押したい少年①
全身の筋肉痛と微かな頭痛を感じながら目覚めた。
「いた……、う……気持ち悪い」
よく思い出せないが、見慣れた自分の部屋にいる。
掛布団を退けると、全裸だった。
――ああ、またやった。
これは飲んで帰った後によくやる事だ。とにかく面倒臭くなって、とりあえず全部脱いで、そのままベッドに入る。このパターンだ。
だるいが、起き上がって、ショーツとブラジャーを身に着け、ブラウスを着て、スカートを穿く。段々、昨日の事を思い出してきた。
――ええと、確か、帰りに……、あ、あれだ。黒くて大きいのが現われて……。それから、そう、高田川さんが来て……。
「おはようございます」
いた。この顔だ。
「おはようございます。…………ん?」
キッチンの方から高田川が顔を見せ、そちらからちょっといい匂いがした。
「もう直ぐ、朝食の準備ができますから」
「そうですか。ありがとうござ……、って、何で、高田川さんがいるの!?」
ハッと自分が全裸であった事を思い出す。
――ま、まさか、酔った勢いで、高田川さんと!?
いくら寂しいからといって、親のような年齢の男性となんて、あり得ない。
「嫌ですね。昨晩の戦闘の後、お腹が空いたから、一緒に食事して、で、酔っぱらった七原さんを私がここまでお連れしたんじゃないですか?」
「そ、そうだっけ。あの……、私たち、何か……」
「何もしていませんよ、私はこっちで寝ましたから」
「見ました?」
「見てません。いきなり七原さんが脱ぎだしたので、私は慌てて、反対側を向きましたから」
とりあえず、安堵だ。
温かそうな朝食がテーブルに並べられた。焚かれたご飯に味噌汁。出汁巻にお新香とシンプルだが、二日酔い気味にはこれくらいが丁度いい。
それから全部、思い出す。
――はあ、誰か夢だと言って。
味噌汁を頂く。美味しかった。
「あ、時間……」
「気にする必要はありませんよ。さっき、会社から連絡があって、昨晩の騒ぎで今日は臨時でお休みになりました。七原さんの携帯にもメッセージが届いているはずです」
確認すれば、確かに届いている。
テレビをつけると、朝の報道番組では昨晩の騒ぎでもちきりだ。
「うわぁ……。ハッ、まさか、私、もう外を歩けない? 報道陣がマンションの前をはってたり?」
「大丈夫です。ほら、映像のカメラでも顔があやふやになっています」
モザイクともぼかしとも違う、誰とも言えて、誰とも特定できない顔になっていた。
「それも魔法の力、なんですか?」
「そうです。ただ、体の方は……」
「ぬあ!」
乳首を死守したせいで、かえって堂々と映像が使われている。
フリップには「謎の爆乳美女」とか書かれていて――顔が曖昧なのに美女って――それも羞恥を煽ってきた。
「魔法の力で、全部無かった事にはできないんですか?」
「現実はそんなご都合主義ではありませんよ」
また頭痛がぶり返してきそうだ。
色々と聞きたい事がある。
「教えてください。その、欲望鬼だとか、えーとネオ魔法……」
「ネオ魔法ランドですね」
「そう、それ。それから、確か、高田川さんがマスコットの副業をしているとか」
高田川が、ご馳走さま、をして、それからお茶を淹れてくれる。一家に一人欲しい気遣いだ。
「いつからかは私もよく知らないのですが、現実と夢の狭間に、魔法ランドというものがありました。それが四十年くらい前ですかね。テレビアニメなどで、魔法を使う少女が出だした頃、憧れた少女らの想いから生じたらしいです」
「産まれる前の事ね」
「魔法ランドは無垢な場所でなければなりませんでした。ですが、そこの住人に自我が芽生えると、どうしても欲望が発生するのです。そこで、魔法ランドでは、穢れた欲望を住人から吸い取って、一か所に集め、管理していたのですが……」
「何かあったのね」
「ええ。集めた欲望にも自我が芽生え、反旗を翻し、魔法ランドは崩壊したのです」
何事も無理矢理押さえ付けるのは良くない、といった例だ。
「それで?」
「魔法ランドでは、どうにか穢れた欲望を排除したのですが、体制は壊れ、新たな指導者がネオ魔法ランドを作ったのです。ですが、近年になって、排除した穢れた欲望が、人間界にある事が分かり、その影響も危惧されたのです」
「つまり、全部、魔法ランドのせい?」
