菊池さん。
拍がのぼせて動けないということを吉竹弟から聞きつけた吉竹兄は車を出して銭湯まで迎えに来てくれた。
拍は歩けるって言ってたのに心配で皆に内緒でこっそり兄を呼んでいた吉竹。狙った獲物は逃さないスタイルなのか恋をした初日から勢いが凄まじい。
そして今は14回目の大富豪。俺は正直3回目ぐらいから飽きてしまっている。
「ねぇいつまで大富豪やってんの。もう寝ようよ。」
「待て杉崎、まだ勝負がついてない。」
「どうせ橋本お前次も負けるんだから何回やっても同じ。」
「逆転があるかもしれないだろ!諦めるな!」
今のところ大富豪が吉竹。大貧民が橋本。
その時何かが視界に入り、後ろを見ると敬先輩がポテチの袋を片手に手招きしていた。
これは話そうという合図。生徒会にいた頃からよくやるクセみたいなものなのかな。
下で話してくると五人に伝えて一階のリビングへ降りるとテーブルに大量のおつまみとジュースが置いてあった。
「ほら飲め飲め。」
「未成年なんですけど。」
俺のコップに缶チューハイを注ごうとする敬先輩。そしてそれを阻止したちひろくんは牛乳を注いでくれた。
全員未成年なのにチューハイが置いてあるという謎状況。
「…で、どうなん。新生徒会は。」
「どうって言われても…別に普通。」
「何だよ普通って。楽しいとかつまらないとかあるだろ。あ、大和と百合は?」
「あー元気ですよ。今はなんか色々忙しいみたいですけど。」
柴村大和先輩、一百合先輩は現在私達生徒会の会長、副会長。敬先輩とちひろくん会長副会長をやっていた頃の会計と書記。
チャラいけど優しいのが大和先輩。ツンツンしてるけど生意気なのが百合先輩。
ここはくっついている。カップルと言うか夫婦。
百合先輩の作ったお菓子を勝手に食べてブチギレられる大和先輩を毎日のように見てきた。
「あいつら進路は?」
「大和先輩は運送業社に就職が決まっていて、百合先輩は東京の製菓学校に行くらしいです。」
「え、てことはあいつら遠距離恋愛かよ。」
「やるな…。耐えれん。」
「まぁどうせ毎日電話しますよ。しかもビデオ通話。」
「うわ甘ったる。」
「聖は?」
「…元気ですよ。今では一年生に勉強教えてあげてますし。」
「へぇ、お前何かあったべ。」
「空気を吸うようにきかないでくれます?」
菊池聖。俺と同じ一年生の頃からの生徒会メンバー。家はバカ金持ちでまるで漫画に出てくるようなお坊ちゃん。でも嫌味ったらしくなく、とても謙虚でかなり天然な男子。
「なんで分かるんだよ。」
「いやなんとなく。一年間だけだけど俺ちゃんと空良のこと見てきたもん。」
ちひろくんがそう聞いた。本当にそうだ。
でも敬先輩は勘が鋭い。ここから誤魔化すのは難しいかもしれない。ポーカーフェイスで乗り切らなきゃ。
「それに顔に全部書いてる。」
「…空良お前今顔真っ赤だぞ。」
「はい!?」
「拍と一緒にお前ものぼせてたんじゃ…。」
「のぼせてないし!しかも一時間ぐらい前だし!」
「やっぱり聖となにかあったんだな…喧嘩か?」
ちひろくんが変な誤解をしている。別に喧嘩したわけじゃないんですけど…。
「ちひろ鈍いなぁ。」
「なにがだよ。」
「恋だよ。恋。」
「恋?あの聖が?」
余計なことをよくもべらべらと。敬先輩って大和先輩とこーゆーとき似てて本当にうざい。
こんな二人と一年間トリオとして扱われてきた俺って一体…。似てるとか言われるけど全然似てねぇし。真反対だろ。
橋本たちに聞けばうざいとこ、うるさいところが似てると言われた。最悪。
「聖が空良恋してるとは言ってないけどな。逆のパターンの可能性もなきにしもあらず。なんて思春期なんだ。」
「思春期とかやめてくれます?」
「聖も立派な男になったかぁ。」
「あれは俺たち三年が育てたと言っても過言ではないからな。」
「バリバリ過言だと思いますけど。」
「おい詳しく聞かせろ。先輩命令だ。」
「先輩ってまともに思ったことないです。」
「先輩って呼んでるだろうがいつも。」
「肩書だけですし。あと残念でしたね、高校のときは会長、副会長って呼んでましたぁ。」
「ほんと可愛くねぇ後輩だな。」
「なんなら今聖に電話しろ。」
「は?嫌です。てか聖となにかあったなんて言ってないですし。」
「お前わっかりやすいんだもん。」
話を勝手に進めていく二人。やっぱりこの元会長に俺が似てるなんて頭の悪い話だ。
酒なんて飲んでないのに酔ってる勢いの二人。普通に怖すぎ。
「お、繋がった繋がった。」
「は?なにが……ってまさか!?」
『副会長……?』
やっぱりあの馬鹿野郎!!なんかずっとスマホ見て話してるなと思ってたら聖と連絡取ってたのか!?
