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恋なんかじゃない。  作者: おたくだが
19/48

始まりの日 Ⅳ


「みんなでドッジボールしよ!」

「いいね!やろ!」


保育園の皆でドッジボールをやるらしい。運動なんて嫌いだから見てるだけにする。


それに砂とか吸っちゃったら危ないし。


「なぁおまえはやらねぇの?」

「…やらない。」

「えーなんで?」


リーダー格の男子が話しかけてきた。予想だけど絶対性格悪いからこの人嫌い。


ここで運動が嫌いだからと言ってしまうのも馬鹿にされそうな気がするしここはやっぱり仮病を使うしかないのかも。


「おなかいたいから。」

「ぜったいうそだーさぼりださぼり!」

「うわだっせぇ!」

「おまえうんどーできないんだろ!」


うるさい。このときはそれしか思わなかったけど今になって考えてみればクソうざい。


サボりっていうのは間違ってないし変に反論するのもめんどくさくて何も言わなかった。


「ねぇおれもおなかいたいからみてていい?」

「えーそうたも!?」


横に突然現れたのは黒川だった。橋本と吉竹以外とそんな話したことないし関わったことがないから誰だかわからなかった。


「まぁいいややりたいやつだけでやろうぜ!」

「おれもはいる!」

「おれもー。」


橋本と吉竹が入った。橋本は運動神経がこの頃から抜群に良かった。吉竹は絶望的にだめだったけど全力で頑張っていた。


そしてやりたい人たちを集めたドッジボールが外で行われた。


球技が苦手な俺はなにか楽しいのか全くわからない。


「…ほんとうはおなかいたくないんでしょ。」

「うわぁっ!?びっくりした…。」


ボーっとしているところをいきなり話しかけられて思わず大きな声が出た。


「…べつに、いたいし。」

「そっか。」


他の園児たちと違うオーラがある。やけに落ち着いてるっていうか大人。少し怖いぐらいに。


「ねぇねぇはしもとくんとはなかよくなれた?」

「は?なんで。」

「ほんとには?っていうんだ。おもしろい。あははっ。」

「は?」

「はしもとくんがいってた。『あいつ一回の会話に五回はは?って言ってる』って。」


うざすぎる。そんなことを言われていたらしい。


確かに結構言う方だとは思う。俺の口が悪いのは保育園からみたいだ。


「…そのかんじだとなかよくはなれてなさそうだね。」

「なかよくなるきなんてない。おまえがなれば?」

「おれがあうとおもう?」

「ぜんぜん。」


なんで言ったんだろうと思った。子供特有のなにも考えずに思ったことを言ってしまったやつ。


黒川と橋本が一緒にいるところなんて想像できなかった。橋本が一人ではしゃいで黒川はそれを見てるっていう感じ。カオス。


「…はしもとくんおもしろいよ。」

「なかよくなってからいいなよ。おれあいつきらいだしあいつもおれのこときらいだし。」

「なんでそうおもうの?」

「ふつうこんなたいど?とってるやつのこときらいだろ。」

「はしもとくんにふつうはつうようしないとおもうけど。」

「…ねぇ、せいかくわるいってよくいわれない?」

「んーどうだろうね、きみもいわれるんじゃない?」

「どうだかね。」


会話の節々から思った。多分こいつ中々の性格をしている。外面はいっちょ前にキラキラ王子様って感じだけど結構人のことをいじる。しかも少し失礼。


人のこと言えないけど絶対仲良くなりたくない人種だと感じた。


でもやっぱり頭の中に橋本のあの顔がよぎる。友達なんていらないのに。変だよ。


「うぇーい!」

「いった…っ!」

「ぼーっとしてるからだよばーか!」

「ちょっと、なんでこんなことするの。」


言われた通りぼーっとしていたら顔面にボールがあたった。


事故ではなく俺の顔を狙って当てたっぽい。でも見てても取れない感じの早くて強いボールだった。


特に強く当たった口元を抑えていると鼻から赤い鼻血がぽたぽたと音を立ててコンクリートの床へ落ちる。


保育園児が当てた柔らかいボールだったから他への被害はないからいいけど当時は小さくて鼻血が少しだけ怖かった。


「うわこいつはなぢだしてる!」

「きったねー!」

「……っ。」

「すぎさきくん、おへやもどろ。」


