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[二]の二


      二


 家に着いたら、ちゃんとご挨拶なさいと注意されるのを、彼はちゃんと記憶している。だからこの時も、何も言われずとも率先して頭を下げた。すると、祖母は満面の笑顔でもって感嘆してくれる。彼はえへへと照れる。嬉しくなる。——祖母は、実は孫の道化が分からぬ者ではない。けれども誇らしげな嫁の真っ直ぐな眉に免じて、相好を崩すのである。

 面を被っているのも日常となると、見分けるのに鈍くなる。両親はその例である。が、暫く離れた人間にはありありとその顔の愛想が目についてしまう。祖母は毎年、孫が自分に対する用の仮面を磨き上げてくるのを知っている。彼女はすると、ちっともくすぐったくないが、唯一の孫へ情をかけてやる。

 彼などは、とても今のままでは何十年も持つまい。人は年齢を重ねるうちに、全くの別人となる。ただ同じ過去を共有するのみである。そこに、人格がついてくる必然性は、どうしてもあるまい。祖母もそうである。祖母にも祖母の七十数年がある。

 彼は祖母の好意を一切拒まぬ。彼は特段の気を遣わなくとも、祖母の好評は手に入れられるものと考えている。無論、祖母も孫からの心配りなど必要とせぬ。ただ、こそばゆいのが無い分、ちょっと物足りない。

 彼らは四人で都心に出かける。家は郊外にあるので、バスを乗り継ぎ、最寄りの駅へと向かう。東京は、駅があれば大抵賑わっている。とりあえず東の方面に出る。

 チェーン店でアイスを食った。それから店を回った。祖母は孫の誕生日を早く祝ってやりたい。彼は無邪気にあれが欲しいなどと言う。この時ばかりは父も苦笑いである。母はおばあちゃんにあんまりねだっちゃいけませんと諌める。

 ここに成される家族の風体は、全く彼の努力の賜物である。彼が装いを徹底しているから、絵に描いたようなやり取りが展開され得るのである。——が、彼は人情の、時に理解し難い機微を心得ていない。通例を見て取って真似るだけだから、彼の演技に深い意味が伴っているわけではないのだ。芝居は世にありふれているが、現実問題に驚くほど即していない。それらは劇中の筋書きに過ぎないのであって、筋書きは人間が不完全に組み立てあげたものだから、夢か架空か空想と揶揄されるべきである。いわば切った貼ったのコラージュである。

 ともかく、彼の理念は高く険しい壁と出くわすに違いない。既にこれまでにも知り得ぬところを見つけている。見ぬふりをしているだけだ。解錠されぬ扉付きは、物言わぬ壁と同じ事である。彼は鍵を探す面倒を怠ったから、また同じ壁にぶつかる。

 特に母が酔っ払った時などは酷い。彼は、母の言う通りにすればするほど責められる。逆上してしまうわけにもいかない。彼女の言うことは、一瞬後で真逆のようであり、ある一筋の背骨が通っているようでもある。彼は混乱する。無茶な要求にも耐えている。それもこれも、孤立を避けるための方策である。

 彼の誕生日は明後日に迫っている。ついでだから、この日にプレゼントまで買ってやろうというわけだ。

 祖母は全て知りながらも、詰めが甘い。母は子が真っ直ぐ育ってくれれば、と思っている。父は奔放な子育てを理想とする。さて、誰が一番賢明だろう。彼が突如として仮面を被るのを止めたとき、どんな顔をするのだろう。無論、その時彼は素の顔である。両親は、仮面を脱いだ息子のありのままの顔面に驚く。仮面の方が本物ではなかろうかと狼狽える。祖母は——祖母は祝うとも愁うとも知れない。

 彼はこの仮定を何度かやったことがある。けれども彼には、どうしても自信が無い。素顔が皆に受け入れられる、自信が無いのだ。それは、受け入れられなかった時に味わうことになるであろう絶望への恐怖とも言える。

 彼はとかく、この買い物の間中、ずっと華やかにしている。だから、家族もとかく華やかである。

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