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ミルドレットの教育

「お師匠様、この薬はこの次どうやって」

「こいつはな、まずこうやって術を……」


「ニール様、作戦についてですが、東の門から……」

「ルルネイア様、騎士への声掛けには一部気を付けて頂きたい部隊が……」


 ミルドレットとグォドレイの様子を見張る為、ニールは適当な理由をつけてミルドレットの部屋で作戦会議を行う事となった。

 チラチラとグォドレイの様子を伺うニールの様子に、ルルネイアはくすくすと笑った。


「ニール様はグォドレイ様が気になって仕方が無いご様子ですね」


 ルルネイアの言葉に、ニールはハッとしてすまなそうにため息を吐いた。


「ルルネイア様の話はちゃんと聞いております。ですがあの男がミルドレット様を害さぬ様、見張りが必要です」

「あら? グォドレイ様はミルドレット姫の保護者なのではありませんか」

「その立場を利用した、とんだ色ボケです!」


「おーい、聞こえてんだが?」


 グォドレイがうんざりした様に振り返りながら言った。ニールはさらりと「耳は悪くない様ですね」と悪態をつき、ミルドレットが小首を傾げた。


「お師匠様、あたしの話聞いてる?」

「おう! 勿論。お前の話しか俺様には届きゃしねぇからな」


 そう言って、グォドレイがこれ見よがしにミルドレットにひっつき、ニールは腸が煮えくり返る様な思いで睨みつけた。


 ミルドレットはというと、相変わらずニールを避ける様な素振りを見せる一方、グォドレイと仲睦まじく魔法薬の調合を行っており、師弟関係というよりは恋人同士であると言った方がしっくりくる様に見えた。

