始まりの日 Ⅰ
「なぁおまえなんでずっとここにいんの?」
「…。」
「ともだちいないのか?」
「…。」
「じゃあおれがおまえのともだちだいいちごうになってやる!だからそこからでてこい!」
「あっち行って。うるさい。」
「…は、はぁぁぁ!?!?」
茂みの奥にいた男の子は俺に冷たい言葉を吐いた。
これは俺、橋本信也の保育園の頃の話。
「はーい皆さん座って!今日から新しいお友達が増えますよ!」
「どんな子なんだろうね!」
「ぼくよりかわいかったらいじめてやる!」
「だめだよ拍。」
「まぁそんなことないけどねぇ。ぼくがいちばん!」
「……っ。」
保育園年長の五月。俺達の保育園に新しい友達が入ってくるらしい。
先生の【新しい友達】という言葉に皆ワクワクしていた。俺ものその内の一人。
女の子だったら確実に好きになるし男の子だったら一緒にサッカーをしたい。そんなことを思っていた。
「入ってきて!」
扉を開けて静かに入ってきたのは、目つきはきついけどすごくきれいな顔をしている男の子だった。
違う保育園の制服を着ている。ここあたりじゃ見たことない制服だった。
「自己紹介できる?」
「…杉崎空良です。」
「…え、それだけ?なんかほら、好きなものとか…。」
「…メロンパンです。」
「み、皆仲良くしてね!」
「「はぁーい!」」
当時俺が思っていたことは【ちょっと苦手だけど面白そう】今思えばなんていじめっ子気質な性格なんだろう。
だってあの感じで来られて好きなものはメロンパンとかネタかと思っちゃう。
「空良くんは喘息という病気があって、東京から空良くんのお父さんの地元の秋田県に引っ越してきました。」
「せんせ!ぜんそく?ってなんですか?」
「喘息っていうのはね拍くん、汚い空気やカビなどを吸ったりすると、呼吸をするときにヒューヒューいったり呼吸ができなくなったりするとかの発作が起こったりする病気のことよ。」
「へぇー、おまえたいへんなんだな!」
「は?なに…。」
本当に最低だと思う。あの頃の俺をぶん殴ってやりたい。
満面の笑みで言った言葉が、当時の杉崎に冷ややかな目で見られていたことに俺は気づいていなかった。そういう目つきのやつだと思っていたから。
杉崎の紹介が終わって俺達は庭で遊ぶ時間になった。
保育園のときは俺達は皆バラバラだった。
黒川は旭と拍と遊んでいて、俺はその中の誰とも遊んでいなかった。吉竹も…。
吉竹は今と全然違った。人見知りで物静かで誰ともあまり話さなくて一人でうさぎ小屋のうさぎを見ている。
「なぁあいついっつもひとりだよな!」
「な!むかしからほいくえんいるのにともだちぜろにんだぜ!」
「かわいそー!」
「やめろよ!そういうこというの!」
俺含め男四人でキャッチボールをしていたら、一人のやつがそんな事を言った。
俺はたいして仲良くもないしまともに話したことのない吉竹のことを俺は庇った。
その人のことをなにも知らないくせに勝手にこういうことを言うタイプは本当に嫌いなタイプ。
今まで仲良くしてきてたやつがこんな事を言うやつだなんて思っていなかった俺は衝撃的だったり同時に怒りが湧いた。
「なんだよしんや、おまえあいつとなかいいの?」
「それは…。」
「じゃあおれたちがなにいってもかんけいないじゃん!」
「へんなの!」
「……っ。」
「まぁいいやはやくあっちでサッカーしよ!」
「はやくしんやもこいよ!」
「いかない。」
「は?」
「おれおまえたちとはもうあそばないから!ひとのことわるくいうやつといっしょにいたらだめだもん!」
「は…ちょしんや!?」
「ごめんって!もどってこいよ!」
戻ってくるもんか。
俺は吉竹の方に逃げるように走った。そして俺は今まで遊んでいたやつらとは卒園するまで一回も口をきかなかった。
話しかけてはくれていたけど俺は話したくなくて無視をしていた。その無視を先生に言われて怒られたりもした。