とばっちりである。
「まあ、そうなのですが、ネオ魔法ランドの者は、人間界では活動ができません。なので、代わりに穢れた欲望を処理してくれる人間が必要なのです」
呆れるだけなら簡単だが、昨晩の事を考えると、放っておけない事案ではある。
「はあ……。文句は色々とあるけど」
「申し訳ない」
「高田川さんが謝る事じゃないでしょ? でも、どうやってこんな事を知ったんですか?」
高田川は人間だ。普通のおじさんである。多分。
「うちの会社の定年って、六十じゃないですか。早めに年金を貰うのも手ですが、他の収入減も探してみようと思って調べていると、募集がありまして……」
「何処に?」
「バイ×ルに」
「…………どうぞ、続けてください」
ツッコミ始めると、頭が混乱しそうだ。
「応募すると、その夜、夢の中で面接がありまして、採用されました」
「ち、因みに、時給とか……」
「歩合で、魔法少女のスカウト活動で、一人声をかける毎に五百円。魔法少女の契約が取れたら、百万円」
「は!? ちょ、ちょっと待って」
――もしかして、自分が魔法少女になった事で、高田川さんに百万円が入るって事?
ちょっと殺意が湧いた。
「先程、アプリで確認しましたら、振り込まれていました」
「へ、へえ……。あっ、じゃあ、女の子に声をかけていたのは……」
「おや、ご存じでしたか。ええ、魔法少女のスカウトです」
後輩ちゃんが見たのはその場面か。良かった犯罪じゃなくて。
「ん? 確か、才能を見極めるのに……。パ、パンツの臭い……」
――いたいけなローティーン以下の女の子のパンツの臭いを嗅いだの?
やっぱり犯罪だ。
「それも仕事ですので……」
「通報します」
「ひいいい」
まあ、説明できない事も多いので、しませんけど。
「で、その欲望鬼ってのは、まだいるんですか?」
できれば二度と、あんなのとは戦いたくない。
「います。穢れた欲望は、生きた人間の中に入り込み、そこで力を蓄える事で、顕現する事ができるのです」
「う……、もう、あんなのはごめんなんですけど」
高田川が土下座した。
「お願いします。今、欲望鬼が現われたら、戦えるのは七原さんだけなのです」
「でも……」
「ただではありません。こちらを」
そっと差し出される書類。
「これは?」
「そこに、口座番号を。欲望鬼一体を倒す毎に、十万円が支給されます」
「やります」
そろそろ、新しいコートも欲しいし。二度、番号の間違いがないか確認した。
「ま、昨晩のは極端な奴でした。欲望は人それぞれ。性欲だけではありませんから」
「そ、そうね」
金銭欲。物欲。食欲。数えれば、無数の欲求があって、ある意味、それが人間らしさであろう。
七原雪花。こうして、正式に魔法少女になった。少女と呼ばれる事への抵抗など、十万円の前には些細な事である。
――――
非常ベルを目撃した時、押したい、と感じた人はどれくらいいるのであろうか。ボタンとは、何かしら人を引き付ける魔力があり、禁じられる程、募らせる。
押したい。押したい。
最初にこの欲求を彼が覚えたのは、小学校に入学した直ぐの頃だ。
それが他人と比べて強い物であったかは、比べようがないので分からない。おそらく、ではあったが、大差はなかったはずだ。
「おかしい……」
高校生になった彼は、最近の自分をそう分析した。
同年代の中では中肉中背で、平凡な顔立ちと目立たぬ存在であったが、それは本人にとっては悩むべきところではない。
大多数のモブの一人であって、決して悪い事ないと思っていたから。
「どうした、ボーとして?」
休み時間にクラスメイトから聞かれ、苦笑いで答えた。
「押したいんだ」
「は?」
理解できない顔をされる。
そりゃそうだ。自分でも理解ができない。
「非常ボタン」
「止めておけ」
「だよね」
この歳になって、一時の欲求を満たす為に、後々、後悔する破目になるような真似はしない。理性という歯止めが形成されているのだ。
ぐっと堪える。
というか、非常ボタン一つに、こんなに意思を強く持たないとならないとか、それがもう異常に思えた。
――まだ人の目があるから、堪えられた。でも、もし……。
周囲に人がいない、例えば、放課後の廊下だったりしたら、我慢できただろうか?
