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恋なんかじゃない。  作者: おたくだが
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始まりの日 Ⅴ


「え…っ。」

「なんで?」

「あ、いや…。」


たった一言。俺のそのたった一言が五人の顔色を曇らせてしまった。


悲しみというよりかは困惑しているように見える。


橋本は握っていた手をゆっくりと離した。


「…やっぱりおれたちのこときらいなの?」


旭が俺の後ろから小さな声で言った。その声は震えていて顔を見ると涙を目に浮かべていた。


「やっぱりって、なに…?」

「…おまえだれともはなさないからみんなのこときらいなんじゃない?っていわれてる。」


吉竹が間に入ってそう言った。


違う。嫌いなんじゃない。


少なくともこの五人は…っなんて当時は思っていたけどそう見られていても仕方ない行動を取っていた。


避けて無視して口を開けば『きもい』『うるさい』


嫌われて当然だし嫌われてると思われていても当然。


それを承知の上でその行動をした。なのにつらい。


「まぁいわれてももんくいえないよね。だってそんなたいどとってるほうわるいし。」

「はく!」

「だってそうじゃん!どうせとうきょうからきたからいなかものだってばかにしてるんでしょ!」

「ちが…っ!」

「じゃあなに!?びょうきだから!?ほかとはちがいますあぴーるならきみほんとにせいかくくそだよ!」

「……っ。」


拍が声を張り上げて言葉をポンポンと並べる。おそらくこの頃から頭の良かった拍の言葉は、俺からしたら大人と同じ言葉に聞こえて怖かった。


違うのに違うって言えなかった。怖くて声が出なくて下を向くしかなかった。


否定してしまったら悪化してしまうと思ったから。


「…はく、おちついて。」

「……っ!」

「そんなこといくらむかついててもいうものじゃないよ!」


五人しかいない部屋にバチン!という音が響き渡る。


黒川が止めに入ったところを旭が拍のほっぺにビンタしたのだ。拍はビンタされたほっぺを抑え泣きそうになっている。


「そらくんにあやまって!」

「なんなのあさひまで…っ。べつにぼくだってきらいなわけじゃ…っ。」

「はく!」


泣きながら走っていく拍を旭は追いかけた。


それを深刻そうに見る吉竹と、俺をじっと見つめる黒川。


そして一番怖いのはさっきから一言も話さない橋本。


「ごめんねいきなりともだちになろうなんて。ちょっとはやかったよね。」

「そう、だよな…はは、ごめんな。」

「……っ。」


そんな顔させたかったんじゃない。謝らせたかったんじゃない。


俺のたったひと言で兄弟の仲まで悪くさせてしまった。


自分のしたいことがわからなくて、泣いていい立場じゃないのに泣きそうになった。


「空良くんもう大丈夫?」

「は、はい…。」

「あのね、空良くんに謝りたい子たちがいるんだって。」


そのあと先生が呼びに来て、俺にボールをぶつけた人やそれを楽しんでた人たちから謝罪をされた。


でもそんなことはどうでもいい。


問題は今俺が起こしてしまったこの現状をどうにかすることだ。







「いやでも、うーん…きもいかな…。」


俺は今橋本の家の前。保育園が終わり、ソッコーで橋本の家の前に来たのだ。


保育園でも謝ろうと何度もチャンスを狙ったがあからさまに避けられているしかなり気まずい。


黒川と双子の家は知らないから一番家が近い橋本の家に行くことにした。なんかモヤモヤしたままも嫌だし。


という俺が一番謝らないといけない相手って橋本なのではという考えが頭をよぎった。


そう考え始めてしまうとインターホンを押そうにも押す勇気が必要になる。俺は家の周りをぐるぐる回った。


「あら?」

「あ、ちが…っ!あ、あの!え、っと……っ。」


橋本母が買い物袋を持って現れた!と頭の中でRPGゲームのようなセリフを唱えた。


そう、現れたのは橋本のお母さんだった。引越しの挨拶で一回だけ見たから顔は知っている。


そして橋本母の隣には三つ上のお姉さんもいた。今このお姉さんは杉崎家の長男、大地の彼女である。


この前電卓を借りに行ったらそういう雰囲気になっているところを目撃してしまい、現在顔を合わせるのは正直気まずい。


「は…はしもとしんやくんのおうちって…ここ、ですか?」

「信也のお友達?そうよ、合ってる。」

「そ、そうですか…。」


そうですか。とは。


ここから先どうすればいいかがわからない。


『橋本くんとお話がしたいので中に入れてください』

あまりに上から目線ではないだろうか。

『良い争いをしてしまって謝りたいのですか。』

心配をかけさせてしまうのではないだろうか。


いろんなことが頭の中で渋滞してしまっている。頭がパンクしそう。


「あ!あなたもしかして杉崎さんのところの息子さん?杉崎空良くん?」

「は、はい。」

「やっぱりそうよね!引越しの挨拶来てくれたわよね、覚えてるわ!」


橋本のお母さんは俺と目線を合わせるためにしゃがんで俺の手を握った。


このときものすごく親子を感じた。しかもすごい元気だし。この親あってこの子ありってモロこんな感じ。遺伝子ってすごい。


橋本のお母さんの手は温かくて気持ちが少し落ち着いた。


「あと信也がいつも話してくれるし。」

「え?」

「『すぎさきっていうめちゃめちゃおもしろいやつがいるー』とか『すぎさきがこんぶのこしてたー』とか。」


家でまで話しているのかと驚いた。しかも余計なことまで。


そんなに話しているわけでもないし、向こうも毎時間遊びに誘ってくるわけでもないのになんでそんなに俺に興味があるのかわからなかった。


「信也ったら最近空良くんの話しかしないのよ。ほんとに大好きなのね。」

