逆さまの空、羽を広げて
「また来たの?物好きだね〜君は」
ここは学校の屋上。目の前にいる女性は一週間前に知り合った人だ。彼女が飛び降り自殺をしようとしている所に、偶然にも僕は出くわしてしまった。自殺、というと少し語弊がある気がする。
「あなたこそ、こんなところで何をしているんですか?」
僕はこの人に興味を抱いている。だからこうして、あの日から毎日のように昼休みの時間になると屋上に足を運んでいる。
「ん〜いつも通り時間つぶしかな。学校ってなんかつまんないじゃん?」
「そうですね。でも平々凡々の方が楽しいことだってありますよ」
それをつまらないと言うのが彼女なんだ。確かに僕だって刺激が欲しいと思う時がある。そしてそれが『今』だからよく分かる。
「時間つぶし、僕も付き合いますよ。今日の午後は自習なんでそれなりには」
「へぇ〜そんなに私と一緒にいたいんだ?」
「一緒にいたいというよりは、また見たいって感じですね」
「ありゃりゃ、ふられちゃった」
わざとらしくガックリと項垂れる彼女を横目に、僕は校庭を見下ろす。あの日、飛び降りようとしていた彼女の情景を、表情を、思い出すように。
「てっきり私に気があるから毎日来てると思っていたよ」
「単純に興味があるんですよ、あなたに。あなたが飛び降りようとした瞬間、見えた表情に」
「ふ〜ん、表情ねぇ。君の瞳にはどう映っていたのかな?」
今でも思い出せる。夕焼けを背景に屋上から空を見上げていた彼女が、花びらが散るようにスッと飛んだ瞬間を。
「あんなに綺麗な表情をする人がいるんだなって、それだけです」
「うんうん変わってるね君は」
その会話の後に、いつものように無言の時間が続く。彼女は相変わらず空を見つめ、僕は彼女を見つめる。
「はぁ〜、そんなに毎日私の顔を見ていて飽きないのかい?」
「はい」
「即答だ〜」
あの瞬間をもう一度見たいからといって、毎日見る彼女の表情とは違うけれど、空を見ている時の彼女の表情は天気のように変わり、飽きることなく惹かれる何かがある。
「私の表情を見て楽しいかい?」
「ええ、とても」
「そっか〜、それはよかったね〜」
彼女は空に向かって手を伸ばし、僕に問いかける。それはまるで今から旅立とうとする小鳥のようだった。
「君、一緒に空を飛んでみない?」
「空を、ですか?」
「ああ、一緒に」
「いいですよ」
「ははは、決断が早いなぁ。好きだよ?君のそういうところ」
そう言いながら彼女は僕に言い聞かせるように顔を近づけてきた。おでこに彼女の体温が伝わってくる。
「特等席だ。絶対に目を離さないでね」
瞬間、僕たちは屋上から身を投げ出した。体に感じる浮遊感や重力よりも、彼女の表情から目が離せなかった。そして、今、彼女は空ではなく僕を見つめている。その表情に僕はまた惹かれて———