普通なら、しねえよ、と言えるのだが、今はその自信が全く持てない。
次の授業がある。もう教室に戻らないと。
いいよ、もっと我慢して、欲求を募らせるんだ――聞こえた気がした。
「え、今、何か言った?」
「はあ?」
クラスメイトが首を傾げ、怪訝な瞳を向けてくる。
小さな嘘をついた事くらいはあるが、悪い事はしていないと言える真面目であり、親から見ればいい子だったろう。
いい子である事が苦痛ではない。強要されてしているのでなければ、それが彼にとっての自然であって、当たり前であればストレスはない。
そんな彼であったのに、最近は酷くストレスを覚えた。
非常ベルだけでなく、バスに乗れば関係ない場所でも降車ボタンを押したくなるし、住宅街を歩けば民家のチャイムを鳴らしたくなった。
でも、それはしちゃいけない事。
だから、我慢する。必死に。
そう、必死に抑えつけないと、やってしまいそうな危うさをこのところ感じていた。
押したい、押したい、押したい、押したい――。頭の中がその切実な程の思いで満ちていく。
――――
会社の同僚に見られる訳でもないから、せっかくなので、今日は高田川と過ごしてみよう。
ちょっとした興味だ。男性として、ではなく、人間的に。
お昼をコンビニに買いに出かける。今は向かっている最中だ。
「ところで、高田川さん、ほら、あの黒い巨人を生身でフッ飛ばしたでしょ? あれって、魔法の力とか?」
「いえ、こう見えても鍛えていたので」
「はい?」
いやいや、戦ってみて解かる。あの真っ黒な巨人となった欲望鬼の力は、きっと世界最強の格闘家でも太刀打ちできないし、重火器を使っても大してダメージを与えるのは難しいと思う。
――謎だらけだわ、高田川さんって。
この歳まで独身なのは、人それぞれ色々とあるのだろうけど、あの力だけは納得できない。
話題を変える。
「ところで、もし、また欲望鬼が現われた時、変身するわけじゃない。あのコスチューム、どうにかならないんですか?」
「ああ、それでしたら、ネオ魔法ランドに申請をあげてあります。多少のデザインの変更と、サイズを七原さんに合せてもらえるように」
「良かった」
動き回るだけで破れるのは勘弁してほしい。
「そうそう、魔法少女の時の名前を決めませんと」
「その前に、魔法……少女っての、何とかならないんですか?」
三十路ですから。
「いくつになっても日本男子と呼ぶのと一緒です。それとも魔法熟女とでも呼ばれたいですか?」
「まだ熟女って歳じゃないわよ! きっと……」
呼び方は保留で。
「それで、魔法少女の時の名前はどうします?」
「名前って言われても」
ただでさえ、あの格好で登場するだけでも恥ずかしいのに、名乗りなんてできる訳がない。
一応、考えてみる。
「プリティとか、もっと年齢が若い方向けですよね」
「悪かったですね、三十で」
「うーん、ビューティとかちょっと昭和臭いですかね?」
「よね」
「先程から、擦れ違う男性の殆どが七原さんの胸ばかり見ていますね」
「…………だから?」
「私よりも明らかに年配の方まで……。リビングバイ×グラとか如何でしょう?」
「それ、セクハラです」
狼狽える高田川であった。会社では彼がそういった言動をしたとか聞いた事がないので、珍しく思えた。
――案外、楽しい人かも。
よく話してみなければ、やはり人となりは分からないものだ。
もう直ぐコンビニに到着する。
お昼は何にしよう? 流石にもう二日酔いも消えて、体調も悪くない。筋肉痛は多少残っていたが、食欲には関係がなかった。
穏やかな日取り。予定していなかった休日とあって、気分はちょっと浮かれ気味。
