていく。連なる光が空を覆い尽くし、グォドレイの真下に居るルルネイアからは、自分を取り囲むドームのようにすら見えた。

 その光の一つ一つは、地上に居る魔物達の急所を確実に貫いていた。ヒュリムトンの王城周辺の魔物達を、一瞬のうちに殲滅したのだ。


「おー、まだちょっと残ってんなぁ。追加しとくか」


 グォドレイは更に歌う様に詠唱をした。彼の周囲に光りの弾が集まり、太陽の様に眩く煌めいた瞬間、弾けて大地へと降り注いだ。遠くから振動が徐々に近づいてきて、大地を揺るがし、風が木々を揺らし葉を舞い散らせた。


 ルルネイアの足が震え、立つ事もままならなくなり、その場にペタリと座り込んだ。紫焔の魔導士グォドレイのあまりにも凄まじいその力は、神の領域であると認識せざるをえない。


「よーし、終わった終わった。疲れた疲れたぁ~っと」


トン、と大地に足をつけ、グォドレイはあっけらかんと言い放った。座り込んでいるルルネイアに手を差し伸べて、「大丈夫か? リッケンハイアンドのお姫さん」と片眉を下げながら言う様子は、たった今凄まじく恐ろしい魔術を見せつけた男とは思えない程に飄々としていた。


 グォドレイの手をとって立ち上がろうとしたものの、ルルネイアは足の震えが収まらず、カクリとバランスを崩した。


「おっと」


 ルルネイアを優しく抱き留めて、グォドレイはふと顔を王城の方へと向けた。アメジストの様な瞳を細め、警戒しているかの如く見つめている。


「……やれやれ、予想はしていたが、ユジェイの兄妹が手を貸した様だな」

「どうかなさったのですか?」

「いや、こっちの話だ」


グォドレイは再び歌う様な詠唱をすると、ルルネイアの手の甲にキスをした。


「ヒュリムトンの王城まで送るぜ、ここに居たら危険だからな」

「危険とはどういう意味ですか? 魔物は全て殲滅されたのでは?」

「それがなー、半端じゃねぇ厄介な化け物が一匹残ってんだ」

「ならば、私も共に戦います」


ルルネイアの言葉にグォドレイはふっと笑った。


「申し出は嬉しいが、遠慮しておくぜ。お姫さんを傷つけたとあっちゃあ、リッケンハイアンドを敵に回し兼ねないからな。ミリーの奴も怒り狂うだろうし、これ以上面倒事はまっぴらだ」


 足手まといであると理解し、ルルネイアは素直に頷いた。グォドレイがパチンと指を鳴らすと、ルルネイアの姿がふっと消えた。人を一人遠くまで瞬間移動させるのも、グォドレイにとっては造作も無い事だ。


 空は晴天そのもので、照り付ける日差しが木々の葉に遮られ、木漏れ日がグォドレイの深い紫色の髪を鮮やかに照らしている。

 幅の広い袖口から煙管を取り出し、魔術で炎を灯すと、ぷかぷかと呑気にふかした。


「おっかしぃなあ。いくら強力だとはいえ、お前さんが口にしたのは少量だったはずだろう? もう薬の効果は切れてると思うんだが」


ふぅっと煙を吐きながらそう言ったグォドレイの前に、両手に短剣を握り締めたニールが姿を現した。


「……ええ、切れていますよ。私は正気です」


 いつもの笑みを消し、ダークグリーンの瞳でグォドレイを見据えながらニールが言った。


「お前ぇさんの正気は常に狂気ってことか。ますますミリーに近づけさせるわけにはいかねぇな」


グォドレイの言葉にニールは肩を揺らして笑うと、吐き捨てる様に言葉を返した。


「では貴方ならミルドレットの側に居るにふさわしいとでも?」

「お前ぇさんよりはマシだろうな」

「私が気づかないとお思いの様ですが、随分と甘く見られたものですね。父と結託し、王太子妃候補の選抜であると銘打って、契約の魔術を利用したのは貴方でしょう」


グォドレイは何も答えずに、煙管をぷかぷかとふかした。ニールは眉を寄せ、更に言葉を続けた。


「人間の世界に興味を示さない『魔導士』という存在故に、その行動に疑問を持つ事は意味を成さないと思いました。ですが、そうではない」


 ダークグリーンの瞳を細め、ニールはグォドレイを睨みつけた。


「貴方は、『私』に。いえ、兄『シハイル』に成り代わろうと画策していた。ミルドレットの契約の魔術を解いたのは、自分が彼女を娶るのに都合が悪いと思ったからでしょう。だから票集めにも貢献した。ミルドレットが王太子妃に選ばれる様に」


