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三十歳から始める魔法少女  作者: 千夜詠
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二人目②

 鎖柿恵は焦っていた。


 軽自動車に乗って、現場近くまでやってきたのだが、駐車できる場所がなかなか見付からなかった。


「メグ叔母さん、早くしないと」


「分かっているけど……、ええと、あ、あった」


 甥の綺羅は、学校を抜け出してきたみたいで、結構強引だった様子である。


 この事実を姉が知ったら、きっと彼は凄く怒られるから、庇ってあげないと。


 どうにか、パーキングを見付け、車から飛び出た。


 まだ少し、現場からは離れていたけど、街行く人たちの顔には不安や慌てた様子が見えて、歩く速さも上がっている。


 ドカンと大きな音が聞こえてきた。


「今のって……」


「うん。欲望鬼が暴れているんだ」


 どうやら今回出現した欲望鬼は、攻撃的な性格のようで、積極的に人を襲っているらしい。


「んっ……、ねえ、フェチ・ティッツは来てくれていないの?」


「さっき、ネオ魔法ランド経由で、彼女の担当のマスコットから連絡があったって。現場には五時半入りらしいよ」


「えーっ!」


「だから、メグ叔母さんがやるしかないんだ」


 これが初陣。正直、不安しかないのだが、可愛い甥っ子に頼まれると、嫌とは言えない。


「わ、分かったわ」


「うん。で、メグ叔母さん、魔法少女のステッキを持ってきている?」


「も、持ってはきたけど」


「じゃあ、もう変身の仕方は分かるよね」


「分かるけどぉ」


 バッグの中に仕舞ってあるけど、これを持っているだけでもドキドキする。


「どうしたの? ああ、子供っぽくて、取り出すの恥ずかしいんだ」


 むしろ、大人過ぎて恥ずかしいんですけど。


「ああん、もう。ハァ、ハァ、綺羅ちゃん、そ、そんなに叔母さんを辱めて、ああん」


「ん?」


 涙目になりそうになりながら、何処か背徳的な恥辱に、乳首が勃った。


 早く済ませよう。


 魔法少女のステッキを取り出し、空に向けて掲げた。


 上空から一筋の眩い光が差し込んで、一直線にステッキの先端に当たると、それは熱くなってきて、震え始める。


 ビュルッ、ビュピィィッ! どぶどぷぅっ!


 先端から白濁色をした何かが噴き上がる。


 真っ赤になっている恵の体に降り注ぐと、衣服が光の粒子となって、体から一旦離れるのだ。


 刹那、恵は全裸になった。


 裸体を光の粒子が舞う事、三十秒。


 ――いやぁ、こ、こんな街中で、私ったら、素っ裸にされちゃってる。ある意味、甥っ子に素っ裸にされちゃってるの。


 魔法少女のコスチュームが形成されていく。


 白いフリルのカチューシャが黒髪を彩り、濃紺レザーの衣装が体を包んでいった。それはデザイン的にはメイド服のようにも見えて、肘までのレザーグローブに、足元は膝上まであるロングブーツが履かれる。


 新たな魔法少女のデビューであった。


「よし、変身完了だ」


 感激している様子の甥っ子だが、恵の表情は引き攣っていた。


「こ、これで、ホントに完了?」


 スカート丈が異常に短かった。


 とういうか、パンツ丸出しなんですけど。


 そのパンツもレザーのような素材で、もう少しで漆黒の繁みが食み出しそうなくらいに、覆う部分が小さく、Tバックだった。


 ――顔バレしないとは聞いているけど、こんな恥ずかし過ぎる格好……。帰りたい。


 だが、正義感がないわけでもなく、幼い頃に魔法少女に憧れた記憶はあった。何か、違い過ぎる気はするが。


「さあ、頑張って、フェチ・アッス」


「フェチ・アッス?」


「魔法少女としてのメグ叔母さんの名前だよ」


 ASS。主にお尻の意味としてのスラングであるが、馬鹿にする時にも使われます。


 ――この子、ひょっとして、私を揶揄して興奮してない? やだ、それなのに、あそこから、ジーンってしちゃって。


 このままじゃ、甥っ子に調教される。


 説教は後でするとして、まずは現われた欲望鬼をどうにかするしかない。


 不思議と気配が感知できた。


 大きく跳躍して、一気に近付いていくのだ。


 ――――


 逃げ遅れた女性が転んだのを見て、警官は駆け寄った。


 手を差し伸べようとして、背後から黒い異形が迫ってくるのを感じると、振り返って、慌てて拳銃を構えた。


 最近になって、奴らは欲望鬼と呼ばれるようになっている。


 ネオ魔法ランドなる正体不明の場所、あるいはグループ等からの情報提供が大元であるのだが、懐疑的な意見が多い。


 だが、そんな否定する者らも、欲望鬼の明確な説明ができなくて、叩かれているのだが。


 逆に、魔法少女がいるのなら、ネオ魔法ランドがあっても不思議ではないといった意見も増えてきている。


 では、魔法少女を皆、信じているのか?


