名前。
橋本が俺の手を取って自分の教室まで走る。
掴む力が強くて腕が痛い。
保育園の頃もこうやって突然腕を掴まれて走ったことが何回もあった。その頃は痛いなんて思わなかったのに。
突然感じるお互いの成長に戸惑いを隠せない。
橋本の背中を見て初めて気づいたことがある。背は俺の方が何センチか高いのに肩幅は橋本の方がある。
いつか身長も越されてしまうのかもしれない。
ほんの少しの悔しさと焦りを感じている間に自分達の教室に着いた。俺は体力がそこまでないから息切れをしている。
「はぁ…はぁ…っ。」
「悪い、腕跡とか…。」
「何も、大丈夫…。」
謝らなきゃ…変に隠していたからこんなにわけのわからないことになってるんだから…。
自分と橋本と誠実に向き合うんだ、俺。そんなんじゃ親友と呼べる資格なんて俺には…っ。
「…ごめ。」
「何されてた?」
「え?」
「菊池になにかされた?」
「う、ううん!違う!」
謝ろうとしたら質問で遮られてしまった。
いつもだ。どんなときも俺を優先して心配してくれる。保育園の頃からずっとだ。
正直なことを言っていいのかわからないけどここでまた嘘をついてもすぐにバレそうだし、また今回と同じようなことにはなりたくない。
「…告白、された……。」
ヒヤヒヤしながら橋本からの応えを待つ。
怒るかな…ていうかなんで怒るんだよこいつ…。別に菊池が俺のことを好きって思ってても自分には何もないのに…。
親友ポジションは絶対に変わることないのになんでなんだろ。
「…はぁ…なんかそういう、変なことされてないならよかった…。」
橋本は胸を撫で下ろし膝から崩れ落ちた。
オーバーリアクションすぎるわ。
「ごめん。」
「なにが?」
「演劇の大会のこと聖にだけ教えて橋本たちには隠してたから。」
「あー…。」
「ここで油断して負けちゃったら最後の大会になっちゃうって思って…何年間も頑張ってきたのに…。」
「別にそんなこと…っ。」
「だから邪魔できないなって思って…でもさっき吉竹に相談したらそんなんで負けるほど弱くないって言われて…っそう、だなって思った。ずっと橋本たちのこと見てきたから。」
「それって…。」
「いつも全力で楽しんでる感じがして…それがいつも大会の結果に繋がってるって思った。だから都合いいかもだけど俺のことも見に来てほしい…。橋本に見てもらえると…頑張れる、から。」
都合良すぎ、かなこれは流石に…。
橋本は目を丸くして俺を見る。そして自分が柄にもなく必死になりすぎていることに気づいて恥ずかしくなっま。
でも本当はもっと言いたいことがあるけどダラダラ長く喋ってても迷惑なだけ。短く簡潔に、本当に大事な情報だけを伝えた。
頭の中にある言葉を勢いでパッチワークのように組み合わせた文章だから拙いし変化もしれないけど。
「…俺のこと嫌ってるわけではない?」
「は…?嫌いなわけないでしょ。」
「…よ、よかったぁ…!俺もしかしたら嫌われてんのかと…いや嫌われたのかと思った!」
嫌うわけない。馬鹿なのか?
まぁでも俺の今までの対応的にそう思われるのも仕方ないのかもしれない。
心からホッとした顔をする橋本に自分だけじゃなくてこいつも必死だったんだとわかり、思わず『ふっ。』と声を出して笑った。
「俺も変にキレてごめん。」
「いいよ別に。元はと言えば俺が隠してたせいだし。普通に言えばよかったね。」
「杉崎は俺達のこと考えて言わなかったんだろ?それをちゃんと聞こうとしなかった俺も悪い。」
「でも…。」
「はいこの話終わり!暗いのもらしくないだろ。」
「そうだけど…。」
「絶対に勝つから。お前の演劇も見て試合にも勝って絶対に今年こそ全国行ってみせるから。な?」
「…絶対な。」
俺は橋本の脚を軽く蹴った。
強いこいつらなら大丈夫。強豪だからとかじゃなくて今はただ、橋本達なら大丈夫って思える。
まぁ何年もやってて強いし、いけるっしょ。
そんな軽い気持ち。こいつらはそれぐらいでいい。重く考えていたのが少しだけ馬鹿馬鹿しくなった。
「んなことより告白されたの?」
「二回目だけどね、これも隠してたごめん。」
「いいよ別に。そんなことだろうとは思ってたし。」
「は?きも。」
「…俺も好きなんだよね。」
「…は?」
今、なんて…?
