[二]の四
四
「たっくんはね、たっくんなんだから、誰かを演じる必要は無いのよ」
かく言うは祖母である。彼は黙って顔を埋めている。
「いい? 人は何でも器用にはできないの。必ず誰しも、どこかが不器用なの。全部完璧にこなす人なんて、気味が悪いわ」
「でも嫌われたくないもん」
彼の声は酷くこもっている。
「一度ここに正座しなさい」
「嫌」
「ほら、」
祖母は無理やり彼を抱えて、シーツから引っぺがし、眼前に置く。それでもそっぽを向いている。そんな彼の両肩をその皺くちゃな掌に掴み、祖母は揺らす。もう一二度揺らす。
「うるっさいなあ!」
「こっち見て」
この時彼は、祖母の眼鏡が金縁で小さめのレンズのものだと気がつく。
「あのね、たっくんは人に『嫌い』って言われるのが嫌かもしれない。でも、たっくんはおばあちゃんにさっき『嫌い』って言ったわよね」
彼はきまり悪そうに俯く。
「でも、たっくんはそう言った時、凄く不器用だった。だから、おばあちゃんはその時、たっくんのこと好きになった」
「へ?」
「それまでは好きじゃなかったかって? そりゃあ大好きよ。でもね、さっきも言ったように、気味が悪いとは思ってた。だって、たっくんは劇に似せて作ったような子だったから。——でもね、今のたっくんは、きっとたっくん本人なの。おばあちゃんは、そんなたっくんが一番好き」
彼は、そう言ってもらえて嬉しかった。同時に、祖母の前で仮面を被っていた自分は、失礼だとも思った。
「たっくん、おばあちゃんはね、たっくんに嫌われても、たっくんのことが好きなの。絶対に嫌ったりしないの。だから怖がらないでちょうだい」
彼はまた泣きそうになった。でも、もう中学生なのだから、やめた。彼は祖母の胸に飛び込もうと考えた。が、それもやめておいた。
食卓に下りた二人は、皆からは悄然としているように見えた。二人には二人だけが共有した特殊な時間があって、それを元に彼の生き方はすっかり転化したのだった。
彼は、依然、嫌われるのが怖い。だから幾種かの仮面を、まだ捨てずに持っている。それを用いることはあろう。が、彼は素顔のことも、大切にし始めた。素顔でも、愛され得ると知ったのだ。彼は、恐々としながら、人格の使い分けを諦める。仮面は持っていても、一度素の楽を知ると、用法を忘れてしまうのだ。
彼がいざ嫌われた時、どう事は運ぶのか知らん。やっぱり泣きだすのかもしれないし、完全無欠な仮面作りを追求するとも、少しは嫌われたっていいと割り切るのだとも分からぬ。が、一つ確かなのは、彼自身は彼自身で、愛され得る人間なのだ。




