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三十歳から始める魔法少女  作者: 千夜詠
6/17

出張②

 早朝からの出発。


 眠り目を擦りつつ、高田川に背中を押され、雪花はどうにか新幹線に乗った。


「眠いです、高田川さん」


「いいですよ、終着まで行きますし、寝ていてください」


「うん……」


 まだ意識がポーとしているせいか、口調も甘えてしまった。


 遠出をするのは久しぶりだから、少しは旅行気分で、楽しんでもいいところである。が、朝はやっぱり苦手である。


 きっと高田川がいなかったら、雪花はまだベッドの中だ。


 高田川の方は、車内販売の珈琲を買って、飲みながら、朝刊に目を通していた。


 一面はやはり謎の黒い存在。生物なのかも定かでない、それに関する記事である。


 欲望鬼と機動隊は睨み合ったまま一晩を越した。


 何せ、欲望鬼の生態も不明であるから、どう対処していいのか分からず、刺激しないようにしている状況である。


 ただ、このまま何もしない訳にはいかず、捕獲作戦が検討されているらしい。


 ま、後はとにかく現場についてから考える。なので、今は寝る。


 寝てしまえば、時間もあっという間に過ぎていく。


 一度起きたのは、名古屋駅を過ぎて、岐阜羽島を越えようかという頃だった。


「んっ、んん――」


 腕を上にして、背伸びするようにすると、続けて大きく欠伸をした。


 隣を見ると、高田川も寝ていた。


 ――少なくとも、私より、早起きしているものね。


 こんな日でも、しっかり朝食を作ってくれている。


 自分も珈琲が飲みたくなって、早く車内販売が来ないか通路を見ていると、


「ふーん、貴女が七原雪花ね」


 女の子が傍に来た。


 何というか、派手な少女だった。


 長い金髪の縦ロールで、白いゴスロリ風のワンピース姿。気の強そうな碧眼をして、年の頃は十歳そこそこか。


 ――外国人の子?


 しかし、何故、自分の名前を知っているのか。


「え、えーと、お嬢ちゃんは……」


 会社の重役の娘や孫? それとも同級生の子供か。国際結婚した知り合いって、いたっけ?


「いえ、顔を見にきただけ。ふーん」


 と、しげしげと全身に視線を向けられ、


「乳、デカ!」


 と、驚かれるのだ。苦笑いである。


「えーと、ごめんなさい、何処かで会ったかな?」


「いいえ、初対面よ。それより、パンツを脱いで、渡してちょうだい」


 うーん、何を言っているのかな、この子。


「…………変態なのかな?」


「ちっげーよ! いいわ、直接嗅ぐから」


 シートの前に強引に入り込んで、しゃがんでくる女の子。こちらの膝を掴んでは、信じられない力強さで、股を開いてくる。


 因みに、雪花も高田川も出張っぽいスーツ姿である。


「ちょ、ちょっと――」


 顔がスカートの中に潜り込んできて、鼻先が敏感な個所に当たってきた。


「スー、くんかくんか……、ストッキング越しだと、嗅ぎづらいわね」


「やっぱり、へんた――あ……」


 新幹線の中で擦ってはいけない、小さな突起が刺激されてしまった。


 彼女が顔を離してくれた時には、真っ赤になった顔を両手で覆っていました。


「うう……、どうして、こんな目に……」


「成程……、なかなかの逸材ね。まっ、頑張って、オールドルーキー」


 嵐は去った。


 というか、手を顔からどけた時には、少女の姿は何処にもなかったのだ。


「何だったの、今の」


 この困惑を誰かと共有したいが、隣の高田川はよく寝ていて、起こすのも可哀想だ。


 新幹線は関西圏に入っていく。


 ――――


 欲望鬼の出現した最寄りの駅に到着したが、意外と静かであった。休日の昼間とあって、わりと混雑していて、人々の表情に緊迫感はない。この駅で良かったのか、最初は疑った程だ。