 それが余計にニールの神経を逆なでするのだ。彼の笑顔の仮面はヒビが入りまくり、今にも崩壊寸前なのである。


 部屋の扉がノックされ、ヴィンセントとアレッサが顔を出した。


「ミリー、ユジェイから新しい茶葉が届いたので、アレッサが是非飲んで欲しい……と、皆勢揃いの様だな」


 二人を見て、ミルドレットはパッと顔を明るくして迎え入れた。


「ヴィンス、アレッサ、いらっしゃい! お茶飲みたいっ!」

「まあ、ミルドレット姫は相変わらず元気ですわね」


 アレッサがくすくすと笑いながらミルドレットの部屋のテーブルにティーセットを置くと、手際良くお茶の準備をしだした。


「なんつーか、賑やかだなぁ」


 グォドレイがほのぼのした様子でそう言うと、幅の広い服の袖口から煙管を取り出し、ぷかぷかとふかし始めた。


「友人が沢山できて良かったじゃねぇか」

「約一名友人でも何でもない者が混じっていますが?」


 ニールの突っ込みに、グォドレイはキョロキョロと辺りを見回した。


「ん? 誰のことだ?」

「貴方以外居ないでしょう!」


 グォドレイはケラケラと笑うと「違ぇねぇ!」と言って膝を叩いた。


「俺様はミリーの未来の夫だからな!」

「ぬけぬけと何を言うんですか!」


 ニールの突っ込みに、ヴィンセントも賛同するかのように頷いた。


「ミリーは王太子妃候補ですグォドレイ殿。妙な噂が立っても困ります故、滅多な事は口にしないで頂きたい」


 ヴィンセントに尤もらしく窘められたが、グォドレイは素知らぬ顔で肩を竦めた。


「俺様にとっちゃあ、人間共のルールだなんてどうだっていいこった」


 アレッサが淹れたお茶をグォドレイに勧めながら、クスクスと笑った。


「グォドレイ様、ミルドレット姫は人間ですわ。ですから、こうしてここに居るのですもの」


 ルルネイアがアレッサに賛同して頷くと、上品に微笑んだ。


「そうですわね。経緯はどうであれ、王太子妃候補として努力しているミルドレット姫を、尊重してくださいな」


 二人の女性に窘められて、グォドレイは形の良い眉を下げてすまなそうに笑みを浮かべた。


「美女二人に叱られちゃあ、俺様も立場がねぇな」

「ほぉ? 紫焔の魔導士グォドレイも女性には弱いのですね」


 サクリとニールに冷たく突っ込みを入れられたが、グォドレイは気にした素振りも見せずにへらへらとした。


「ああ、女性は敬うべき存在だと思ってるぜ。男にとっちゃあ、存在そのものが神秘だ」

「普段偉そうにしている貴方に似つかわしくない発言ですね」


 とげとげしいニールの言い方に周囲は冷や冷やとしたものの、グォドレイは全く動じずに頷いた。


「お前さんは色々と経験豊富そうだな。それじゃあ、この機会にちょっとばかしミリーに教えてやって欲しい事があるんだが。俺様からは教えられねぇ事があってなぁ」

「私はミルドレット様の教育係ですから、何でもお教えいたしますよ」


 得意気に言うニールと共に、ヴィンセントも任せろと言わんばかりに頷いた。


「私もミリーにはダンスの指導をしているのだから、協力できるものならばいくらでもしよう」


 アレッサの淹れたお茶を飲み、「おお、美味いな!」と褒めるグォドレイを見つめながら、ミルドレットは小首を傾げた。


「お師匠様があたしに教えてないことって何?」


「ん? ああ、性教育だ」


 ブーッ!! と、ニールとヴィンセントが同時にお茶を吹いた。アレッサとルルネイアは頬を染めて俯き、ミルドレットはキョトンとしてサファイアの様な瞳を瞬きした。


 グォドレイは両腕を組むと、尤もらしく頷いており、「こういう事は人間同士教え合うのがいいだろうからな」と妙にハツラツとした声色で言い放った。

 つまりは、ニールに一泡吹かせてやったわけである。


「お前さんの指導の腕を見せて貰おうじゃねぇか。俺様も是非参考にしたいところだ。で、どうやって教えてやる気だ? 実践で教えてやるのか?」

「お待ちください、少々準備というものが……」

「なんだ? なんの準備だ?」

「グォドレイ!!」

「何怒ってんだ? 俺様さっぱりわかんねぇなぁ?」


 わざとらしく不思議そうに小首を傾げながら言うグォドレイに、ニールは——グォドレイ、コロス!!——と殺気立ち、ヴィンセントはおろおろとしながらティーカップに視線を落とした。


「確かに、その。大事な事だとは思うが。その件については私は指導者として相応しくない様に思う。恥ずかしながらあまり経験が豊富とは言えぬのでな」


 想い人に性教育をする羽目になるとは思いもせず、ヴィンセントは素直に断った。


「お前さんはユジェイの王子なんだろうからな、そりゃ尤もだ」


 頷きながらそう言ったグォドレイは、チラリとアメジストの様な瞳をニールへと向けた。


「おい、ニコニコ仮面。言っておくが、ミリーは他人の温もりを知らずに十歳まで育った。たった一人で痛みや悲しみに耐えて震えるこいつを、抱きしめて宥めてやれるようになるまで随分とかかったもんだ。傷つけるような真似をしやがったら、承知しねぇからな」


