始まりの日 Ⅱ
「よーしーたーけーくーん!!!」
帰りに拍から家を教えてもらい、家に帰って着替えてから吉竹の家に行った。
でもインターホンが届かずこうして家の前で叫んでいる。すごい近所迷惑だったと思う。
「よーしーたーけーくん!!!」
もう一度呼ぶとガチャッという音がして俺は初めて吉竹と話せると思ってワクワクしていた。
「…あ?」
「ひぃ…っ!」
出てきたのはでっかい吉竹。いや吉竹の兄貴、ちひろくんだった。
でもちひろくんどころか吉竹も知らない当時の俺は大きい人が少し怖くてかなりビビっていた。
「…誰?」
「あ、え、あ…あの……っ。」
「え?なに?」
「よ、よしたけ…くんに……。」
「俺も吉竹なんだけど。」
「あ、ち、ちが、くて……。」
俺はせっかく家まで来たのにまともに言葉も話せずモジモジしていた。正直身長とか話し方を見れば俺が吉竹と同じ組だということがわかったと思う。
でもちひろくんはそれがわからないぐらい吉竹に友達がいないということが今になってようやくわかった。
「…まって、もしかして友達?」
「は、はい!ぼくけんいちくんのともだちです!」
「…けんすけじゃない?」
「ご、ごめんなさい!ほんとうにごめんなさい!」
「あーいいよ謝らくてよく間違えられるらしいし。」
なぜか俺が吉竹と同じ組の子だと気づいてくれた。
俺が名前を間違えてもちひろくんは怒ることなく優しく頭を撫でてくれた。人は見かけによらない。
「確か年少って【けん】ってつく名前の子賢佑だけだし賢佑のことか。」
「はい!けいすけくんのおみまいです!」
「け・ん・す・け、ね?」
「け・う・す・け!」
「なんで難しくなってるの。面白いね君。今賢佑体調だいぶ良くなってきてるし上がる?」
「いいんですか!?」
「うぅ…あの賢佑に友達…お母さん泣いちゃう…っ。」
ちひろくんは玄関先で泣きながらも吉竹の部屋まで案内してくれた。吉竹どんだけ人とないんだよと思っていた。
「賢佑入るよ。」
「…。」
ドアを開けるとそこには本物の吉竹がいた。
風邪ということでベッドに入って冷えピタを貼っている。
「え?は、はしもと…くん?」
「じゃあ俺戻るから。仲良くな。」
そう言ってちひろくんは一階へ降りていった。
ちひろくんと話してたから緊張は解けたと思ったのに全然緊張してる。中々お互い話始められない空気が一分ぐらい続いた。
「…ど、どうしたの?えんそくじゃないの?」
「えっと…おわったの!それではくくんがくっきーわたしてって!これ!はい!」
「え!はくくんが?」
「うん!あとこれおれから…。」
「なにこれ?」
「よんで!」
「よした、け…くん、はやくげんきになって…いっしょにあそぼ…?」
実は家に戻るついでに画用紙にクレヨンで手紙を書いていた。これから仲良くなる証とでも思って書いたのだろう。
頼むから恥ずかしいから捨ててほしいというのが願い。
「じきれぇ…。」
「え?」
「ぼくじへたなの。こんなにかけないよ。すごいねはしもとくん。」
吉竹の文字の練習ノートを見せてもらった。5才だとしてもお世辞にもきれいとは言えない文字だった。なにを書いているのか全くわからない。そんな字。
俺はそれに関してなにも言えなくて遊びのお誘いをすることにした。
「…あの!おれといっしょにあそんでください!」
「…なんで?」
「え、なんでって…よしたけくんとあそびたいから!」
「…だっていままでおはなししたことないし。ぼくはしもとくんのことなにもしらないし…それに。」
吉竹は下を向いて言いづらそうにしている。
「はしもとくんぼくのこときらいなこわいぐるーぷにしたし…。」
「でもおれはよしたけくんのことわるくいってないし!」
「やっぱりいわれてたんだぼく…。」
「それは…っ!」
なにも否定してあげられなかった。優しさの嘘をつくことは簡単なのにここで嘘をついてしまったらだめな気がした。
多分吉竹は皆から自分が言われているのを気づいている。なぜならあんな大きな声で言われていて気づかないわけがないから。
だから俺は『そんなことないよ』という言葉を飲み込んだ。
「なかよくなればなかまはずれにされる。だからだれともおはなししないでひとりでいたのに…なにしてもいわれちゃうよね…。」
「……。」
「ごめん、ぼくまだはしもとくんとなかよくするのできない。」
「おれはいわない!」
「うそだよ!だってなんかいもそういわれてきたんだもん!」
「…だれに!?おしえて!そいつおれがぶっとばす!」
「…やめちゃったじゅうどうくらぶのこ。」
吉竹の腕をガッと掴んで顔を近づけた。
そして感情的になったあとさらっと教えてくれた吉竹の秘密。隠していたわけではないらしい。
柔道クラブに入っていたなんて初めて知った。言われてもないし話したこともないんだから当然だけど意外すぎる。
「おれじゅうどうやってて…でもうるさいってうらでいわれていじめられちゃって…だからやめたの。」
うるさい?吉竹が?