「うわぁあああ――」


 警官は反射的にトリガーを引いた。撃ち込まれた弾丸は、欲望鬼の体を通過してしまう。


 貫通したのではない。そこには何もないように、通り抜けたのだ。


 これは警察組織の持つ、他の武器で試したが同じであった。


 これもネオ魔法ランドからの情報であるが、生身の拳や脚でしか、普通の人間の攻撃は有効ではないそうだ。


 では、格闘術で倒せるか、と言われれば、普通の人間のパワーでは、まず無理である。試みた巡査がいたが、全治三カ月で入院中だ。


 だから、少なくとも警察組織は魔法少女を信じている。特に現場の者らは。


「糞……。魔法少女はまだか」


 欲望鬼が出現した場合、まずは積極的にアプローチしないで、近隣住民の避難誘導にあたる。九州で出現した例のように刺激しなければ、大人しい場合もあるのだ。


 物的被害が出そうなケースは、牽制しつつ移動させないように努める。


 そして、人的被害が出そうなケースは、防衛行動の許可が出ていた。


 ただ、現実的に抑止は難しい。


 色々と試してはいるが、効果があった事はなかった。


「君、立てるか? 早く逃げて!」


 女性を促し、拳銃が無力であると分かると、ホルダーに仕舞い、柔道の構えを取った。


 はあ、はあ、と呼吸が乱れてくる。


 迫ってくる欲望鬼をどうにか意地で睨み付けた。


 そこに、機動隊の盾を持った二人が欲望鬼にぶつかっていく。


 通り抜けはしない。どうやら、直接、人が持っていれば、攻撃は有効なようだ。


 だが、ほんの数センチ、欲望鬼の足がずれただけ。


 腕がハンマーのように振り下ろされると、二人は吹き飛んで、ショーウィンドウを突き破った。


 後を見る。


 先程、逃げていった女性はまだそんなに離れていない。


「ぐ……。もう少し、食い止めておかないと」


 怪我で済むなら御の字か。


 震えそうな足を叩いて、奮い立たせた。


「こい!」


 そこに、まるで隕石が降ってきたかのような勢いで、何かが降り立った。


 一瞬で、場の空気が変わる。


 絶望感が期待感に変わり、そして彼は見た。


 艶やかな球状を二つ重ねたような、大きくて丸々としたお尻を。


 ――――


 来てしまった。


 そんな後悔と、自分がやらなくては、といった使命感が恵の中にはあった。


『着いたね、メグ叔母さん。じゃあ、しっかりと名乗って』


「やらなきゃ、駄目なの?」


『だって、フェチ・ティッツじゃない魔法少女ってアピールしないと、ただのコスプレだと思われるよ』


「その、魔法少女ってのが……、叔母さんよ。三十二歳なのよ」


『大丈夫、メグ叔母さんは、若々しいし、綺麗で可愛いから』


 真っ赤になる。


 ――やん、綺羅ちゃんて、私の事、そんな風に思ってくれていたの。ああん、あの子、将来は、いえ、今でもたらしだわ。


 照れている場合ではない。


 欲望鬼に向かって、ステッキを向けて、言い放った。


「ま、魔法少女、フェチ・アッスが、これ以上の悪さは許しません!」


 これでいいのよね?


 驚いている様子の警官がいた。


「フェチ……アッス?」


「に、逃げてください。ここは私が食い止めます」


 前に向き直り、欲望鬼を見る。


 黒墨のようなボディ色をして、身長は三メートル程か。でっぷりと腹の出た体に太い手足を持ち、口がやけに大きかった。


 ――こ、怖い……。けど、戦えるのよね?