 悪い夢に(うな)されて、夜な夜な泣き叫ぶミルドレットを優しく宥め続けてきたグォドレイが、自分を恐れる事になる可能性のある性教育ができなかったのは当然の事だろう。


 ミルドレットが異性への警戒心が皆無である事は、それが所以なのだ。


『不安になったら、いつでも抱きしめてやる』


 グォドレイにそう言われて育ったからこそ、ミルドレットはニールに対しても警戒心皆無で、自分を落ち着かせる為に抱き着きたがるのだ。


 グォドレイはシハイルとして無理矢理ミルドレットに口づけをしたニールに、怒りを露わに牽制していた。

 首筋につけられたキスマークを、ニールに無視されたと泣いていたミルドレットを優しく慰めながらも、内心は腸が煮えくり返る思いでいたのだから。


「お師匠様」


 ミルドレットが遠慮がちにポツリと口を開いた。


「あたし、教わらなきゃいけないことが沢山あるのは解ってるけど、ニールからは教えて貰いたくないよ」


——よくわかんないけど、ニールは嫌がってるみたいだし。それに、暫くはあんまり話したくない。

 ニールがここに居るのは、お父様の命令だからであって、あたしの為でなんかこれっぽっちもないんだもの。これ以上煩わせたくない。


 ミルドレットはそう考えてアレッサの淹れてくれたお茶をコクリと飲んだ。


 ミルドレットの考えを知る由もないニールは拒絶された事にショックを受けて、笑顔の仮面にピシリと大きな罅を入れた。


「ミルドレット様。何故私からは学びたくないのですか?」

「ニールはルルネイアの手伝いをしなきゃいけないでしょ。だからあたしの事は気にしなくていいよ」

「ですが、私はミルドレット様の教育係……」

「平気だってば。誰か他の人に教えて貰うからいいよ」

「他の人とは、誰です!?」

「ニール以外の他の人。別に誰だっていいでしょ?」

「誰でもよくはありません!」


 言い合う二人を前に、ヴィンセントが慌ててフォローを入れた。


「その……そういうことは同性から教えて貰うのが良いのではないか? 本来であれば、女性の教育係や母親から学ぶ事だろう」


 ヴィンセントのフォローにアレッサが顔を赤らめて俯いていると、ルルネイアが力強く頷いた。


「分かりましたわ。ミルドレット姫には沢山お世話になっているのですもの、私がお教え致しますわ。とは言っても、さほど知識に明るいわけではありませんが。魔物討伐が終わった後にでも学習時間を設けましょう。それでいいかしら、ミルドレット姫」


「ありがとう、ルルネイア。面倒かけちゃうけど、宜しくね」


 性教育がどんなものかを全く理解していないミルドレットは、心からルルネイアにお礼を言い、グォドレイは「すまねぇが、宜しく頼むぜ、リッケンハイアンドのお姫さん」と頭を下げた。


「それによって、ミリーが俺様に警戒心を抱いちまったら寂しいことだが。まぁ、いずれは必要な事だからな。長い間放っておいちまってすまなかった」


 もしもミルドレットが洞窟の掘っ立て小屋でそのまま生きていくのなら、そんな知識は必要無かったのかもしれない。

 グォドレイは決して、ミルドレットを傷つける様な事をしなかったのだから。


「なんつーか、弟子が成長するってのは寂しいもんだな」


 感慨深そうに言ったグォドレイに、ミルドレットは小首を傾げた。


「よくわかんないけど、お師匠様はどうせあたしが居なくても寂しくもなんとも無かったんじゃないの? 厄介払いが出来て良かったくらいにしか思ってなかったんじゃ?」

「良く分かったな?」

「ほら!! あんたはやっぱりそういう人だよ!!」


 呆れた様にそう言った後、ミルドレットは溜息を吐いた。


「でも、安心して。あたしがお師匠様を警戒するなんてことはこれから先も絶対に無いから」

「ああそうかよ。期待しないでおくぜ」

「あ、信じてないでしょ!? 酷いっ!」

「信じてねぇわけじゃないさ。期待してないだけだ。期待すると叶わなかった時にへこむだろ?」


 ぷくっと頬を膨らませているミルドレットの頭を、グォドレイは眉尻を下げながら優しく撫でた。


「それじゃあ、俺様は仕事に向かうとするぜ。ユジェイのお姫さん、お茶美味かったぜ。ごっそーさん」


 そう言い残すと、グォドレイは歌うような詠唱をしてふっと姿を消した。

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