「一キロくらいでしたよね、今、機動隊と睨み合っている場所って」


 高田川に確認すれば、


「ええ、その通りです。えーと、こちら……ですね」


 タブレットで地図を見せてくれた。


 人目がある場所で変身しても、身バレしない事は前回で学んだが、一旦全裸になるので、隠れられる場所を探したい。


 トイレが有力候補だが、出てくるところを見られたら、どう報道されるのだろう。


「はあ、お腹空いたわ」


「でしたら、先に食事をしましょうか?」


「いいんですか?」


「腹が減っては――、ですよ」


 高田川のこういうところが好き。


 というわけで、駅前のラーメン店に入って、替え玉もしつつ、腹を満たすのだった。


 今回の欲望鬼について、おさらい。


 昨日出現したそいつは、これまでで一番小さく、それでも身長で二メートルくらいはあった。


 例に漏れず、真っ黒な気体を圧縮して固めたような体をしていて、形状は人間に近い。フォルムは中性的で、細く、髪のような物が頭部に確認できて、それが異様に長かった。


 呻くような声で「大きくなりたい」と発していて、途中までは暴れていたが、大通りに出て、規制線が張られ、周囲に人影がなくなると、急に大人しくなって、今も止まっているらしい。


 これまでの奴と違って、具体的な欲求が見えてこない。大きくなりたいとは、体格が小さいから、なのだろうか。


「よし、腹も膨れたし、ちゃっちゃと片付けて、帰りますか」


「そうですね。ああ、七原さん、今回の相手は、今、大人しくしているようですので、刺激しないように近付いて、一気に封印までもっていきましょう。避難は済んでいるとはいえ、街のど真ん中ですので」


 暴れて被害が出る前に済ませてしまいたい。


 子供の頃はヒーロー物を見て、街が壊されてもそんなに気にしなかったが、大人になると――あれ直すのに、税金が投入されるのか――とか思ってしまう。潤うのはゼネコンだけか。