「……っ。」

「あ、おかあさんかえってきてたの!?」


外で話していると家から崎本が出てきた。


ちょっと前に帰ってきたはずなのにまだ保育園指定の上着を着ている。


「あらあらごめんなさいねぇ。空良くん上がってく?」

「え、いや…。」

「あ…。」


俺が目に入ったようで橋本は気まずそうに目をそらした。


「…じゃあおじゃまします。」


手を洗って橋本の部屋に行く。橋本のお母さんはお菓子とジュースの用意をしてくれた。


そのお菓子は少し独特で見たことのないお菓子ばかりだった。


それに橋本の家は外観は他の家とあまり変わらないけど中はかなりの和風。畳も障子もある。家にはないからおもしろい。


「お母さん少し二階でお仕事してくるわね。」


お菓子を置いて橋本のお母さんは自分の仕事部屋に行った。


橋本はベッドに寝転がって俺は床に正座をしているというなんともいえない配置。


二人になれたのはいいもののかなり気まずい。でも話さないとなにも始まらないという地獄。


「おれのおかあさんフクギョウしてるの。」

「ふく、ぎょう?」

「そう、スーパーではたらきながらイラストレーターしてるの。」

「なにそれ。」

「おえかきするの。」

「へぇ。」


すごい助かった。


本当に助かった。


橋本が話してこなかったらずっと固まったままだった。


早く謝って誤解をとかなきゃと思い口を開いたその時。


「…すぎさきっておれのこときらい?」

「は?」


もう手遅れなのではと思った。


やっぱり周りからしたらそういう認識なのだろう。


ここでけじめをつけなきゃ俺は変われない。いつまでも前のままじゃ嫌だ。


前のことなんて気にしても過去のことはなにも変えられないのだから。


「いや、やっぱりきらいかなぁって!」

「…きらいだった。」

「だよな!あはは!」

「まえはね。まえはきらいだったよ。しつこいしうざいし。…でもいまはきらいじゃない。」

「え、なんで…?」

「たすけてくれたでしょ、おれのこと。」

「いやあれはほとんどくろかわが…。」

「おれのためにおこってくれたじゃん。」

「…おれとうきょうでともだちいたんだけど、ぜんそくのしょうじょうがでたときね。」







『げほっごほ…っ!』

『そ…ら…?』

『みな、と。』

『…み、みんなあっちいこ!』

『はぁ…っはぁ。げほっ!』

『…きもちわる。』







「…ってかんじだったから。」


東京にいた頃の友達と遊んでいたとき、いきなり喘息が出てしまった。それを見た友達は気持ち悪がって俺を置いて何処かへ行ってしまった。


その後その公園を通りがかった大地がすぐ駆けつけてリュックに入っている吸入薬を飲ませてくれた。


信用してたのは俺だけで周りは自分と違うと思った瞬間突き放す。


『きもちわる。』


言い放たれたその言葉がしばらく頭から離れなかった。


それからそいつとは遊ばなかったし秋田に来ても友達なんて作るつもりもなかったし、後々辛くなることがわかっいるのに自分から友だちを作りに行く必要性を感じなかった。


自分もそれでいいと思っていた。もうあんな惨めな思いはしたくない。


そう思っていたはずだったのに。


「…なんだよそれ!おかしいじゃん!」


橋本が立ち上がって声を張り上げた。


びっくりして橋本の顔を見上げたら、なぜか橋本は鼻を赤くして泣いていた。


「…へんだよ、そんなの…っ。」

「おまっ!?なんでないて…。」

「すぎさきぜったいいいやつなのに…。びょうきなんてかんけいないのに…っ。」


へんなやつ。


自分がやられたわけでもないのに、自分のことみたいに泣いている。


自分がしぬほど嫌いな病気は関係ないと言ってくれた。


「…なんでいいやつだっておもうの?おれおまえにすごいあたりつよいけど。」

「わかんない。」

「わかんないんかい。」

「わかんないけどいいやつだもん。おれならぜったいにそんなことしないのに…っ。」

「…ともだちなる?おれたち。」


少しだけど俺は変わろうとしているのかもしれない。


恐る恐るとかではなく心からこいつと友達になりたいと思ってしまった。


そしてふと言ってしまったこんな言葉。自分からこんな言葉が出る日が来るなんて思ってもみなかった。


「…え?」

「なんかいもいわせないでよ…だーかーら!おれがおまえのともだちになってやるっていってんの!」

「いいの?おれすごいばかだよ?」

「しってる。」

「おい!」

「なんとなくばかなんだろうなぁってはおもってたし。」


橋本は俺を『なんだよ!』と言いながらくすぐった。俺は必死に避けようとするもくすぐったくて力が抜けて避けられなく大爆笑してしまった。


この瞬間がすごく楽しくて今でも鮮明に覚えている。


こんなに声を出して笑ったのは久しぶりかもしれない。


橋本は優しい。そして橋本の周りの四人も。あんな対応をされたのは先生以外はじめてだった。


俺の気持ちは『一緒にいられるかも』ではなく『一緒にいたい』に変わっていた。


「おまえそんなかおでわらうんだな。」

「なに、へんかよ…。」

「ううんわらってたほうぜったいいい。かわいい。」

「か、かわいいはおんなのこにつかうことばだろ…!」


橋本は俺の前髪を避けて俺の顔を見てそう言った。


顔が近くて、可愛いという言葉がどうしても恥ずかしくて咄嗟に下を向いた。


こいつは一緒にいると調子が狂う。でも楽しい。


「じゃあおれたちともだち!?」

「…うん。」

「ずっと!?」

「わかんないけどね。はしもと…いままできつくあたってごめんな。」

「ううん、ありがとう!すぎさき!これからよろしくな!」


初めて呼んだわけでもないのに初めて名前を呼んだ気がした。

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