黒川がわざわざ自分のハンカチを俺の鼻に優しく押し当ててそう言ってくれた。


このときが俺が思っていたのは黒川のハンカチがブランドだということ。そしてそのハンカチを自分の血で汚してしまったこと。


それ以外考えられなかった。頭が回らなかった。


「…なんだよ!つまんねーの!」

「おまえらなにいってんだよ!」


橋本が一人の男子に殴りかかった。


「いってぇ!なにすんだよ!」

「すぎさきがはなぢだしたからってばかにするな!」

「いたい!ほんとにいたい!」


自分から叩かれて泣いている男子にそう叫んでいた。泣かれてもやめかった。


嬉しかったようなその光景が怖かったような。多分どっちもある。


橋本が男子を次々と叩いて蹴っている姿を見ていたら突然息が苦しくなった。


「はぁ、はぁ…っ。」

「すぎさ……。」

「げほ…っ!ごほっ!」


喘息の発作だ。


そういえばいつもは外で遊ぶときはマスクを着用しているけどこの日は暑くてマスクをしていなかった。完全に自業自得。


きっと砂やホコリなどが体内に入ってしまったのだろう。喧嘩をしているとき、大量に砂が舞っていたから。


息がヒューヒューして苦しい。おまけに激しい咳に赤くなる顔。


そして止まらない鼻血。見る人が見たら本当に怖い光景。


毎日いざというときのために薬をバッグの中に常備しておいている。でもここから取りに行くのもなんだか怖い。


そんな俺の姿を見て喧嘩をやめないわけもなく、すぐに橋本が庭の草むしりをしている先生を呼びに行った。


その走る後ろ姿がなんだかかっこよく見えて横目でチラチラ見てしまった。


「すぎさき!」

「う、そ…っ。」

「ちょっとこれって…。」


俺の周りを吉竹、黒川、旭、拍が囲む。


旭は突然のことすぎて泣いてしまっている。吉竹はもらいゲロしそうな表情だった。吐いてないけど。


そして橋本が呼びに行ってすぐ先生が来てくれた。


「空良くん!?大丈夫!?立てる!?」

「げほっげほっ!はぁ…っあ、お゛ぇ…。」

「ごめんね目を離して!吸入薬今日バッグの中にある!?無理して喋らなくていい。あったら人差し指立ててくれる?」


俺は人差し指を立てた。


当時その先生は新人保育士だった。多少慌てても瞬時に冷静な対応をしてくれたのが俺は嬉しかった。


「わかった。先生おくすり持ってくるから創太くんは空良くんと日陰にいてくれる?えっと…これティッシュ!」

「はい。…たてる?あ、こばなつまんでみて。はなぢとまるよ。」

「はぁはぁ…っう、ん…。」


黒川と拍に支えられながら小鼻をつまみながらゆっくり立ち上がった。


立った瞬間襲う目眩と吐き気。そしてかなりの咳と乱れた呼吸音。


やっぱり旭は泣いている。


「すぐそこだから。よしたけくんももらいげろしそうにならないで。しっかりして。」

「すぎ、さき…。」

「…はしもとくん。」

「は、はい!」

「…おちゃある?」

「ある!もってくる!」


黒川が橋本にそう言って橋本はさっきと同じように走って自分のお茶を取りに行った。


俺は黒川の膝の上で横になっている。黒川の膝は柔らかい。


「空良くん!お薬よ!」


ここから自分たちの部屋まで少し距離があるのにすぐ持ってきてくれた。


先生に薬を飲むのを手伝ってもらった。そして鼻血を止めるために右の鼻にティッシュを詰めた。


橋本が俺が鼻にティッシュを詰めているのを見て笑いをこらえているのがわかり少しムカついたけど、このときはなんだか落ち着いた。


こんな薬好きじゃない。大嫌い。


その時俺が明らかに嫌な顔をしたのか吉竹は少しびっくりしたみたいに目を大きく開いた。


「本当にごめんなさい。私が目を離していたばっかりに…。このことしっかりお母さんに連絡するからね。」

「…はい。」

「帰る?」

「……。」


正直帰ったところでって感じ。帰っても症状が収まるわけでもないし症状が出るかもということで薬を持たせてもらっている。


それにわざわざ親の仕事を止めてまで呼ぶほどのことではない。


「だいじょうぶです。なれっこなので。」

「…そう?じゃあ少し…というか落ち着くまでここの五人といてくれる?お部屋の中で。他の子達はホールで遊ばせるから。」

「はい。」

「…ねぇあなたたち空良くんをいじめた子は誰?わかる?」

「ゆうごと、きらとと、はやてと、せいや。」