 できるだけ人目のない場所を選んで、いざ、変身。


 ステッキを掲げ、上空から一筋の眩い光が差し込んで――以下、略。


 今日は既にコスチュームの直しは終わっていた。


 髪はツインテールになって、競泳水着にお姫様のドレスが横と後ろに付いたようなデザインのそれは、ちゃんと雪花のサイズとなっている。


「あー、やっと……。ちょっとメルヘンチックで、逆にセクシー過ぎる部分もあるけど、これなら及第点かな。ん?」


 背中からお尻の上部に外気があたる感覚があった。童貞を殺しかねない予感。


「うん。これ、確認しない方がいいやつね」


 確認したら、登場するのを躊躇う。


「では、七原さん、私は離れたところから、支援しますので」


「はい。行ってきます」


 跳躍で、現場まで一飛び。


 幾つかのビルを一度に跳び越えると、片側二車線なのに、車が一台も通っていない大通りを見付け、視界に欲望鬼を捉えた。


 スタッと音がするように着地して、前を見据えた。


 微かにざわつく音がしたが、流石に機動隊員が騒ぐ事はなく、加えてこちらへの警告もなくて、むしろ期待感をひしひしと感じるのだった。


『マスコミが沸きだしましたね。ワンセグの音声でも聞きますか?』


 高田川の声が脳内に響く。


「いえ、結構です」


 まずは攻撃をしないで、説得するように近付いてく。


 ――大丈夫、私の笑顔は、それなりに評判がいいんだから。


 ここまでずっと大人しくしていた欲望鬼だ。敵意がないように見せて近付き、一気に叩く。これが大人だ。


「さあ、アナタ、何が望みなの。私が聞いてあげるわ」


「…………死すべし」


「はい?」


「巨乳は皆死ねぇ!」


 それまで反応すら稀薄だった欲望鬼が吠えて、腕を振るいながら迫ってきた。


「うわぁ、なんで!?」


 まるで駄々っ子のような動きで、手を叩き付けようとしてくる。


 ステッキで弾く。


 が、結構、痺れた。


 ――嘘! こいつ、かなり強いんじゃ……。


 スピードも意外とあって、叩き付けてくる力は、前回の押したい奴と同じ位か。


「ぐ……。マジカル安全カミソリ!」


 無数の光の刃を放出して、欲望鬼を切り刻もうと試みた。


 ところが、全て避けられる。


 そのスリムな体が、自在にしなり、曲がり、器用に躱していくのだ。


 変則的な動きに、実は、意外とではなく、かなり速い。


「えっと、どうすれば……」


『距離を置いては、完全に避けられます。もっと近付いて、確実にステッキで殴っていきましょう』


 高田川の指示に従って、欲望鬼に向かって飛び込んでいく。


「このぉ!」


 狙うは足元。


 欲望鬼の速さに負けない渾身のスイングで、片方の膝にステッキを叩き付けた。


 グギャっと叫びを聞き、欲望鬼の膝から下の足が千切れ、高く舞い上がっていく。


 バレル率、二十五・九パーセント。MVPコールも起きそうな大飛球、ならぬ大飛足で、大空に煌めくのだった。


 バランスを崩して倒れ込む欲望鬼。


 ――よし! これで、動きは封じたわ。


 体の質量からして、あと一撃重いのをぶちかませば、封印の儀に移れる。


「さあ、もう一発――」


『いけない、七原さん!』


 ビュン! 欲望鬼の髪の毛が超高速で撃ちだされ、体に巻き付いてきた。


「な……っ!?」


 まるで金属のワイヤーのようで、腹部と腕が締め付けられると、骨まで軋む音が聞こえてくる。


 その状態から、体は浮かされ、欲望鬼の瞳が睨み付けてきた。


「う……、ぐう……、やばい……。さっき食べたラーメン……吐きそう」


『耐えて、七原さん。魔法少女が、ケロケロなんてしたらいけません!』


 替え玉しなきゃよかった。


「ま、魔法……フェチ・ティッツ……。世界一、許せない乳。巨乳死すべし。爆乳滅すべし!」


 二本の腕が伸びてきて、乳房を鷲掴みにしてくる。


「きゃ……、ああ、ちょ、うぐ……」


 力が思い切り込められてくるのだ。


「潰す……。こんなデカいのは、潰してやるぅ!」


 更に込められてくる力に、本気と大きな乳房への怨嗟が伝わってくる。


 真っ黒な指が乳肉へと減り込んで、指先と指先が接触しそうになれば、堪らず叫んだ。


「あああぁあああ――――っ!」


 その時、テレビの視聴者、ネットのライブ配信を見ている、世界中の男性が「止めてくれ」と泣き叫んだ。


「ぎゃはははは、世界中のDカップ以上の乳房は全部、こうして……、なに、潰れていない、だと!」


 欲望鬼の指が見えなくなる程に、乳肉が指の合間から盛り上がっていたが、決して潰れてもいないし、手を離せば、瞬時に元の形状に戻るのだった。


 ――い、今の、凄かった。ハァ、ハァ、漏らしそう。


 魔法少女フェチ・ティッツにとっては、過激なSMプレイ程度のダメージなのだ。


「な、なんて、柔らかさと弾力……。くっ、この女の乳には男の夢が詰まっているとでもいうの?」


 欲望鬼の責めは堪えたが、このままでは倒せないし、直ぐに片足の再生もされるだろう。


「ア、アナタ、どうしてそんなに巨乳が憎いの?」


「ふん、お前には、分からないのよ。貧乳がどれ程迫害されてきたか」


「いや、迫害って……」


「黙れ! 乳が小さい……これだけの事で、女としてどれ程惨めな思いをしてきたか、デカい女には分かるはずない」


「あー、それで大きくなりたいって」


 ――え、憧れているんじゃ?


 憧れが転じて、憎しみに変わったパターンである。


「ええい、潰せないなら、もいでやる!」


 またも片方が鷲掴みにされて、今度は引き千切ろうとしてくるのだ。


「いたっ、いたたたた――っ、痛いってばぁ!」


 ――あ、これもちょっとイイかも。ん……、やっぱり、ダメぇ! はあ、こ、今度こそ、漏らしちゃうぅ!


