[一]の一
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一
面倒は避けられない。
人は元来計画に従って動くのが苦手な生き物である。計画を立てるのは大好きだ。その通りに動くことができれば、自分はずっと高みに跳躍すると信じて疑わないからである。けれども、実際にその通りをなし得る人間はほとんどいない。人間とは刻一刻変化を遂げる生き物である故、計画通りに動かぬのである。言い換えれば、予測不能で繊細多感な生き物である。それこそが人間最大の魅力であろう。これを除くならば、人類は不完全をもって、悲嘆に暮れ明かさなければなるまい。
さて、面倒は避けられぬ。先述した通り、人は計画を完遂できないが、つくるのは得意である。よって人は、丹念にあしらえた計画表を、他人に押し付ける悪癖をもつ。また、大まかな時間割なら、深層の機微を施錠して動じぬようにしておけば、機械的に反復することができるようになる。この境地はしばしば理想とされる。彼にとっても、理想とされる。彼とは、餅田大地くんの事である。彼のことはこれから、『餅田くん』であったり、『少年』と呼ぶことにする。彼は、十七歳で大学受験生である。
彼は、問題を抱えている。大抵の人は問題を抱えている。たまには能無しがいる。けれども能無しは周囲の評に過ぎず、やっぱり問題を抱えている。が、本当の能無しも、中にはいるかも知れない。ただ本当の能無しは、他人の話に興味など無いだろうから、今回考慮する必要はない。
彼の問題は、スケジュール通りに動き得ない事である。ちゃんちゃら可笑しい、滑稽な悩みだ。けれども餅田くんには、人の性質的な欠陥を考察している余裕が無い。だから、計画表を遵守し得ぬ自分は、愚かで粗悪な品だと心得ている。その上、それは違うと彼に教えてやるものは誰一人として居らぬ。それは、皆が知らぬと言うのではない。教えぬ方が、都合が良いのである。そのせいで餅田くんは壊れてしまいそうだ。人の欠陥のその二、他人に関して鈍重である。故に計画表の押し付けなどが、平気に横行するのだとも言える。
もしも餅田くんが壊れたとして、責任を問われるのはやっぱり餅田くん自身だ。随分酷な話のようだが、ほとんどの俗人はこの仕組みに慣れっこになっている。だから——餅田くんとて、いずれはそのような人間となる。
餅田くんは、塾に通っている。無論、受験勉強の為である。少年は塾に居る時間、許される。が、一度家に戻れば、針のむしろとなる。まず、母親がこう言う。
「大ちゃん、そんな勉強量で本当に受かると思ってる? あんたなんか絶対に受からないよ。見ててご覧」
ご覧、と華やかに括られても、不愉快極まりない。受かると思って勉強をするのである。受からないと信じているならわざわざ辛い思いを進んでするまい。まるで意義の無い提言であった。餅田くんの心を酷く痛めつけて終了である。
次に、予備校の講師が言う。
「お前らの価値はここで俺が嫌味言うのに、奮起してやるか、ふてくされてやらんか。それで決まるぜ? まあ、敢えてどちらがどうとは言わんけどな。こんなところで腐るような奴は——うん、社会に出てもまず通用しないね」
彼は自身の嫌味を正当化するので必死である。嫌味は過酷な社会の一部なのだからと言い訳するのに、やたらと回りくどい事を言う。
人間とは、薄情な生き物である。自分にとっての敵も、益になるようなことがあるなら深く考えもせずに用いる。またその逆も然りである。それでいて、人間は用いるものに屈服していることを認めている。
先の予備校講師は、社会に屈服している、大したことのない一凡人である。歴史の波間に埋もれて永久に浮き上がることの無い、『名無し』である。浮き上がっても他と見分けもつかぬのだから、しようがない。
が、憐れな餅田くんはこの簡単な道理にさえ気がつけない。彼の言う通りにしようとして、できぬからまた自分が不良品だと自覚する。凡人はそもそも人にできぬ事を平然と言うのに、朴訥とした少年が欺かれるのはあってはならない。餅田くんが不憫である。
これらの俗事を踏まえて、餅田くんは面倒だと思う。導かれる、至極当然の結論である。が、彼らはこれを良しとはしない。あくまでも、出来っこない理想に拘泥する。
餅田くんがこのしがらみから抜け出る方法が一つある。第一志望校である大学に合格することだ。が、これはハッピーエンドではない。何故なら、餅田くんがまた彼らの仲間入りをするに過ぎない結末だからである。少年が結局諸悪に染まるのである。これは、ともすると最も悪い幕切かもしれない。自殺でもして、彼らに抗議をやった方がマシかも知れない。——が、彼らはどこまでもタチが悪い。餅田くんが死んだなら死んだで、一向に構わんのである。彼らは固より主義を曲げるつもりは無い。つもりは無いと言うか、もう何が何だか分かっていない。五里霧中の状態で居ながら、無責任な事を佳境の他人に吹聴するのだから、どんな犯罪よりも実はよっぽど極悪である。彼らは罪を罪とも思わず、世間も罪としないのである。そして、餅田くんの死を極平凡な文脈に置き換えて処理してしまう。また同じように死ぬ者が出る。頻りに首を傾げるばかりである。それからどうして解決するかと言うと、また次のように罪を犯す。
「こんなことで死ぬようならこの先もどうせ生きていけぬ」と、本当か分かりもしないことをさも事理のように俗人に諭すのである。すると、純朴なる俗人はそれを信じる。だから、また罪人が生まれる。俗界はより殺伐としたものとなる。
餅田くんは、今のところは被害者である。彼は母親の焦燥を避ける為に塾へ行く。すると予備校の講師に啓蒙される。啓蒙されて顔色が悪くなる。帰ってくると罵倒される。母は本来同志であるが、手持ち無沙汰な分、凶暴になる。餅田くんの帰りは日に日に遅くなる。かと言って塾で勉強をするばかりではない。友と語らい、飯を食う。同じ苦悩を抱える者がいるだけ、餅田くんは助かっている。けれども、既に友のほとんどは、罪人によって煽られている。餅田くんは生来真面目な少年だから、中途半端でなく、彼らの言うところを成し得ないことを全面的に認める。その分、煽動を他よりは免れている。




