表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三十歳から始める魔法少女  作者: 千夜詠
9/17

二人目③

 直前までスマホでライブ報道を確認していたから、対峙する欲望鬼がこれまでにはなかったタイプだとは知っている。


 振り返った。


「貴女、大丈夫?」


 やっとできたお仲間であったが、同年代に見える。


 ――うわぁ、綺麗な人……。黒髪、さらっさら。


 同じ魔法少女同士なら、素顔もそのまま分かった。


「え、ええ……、うう、怖かったぁ!」


 解かる。一瞬で仲良くなれると思った。


『七原さん。彼女はフェチ・アッス。魔力をかなり消費しているようなので、一旦、撤退してもらいます。いいですね』


「ええ、その方が……いいわね」


 ほぼ全裸。乳首と股間を辛うじて死守している様子である。


 ここは先輩として、格好をつけたいところだ。


「さあ、ここは私に任せて」


「は、はい」


 跳躍して、去っていくフェチ・アッスの背中に哀愁を感じた。


 改めて欲望鬼に向き直る。


 先程、封印の手前まできて、自分の出番はないかと安心したが、その後の変貌には驚かされた。


 どう戦うか、イメージはしてきた。


 ――あの突進力は脅威ね。上手く躱して、背後に回り、それから、攻撃。うん、これを繰り返していけば、体を削っていけるはず。


 来なさい、と挑発するように、ステッキの先端を欲望鬼に向けた。


「クワ……セロ……」


「ん?」


 これまでの欲望鬼はもっと流暢に話していた気がする。一度、形態が変化したせいだろうか。


「オ、オ、オ、オマエ……、クワセロ」


「え、えーと、何が食べたいのかな?」


 これまでの欲望鬼はほぼ変態しかいなかった。聞いてみれば、満たせない欲望って、性的に、特に歪んだものが多いから、そのせいではないか、との事。


 ――食欲ベースの欲求なら、今回はまともね。


「クイタイ……、オマエノ……ワキゲ!」


「やっぱり、変態だった!」


 それもかなりの上級者だ。


 ――え、なに? 腋毛が食べたい? 腋毛って食べられるの? 美味しいの?


 雪花、混乱する。


 その隙に牛のような形をした欲望鬼が突っ込んできた。


「やばっ――」


 もう逃げ切れない距離まで迫られている。


『七原さん、眉間を狙って!』


 高田川の声に、咄嗟にステッキで欲望鬼の頭部を突いた。


 グサッとモロに刺さって、しかし、突進の勢いは止まらず、後退させられる。


 建造物が背後に迫り、その前でどうにか踏ん張り、留めた。


「うぐぅ……、って、グロ!」


 欲望鬼の造詣がリアルになったせいで、牛の眉間に棒が突き刺さっている状態が目の前にある。


「ヒイぃ……、こわっ! 動物虐待じゃないですからぁ!」


『七原さん、そのまま魔法を』


「う、うん。け、けど……」


 魔法で武器を顕現させる場所が、欲望鬼の頭の中にあるのだ。


 このまま発動させたら、どうなっちゃうの?


 イメージしたら、何もできない気がする。


「ああん、もう……、マジカル安全カミソリ!」


 魔法が発動した感覚はあった。


 牛頭の中で、切り刻んでいく音がして、顔から刃が出現してく。


「あ……、ああ……」


 欲望鬼の頭の中で、無数の刃が回転し、ブシャっと破裂するようになって、撒き散らされる真っ黒な何か。真っ黒だけど、まるで肉片や血のように見えて、更にそれが雪花の全身に降りかかった。


「…………」


 よく気絶しなかったよ、私。


「もう、やだ……」


『はは、頭を下げてきた欲望鬼を殴って、頭部を破裂させた貴女が、今更……』


「だって、あの時は、こんなリアルじゃなかったもの!」


 ともあれ、頭部を失った欲望鬼はドスンと道路に倒れ込み、一度、動きを完全に止めたのである。


 もう封印の儀に入ってもいい?


