[二]の三
三
祖父母の家に泊まる。すると、彼は祖父の好感を得なくてはならない。基本ソファに居座る祖父に、無邪気な遊びを持ちかける。
「神経衰弱しよう」
「ああ、いいよ」
祖父は乗り気である。彼は淡々、トランプを机に置き広げる。
「おじいちゃんとやっても、楽しいかい?」
彼はどきりとする。
「もちろん」
ちょっと間が空いた。無邪気が作り物であることは、とっくに見破られたかもしれない。
ゲームは平坦な調子で進行する。祖父の瞬間記憶能力は、衰えている。真面目にやれば自ずと彼が勝ってしまう。その為にちょっと演技をして勝負を面白くする。一方で、彼にはちっとも興がわかない。けれども熱くなるふりをしなくてはならない。道化の彼は、祖父を欺く。
祖父は終始楽しそうにしていた。無論、彼もそうである。傍目の家族も微笑ましく見ている。誰もこの家庭の内に道化が潜んでいるとは思うまい。この道化の為に順境が演出されているとは、夢にも思うまい。
夜ご飯の後、彼は祖母の部屋に呼ばれた。こういう時は大方、小遣いがいただける機会である。小遣いは、ねだらんが、真率に受け取らねばならない。彼は気楽に祖母を訪れる。
「ああたっくん、ちょっとそこに座っててね」
祖母は、ミシンで縫いものをする最中である。
「さて、と」
祖母も彼と同じ土俵に正座する。金銭の授受は、いつだってこうやって物々しく行われる。
「たっくん……もしかしておばあちゃんのこと、怖い?」
「はっ……」
彼は、完全に意表を突かれた形である。まさか、祖母が道化を勘づこうとは、思いもしない。
「怖くないよ」
「いんや、怖いんだ」
「怖くない!」
「はっきりと言ってごらん」
「んん……おばあちゃんなんて嫌い!」
窮した末、一思いに言葉が飛び出した。中一の孫から発せられる『嫌い』に祖母も仰天する。そのまま彼は、部屋を退く。
彼は、走って二階へと駆け上る途中、悔やんでばかりである。ちょっと素顔を暴かれそうになっただけで、この様である。すると、泣き出していた。この崩れた顔のまま、母の元へ行けば碌な事になるまい。彼は抑えたくても抑えられぬ、止めたくても止められぬ、羞恥と憤慨に自制が対峙する構図を心中に抱え、走っている。ただこの忙しい足を止めるのは容易でない。慣性の法則に従って、放っておけば進む、止めるには強い意思が伴わなくてはいけない。——遂に両親の前に泣き崩れた。
「どうしたの! たっくん」
母が寄ってくる。ベッドに寝転んでいた父が頭を起こす。
彼はただ泣くばかりであった。何も言わず……落ち着くと、甘えたくなっただけ、などと気持ちの悪い出鱈目を言った。どうせ、この後の晩飯で全て発覚する。彼の努めるおかげで、問題の無かった家庭が、初めて棘に直面するのである。
彼は、この一連は何もかも過ちだったと理解し、そしてずっとベッドにうずくまっていた。母が呼んで下りてこぬなど、前代未聞である。彼は——もう道化を諦めた。