グォドレイは腹を抱えて豪快に笑うと、バカにした様にニールを指さした。


「お前さん、想像力豊かなのもほどほどにしとけよ?」

「残念ながら、想像力はあまり豊かな方ではありません。事実しか口にしておりませんので」

「その割には突っ込みどころ満載だけどなー」

「父はどこまで知っているのですか? 貴方が王城へ乗り込んで来たのは予測していない様でしたが」

「そりゃあ、俺様は普段そうそう顔を晒したりなんざしねぇからな」

「そんな貴方が、ヒュリムトンの王城では見せつけるように顔を晒すのも計算のうちなのでしょう?」

「だからさぁ、思い込みもほどほどにしろって」

「……」


ニールはダークグリーンの瞳でグォドレイを睨みつけたまま、圧を掛けるように無言で帰した。グォドレイは頬を掻くと、肩を竦め、「……ま、いっか」と呟きながら煙管をトンと叩き灰を落とすと、広い袖口の中へとそれを仕舞った。


「二割くらいは当たりだしな」

「ご冗談を。九割がたでしょう」


ニールはスローイングナイフを腿に巻き付けたベルトから引き抜き、短剣と一緒に指の間に挟みこむように構えた。


「惚れ薬とはよく言ったものです。人を狂気に陥れる毒薬を盛るとは」

「ばーか、ありゃあ正真正銘の惚れ薬だ。尤も、惚れた相手を死ぬほど愛して自滅する程強力であることは確かだけどな」

「物は言いようですね」

「うちの売れ筋商品だ。ま、普通はもっと薄めて使うんだが、ミリーの奴が……」

「それほどまでにミルドレットが欲しいのですか?」


間髪入れずに返したニールの言葉に、グォドレイは眉を寄せた。ニールは、あの惚れ薬をグォドレイ自身がミルドレットに使う気であったと考えたのだ。


「はっは!! 少なくともお前ぇさんにはやれねぇな。捻くれるのも大概にしろよ? ガキかよ」

「年寄りは引っ込んでいてください」


 静かに放ったニールの殺気がピリピリと空気を振動させ、グォドレイの背につっと汗が伝った。


——こいつはやべぇな。昨夜の戦闘での消耗が回復してねぇ。それについさっき大魔法をぶっぱなしたばかりだ。多分、こいつはそれを見越してここへ来やがった。

 まいったなぁ……俺様、勝てるかなー。


 ニールの様子を見つめると、彼も昨夜の戦闘で消耗しているものの、傷自体は完全に塞がっているように見受けられた。

 恐るべし、ユジェイの兄妹、とグォドレイは小さくため息を吐いた。


 その瞬間、ニールがスローイングナイフを投げつけた。グォドレイは姿を消すタイミングが僅かに遅れ、首筋を掠めた。空中へと移動したグォドレイの首筋から鮮血が流れ出て、ポタポタと大地へと零れ落ちた。

 慌てて魔法障壁を張ったが、再度投げつけられたニールのスローイングナイフは、魔法障壁をすり抜けてグォドレイの脇腹を掠めた。

 たらりとグォドレイの額から汗が流れる。ニールの扱う武器は対魔武器で、魔術が効かない特殊な材質であると理解した。つまり、どんなにか強力な魔術を以てしても、ニールのナイフを跳ね返す事は難しいということだ。

 おまけに彼の素早さは人間離れどころか、魔物すら叶わない程だ。詠唱時間を取る事ができない以上、複雑な魔術を使用することも適わない。


——だめかもしれない!


