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茶うさぎから白うさぎへの手紙 2022  作者: メラニー
7月
211/365

211 名前

 こんにちは。


 えっと。やっぱり弟はコロナでは無く夏風邪だったのかなぁ?と。家族の誰も発熱しないで、現在弟は鼻声になってきています。

 ほんと、ちょっと体調を崩すだけで大事になってしまう昨今は、うかうかできないとというか、何と言うか……

 それでもまぁ、まだ感染に関しては安心してはいけないとは思いますが。不便ですねぇ、ほんと。



 ところで最近、テレビでネバーエンディングストーリーを放送していたんです。

 小さい頃に何度か見たことはあったのだけど、覚えている事は「ファルコンの耳の後ろを掻いてあげると気持ちよさそうにする」というのと、主題歌が大ヒットしたけれど一発屋になってしまったという事くらいで……(汗)

 なのでファンタジーの金字塔でもあるし、とりあえず映画を見るか、と。(原作を読むんじゃなくて……)


 始まって、いきなりの主題歌のゴリ押しで。

 今聞いても名曲だと思うし、あの頃にはシンセサイザーのシュワーという音とか、テケテケしている音は最新だったのだろうなぁ~と思うけれど、もし今同じようなお話を映画化したとしても、このような主題歌には絶対にしないだろうなぁと思う。アイドルや人気バンドが歌うのもなんか違う気はするけれど。とりあえずインストだろうなぁ。主題歌とエンディングを分けるような。

 しかし、この主題歌を酷評している訳では無くて、大ヒットするくらい映画音楽として、世界観を表現できている秀逸な音楽だと思う。何より、知っているからこそ、今からファンタジーが始まるぞーって感じが素晴らしい。


 子供の頃は何の違和感もなくこの映画を見ていた気がするのだけど、序盤の早すぎる展開に感情移入がなかなかできなくて。原作を読んでいないから何とも言えないけれど、限られた時間の中に入れないといけないから、大幅に削ったりしたのだろうか。それか、現代の物語の見せ方が上手くなった……というか、見る側の目が厳しくなったので、丁寧に物語を紡がないといけなくなったのだろうか。時代が時代なだけに色々と考えてしまう。

 あと……どうでもいい話だけど、クライマックスまでアトレイユの乳首が見えなくて、それが不自然に思えて(笑)。そこだけを注視していたわけではないですよ?でも、すっごい肌蹴た衣装なのに乳首が見えないのが、子供が見るのに適さないからなのか?とか色々考えを巡らせたのだけど、終盤に乳首が見えて……感想は「乳首が小さい!」でした←

 ただただ乳首が小さくて目立たなかったんですね……。大人の配慮で隠されていたわけでは無かったです。いやー、不自然思えるほど見えないので、逆に気になってしまったんですよねぇ……。やはり、綺麗な心を持っている間に見ないといけない映画でした(笑)


 忘れていたお話でしたが映画を見ていくと、そうそう!そうだった!と思い出すシーンばかりで、ファルコンの耳の後ろを掻いてあげる以外のシーンもちゃんと見覚えがありました。

 女王に名前を付けるくだりも忘れていたのですが、名前って本当に大切なものなんだなぁと。最近万博のキャラクターに名前が付いたニュースで思っていたので、妙に説得力を感じました。


 昔から「名は体を表す」と言うけれど、本当なんだなぁって。

“いのちの輝き”くんと呼んでいた間はあの風体から悲しきモンスターを連想する人が多かったのに“ミャクミャク”と名前が付いた瞬間から、昔から存在してた土着神のように自然に解釈が広がって。今後彼は、冗談半分本気半分みたいな感じで八百万の神として生きていくんだろうなぁ。ほんと“さま”が付くのがナチュラルすぎて。初めて聞いた瞬間から、脳内に流れてきたもんなぁ……。それは、もともと神として存在していたものが、何かのきっかけで顕現した……みたいな、そんな感じすら受けてしまうくらいの自然な流れだった。

 そもそも日本人はあらゆるものに神さまを感じて、外国の神さまですら輸入して身近な存在として信仰し、マスコットキャラクターとして愛する国民性があるからなぁ。七福神の様に。

 でもそれもこれも、全て名前が付いたから。名前が成せるわざ。名前が本当の命を与えたんですよね。


 作中の「夢や希望を失った虚しさ」の「虚無」が最大の敵として登場するけれど、夢や希望も漠然としていては姿が分からないのだけれど、夢や希望に名前を付けてあげれば姿を現す。「戦争が無くなる」とか「パンデミックが収まる」とかは大きすぎるけれど、それでもそういう暮らしが欲しいんだ、という事が目の前に姿を現す。「休日にゆっくり過ごす」とか「残業無しで帰宅」「年収400万円」「イケメンと結婚」とか生々しいのも、逆にリアルで何を望んでいるかとか何をすればいいかが詰まっているから虚無ではなくなる。

 名前を与えるという事は、姿や性質、そして「存在」を特定する事なんだなぁと。


 いやー……映画の演出自体は時代を感じてしまう所が多々あったけれど、お話は良いお話でした。

 しかしそれでも気になるのは、アトレイユが絶望の中、ファルコンに乗って世界の果てに向かいながら人間の子供を探す場面で空を飛ぶ爽快感で「フォーーーー!」みたいになっているのが気になって(笑)

「所詮、子供だから楽しくなっちゃう」とか「心が軽くなるくらい幸運のドラゴンの力がすごいのだ」という解釈で、娯楽映画だから重くならないように演出されたのかもしれないけれど、アトレイユはもっと思慮深く責任感が強い子供だから絶対「フォーーーー!」とはならんと思うけれど(笑)まぁいいや。


 お父さんが生卵をミキサーにかけて飲んでいたのもなんだろうなぁ。ミルクセーキ?生卵、ロッキー以外で英語圏の方も飲むのね……と変なところも引っかかったり。

 ならTKGだって、うげーとはならんと思うんだけどなぁ~。それはそれ、これはこれなのか。


 ともあれ、映画鑑賞は有意義な時間でした。



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