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[五]の一

[五]



     一


 ——私は幼稚園の頃、幼稚園の先生になると宣言しました。諦めました。また、小学校の最後には、パティシエになると信じていました。諦めました。中学校では、もう諦めたくなくて、優しくて気遣いのできる大人になるとぼかしました。先生、私には夢がありません。これっぽっちもありません。でも、嘘は言いたくありません。卒業アルバムの将来の夢に、無しと書いて出しても良いですか?——

 彼女の提出したプリントの裏に、こんな訴えが添えられていた。

 気づかないふりをして返すこともできる。実際、偶然プリントが風に舞って床に落ちなければ、発見することはできなかった。私はこの奇跡を呪った。この手紙は私を酷い煩悶へと誘い、一世一代の対応をできるだけ素早く確実にと、迫るものだからだ。

 選択肢は三つ。『無しで良いよ』か、『とりあえず何か書け』か、無視か。——無視はいけないかなあ、と思った。彼女は彼女なりに、悩んでいるのだ。生徒が悩むのに教師が飄然としていては教育にならない。けれども、残された二つでは、どちらを選んでいいやらまるで思いつかない。他の先生に相談してみようか。でも、話が広まっても可哀想だと思い直す。が、一人の賢くない頭ではまるで良い方策が浮かばない。

 為す術の無いまま、次の朝が来る。登校せねばならない。プリントは返さなければならない。彼女に返信しなくてはなるまい。

 朝っぱらからずっと、うんうん唸りっぱなしだ。周りの先生が「どうかしましたか?」と私に声かけてくる。「どうもしません」とだけ言っておく。本当は深刻に行き詰まっている。けれども相談はいけない。彼女は私に聞いているのだ。私が思案して、答えを出さなければいけない。

 そもそも将来の夢を卒業アルバムに書かせて保存しておくこと自体、ナンセンスである。彼女の記述によると、幼稚園時代から連綿と続く恒例らしい。私も書いたか知れない。けれども、全然覚えていない。彼女はいちいち記憶して、夢が叶えられないと、自分は諦めたのだと自分を責める、律儀な少女である。諦めるのは良くないと、学校で嫌という程教えられたせいか知れない。学校だけじゃない。親だって、テレビだって、そのような事を説諭するのだろう。でも、私の経験上、諦めた事のない人間など、居ないのだ。皆どこかで妥協して、折り合いをつけて生きている。「君はすぐ諦めるな」と注意するのは、大抵は不甲斐ない自分を棚に上げて言うのだ。すると、「某は……」だのを持ち出して、自身の言い分を正当化しようとする。じゃあ、説教を受けた方は、「ああ、それが正しいのだ」といとも簡単に信じる。これではいけない。私は教育者だ。教育は答えを教えるものでは無い。思考の術を教えるのである。何故なら、教師はほとんどの事について、答えを知らない。数学の問題? いやいや、そんな次元の話をしているのではない。大人が子どもに勝ると言えば、それは考えた量と知識くらいのものである。知識をひけらかすのは誰にでもできるが、考えるのを促すのが教師の領分であり、役目である。だから、『諦める』に関しても、「それは良くないこと」の一点張りでは教育にならない。何故良くないのか、あるいは全く逆の真理であっても、考察を示さなくては始まらない。

 私は、「『諦める』という事について考えてみよう。放課後、職員室に来て」とだけ書いて返す。プリントを受け取る時、彼女は素知らぬ顔をしていた。

その日、彼女は下校時刻を過ぎるまで職員室にはやってこなかった。

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