 これ以上の恥は掻きたくない。


「ぐははは、ほらほら、お前のデカ乳をもぎ取って、スタジアムでゴールを決めてやる」


「グロ過ぎでしょ……。ぐ、いい気になって……、大きいなら、大きいで、大変なのよ。ハァ、ハァ、肩は凝るし、衣装選びも難しいし、太って見えるし」


「はん。そんなの、巨乳の自慢じゃないの!」


 もう、聞き耳を持っていない。


 ――どうしたら……。相手の立場になって考えて……、そう、大きくなりたいって。


 乳房が伸び縮みされるように弄ばれる中、それしか思いつかなかった。


「…………て、あげる」


「はん?」


「ハァ、ハァ、胸が大きくなる方法を教えてあげる」


 欲望鬼の動きが止まった。


「ば、馬鹿を言うな。もう、成長なんてしない歳だし、これまで色々と試して、それでも駄目だったのに」


「とっておきの方法があるの。ねっ、聞きたい?」


「と、とっておき……」


「そうよ、私は魔法少女……。自分で言って恥ずかしいけど……、魔法の力を使えば……」


「は……、そ、それは試していない」


 乳房から欲望鬼の手が離れ、髪の拘束も緩んでいく。


 ゆっくりと道路に下ろされた。


 満面の笑みを浮かべ、


「さあ、胸が大きくなる魔法をかけて欲しい?」


 と言ってやる。


「…………う、うん」


「でも、散々、痛い目に遭ったし」


「あ、謝るから」


「謝るなら、頭はどうするの?」


 深くお辞儀をしてきた。


 目の前に、丁度、自分の胸の辺りまで下がってきた欲望鬼の頭があった。


 当然、この姿勢では、欲望鬼にはフェチ・ティッツの姿は見えない。


 はあ、と一度息を吐く。


 大きくステッキを振り被って、バン!


 叩き付けたのだった。


 刹那、街が静まり返った。


 頭の吹き飛んだ欲望鬼が前のめりで倒れ込んで動かない。頭が修復されるまでは、他の体の部位も活動停止だ。


「ふう……、これでよし、と」


 相手は人間ではなく、欲望鬼である。


 そして、これが大人の戦い方だ。


「あっ、高田川さん、封印の舞いを……、高田川さん?」


『…………えーと、は、はい、やりましょうか』


 思い切り引かれていた。


 ――だって、しょうがないじゃない。あのままやられ続けたら、私、イ……じゃなくて、壊されていたもの。


 実戦に、卑怯もあったものではないのである。


 それに、欲望鬼は憑りついていた人間の思考に影響されているだけである。噴き出して、離れた時点で、憑りついていた人間とは関係なく、別の存在だ。


 この日を境に、魔法少女フェチ・ティッツは、全世界の貧乳女子を敵に回した。


 ――――


 帰りの新幹線の中で、げんなりした溜息を雪花はついた。


「はあ……、どう見えたんだろ?」


 魔法少女フェチ・ティッツで、検索はしない。怖くてできない。


 二連戦だった一昨日よりも疲れた気がする。ただ遠方まで出張してきた為ではなかった。


 ――精神的にきつい。


 これで四十万を稼いだわけだが、よく考えたら安い。世界で一人だけの欲望鬼に対抗できる人間であるのだから、プロスポーツの選手よりも貴重なはずである。


 正義の心? 普通のOLに何を求めますか。


「はい、七原さん、お疲れ様でした」


 帰りも珈琲を頼んだ高田川が、雪花の分も頼んでくれた。


「ありがとうございます」


 ――労ってくれる人が、一人でもいるだけ、マシなのかな。


 不思議と癒される高田川の笑みだった。


 もう少し、彼が若かったら――ふと、考えてしまうが、逆にそうなら同居を許していないだろう。


 でも、言うべき事は言う。


「ねえ、高田川さん。こんなに、沢山、欲望鬼って出現するものなんですか?」


「うーん、ひょっとしたら、丁度、どの穢れた欲望も育ってきた頃なのかもしれません」


「うへ、こんなんじゃ、体が幾つあっても足りません」


 ネオ魔法ランド、ブラック説。


「そうですね。仕事中に現われてもらっても困りますし。今回は、七原さんが現われるまで、大人しかったですからね」


「あれ、来なかった方が良かった?」


 なんだか、マッチポンプ的に思えた。


「いえいえ、分析すると、七原さんでなくても巨乳の女性が現われた時点で暴れ出していたでしょうね」


 結局、機動隊は監視しかできなかった。


「そうだ。欲望鬼や魔法少女の情報を公開する件はどうなっています?」


「ネオ魔法ランドのホームページで、紹介を始めましたよ。閲覧者、少ないですが」


「ホームページあったんだ」


 人間がどこまで信じられるのか。実際に欲望鬼が現われ、魔法少女も戦っているのを大勢が見ているから、意外と信用したりする?