「はぁ…わかったわ。保健の先生もさっき呼んだからよろしくね。」

「はーい。」


ゆっくり歩いて自分たちの部屋まで六人でいくことになった。先生は庭へ向かって走っていってしまった。


確実にブチギレる。あの先生新人なのにキレると怖いから怒らせちゃだめと先生の中で盛り上がっていた。


というか名前を初めて知った。興味なかったし絡むつもりも全く無かったから覚えようともしていなかった。


あれはいじめなのかなんなのか。喘息に関しては自分がマスクをしていなかったのが悪いと思う。でもここで否定してしまったら状況が悪化すると思い、あえてなにも言わなかった。


「あの…。」

「…だいじょうぶ?そら…くん?」


顔色が死ぬほど悪い俺に恐る恐る一番最初に話しかけてきたのは旭と拍だった。


最初は全然似ていなくて双子って知ったときはびっくりした。


「うん。」

「そ、そっかぁ!よかったぁ…!」

「あいつらせいかくわるいしへんにいろいろはんこうしないほういいよ。」


性格が悪いのは見るからにそう。なんか話聞けば嫌われてるみたいだし。なのに頭は良くて高校は自称進学校に行ってるらしい。うける。


橋本の顔にそいつらからつけられたであろう傷がついていた。浅いけど血が出ている。


「…だいじょうぶなの。かおきずついてるけど。」

「べつにこれぐらいどうってことねぇし!」

「…ちでてる。まってて。」


俺はバッグから絆創膏を取り出して橋本に一枚渡した。念のためということでいろんな救急用品を持たされている。


しかも薬以外は母からではなくほとんど兄が持たせてくれているものばっかり。あんま使わないであろう包帯まで。


「はいこれ。」

「い、いらないし…いたくないし!」

「いたいところにはるんじゃなくてちがでてるところにはるんでしょ。」

「でてない!」

「きんはいってしんじゃうよ。」

「し…っ!?」

「やならだまってもらって。」

「…わかったよ。」


橋本は死という言葉に怯えながら絆創膏を俺の手から受け取った。


単純だなと思った。その単純さは今でも健在である。


「おまえけっこういいやつだな。」

「…きも。」


その時お礼をまだ言っていないことに気づいた。


俺のそばにいてくれたこと。先生を呼びに行ってくれたこと。お茶を持ってきてくれたこと。


そして俺のために喧嘩をしたこと。


言わなきゃいけないのに言うのが恥ずかしくてなんだか言いたくなかった。でも言わないのもそれはそれで人間的にどうなのかと頭の中で悶々としていた。


「…と。」

「ん?なに?はっきりいえ!」

「たすけてくれてありがとうっていってんの!ちゃんときけよ!」

「はぁ!?なにきれてんだよ!」

「うるせぇ!はやくばんそうこうはれよ!」

「そ、そんなにおおごえだしてだいじょうぶなの?」

「さぁね…あたまわるそー。」


双子がコソコソ話している。丸聞こえ。実際に頭が悪いからなにも言えないのが悔しい。あと発作後騒いだらだめ。


これは照れ隠しにキレただけというかほとんど勢いだけでキレた。


でもこんなに誰かと言い合ったのも騒いだのも初めてだった。こんなに誰かに対してキレたこともなかったし。


なんだか最近すごいキレてる気がする。嫌なのか嫌じゃないのか全然わからない。もやもやする。


「ねぇねぇすぎさきくん。」


お茶を飲んでいると黒川が話しかけてきた。


言われた言葉はまさかの言葉だった。


「おれたちとともだちになってくれませんか。」

「…は?」

「はしもとくんとよしたけくんもね。」

「おれたちも!?」

「まぁふたりともおもしろそうだからぼくはいいけどね。」

「おれも!たのしそうだね!」

「すぎさき!おれたちともだち!」

「……っ。」


橋本から手を握られそう言われた。橋本の目にはなんの曇りもなく純粋に友達になりたいという目だった。


言われないようにしていたのに言われてしまった。


最悪だ。


友達なんていらないって思っていたのに。どうせ友達なんて名前だけって思っていたのに。


本当の友達になれそうだなんて思ってしまった。


この人たちなら大丈夫かもしれない。俺を裏切ったりしない。だって助けてくれたから。







「…ごめん。きもちわるい。」

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