聖の声を聞いて慌てている俺を見てにやにやしている。本当にきもい。どうせ対して連絡も取ってなかったくせに。
「ひーじり!おひさぁ。」
「やっほー。元気か?」
『会長も!?元気ですけどいきなりどうしたんですか…?もしかして私なにか良からぬことをやっちゃいましたか!?』
「なんでそうなるんだよ。」
「あと俺たちはもう会長・副会長じゃない。先輩って呼べって卒業式に言っただろ?」
『だってなんか違和感なんですもん…。』
この空間がきしょすぎる。なにリモ活?
久しぶりの聖の声にほのぼのするおじさん二人に冷たい視線を送る俺。
絶対空良に代わるとか言わないで欲しい。よく遠くに住んでるおばあちゃんにお父さんが電話かけて、そのときにお父さんが言う言葉ランキング第一位「〇〇にかわろっか?」ごめんなさい迷惑でしかないです。
「今空良もいるんだよねぇ。かわろっか?」
「そうそう、空良ったらどうしても聖と電話したいーって。」
どちらがパパ側になったとしてもいいパパにならないと思う。そもそもどっちも産めないけど。
『なぜ空良さんはお二人と一緒に…?』
「もう貸せ!この馬鹿!」
ちひろくんの手からスマホを奪って廊下に出た。廊下に出るとき二人の顔が見えたけど、死ぬほどニヤニヤしていた。
会話をするのは構わないけど舐め回すようにニヤニヤ見られるのはクソムカつく。
「ごめん聖、全部勝手に先輩たちがやったことだからまじ気にしないで!」
『そうなんですね!ふふっ、そんなことだろうと思いました!』
「もう笑い事じゃないから。あのね、今吉竹の家にあいつらと泊まりに来てるの。そこに敬先輩が入ってるって感じ。」
『あ、そうなんですね!ちひろ先輩は賢くんのお兄ちゃんですもんね。』
「ほんと顔しか似てないけどね。」
相手が聖で良かったと思った。これが百合先輩だったら長々説教だった。
というかやばい。さっき変なこと言われたせいで変に意識してきた。クソ気まずい。俺無言の間みたいなの基本大丈夫なんだけど今だけは無理だわ。
変に冷や汗出てきたし顔暑いし本当に無理。変な意味なんてないんだけど…。
「ご、ごめん、夜遅くに。そろそろ切るね。」
『…空良さん。』
「ん?なに?」
『…ちひろ先輩のスマホだから変なこと言わないほういいですか?』
「いや録音されてるわけじゃないし言ってもいいんじね?なに下ネタ?言うねぇ。」
『勝手に話を変な方向に進めないでください!』
『えっと…その……。』
そこから先の言葉を中々言わない聖。なにか嫌な予感がして咄嗟にスマホを耳から離した。
待って待って待って。これなに、え?そーゆー雰囲気?嘘でしょ…。
自分はかなり察しのいいほうだとは思う。聖の声から予測するにきっと何かしら良からぬことを言うに違いない。
『空良さん。』
「はい!?」
やばい…バカでかい返事しちゃった。うるさかったかな…。待って、俺まだ心の準備できてないしちゃんとした返事なんて話せるわけ……っ。
『……だ。』
いきなり声が聞こえなくなった。声が小さいとかではなく、物音一つしない。
「だ?おーい聖?…あれ通話切れてる。……電源がつかない、ということは……。」
スマホの充電切れですね。
俺はリビングにいるちひろくんにスマホを渡しに行った。
「ねぇちひろくん、これ充電切れ…。」
リビングへ行くと二人は机に突っ伏して寝てしまっていた。
なぜか顔が赤く、何を食べたのか気になってお菓子の箱を見てみたら20個入りの洋酒入りのチョコレートを一箱完食していた。そして、同じメーカーの日本酒入りのチョコレートも半分とまでいかないぐらいに食べられていた。
一年前、一緒に活動していた人たちがこんなふうになっているなんて大和先輩も百合先輩も、もちろん聖も知らないんだろうな。言いふらしてやるけど。
俺は二人に毛布をかけ、軽く片付けをし、電気を消して吉竹の部屋に上がっていった。
「ねぇ遅いよー。なにしてたの!」
入ってくるなり拍がそう問い詰める。
「別に…。」
「なんか菊池さんの声したけど、なに通話?」
「あー…まぁね。少しだけど。」
「え、なんで菊池さん?」
「さぁ?」
「もういいから寝るよ。明日朝ご飯作るんでしょ。」
「……変なの。」
「なにが。」
は?何こいつ機嫌悪い?
橋本が感じ悪そうにそう言った。しかも意地でも目を合わせようとしてこないどころか体すらこっちに向けない。
多分トランプ中に負け続けて機嫌が悪いんだろ。きっと明日になってればケロッとしてる。
「いつもならえぇ聞きたいぃ?とか聞いてくるのに。」
「俺のことどんなふうに見えてんだよ。」
「カス。」
「クズ。」
「アホ。」
「ツッコミ担当!」
「バカ。」
「旭以外ほんと嫌いだわ。言っておくけどお前らも十分クズだからな。聖を見習え。」
本当にいいところでなんで切れるかな。……聖なんて言おうとしたんだろ。
そんな疑問を悶々と抱きながら俺は眠りについた。