 先程も信じられないようなジャンプ力を体験し、甥っ子から戦い方を教えてもらっている。


「マジカルガトリング!」


 イメージした武器が使える事を聞き、二人で研究して、フェチ・ティッツが接近戦メインなので、こちらは距離を置いて戦える物を、としたのだ。


 ステッキの先端を欲望鬼に向けると、魔法陣が出現して、光弾を連続して撃ち込んでいく。


 ポン、ポン、ポン――と気の抜けた音であったが、欲望鬼に当たれば、腕でガードするようにしているから、効果はあるようだ。


 ――やれるじゃない。よし、もっと……。


 このまま一気に欲望鬼の体を削り、封印の儀ができるようにしたい。


 できれば近付きたくないし、早く終わらせたかった。


『メ、メグ叔母さん!?』


「なに、綺羅ちゃん?」


『コスチュームが――』


 言われて、自分の体を見てみると、何故か透けてきているようで、胸元とか、一部に穴が空いてきて、それはドンドンと広がって、肌を露出させてくるのだ。


「ひ……っ、な、何これ!?」


『魔力を一度に使い過ぎなんだ。コスチュームも魔力で形成しているから』


 つまり、攻撃を一旦中止しないと、このままでは全裸になる。


 慌てて、止めた。


「それ、早く言ってよぉ」


 もしかして、甥っ子は分かっていて、説明していなかったのかと勘ぐってしまう。


『ごめん。そんなに消費するとは思っていなかったんだ。暫くしたら、魔力も回復していくから、コスチュームも戻っていくとは思う』


 ただでさえ、恥ずかしい姿なのだから、これ以上の露出は現場にいられなくなる。


 攻撃が止んで、欲望鬼の体が徐々に修復して、そして叫んできた。


「食わせろぉおおお!」


「ヒイぃ!」


 もしかして、怒らせちゃった?


 重い足音を立てて、こちらに向かって突進してくる。


 逃げていいかな?