『もう少し、削りましょうか』


「分かったわ。ハァ、面倒……でも、もうちょっとか」


 倒れた動物的な何かを鈍器(魔法のステッキ)で叩いていく自分の姿って、世間一般にはどう見せるのか。


 ――ま、まあ、精肉と思えば……、ん?


 先程、コスチュームに付着した黒い欲望鬼を構成していた物が、蠢きだした。


「な、なにこれ!?」


 振り払おうとすると、黒いそれは手のような形状に変化して、体を擽ってくるのである。


「へ……? あっ、ちょ、ちょっと……、やぁん……」


 手状のそれを掴んで離そうとするのだが、しっかりコスチュームにしがみ付いていた。


 で、他のが、擽ってくるから、笑い悶えてしまうのだ。


「ぷぐ……、ぶは……、ちょ、ちょっと止めて……、ひゃっ! ど、何処に入って……」


 コスチュームの中に潜り込んでくる真っ黒な手状。複数あるそいつらは、ぴっちりしている生地にも負けず、縁から入り込んで、胸の谷間を進んできたり、太股を進んで、股座へと侵入してきた。


「そ、そこはダメ――ぇ! あ……、ああ……」


 この手、テクニシャン。


 股間の奴が、これ以上、悪さをしないように、前屈みになって押さえるのだが、肉裂を割って一番敏感な部分に触れてきた。


「ああん、ヤダ……、ダメ、ダメなの……、こんな場所で……」


 ぬちゃっと聞こえてしまう。


「い、いい加減に――、ヒっ……」


 他の奴らが、腋の下へと入り込んで、プチッと音がして、微かな痛みがあった。


 ――抜かれた! わ、腋に生やしてたの……、抜かれた。


 今度こそ、絶対に剃ろうと誓った。


 ついでに下の毛も抜かれた。


「ぁヒぃん!」


 土産に腋の下が擽られ、どさっと前のめりに倒れて、雪花は悶絶する。


「ぶははは、ヒイ、や、やめぇ――、あ……、あへ……」


 涎を垂らし、黒目が上向いてしまった。


『七原さん!』


 高田川が自分を呼ぶ声に、ハッとする。


「うう……、よくも……、こ、こんな恥辱……、初めて……、でもないけど、もう許さない」


 体から離れていった真っ黒な手が、欲望鬼の本体に合流する。


 そして、頭部が再生してしまった。


 手の一つが持っていた腋毛を本体が食べる。


 グオオオ――ッ! 歓喜の咆哮が発せられた。


 雪花、ドン引き。


「こ、こんなヤバ過ぎる欲望鬼が発生するなんて……」


 続けて欲望鬼は他の毛も食べた。


 シュンとなった。どうやら陰毛だったようだ。


「うわ……」


『うーん、どうやら、陰毛を食べると、奴は元気を失くすようです。七原さん、奴にもっと陰毛を食べさせるんです』


「嫌よ!」


 と、拒絶したが、爛々と輝く瞳で欲望鬼は雪花の腋毛を狙っている。


 どうする魔法少女フェチ・ティッツ。


 ――――


 路地裏、ビルとビルの合間で、恵は隠れていた。幸い、この界隈は封鎖され、近付く人の気配はほぼなかった。


 そこに、綺羅が合流してきる。


「メグ叔母さん。だいじょう……ぶ」


 彼は真っ赤になって、顔を横に向けた。


「う、うん、まあ……」


 少しはコスチュームの生地が戻ってきたが、とても甥っ子に見せられる姿ではない。


 ――けど、綺羅ちゃん、あんなに真っ赤になって……。やん、ズボンの前が……。


 いけないと思いつつ、ちょっと揶揄ってみたくなってしまった。


 やっぱり、駄目。そんな事をしたら、一線を越えてしまいそうな予感がした。


「え、えーと、今の状況は……」


 スマホを取り出して、報道の中継を確認していく綺羅だ。


「私にも見せて」


 意識なく近付いてしまって、顔を寄せると乳房も甥っ子に触れてしまった。


「んっ!!」


 ピクッと綺羅の体が震えるから、その振動が乳房に伝わり、恵も気付く。


 ――あんっ。こ、これまずいかも。けど……、綺羅ちゃんが嫌がっていないなら、ちょっとサービスしてもいいか。