 はあ、ともう一度溜息をつくと、


「もっと魔法少女が増えるように、スカウト活動をもっと活発にしてもらえるように、伝えておきます」


「お願いしま……、あれ? スカウト活動って、見込みのありそうな女の子に声をかけて、それから……」


 思い出した。下着の臭いを嗅がれたのだ。


「どうかしました?」


「え、えーと、今朝の下りの新幹線の中で、私……」


 女の子にスカートの中に顔を突っ込まれ、臭いを嗅がれたとか、ちょっと言えない。


「ん?」


「な、何でも……、それより、スカウト。高田川さんの他にもマスコットのバイトをしている人っているんですか?」


「確か、何人かいるはずです。会った事はありませんが」


 魔法少女になれる才能の持ち主がどれくらいの割合なのかは知らないが、とにかく速く、増えて欲しいと願う雪花であった。


 ――――


 ポーと赤らんだ顔をした女の子に、彼はパンツを返した。


「ありがとう。うん、ご協力、ありがとうございます」


「い、いいの。あ、あの……、君、どこ小?」


 普通なら、変態と嫌がられるところであったが、彼は美少年だった。


「では――」


 と、彼はそれ以上、少女に興味を示さず、離れていく。


 さらさらの黒髪の少年の名は、時河原綺羅(ときかわらきら)


 塾に向かうまでの僅かな時間に、行っているアルバイト。


 魔法少女のマスコットのアルバイトがあると知ったのは二日前。


 もしも魔法少女フェチ・ティッツが現われていなかったら、馬鹿にして信じなかった事だろう。


「そう簡単には見付からないか」


 まず、クラスの女の子に全て声をかけて、全員が快く協力してくれたが、才能を感じる子はいなかった。昨日は放課後に学校に残っていた女子の全てに声をかけ、今日は他の学校まで足を伸ばしたが、辺りはなかった。


 そろそろ、塾に行かなくてはならない。


「フェチ・ティッツは大人の女性……。説明では、十代前半までの女子に才能がある人が多いとあったけど、範囲を広げるか」


 綺羅はクールで大人びた雰囲気の少年である。


 が、動画で見たフェチ・ティッツの事を思い出すと、顔が真っ赤になった。同年代の子らには平静でいられたのに。


 手提げ鞄を持って、速足になった。


「いけない。このままだと、ちょっと遅れるか」


 母はこういった失敗を許さない。


 ママ友がいると、いつも綺羅を自慢しているが、それができるように厳しくしていた。


「はあ……」


 クラスの友人らには見せない、憂鬱そうな溜息をつく。


「あれ? 綺羅ちゃんじゃない」


 呼ばれて、振り返る。


「メグ叔母さん」


 本名は鎖柿恵。母の妹にあたる、


 ポッと頬が赤らんだ。


 勿論、幼い頃から知っているが、体が大人になってくるにつれて、女性として憧れるようになっていたのだ。


 整った顔立ちで、ストレートの黒髪からいい匂いがする。覚えているのはもっと小さい頃に抱き締められた時の体の柔らかさで、セーターにロングスカートの姿の今でもプロポーションの良さが分かった。


 確か、今年で三十二歳になったはずだが、綺羅から見ても充分に若々しく、そして魅力的である。


「あっ、今から塾?」


 恵は軽自動車から顔を覗かせていた。


「うん……」


 彼女の前では大人びた姿になれない。


 ――やっぱり綺麗だ、メグ叔母さん。


 恋心を抱いても、叔母であり、そして彼女は人妻であった。


「じゃあ、乗っていく?」


「いいの?」


「勿論。姉さんには内緒にしておいてあげる」


 この軽自動車はほぼ恵しか使っていないのを知っている。乗り込むと、車の芳香剤に混じって叔母だけの香を感じた。


 叔母の家は自宅と近く、互いの事情もよく分かっている。


 ドキドキしながら、シートベルトを締めた時、ふと、感じ取った。


 ――あれ、この感じ……。


 魔法少女のマスコットになると、強い才能を持った者が近くにいた場合、特に理由なく感じ取るものがあるという。


 これがそうなのか?


 綺羅は恵の横顔をじっと見たが、恥ずかしくなって、直ぐに逸らした。


 だが、心の中では、確かめなくては、と強く思っているのである。

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