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[五]の二


     二


 ——先生、大変なのです。——

 また彼女か、と私は覚悟して読む。

 ——私は、また諦めなくてはいけなくなるかもしれません。私は諦めたくないのです。今度、部活の引退試合があります。私は、どうやら補欠になりそうです。もちろん、レギュラーとして試合に出たいです。だから、今も必死に練習しています。でも、今日の大事な試合に、私は負けてしまいました。ベンチがほぼ決まりです。どうしたらいいでしょうか? 諦めなければ、必ず努力は裏切らないと言われて、それを信じて頑張ってきたのに……これは、私の努力が足りなかったということでしょうか? そう、きっとそうです。だから、私は知らず知らずのうちに妥協していたのです。ちなみに妥協って言うのは、諦めるって意味です。先生、こんな時にはどうやって心を落ち着けるといいのか、教えてください。

 P.S.放課後は部活があったので行けなかったけど、先生に言われた通り考えてみました。諦める事について。『諦める』にも色んな言い方があるみたいです。降参、観念、投了、挫折、諦念……全部後に〜するって、付きます。諦めるだけ、諦めるするって言いませんよね? どうしてでしょうか——

 彼女は彼女なりに煩悶し、追伸には可笑しな疑問まで書き込んできた。私は、またこれにも容易に応答しかねる。

 レギュラーは、とれなくては仕方あるまい。努力は裏切る事もある。だから、『努力した者が須らく成功するのではない』との格言があるのだ。これが格言たる所以は、後に『だが成功した者は必ず努力をしている』と努力の妥協点を上手に示しながら、努力を讃美しているところにある。私はとても不確実には投資できぬたちである。

「あなたの努力が足りないことなんてない……」「それがあなたの実力だ」——いかん、いかん。

「勝負事はボタンの掛け違えでどうにでもなるのですよ……」——ちょっと違う。

「前を向きましょう」——気味が悪い。

 名答は案出できなくて固よりだから、少なくとも本心で語らないといけない。相手の望む答えを差し出してやるのばかりが、教育ではない。

 教育は三者三様、四者四様、百者百様で、初めて生徒は種々の先生に触れる機会を有難いと思う。私は私の等身大で、彼女の繊細さに寄り添わなくてはならない。目一杯背伸びをして、器量を勘付かれぬようにするのも大切だが、一大事にはどうしても一個の人間同士でぶつかり合わなくては駄目だ。このプリント裏の伝言は、彼女の一大事を知らせるものであると思う。

 私はずっと机の前で悩んでいる。悩んで、悩んで、気がつくと日が暮れる。日が暮れると、勤務は終わりだ。

 教師は大層なものではない。それはそもそも、職業として捉えられるべきものでもない。給与を得る者として、職業教師を名乗って不都合はあるまい。ただ、育ち盛りの生徒に接するには、やはり人間でなくてはならない。人間であるからには、勤務時間が終了しても生徒のことを忘れたりはしない。むしろ、気にかかる時が多くて然るべきである。毎日同じ空気を吸って吐いているなら、そこには何らかの繋がりが生まれなくてはならない。それを器用に忘却する甲斐性は、メカの性格である。人間の性格ではない。人間は人間に縛られるのであり——人間のことを考え行動し、人間の夢を見て、人間を発端に喜怒哀楽を表出する。教師はこの人間で生徒と交わらなければ務まらない。生徒は、教師に人として、否が応でも寄ってくるのである。

 だから、暮色濃やかとなり、業務を完了したとしても、人として生徒との関わりは一向に断たれない。私は、ずっと思案している。

『諦めるする』と言わないのは初めから動詞か、名詞を動詞化するかの違いであろう。でも確かに、諦めるするとは言わない。妥協する、諦念する、投了する……全部するものである。諦めるばかりは、諦めるものである。物事は須らく、深淵に入れ込めば入れ込むほど、解離して分からなくなるものである。遠目で見てひとまとまりの物も、微細に調べると、分子が遊んでいるものだ。

 私は寝る時まで思案していた。朝の登校時にも思案していた。気にかかるから仕方ない。来て一番、綴った返答が次のようである。

『諦めるとは必ずしも悪い事では無いのでは? 諦めるには、他のあきらめるとは違った、特別な意味があるのではないかな。やっぱり一度、一緒に考えてみたいね』

 提出物のプリントの裏を介して保たれる会話である。また、宿題をつくらなくてはなるまい。

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