 互いの体温が伝わり合って、ドキドキと鼓動が高鳴っていく。


「え、えーと、フェチ・ティッツのマスコットさんと連絡はできるんでしょ?」


「う、うん。マスコット同士なら、頭の中で会話ができるんだ。僕とメグ叔母さんみたいに」


 会話に集中して、これ以上は意識しないようにした。


「それで、何か分かった?」


「うん、どうやら、あの欲望鬼の狙いは、女性の腋毛だったみたい」


「はい?」


「それともう一つ。陰毛を食べさせると元気がなくなるみたいなんだ」


「…………」


 真面目に考えたら、馬鹿になると思った。


「奴の弱点さえ分かれば、こっちのもの。メグ叔母さん、リベンジだ」


「ちょ、ちょっと待って。え、ええと、あの欲望鬼の弱点って……。うん、言わなくていい」


 そういえば、綺羅はもう生えているのだろうか?


「そう。それを大量に奴に食べさせる事ができれば……」


 そんな真剣な顔で、真面目に考えないで。


「フェ、フェチ・ティッツも分かっているのよね?」


「向こうのマスコットさんから聞いていると思うけど……、ほら、しつこく、欲望鬼が攻撃してくるから、攻めあぐねているみたいだね」


「き、きっと大丈夫よ。これまでだって、フェチ・ティッツは――」


 突進してきた欲望鬼の頭がモロにフェチ・ティッツの腹に当たり、そこから突き上げられる。高く舞い上がった彼女の体が、道路に叩き付けられた。


「あっ! く……。フェチ・ティッツのマスコットさんもかなり焦ってる」


「ん……」


 フェチ・ティッツは自分のピンチに駆けつけて、助けてくれた。


 今は、彼女が窮地に追い込まれている。


 それでもフェチ・ティッツは逃げない。


 きっと、ここで止めなければ、腋毛を狙われる数少ない女性が被害に遭わないように、自分を犠牲にしても戦っているのだ。


「メグ叔母さん!」


「ああん、もう! 綺羅ちゃん、ちょっとこっちを見ないでいてくれる」


 フェチ・ティッツの為に。腋毛の処理を怠ったずぼらな女子の為に。


 フェチ・アッスは再び戦いの場へ。


 ――――


 思えば、最初の欲望鬼の時も狙われたっけ。


 胸のポッチで、欲望鬼を噴き出させたり、自分の存在が巨乳への憧れと憎しみを増幅させたケースもあった。


 で、今回だ。


 あれ、ひょっとして欲望鬼を育てた人物って、私の腋を見たから?


 もし、そうならこれは自分の責任だ。


 ごめんなさい、皆さん、だいたい私のせいです。生きていてすみません。


『七原さん!』


「は……」


 欲望鬼が迫る中、どうにか飛び起きて、距離を取った。


 ハァ、ハァ、と息があがる。


 ――やっばい。クラクラしてきた。


 もう一撃を食らったら、今度はきっと立てない。


 そうなったら最後。コスチュームが破られ、剥き出しになった腋の下に奴の口が迫って、むしゃむしゃと食べられるのだ。


「じゃ、なんで、牛なの? ねえ、山羊じゃないの?」


『今、その疑問を口にしている場合ですか!』


 お叱り、ごもっともです。


『まあ、山羊なら、腋じゃなくて、頭髪を食べられていますかね。カミだけに』


「高田川さんだって、考えているじゃないですか」


『それより、来ますよ』


 力を溜めて、今度こそ、こちらを動けなくするようなダメージを与えてくるつもりだ。


 マタドールのように華麗に避ける事ができれば――できるならもうやっている。


 雪花は構えた。


「避けられないなら、打つ!」


『そ、それは……振り子打法!』


 相手は百マイル超えの豪速球のようなもの。強振するのではなく、敵の力を利用して、打ち返す。


 九回裏、ツーアウト満塁。得点はゼロ対三で負けている。そんな気分で、緊張感が高まっていく。


 ――うう、更にツーストライクで追い込まれている感じ。ん?