これまでずっと欲望鬼は現われていなかったわけだし、昨日の今日で、いきなり現われるなんて事はないはずだ。
――でも、たまには出てくれないと、ふふ、一体、十万円か。
ふと気になって聞いた。
「欲望鬼に憑りつかれた人ってどうなるんです?」
「充分に成長した穢れた欲望が欲望鬼となって体から出ると、残念ですがその人間は……」
「ま、まさか、死――」
「いえ、まっとうになります。欲望を取られていくわけですから」
「もう、紛らわしい言い方……」
「いえいえ、持っていかれる欲望って、その人のこだわりだとか、特に興味のある部分なのですよ。それを失えば、大成したかもしれない才能もなくなるのです」
「な、成程……」
でも死なないなら救いはあるか。
欲望鬼そのものは人間とは違うので、倒すのに遠慮いらない。
「よし。それなら、来るなら来い! って、はは――」
ドカンと響く音がして、悲鳴をあげた人々がコンビニから出てきた。
続いて、真っ黒な人型がドスンと大きな足音を立てて現われるのである。
「…………ねえ、あれ」
「欲望鬼ですね」
昨晩の奴ほどはデカくはなかったが、身長で二メートルは超えている。足は太く、胴体は短く、顔がやたら大きくて、裂けるような口で、長い舌が伸びていた。
「舐めたい。ああ、女の子を舐めたい!」
どんな欲望を持っていたか、丸分かりだった。
「さあ、七原さん、ここで直ぐに出会えたのはラッキーです。被害が広がる前に、変身です」
「えー、アレと戦うんですか? 舐めたいとか言ってる……」
生理的に無理。
というか、穢れた欲望って、変態にしか憑りつかないのか。
「アレ一体で十万ですよ」
「速攻で片付けるわ」
「では、魔法のステッキを」
「…………持ってないです」
会話している内にも町は阿鼻叫喚だ。
「どうして? 魔王少女たる者、常に魔法のステッキは携帯しておかないと」
「あ、あんな卑猥な形状の物、持って歩けますか!」
どう見てもディルドだし。それを三十独身女が持っていたら、万が一、それを誰かに見られたら、という理由である。
「く……、仕方ありません。私が取りに行ってきます。七原さんは、奴の気を引いて、被害が広がらないようにしてください」
「え、ちょっと……」
誰かが警察に直ぐに連絡したのか、サイレンの音は聞こえてきた。
うん、任せてみましょう。日本の警察は優秀なはず。
到着した。
二人の警官がパトカーから出て、拳銃を構える。
撃った。拳銃が使われるところ、初めて見た。
あっ、全く効いていない。
そんなんだから、欲望鬼は警官に全く興味を持たずに、雪花を見付けて、寄ってくるのだった。
「ああ、どうして、私、欲望鬼にはモテるのかしら」
こいつも乳しか見てねえし。
警官が叫んでいる。早く逃げなさい、って。
――でも、ここで私が逃げたら、別の女性がターゲットにされるかもしれない。な、舐められるだけなら。
興奮した様子で、欲望鬼が迫り、長く伸びている舌が電柱にぶつかって、それをなぎ倒した。
顔面蒼白である。
「無理! あ、あんなのに舐められたら、死ぬってば。ああん、高田川さん、早く」
スタッと音が聞こえた。
「お待たせしました、七原さん。さあ、貴女の一番大切な物、持ってきましたよ」
状況的に周囲の視線を集めている。警官だけでなく、遠巻きにした住民の方々も。
で、大人の玩具的な形をした物が、渡されるのだった。
「…………」
「大丈夫です。見られて変身しても七原さんとは認識されませんから」
そういう問題ではない。
ステッキを掲げ、上空から一筋の眩い光が差し込んで、一直線に亀頭っぽい先端に当たった。
ステッキが熱くなってきて、震え始め、ビュルッ、ビュピィィッ! どぶどぷぅっ!