「いやだから俺もお前の事好き。だからキスした。」
「……。」
「ファーストキスは菊池にとられちゃったみたいだけどっておい聞いてる?」
嘘でしょ本当に何なの今日は聖も橋本も…。それに今までそんな素振り一度も…。
蘇る今までの行動。明らかに他のやつらより可愛がられてきた気がする。いや気じゃない。確かにそれはそうだ。
しかもサラッと『かわいーなお前。』『杉崎俺達結婚するか。』とか会話に混ぜて言っていた。それを俺は『気持ち悪い。』と吐き捨てていた。
こいつ好意剥き出しじゃねぇかよ…うわはっず何マジ。
恥ずかしすぎて心のなかで逆ギレする。
「…好き、なの?」
「小一の頃から好き。」
「まじか…。」
「どう?俺優良物件だと思うけど。」
「お前なんでそんな普通に言えんの。」
「なにが。」
「す、好き…とか、さ。」
「お前俺がどんだけ我慢したと思ってんだよ。もうなんか色々吹っ切れたの。ちゅーしたしな。」
「ちゅーって…。」
「で、どう?付き合う?」
付き合う?って言われても困るんですけど…いや困るとかはないけど…。
待てそもそも俺はこいつのことが好きなのか?確かに付き合いたいって言われて嫌な気はしないけどこいつにドキドキしたこととはないし…。
いやあるのか…?
いやいやいやいやいやいや落ち着け。ここで流されてもだめだろ、橋本が可哀想。橋本のことを考えると本当のことを言うのが一番だ。
「…ごめん。親友としか思ってなかったから…ちょっとよくわかんない。」
「まぁですよね。」
「は?」
「俺の事好き?嫌い?」
「…好き。親友として。」
今はこれが精一杯。聖も橋本のことも友達としか見たことがない。
『いつまでも友達止まりは嫌なんです。』
聖に言われた言葉が胸につっかえる。相当勇気を出して言ってくれたのだと思う。
もしかしたら橋本は今同じこと思っているのかな…。なんか振られるのもきついだろうけど振るのも結構くるな…。
「好きな人は?」
「…いない、と思う。」
「なんだよそれ。」
「わかんねぇ。」
俺が近くの席に座ると橋本は隣の席に座った。
「正直俺菊池に妬いてる。羨ましい。」
「なにが…?」
「…名前で呼び合ってるし。なんで俺のことは名前で呼ばないの?」
「タイミングわからなくて…気づいたら橋本とか名前で呼ぶようになってたし。生徒会メンバーは名前呼びって決まりだったから自然と…。」
「まぁそうだよな。」
少し空いている窓から風が吹き抜ける。
フワッと大きく動くカーテンの中にちょうど俺達が入った。
「…これから名前で呼んでくんね?」
「名前…?」
「俺この前菊池に聞いたら皆が俺の名前呼ばないから俺の名前知らないんだとよ。ショックだわー。」
「聖…。」
「だからお前だけでも俺の名前呼んで。呼んでほしい。名前わからないわけじゃないだろ。」
「そうだけど…。」
「なぁ、空良。」
「そ…っ!?」
何かがブワッとくる変な感じがして思わず口を隠した。
橋本が俺の耳元の髪を触りながら名前を呼んだ。
「うわ顔真っ赤。俺の事好きなっちゃった?」
「ば、ばっかじゃねぇの!?触んな!」
うるさいうるさいうるさい…っ。
好きなんかじゃない。下の名前を呼ばれるのも慣れている。ましてや橋本なんてなんとも思わないはずだ。
それなのになんでこんなに橋本相手に照れている…っ。絶対におかしい。頭悪い。
いつも普通に見ていたはずのこいつの顔がなんで今まともに見られないんだ。なんで触られたこいつの手がこんなに恥ずかしいんだ。
おかしい。変だこんなの…。
心臓の音が激しくて痛い。『顔真っ赤。』と言われるのも納得なぐらい顔というか全身が熱い。
なにこれ…、わかんない…っ。
「杉崎?おいどうした?」
「あ、ごめん…。」
「早く俺のこと意識しろよな!菊池には負けねぇ!」
負けねぇって勝負する気…?俺を巡って?は?
意味のわからない感情に頭がいっぱいになりうまく頭が回らない。
いつからこんな少女漫画思考になってしまったんだ俺は、気持ち悪い。
「望むところです!」
「聖!?」
「あ、ご、ごめんなさい!空良さんハンカチ落としていたので渡そうと思って来てみたら入るタイミング失って…。」
ドアの向こうから聖が声を上げた。
さっきのも見られてた…の?それは聖はどういう気持ちで…。
「改めて杉崎が俺達が自分のことを好きってわかったところで、これからも正々堂々勝負しようぜ。抜け駆け上等だ。」
「…はい!私がいつでも空良さんを奪ってみせます!」
「うば…っ。」
俺の頭だと全然内容が追いつかない。とりあえずわかったことは橋本と聖が自分を好きだということ。
そしてそれが一番重要な問題であること。
俺明日から学校まともに来れっかな…。
「なんか丸く収まっちゃったね。」
「僕達が手助けしてあげようとしてたのに!つまんない!ねっ旭!」
「仲直りしたみたいだし良かったんじゃないかな?」
「仲直りどころじゃないけどね。」
「はぁ、杉ちゃんあれ恋に落ちちゃってるくない?一瞬で。」
「あれは自覚なのか急に来たのかどっちなんだろうね。」
「僕は今恋に落ちたに賭けるね。吉くんは?」
「じゃあ俺自覚で。」
「二人とも賭け事じゃないんだから…。」
「てか俺達いつまで影に隠れてんの。俺今日見たい番組あるから早く帰りたいんだけど。」