全然似合わない言葉に耳を疑った。
しかもそれが原因で柔道クラブをやめた。よほど辛かったのだろう。話している顔も暗くて今にも泣きそう。
「おれはなしちゃうとおしゃべりだからさ、あまりほいくえんではなさなくなっちゃったの。」
「おれ…。」
「ぼくっていったほうがおとなしそうでしょ?」
吉竹はおしゃべりらしい。
でもそんなのない。素を否定されて隠して生きていくのも辛いのに、隠してても否定されるなんてあまりに辛すぎる。
吉竹には今まで居場所がなかったんだ。自分が自分でいられる場所が。
「ん?まって、おしゃべりならおれたちなかよくなれるかも!おれめっちゃしゃべるし!」
「…ん?」
「だっておしゃべりなんでしょ?ほんとうのよしたけくんは!」
「だからおしゃべりだからわるくいわれるっていってるでしょ。」
「でもしずかにしててもいわれんじゃん。ならしずかにしててもいみないよ。」
幼ながらによくないことを言ってしまったと思って、咄嗟に口を押さえた。
本人が一番気にしているであろうことを言ってしまった気がした。こんなの友達どころか俺が嫌われるに決まってる。
「…はしもとくんってけっこうえんりょがないんだね。まぁわかってたけど。」
「エンリョ…ってなに?よいしょみたいな?」
「…ぷっ。ふつうにちがうし。」
「あ、わらった。わらえるの?」
「な、なにいってんだよ…わらえるでしょ。ばかなの?」
その時俺に見せた吉竹の笑顔は紛れもなく本物の笑顔で俺がみたことのない顔だった。
いつも一人で暗い顔をしている吉竹からは想像の付かない顔で俺は少し嬉しくなった。
「ばかじゃないもん!」
「いやばかでしょ。」
「ばかじゃない!」
「ばかほどよくしゃべるってにいさんいってた。」
「でもよしたけくんもよくしゃべる!だからよしたけくんのほうがばか!」
「……っ!…なにそれ、あたまわるそう。」
「なんだと!?」
ひっこみじあんで大人しい吉竹賢佑の本当の姿はおしゃべりだし結構生意気で口が悪い。
どれだけ猫を被ってきたんだと考えると面白くて笑ってしまう。
でもそれは自分を守るためのものなんだと思うと心が痛む。自分を押し殺して過ごしていたんだ。そのせいで友達もできない。
これは素を出していったほうが友達ができていたのではと俺は思っていた。
「…おもしろいね、はしもとくんって。」
「え、なにが?」
「ぜんぶ。こんなにばかなこはじめてみた。」
「ばかじゃない!」
「はいはい。…おれのことぜったいわるくいわない?」
吉竹はさっきの笑顔とは違う少し不安そうな顔を見せてそう言った。
「うん、もちろん。」
「いじめたりしない?なかまはずれにしない?」
「しない!よしたけくんはずっとおれといっしょ!」
俺は吉竹の手をぎゅっと握って吉竹の顔をまっすぐ見た。
俺は心から吉竹の友達になりたいと思っている。だってこんなに面白いやつ見たことない。
だから吉竹のために俺は戦う。なにか言われたら反論するしなかやられてたら止めて全力でやり返す。
俺が吉竹のヒーローになりたい。
だから俺を信じてほしい。そう思って俺はダメ元で吉竹の目の前で指切りの小指を立てた。
「ずっと…?」
「うんずっと!だから!」
「おれとともだちになって!もしなにかいわれてもおれがまもるから!」
「……っ。」
「こんなのがあったわけよ。」
「やめろ恥ずかしい。」
ちょうど吉竹の家で保育園のアルバムを見つけ、一枚の写真に対して俺が思い出話に花を咲かせていたところ。
吉竹は恥ずかしいのか俺の背中を足でずっと蹴っている。
「確かによっしーってそうだったね。」
「今じゃ杉崎の次に口悪いけどな。ほんとお前昔から可愛くねぇ。」
「あ?可愛さ意識してねぇし、お前は昔からお節介だししつこいんだよ。」
「はぁ!?誰のお陰で今ここに入れると思ってんだエロメガネ!」
「エロくねぇし!」
「エロいだろうがよ!」
「ま、まぁまぁ…!」
「あんなに可愛かったのが困難なっちゃうってなんかがっかりー。」
こんなやつに成長するなんて俺も思ってねぇし。
あの指切りを交わしたあと吉竹は普通に素を出してきた。その素というのはまさに今こういう状態。
あまりの態度の差に周りが興味を示すも大半が怖がっていた。お昼寝の時間に隣になった女子なんてなにもしてないのに大号泣だった。
マジで吉竹がモテない理由ってこれ。
「…俺その話知らない。」
「お前この話の一年後に来たんだもん。」
「新参者だね!」
「爽やかな顔でなんて言い方を…てか俺そんな変わってなくない?」
「なに言ってんの?」
「冗談やめろ。」
「あの頃のこと思い出すと杉崎がこのメンツにいるの謎。」
「わかる。タイプ違うよな。」
「こわかった…。」
「はぁ?」
杉崎と俺が仲良くなるのは吉竹よりもっと難しくてハードだった。なんなら俺嫌いだったし。
次はそんな小さかった杉崎の話。