 ――あんな勢いで、真っ直ぐ行かれたら……。


 通りは緩やかに曲がっていて、繁華街の店にぶつかりそうである。


 もしも誰かが残っていたら、と考えると、そこから逃げるわけにはいかなくなった。


「うわぁああああ――――」


 涙目になりながら、両手で握ったステッキを前に出し、その場に踏み止まった。


 ドスンと物凄い衝撃を感じたが、ステッキで欲望鬼の腹を押し込んでいて、足元が抉れたが、突進を止めている。


「よ、よし……。う……」


 が、前に進もうとする欲望鬼の圧は凄まじく、ずっとこのままではいられない。


『メグ叔母さん、もっと上半身を前に傾けて、腰を突き上げるようにして、堪えるんだ』


 綺羅からの指示の通りにしてみる。


 ――ああん、この格好だと……。


 お尻を高く突き上げる姿だと、丸くて大きな尻肉がモロに露出して、Tバックが食い込んでいる様子が丸見えだ。


 で、堪える恵が、


「う……、ハァ、ハァ、んんっ、ああ、ダメぇ……」


 なんて喘いでしまうので、現場の近くにいた男性警官らは前屈みである。


 そのうえ、どうにか抑える為のポジショニングを模索して、腰がくねくねと動くから男はそこから目が離せない。尻肉がプルプルと揺れていた。


「こ、このままじゃ……、魔力が回復するまで、もたな……、ハッ!?」


 報道の中継ドローンが近寄っていた。背後、斜め上空から。


 ――やだ。い、今頃、お茶の間には、私のお尻が映って……。


 もう少しだけ恥ずかしいのを我慢すれば――。


 欲望鬼の大きな手が、恵の胴体を掴んできた。


「きゃぁ! う……」


 両手でしっかりと握られ、体が浮き上がる。


 怪しく光る瞳に見詰められた。


「ひぃいいい――」


「腋……、見せろ……」


「え、腋?」


 食わせろ、と言ったり、腋を見せろと言ったり、いったい、この欲望鬼は何を求めているのかさっぱり分らない。


『メグ叔母さん、慌てないで』


 綺羅の声にちょっと落ち着いた。


 掴ませているのは胴だけ。腕は自由だ。


「こ、このぉ!」


 思い切り、欲望鬼の片腕をステッキで叩くと、痺れたのか力が緩んだ。


 そこから体を捻るようにして、ステッキで掌を押し、どうにか奴の手から逃れる。


 ――こうなったら、コスチュームが消えるとか言ってられない。


 離れるのではなくて、より飛び込んで、ステッキの先端を欲望鬼の胸下に当てると、


「マジカルガトリング!」


 ゼロ距離から、撃ち込んでやった。


 魔力の光弾が欲望鬼の体を抉り、確実に削っていく。


 が、代わりにコスチュームがどんどん虫食いになって、所々、素肌が露出していくのである。滅茶苦茶、恥ずかしい。


 ただ、これがかえって良かった。


 欲望鬼の大きな手が、再び恵に襲い掛かろうとしたのだが、裸になっていくのを見て、止まった。ちょっと興奮している様子である。


 奴の気持ちを代弁すれば、もうちょっと、あとちょっとだけ、せめて乳首が見えるまでは、と攻撃を受ける事を我慢しているのだ。


 スカート部分が消滅して、肩の生地が片方無くなり、下乳が完全に露出してくる。


「う……、ああん、早く、いってよ!」


 まさに捨て身の戦法で、とうとう欲望鬼のどてっぱらを貫通し、大穴を空けて、奴の体が崩れだす。


『メグ叔母さん!』


 後ろに飛び退いた。


 欲望鬼の巨体が前のめりに倒れ込む。


 街が一瞬、静まり返った。


「やった……の?」


 欲望鬼は動かない。


「…………やった。あは、やったわ!」


 自分の今の姿も忘れ、歓喜でその場で飛び跳ねた。


 すると、むっちり大きなお尻もたわわな乳房も揺れ動き、おお、と警官らの声が聞こえた。乳輪がほんの僅か見えている。


 ――私にもできた。ああ、ちょっと高揚感。


 頬を赤らめ、ハァ、と吐息を漏らすのだった。


『メグ叔母さん、封印の儀を』


「あ、そうだったわね。えーと、どうすれば?」


 確か踊るらしいが、思い浮かんだのは、パラパラ、盆踊り、フォークダンス。儀式と言うにはほど遠く、神事でするような舞いとかはできない。せめて日本舞踊くらい、習っておけば、と思った。


『欲望鬼に合わせるんだ。えーと、今、解析して……』


「うん、待って……る?」


 倒れている欲望鬼の体が、まるでコールタールのように溶けていく。


 ――なに? こんなの聞いていないし、テレビで見たこれまでの奴に、こんな変化ってあったっけ?


 どうにも嫌な予感しかしない。


「んっ……」


 警戒してステッキを構えた。だが、これ以上、マジカルガトリングを使ったら、今度こそ、素っ裸である。


 その刹那の迷いが更なる窮地に自分を追い込んでしまう。


 真っ黒なそれが、一度熔けた後、一つの丸い塊のようになった。まるで卵のように見える。


 ドクンドクン、と胎動のような物が聞こえ、殻が割れていく。


 グオオオオオ――――、咆哮が圧力をもって、一帯に響き渡った。


「な、なんなの!?」


 真っ黒な卵の中から、そいつが現われる。


 やはり漆黒の体で、だが人型ではなく、形状はバッファローに近かった。そして、あやふやさがなく、硬質の肉体で、黒光りする彫刻のようでもある。


『すげえ、第二形態……』


「ああん、感心している場合じゃないでしょ。ど、どうすれば……」


 ギロっとバッファロー欲望鬼が睨んできた。


「ヒイっ!」


 そりゃ、怒ってるよね。お腹に大きな穴が空くまで攻撃したんだし。


 猛牛がこれから突進する準備をするように、前足で道路が擦られた。頭を少し下げながら、体勢を整えてくる。


 どうしたらいいのか、もう分からない。


 涙目になって、ステッキを構えた。


「これ以上、戦ったら、全裸になっちゃう。けど、けどぉ――」


 使命感というより、この場に置かれて、追い込まれ、やるしかなくなっている。


 魔法陣をステッキの先端に出して、泣き声で叫んだ。


「マジカルガトリングぅ!」


 ポンポンポン――、と連続して光弾を発射して、全てを欲望鬼にぶつける。


 先程までと比べて、与えるダメージは少なくて、僅かに黒墨のような物を散らすだけ。


 幸いなのは、どんどん露出していくから、それを見たいが為か、まだ向かってこない事だけ。


「あー、も、もう……」


 もはやコスチュームと言えなくなって、ブーツもグローブも消えて、着衣は乳首だけに僅かに残り、ショーツのクロッチ部分まで穴が空いてきた。


 全裸一歩手前、そこでいい加減に攻撃がうざくなったか、バッファロー欲望鬼が突っ込んでくる。


 ――こ、こんな格好で、私、死んじゃうの?


 恥毛が見えてきたその時、


「うりゃぁああああ――――ッ!」


 真上から超高速で落下した何かが、バッファロー欲望鬼の頭部に激突した。


 ズゴゴゴ――ッ! 欲望鬼の頭部が道路に減り込んで、彼女がそこに立っている。


「フェチ・ティッツ……」


 ピンク色の姫ドレス風コスチューム姿を見て、恵の体から力が抜けると、その場にへたり込んだ。

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