先端から白濁色をした何かが噴き上がる。
噴水のように飛び出してきた白濁したそれが、全身を塗れさせると、衣服が光の粒子となって、体から一旦離れるのだ。
刹那、雪花は全裸になった。
おおお――と、本当なら緊迫した状況なのに、男らが歓喜の唸りを発する。
「……」
顔を真っ赤にさせた雪花の周囲を光の粒子が舞い、それは再び肉体に戻り、魔法少女のコスチュームを形成していく。
光の粒子が体にぶつかる衝撃が、甘美な痛みを与え、その刺激が性感と変わっていくと、震える唇が僅かに開き、細めた瞳と色香が倍増すれば、男性も男子も前屈みとなった。
魔法少女、出現。
その瞬間に、人々の意識では、さっきまでそこにいた雪花と魔法少女は別人として認識される。
「さあ、まだ名前のない魔法……しょ、しょ……が、相手をしてあげる」
自分から少女とは言えなかった。
――慣れない。ん? ちょっと涼しくて、軽い?
足元の靴はあって、髪はツインテールで纏められていたが、昨晩とコスチュームが違っていた。
お姫様のドレスっぽい外側が無くて、内の競泳水着っぽい物だけ。
「な、なに、これ!?」
推定Jカップの爆乳が押し付けられる感覚はなかったが、ハイレグはそのまま。けど、問題なのは背中である。ほぼ童貞の殺害を目的にしたような露出で、背中は全て、お尻の谷間の上半分が見えてしまっていた。
尚、魔法少女コスの時は、下着はありません。
「魔法……痴女だ」
警官の一人がボソッと呟いた。
「な……、な、な……、高田川さん、どういう事、これ?」
「どうやら、コスチュームの直しの途中で、間に合わなかったみたいですね」
「だったら、別の――」
「他は全てローティーン以下のサイズでしたから、破れるよりいいのでは?」
「最初から破れているような物なんですけど」
涙目にもなる。
こうなったら、早く終わらせよう。今回の欲望鬼のサイズなら、
「うりゃぁああああ!」
やけくその攻撃での一撃だけで、封印できるだけのダメージを与えられる。
放たれる舌を交わしながら、懐に飛び込んで、バシッと一発お見舞いした。
ドスンと膝を付く欲望鬼を見て、
「よし、封印の舞いを……、七原さん」
「今回はどうするの?」
「両手を後ろに組んで。はい、そこからちょっと上半身を前に傾け……、そこでキッスの顔を!」
めっちゃ、恥ずかしいし、これ、舞いじゃない。
どうにか、封印の儀は完成しました。
「はあ……、せっかくここまで来たけど、一度、何処かに隠れて……」
遠くから見ていた人々からも安堵が感じられ、町は平穏を取り戻す――かと思われた。
「え?」
嫌な気配を感じる。
「七原さん」
「ん……、何か……」
「魔法少女となって、穢れた欲望を敏感に感じ取っているようですね。来ます」
ぶつぶつと呟く声が聞こえ、道を真っ直ぐに歩いて、こちらに近付いてくる影があった。
その異様さは、一般人にも分かったようで、一度緩んだ緊張感が再び、先程以上に高まっていく。
「押したい……。押したい、押したい、押したい、押したい――」
まだ学生の少年のようだった。
「あの子……」
「まだ、穢れた欲望が体に残っているようですね」
「どうすればいいの?」
欲望鬼は人間から独立して顕現した存在だが、人間をステッキで叩けば、撲殺してしまう。
「これ以上、欲望を刺激しないようにして、近付いて、穢れた欲望を引き剥がしましょう」
「できるの、そんな事?」
「マジカル浣腸があります。それをブスッと彼のお尻に差してですね――」
「それ以上、説明しないで」
「とにかく、まずは彼に近付いて。七原さんが、その格好で誘えば、どんな男でもホイホイと付いてきます」
で、連れ込んだ先で、年下の少年に浣腸をするのか。
――思い切り、気乗りしないけど……。
放ってはおけない。
「ね、ねえ、君、ちょっといいかな?」
ぷるんと胸の巨果実を揺らせば、少年の視線はそちらに向けられた。
流石は思春期。興味津々の様子である。
柄じゃないけど、色気で誘えば――。
「ああああ――――ぁああ、押したい!」
「あれ?」
少年の瞳は、乳房の頂にあるポッチを捉えていた。