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[四]の二


     二


「やあ、由恵」

琴乃ことの、久しぶりー!」

 喫茶店で、由恵に会う。これからとあるテーマパークに二人で遊びに行く約束である。

「きっと混んでるよねえ」

「そりゃあ、ねえ。……ちゃんと、暇つぶし道具持って来た?」

「スマホ? くらいかな」

「そうだねえ。じゃあ後でリバーシとか囲碁とか対戦しようね」

「私囲碁のやり方知らないよ」

「読んで字の如く、囲めば良いのよ。囲んで自分の領地をつくるの」

「領地を?」

 私たちはそろそろ飲み物を頼む。

「アイスティーで」

「レモンティー」

「二人とも渋いねえ」

「前からでしょ、高校時代から」

 私がふと口をついて、この場を気まずい雰囲気にさせてしまう。高校時代の話は御法度である。少なくとも、由恵や優希とは。

 私たちはあれほど好調な会話を続けていたのに、途端絶句してしまった。気を紛らすのに、キョロキョロしたり別段汚れてもない白レースの裾を払ったりしなくてはならない。ついでに上着の袖も払っておく。

 飲み物が来ると、ストローを介してそれを吸い込み、やっと喉に塞がったものが下りる。

「何に乗るよ」

「ううん、そりゃ行ける限りだね」

 私たちは以降、無難に楽しむ。禁句を上手に避けながら、ある程度思い出話に花を咲かせる。つい勢いづいて、部活のことにまで話が及んだのは、三つ目のアトラクションの行列に並ぶ間である。

「しんどかったよねえ、だって、安藤先生、自分は何にもしないくせに人に厳しいから、でっぷり太ってるくせに命令してくるんだもん」

「そうそう! 本当、腹立った。こんな走らせるんなら、自分も一回走ってみろって」

「でも……そんなこと言ってるから負けたのかもね」

 由恵の一言は、私の胸に突き刺さる。——そうだ、私たちには発言権が無いのだ。負けた以上は、何を言っても敗者の戯言でしか無いのだ。勝ちと負けとの間には、これほどに大きな落差がある。

「ああ、私の負けだ」とふと口をつく。勝負に懲りたはずの私たちは、また勝負をやっている。

「囲碁にはコツがあるから」

「教えてよ」

 この時は、私たちは上手に切り抜けることができた。とめどなく溢れてやまない悲壮を抑えることに成功したのだ。しかし、このままでは理沙と同じようになってしまうのではないか。私は忘れてはならない。由恵も、優希も、理沙も、自身が戦犯である事を忘れてはならない。

 コースターの落下に耐えながら、風圧を切り裂きながら、宙返りをしながら、戦犯だあ! と叫んでみた。絶叫にしか聞こえぬ。

 ーー何故二人は過去を語り合う? それが彼女らにとって、甚大かつ絶対的な記憶だからだ。彼女らは罪深いと言っても、一生この思い出を捨て切れない。それほどに有難い、確かに在った、今や憧憬なのである。これが青春と称され、美化されるところの所以である。彼女らの青春は、彼女らの人生そのものである。彼女らを決定付ける真ん中である。右に転ぼうが左に転ぼうが、これが原点となる。だから懐古を好んでする、焦がれて思い慕う。

 テーマパークの像は時代の流行である。空想世界の慰め程度の実現である。夢の国、光の国ーー想像上を現実のものとして触れることは、誰もが一度は望むところである。しかし、大抵人は打ちひしがれるか、偽の満足感を得る。たとえ現実であったとしても、それが虚構と化すことがある。過去の栄光は、段々本当にあったのか分からなくなる。だから、定期的にそれを誇らしげに掲揚しなくてはいけない。また、確かに在ったのだと、文字にして記録し、確認し合わなければいけない。非日常は、時と共に忘れられる傾向にある。忘れられずとも、個々人の内にますます軽視されていく。が、そんな不安定な世の中に、確と消えずに残る物は——罪である。罪は心の奥底に張り付いて、いつしか同化する。彼とは、罪となる。罪こそが彼であり、常に体現され?から、罪はどうしたって消えない。私は、こう考えて絶望する。

 私は、度々空想する。あの時勝っていれば、あの時一陣の風さえ逆に吹けば……私はこの記憶も、容易に憧れに変換し得たはずである。曖昧模糊な理想郷に置いてけぼりにされる私たちは、ずっと確かな一時の記憶を纏っている。それと一緒くたになって、見分けがつかなくなっている。

 由恵と別れる時、私は愉快だった。同じもの同士では、一層濃くなる他に無かろう。濃くなると世に敵のいない気になる。私は大股で帰程に沿う。道中幾千かの知らぬ人に縦横無尽の奔放を許す。私もお返しに奔放してやる。彼らが私を一度熟視する時、何やら分からぬ濃やかを目に映すはずである。それが、私の肌である。剥がすことはできない。無理やりにでも剥がせば私は痛みに悶え死んでしまうだろう。

 剥きたい、剥きたい、剥きたい……私は自室にいて、そんな衝動に駆られる。冷静になれ、馬鹿げている。皮の下には血脈が流れている。濁り切った、どす黒い血脈が。……いっそ剥かなければならない。剥いて、そのおぞましい液を目の前にして、今一度向き合わなければなるまい。さて、剥くには何が必要だろう。彫刻刀は木肌を見事に削ぐから良いかもしれない。カッターナイフでは剥けぬ、切れるだけだ。が、ナイフを面に沿って上手に滑らせればできるかもしれない。……うむ、できる。

 すっくと立ち上がった時、携帯が震えた。メールだ。戦犯仲間の優希である。彼女もこの償いの式に招待してやろうか。

 が、文面を見て私は慄く。優希は、テニスサークルに入ることを私に勧めてきた。

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