大人気なかった。いやそもそも子供だし。
「おっとっと!」
「…え?」
うさぎ小屋の前には少し大きめの石があってそこにつまづいて転んでしまった。
「う、うわ…うわぁぁぁぁぁん!」
「は、はしもとくん…!」
「信也くん大丈夫!?」
吉竹と友達になろう大作戦一日目 失敗。
次の日も吉竹はうさぎ小屋でうさぎを眺めている。
今日こそ絶対にあいつを俺の友達にしてやると決意しうさぎ小屋に向かって走ろうとしたが。
「しんやー!」
「え?」
「ねぇねぇおままごとしよー!」
「ごめんきょーむり!いそがしい!」
「ゆいちゃんもいるよ!」
「しんやくーんいっしょにあそぼ!」
「いく!」
吉竹と友達になろう大作戦二日目 早くも失敗。
当時俺が好きだった女の子。唯ちゃん。ちなみにその子は今俺の隣の席。
昔のおしとやかな感じとは真反対で、足を広げ大声で笑う化粧濃いめのギャルになっている。たまに「あんたうちの子と好きだったべ!ちょーうける!きも!」と馬鹿にされる。
俺がみていたのはきっと幻想だった。
それから何日も友達なろうと計画するもすべて邪魔されてしまう。
そんなある日…。
「今日は遠足です!皆さんお弁当は持ってきましたか?」
「はーい!」
「ぼくたちさんどいっち!そうちゃんは?」
「おにぎり、つなまよ。」
「くろくんおにぎりにつなまよなんてへんなの!」
「ふつうにうってるよ…。」
「拍くんツナマヨおにぎりはおいしくて結構人気なのよ。」
「そうなの!?さんどいっちだけだとおもってた…。」
「お母さんに作ってもらいな、きっと美味しいわ。」
「うん!」
待ちに待った遠足の日、これは吉竹と仲よくなれる大チャンス!このちゃんを逃すわけには…ってあれ?
吉竹がいない。いつもなら背の順で俺の二つ後ろにいるのにいない。
「なにか質問ある人ー。」
「せんせい、よしたけくんはどこにいるんですか?」
「残念橋本くん、吉竹くんお熱出ちゃってお休みすることになったのよ。」
「おねつ!?」
「一緒に行きたかったわよね、でもこればかりは…。」
せっかくの遠足なのに…と俺が落ち込んでいると奥の方でコソコソと話す笑い声が聞こえた。嫌な予感がして耳を澄まして聞いていると俺が思った通りの話題だった。
「ぜったいいっしょにいるひといなからだよね。」
「えんそくでもひとりなんてかわいそうだもん。」
「こないほうがよかったよね。」
やっぱり吉竹の悪口だった。
絶対に吉竹はこいつらにはなにもしていないのに。一人でいるのが悪いことみたいに言うやつらが許せない。
でもここでまたなにか言ってしまうと絶対に嫌われる。
前は自分から離れていったけど、それを続けるうちに俺の友達は少しずつ減っていった。当たり前。だって俺が離れていっているんだもん。
それどころか唯ちゃんにまで悪口を言われているのを聞いてしまった。
『はしもとくんはかわってるこ。』
『いいこぶりっこ。』
『さいきんこわい。』
『はしもとくんはみんなのことがきらい。』
そんな嘘まで散々自分の好きな子に言われていた。
嫌われるのが怖い。
そう思って俺はなにも言えなかった。情けない。
「そういうのいわないほういいよ。」
前の方でまさかの人物がそう言った。
小さくて可愛くて見た目的には吉竹より気が弱そうな子だった。
藤野旭。この保育園で一番小さい子。
やんちゃな子がいっぱいいるグループにいた俺と正反対の大人しいグループにいる子で話したこともないからこんなふうに声をあげるのは少し意外だった。
「あさひのいうとおりだよ!よくないよ!」
「ほんにんがいないところでいうのっていちばんよくないとおもうよ。」
「そもそもよしたけくんはみんなになにもやってないでしょ!ならわるぐちなんていっちゃだめ!」
藤野旭、藤野拍、黒川創太。いつもの仲良しグループ。
こんなふうに言える子たちだなんて思わなかった。
三人共かっこよかった。だめなことはしっかりだめといえる正義感の強いいいやつ。
