特別。
俺も杉崎は黒川と吉竹に別々に呼び出されたが、結局二人で話し合ったほうがいいと言われ教室に四人で集まった。
ダルそうに脚を組んで座っている吉竹に、パンを無言で食べ始めた黒川。そして向かいには気まずそうな顔の杉崎。
とにかくめちゃめちゃ空気がピリついている。二人の顔が怖い。
「…で、したんだな?」
「し、してねぇし…。」
「したじゃん…。」
「おま…っ!?」
杉崎が目を逸らしながら言った。意地でも俺と目を合わせる気はないみたいだ。
「はい、したのねおっけー。」
「余計なこと言うなよな!」
「自分がしてきたんでしょ。」
「は…っ!?」
こいつサラッと二人の前で暴露しやがって…。マジで性格悪い。
二人は『だろうな』みたいな顔してるし。だろうなじゃねぇわ。
ていうかなんでキスしたってわかるんだよ…。空気感か?確かに今日はキスの話題が結構出たし…弁当のときか?いやでもなんであの会話で…?
だめだ。考えれば考えるほどわからない。頭が痛くなってくる。
「まぁ正直キスしたかどうかは今関係ない。とりあえず早く仲直りしてくれない?」
「嫌だ。」
「…俺も。こいつが悪い。」
「めんどくさ…。」
「ひっ…。」
一瞬だけ黒川の目が冷酷な目つきになる。見たくない闇の部分が垣間見えてしまった。
吉竹はそれを見てしまったのか隣で震えている。
「二人がそんな感じだと俺の拍が気を使う。」
「なにが俺の拍だよ…。そっちだって喧嘩ばっかのくせに。」
「喧嘩しないぐらい話さない二人よりは良いでしょ。」
「お前それ俺のこと言ってんのかよ!」
「まぁね。で、なんで喧嘩したの。」
「おい話逸らすな!」
こいつら一生喧嘩しとけよと思った。
なんでって言われても…ただの俺の嫉妬でなんて言えるわけないし。いきなり何も悪くない菊池の名前出すのも変だし。
「…こいつが俺と聖が付き合ってるとかキスしたとか言ってきた。」
口籠っていると杉崎が話し出した。俺の目を見て。
「え、菊池くん?」
「元はと言えばこいつが俺達に隠し事してたから…っ!」
杉崎の肩がビクッと震えた。そしてさっき顔を上げたばかりなのにまた下がっている。
その後バツが悪そうな顔をして俺の顔を見た。
「それは…。」
杉崎は十秒程言い淀んだ。そしてまた顔を下に下げる。
いつもなら強気に言い返してくるのに、今回はそれがない。
…気に入らない。
「ほら言えない。キスの噂もあるしだから付き合ってるって言ったんだよ。」
「キスの噂ぁ?」
「バスケ部のやつから聞いたんだよ。菊池と杉崎が放課後の生徒会室でキスしてたって。」
「はぁ!?」
「…それ本当の話?」
「だって聞いても口割らねぇもん。してないならしてないって言えばいいのによ。」
言えないということはそういうことだ。
でもまだしてないっていう可能性を少しだけ信じている自分がいるのは確か。俺は第三者からじゃなくて、杉崎本人の口から聞きたい。
したのかしてないのか。
杉崎は菊池をどう思っているのか。
「どうなの?本当にそうなの?」
「…キス、ではない…と思う。」
杉崎は唇に指を添えながらそう言った。
「俺が演劇大会でやるメイクを自分もやりたいって聖が言い出して、教室だと誰かに見られるかもしれないから生徒会室に呼んだの。」
「確かに校則でメイク禁止だもんな。」
「校則っていうか…まぁ、それでメイクしてたんだけどアイメイクするとき顔が近くなって、その時物音がして…それで俺びっくりして前に出ちゃって…。」
「それで唇があたったかもしれない、と?」
「ん。」
事故チュー…ってことか?
思ったよりしっかりキスしてんじゃねぇか…っ。度合いがわかんねぇけど…っ。
本人が言うことに現実を受け止めきれず、目眩がしてきた。
ファーストキスが…俺の…杉崎のファーストキスが…茶道部部長で生徒会副会長のの純愛男子に…っ。
「ということは付き合ってないってことだね。…で問題はなんで演劇の話を橋本にしなかったの?」
「…っ。」
やっぱりこの話が一番触れられたくないのだろう。杉崎は下唇を噛んでいる。
その反応が一番くる。俺には教えたくないみたいな。なのに菊池には教えている感じ。
やっぱり昔から秘密みたいなの苦手だ、俺。少し克服できたと思ってたのにやっぱりいつまでたってもガキなんだ。
「黙ってても何も解決しないぞ。お前だって早く仲直りしたいだろ?」
「…言いたくない。」
「…っ!菊池に言えて俺に言えないことってなんだよ!?」
俺は立ち上がってらしくもなく声を荒げてしまった。
杉崎は目を丸くして段々も涙目になってきた。
ちが…ごめ…っ。
『違う。ごめん。そんな顔させたかったんじゃない。』
その言葉がどうしても声として出ない。
ただ杉崎が泣くのを必死に堪えながら目を細めて、下唇を噛んで、必死に呼吸を整える様子を見ることしかできなかった。
堪えてても頬を次々と伝う大粒の涙が見ていて辛くなった。
「…なにか事情があるの?」
「…吉竹、来て。」
「あ、ちょっと!?」
杉崎は吉竹の手を引いてどこかに行ってしまった。
「俺にも言えないってこ…。」
「くろ、かわ…俺どうしよ…う゛…わぁぁ……!」
「…橋本。」
「俺、嫌われた…かも…っ。」
俺は子どものように黒川の前で泣きじゃくった。耐えきれなくて黒川の胸に飛び込んだ。
黒川は意外にもギョッとした表情を見せず、落ち着いた母のような顔で俺を見ていた。
辛い。消えたい。
好きな子を泣かせるなんて男として最低だ。
俺の長年の片想いが盛大に振られて終わる未来が見えた。
全部自分のせいなのにそれを杉崎のせいにして、威圧して杉崎を泣かせた。
こんなの嫌われるのが当然だ。俺だったら嫌いになる。
「そんなことないよ。杉崎のことだからきっとなにか事情があって言えないんだと思う。辛いと思うけどもう少し待ってみよ。俺が吉竹から聞いてみるから。」
黒川は俺の頭をふわっと撫でた。黒川の手は大きくて温かい。初めて杉崎に頭を触られた日のことを思い出して更に涙が溢れる。
俺はいつだって杉崎の近くに居た。初めてもほとんどが杉崎が相手だった。
おやつのりんごゼリーをあげたのも、勉強を教えたのも、マスクの大切さを教えてくれたのも全部杉崎だ。
杉崎の中でも俺が特別だと思っていた。
それが違うと知った瞬間、積み上げてきたものがガタガタと崩れ落ちるような絶望感。
「もう…ほんとに好きだよね、杉崎のこと。…そりゃそっか。十年近くも片想いしてたらそうなるよね。」
特別が欲しかった。杉崎の特別になりたかったんだ。
「お困りのようだね!」
「僕らにお任せあれ!」
「…君達は。」
これからの希望すら見えない暗闇の中、パッと光が差し込んだ。