 脇道から走ってくる人影があった。


「うわぁあああ――、こ、これでも、食らいなさい!」


 もう一人の魔法少女。


 不意に現れた彼女が、拳に握っていた物を欲望鬼の口に押し込んだ。


「グガア――ッ!」


 暴れた欲望鬼に吹き飛ばされるフェチ・アッス。


 だが、直後、欲望鬼の迫力が減少し、その足が震えだす。


「まさか――」


 仰向けに倒れたフェチ・アッスは、コスチュームの半分までが戻っていたが、スカートまでは再生していなくて、下半身はGストリングスの小さなショーツのみ。そこから微かに赤くなった肉土手が覗けていた。


「自分の陰毛を抜いたのね。大量に……」


 後輩の覚悟を見せられ、もう迷いは消えた。


「ううう、私も……やってやる!」


 ハイレグの脇から手を股座に潜り込ませ、ブチッと引き抜いた。


 涙目になりながら、まだ消沈したままの欲望鬼に向かって駆け、


「おかわりをあげるわ!」


 陰毛(ちょっと濡れている)を欲望鬼の口に押し込んだ。


「ぐぎぃ……」


 泡を吹きだしてきた牛頭目掛け、間髪入れずに、ステッキを打ち込んだ。


 バシッ! ジャストミート。陰毛の効果か、奴の体は脆くなっていて、頭を消失させ、体まで罅が広がる。


『今です。封印を!』


 本当の少女ではできなかった。


 生えている大人であったからこそ、今回は勝てたのだ。


 ――――


 街に平穏が戻り、雪花は自宅に直帰した。


 会社に置いてある必要な物は、高田川が気を利かせて、持ってきてくれるそうだ。


 フェチ・アッスの姿は封印の義の後に探したが見えなかった。


 まあ、あの姿のまま、長く現場にはいたくないよね。また、会えるだろう。彼女がこりごりになって魔法少女を止めない限りは。


「よし、剃るわ」


 高田川が帰ってくるまで、まだ時間はかかる。


 なので、風呂に入りつつ、剃る事にした。


 バスチェアに座りながら、ジョリジョリと音を立て、股を開いて。


 そう、剃ったのは陰毛の方である。


 無造作に引っこ抜いたから、とても他人には見せられない――見せていい相手もいないのだが――汚い生え方の状態になっていた。


 つるつるに剃った。


 そして、それで満足して、腋の下は忘れた。


 どんどんマニアックになっていくぞ、七原雪花。


 ――――


 雨の休日、部屋の中にいてもする事はなかった。


 高田川は、後輩ちゃんに教えてもらったゲームをしていて、それなりに楽しんでいる様子である。


 なので、雪花は一人で外に出た。


 しとしと降る雨の中、遠出をするつもりもなく、歩いていける距離にあった書店に入る。


 退屈しのぎに文庫本。あるいは、こんな時間に新しい知識を得てもいい。


 ネットのダウンロード通販もいいが、書店では意外な発見ができたり、新しい出会いもあるものだ。


 それは、どうも本だけには限らないようだ。


「あ……」


「え……」


 フェチ・アッスがいた。勿論、普通の人の姿である。


 無言で、そっと隣へ。一冊を手にしながら、聞いた。


「あの……、下の処理……されました?」


「…………はい。あの……、貴女の方は?」


「しました」


 この時、二人は解りあった。


 世界中で二人にしか分からないものを共有したのだ。


 この後、喫茶店でお茶をして、連絡先を交換して別れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