「よしたけくんだってみんなとなかよくなりたいっておもってるはずなのにそんなこといわれてちゃなかよくできないよ!」
特に旭。思っていたよりずっとかっこいいし強い。皆からこれ以上嫌われるのが怖くてなにも言い出せなかった俺よりもずっと。
その後はバスの中で、吉竹にひどいことをいって謝らないやつらを先生が注意した。
「えんそくたのしみだね!」
「あ…うん。」
俺のバスの隣の席はまさかの旭。
俺のこと全然怖がってない。あんなに言われてたのを聞いていないわけがないのに。
「はしもとくんおかしたべる?ぼくいっぱいもってきたんだ!きゃらめるとーくっきーと…。」
「…おれのこときらいじゃないの?」
「え?なんで?」
「おれがわるぐちいわれてるのしらないの?」
「うーん…ごめんわからないかも。ごめんね!」
「…そっか。ううんなんでもない。」
本当に聞いていないらしい。よく旭のことは知らないけど嘘をつける性格ではないと思うから本当なんだろう。
旭は優しい。にこにこしていて眩しい。
今までこういう子と特定で遊んだことがないから新鮮。
「そんなことよりこのきゃらめるおいしいよ!たべて!」
「ありがとう!じゃあこれおれのいもようかんあげる!」
「いもようかん!?」
「はしもとくんいもようかんあるの?」
「うん!くろかわくんもいる?」
後ろの席から黒川が顔を出した。黒川とも初めて話す。
「じゃあおれのかりかりうめとこうかんしよ。」
「かりかりうめ?たべたことない…いいけど。」
「ずるい!ぼくも!はしもとくんそれちょーだい!」
黒川の隣の席の拍が手を出した。もちろん拍とも初めて話す。
なにかの会とかで話したことがなかったか頭の中で探してみたけどやっぱりなかった。
「なにくれるの?」
「そうだな…じ、じゃあぼくのだいすきなこーきゅーくっきーいちまい!」
拍は見るからに高そうな個包装のクッキーをくれた。保育園児ながらにあまりにも身分不相応なのではないかと思い中々開けられなかったのを覚えている。
「はくそれおかあさんの…。」
「ないしょ!いっちゃだめ!でもおかあさん二まいくれたもん!」
「それなんまいはいってるの?」
「…五まい。」
「はくいけないんだー。」
「い、いけなくないもん!はしもとくんのばか!」
「あっははは!」
その時のバスの会話はすごく楽しかった。
今まではやめたほうがいいと思っていたことでも、中々言えずに自分も同じことをしてしまうことが多く怒られて嫌だった。まぁ俺が悪いんだけど。
言うて俺は去年入ってきたから保育園歴は長くないけど。いるグループがいるグループだから怒られることはめちゃめちゃ多かったし親にもすごい怒られた。
「じゃあこれ一まいよしたけくんにあげて!」
「え?なんでよしたけくん?」
「よしたけくんとおうちちかいでしょ?」
「え?」
「はしもとくんよしたけくんのおうちのななめむかいでしょ?」
「そうなの!?」
「…なんでしらないの。」
「そっか!はしもとくんいつもばすおりるのさきだから!」
「いやでもふつうわかるでしょ!」
初めて知った。
うちの保育園は大体の子がバスで通園する。そして帰りは家の前まで乗せてくれる。
いつも友達と話してて誰が来て誰が降りるかなんて見ていなかった。自分の番かどうかはなんとなく乗っている時間でわかった。
だとしても斜め向かいって近すぎ。こんな近くにチャンスがあったなんて感動した。
「いいからおみまいでこれわたして!きょうのばすでよしたけくんのおうちぼくがおしえてあげるから!」
拍に手にクッキーを押し付けられた。
袋の上から触ってわかった。拍の指の圧で若干クッキーが割れているということに。
あの頃の俺はきれいな方をあげるか割れている方をあげるか真剣に悩んでいた。
そしてその日はそこの三人と一緒にお弁当を食べたり遊具で遊んたりして遠足を楽しんだ。
去年の遠足よりずっと楽しかった。