「ちょ、たんま!! 俺様たった今お前の代わりに大魔法ぶっぱなして、魔物を殲滅したばっかなんだっ!」

「勿論、存じております」

「なっ!? ひ、卑怯者!」

「それこそ、物は言いようです。計算づくですよ。昨日の戦闘でこの対魔武器を使用しなかった自分を褒めてやりたいほどです」


 すかさず投げつけたスローイングナイフをすれすれで避け、グォドレイは苦笑いを浮かべた。


「いいのか? ニコニコ仮面。俺様を殺したら、ミリーに恨まれるぜ?」

「私が恨まれ様ともそういう役目ですから問題ありません。彼女が結婚をするのはシハイルですから」


グォドレイは鼻を鳴らした。フト森の奥の気配を察知し、僅かにため息を吐いた。


——よし、あと少し。


「役目、ねぇ? 誰が決めたんだ? 自分か?」

「戯言に興味はありません」

「お前自身はミリーに好かれなくても構わないってか? 寂しい野郎だなぁ。シハイルとしての人生が陽ならお前は影。影ってのも必要なものだし、消える事は無いんだぜ?」

「何が言いたいのです?」

「いつかお前ぇさんは耐えられなくなるはずだぜ? 陰陽が逆転したくなる。本当の自分を見てくれってな?」

「私には本当などありません。全てが偽りです」

「どうだかなぁ? 少なくとも、お前ぇさんがミリーにぞっこんだって事だけは疑いようのねぇ事実だろう?」

「……いい加減、口を閉じてはどうです?」


ニールがグォドレイに向かって駆け、グォドレイはパッと姿を消して移動した。が、その移動先に向かってニールがスローイングナイフを投げた。


——よし。タイミングバッチリだぜ。


「グォドレイ殿!! ニール殿!!」


ヴィンセントが馬を走らせ駆け込んで来ると、戦闘を繰り広げている二人に叫び声を放った。


 ザクリと音が鳴り響き、グォドレイの肩にニールが投げたスローイングナイフが突き刺さる。ヴィンセントはその様子を認め、慌てて馬から降りた。

 グォドレイを庇う様にニールの前に立ち、「正気になれ!!」と怒鳴りつけた。


 ニールの口の中できりきりと歯が音を発した。


——ヴィンセントめ、余計な真似を!!


「グォドレイ殿、今治療します! ニール殿は少し頭を冷やせ!! ミリーがそなたをどれほどに心配して涙を流したと思っているのだ!!」


ヴィンセントはそう言い放つと、グォドレイの側へと駆けて手袋を外した。

 グォドレイが治癒魔法をかけられている様子を、ニールは睨みつけるようにじっと見つめ、グォドレイはアメジストの様な瞳で静かに見つめ返した。


 押し黙って睨み合いながら二人は牽制し合っていた。


——命拾いをしたようですね。

——どっちがだ。こいつが来なかったら、殺られていたのはお前だぜ。


 ヴィンセントは額の汗を拭い、静かにため息を吐いた。すまなそうに俯くと、グォドレイへと謝罪した。


「グォドレイ殿、力及ばずで申し訳無い。私が治癒できるのはここまでです」

「おう。助かったぜ、ユジェイの王子さんよ」

「いえ、私の力程度では完治はできません。王城に戻ればアレッサが治療します故、一度お戻り願いたい」

「いいや、十分だ。俺様はこの後仕事が控えてるんでなぁ」


ニヤリとグォドレイは笑うと、ニールを見つめた。


「じゃあな、ニコニコ仮面。そんな睨みつけてっと、あだ名をギロギロ仮面に変えるぞ?」


ふざけた台詞を言い残すと、グォドレイはヴィンセントが止めるのを利かずにパッと姿を消した。


「詠唱も無く瞬間移動したのか……?」


驚愕の表情を浮かべたヴィンセントに、ニールはいつもの笑みをその顔に浮かべて首を左右に振った。


「いいえ、ヴィンセント様の治療を受けながら手で印を切っていました」


ニールの表情がいつもの様子に戻った事にホッとして、ヴィンセントは小さくため息を吐いた。


「全く、あまり手を煩わせるな。ミリーがそなたをどれほどに想っているのか自覚が無いのか?」


 ヴィンセントは手袋を嵌めながらつまらなそうに言い、ニールは僅かにニコニコ仮面に罅を入れた。


——ミルドレットに想われているのはお前だろヴィンセント!! 嫌味か!?

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