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三十歳から始める魔法少女  作者: 千夜詠
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引退戦①

 フェチ・ティッツ引退戦発表と同時に行われた特設スタジアム入場券発売は十分で完売。約八万人の来場者にキャンセルはなかった。


 東京湾に浮かんだ巨大なスタジアムは、東京ドーム七個分の広さで、スタンドとグラウンドには魔法の障壁が張られている。これにより、安全な観戦が可能となっていた。


 先に巨大欲望鬼らが入りを果たしており、魔法少女たちが現れるのを待つばかりの状況だ。


 熱気に包まれるスタジアムの中で、観客席の一番高い場所から、欲望大帝は静かに待っている。コートを頭からすっぽりと被り、手錠がされていた。


 はい、逮捕済みです。


 身元はあっさりとバレて、左右は警官に挟まれていた。


「…………」


 特別に観戦が許されただけでも良し。


 その頃、控室では、雪花は逃げ出したい気持ちと戦っていた。


「はぁあああ――」


 外まで聞こえそうな大きな溜息が漏れ、椅子に座りながらガックリと頭を垂れる。


 自分の知らないうちに、決まっていた引退戦。


 雪花が聞かされたのは二日前で、高田川が土下座して頼んできた。


 ――まあ、自分で解決する機会を与えられた、と思えば……。


 恐れたほど世論のフェチ・ティッツへの風当たりは悪くなかったが、それはこれまで欲望鬼が出現しても死者が一人も出ていない事からだろう。


 けどね、百人が支持してくれても、一人からきついお叱りを受けると、その方が胸の突き刺さってしまうものだ。


 非難する方の軽い気持ちは、非難される側には何倍も重く圧し掛かる。


 しかし、それも今日で終わる。


「勝てればね」


 六体もの巨大欲望鬼を相手に、どう勝利すればいいのか。一体だけでもいつもあんなに苦労しているのに。


 今回は、一度に六体を相手にするのではなく、どうやら一対一を繰り返して、一体ずつを撃破するように仕向けたらしい。


 それにのこのこと乗ってきた欲望鬼ら。奴らに知性を求めてはいけない。


 扉が叩かれる。


 返事をすれば、開かれ、恵が顔を見せてくれた。


「雪花ちゃん。えーと、どう、調子は?」


 どう声をかけていいか、迷った挨拶である。


「はは……、元気ですよ、体は……。ん、ごめんなさい、先に引退決めちゃって」


「気にしないで。これまで雪花ちゃんが頑張ってきて、私もいっぱい助けられて。きっと、終わりはいつかは来るものだから」


「ありがとう」


「雪花ちゃんが辞める事で、私も辞めやすくなるし」


 そう微笑んでくれた。


 引き留められたり、怒られても仕方がないと思っていた。


 彼女が一番、自分の悩みを理解してくれている。だから、引退しても、連絡はして、友人でいよう。相談役くらいにはなれるだろう。


「田所くんは来ていないの?」


「さっき、会った。まあ、そのうち、同窓会で会う事もあるでしょう」


「ああ、あっさりだね」


「ん?」


 高田川がやってくる。


 引退戦を頼まれた時には、何を勝手に、とも思ってしまったが、彼がそうしてくれたお陰で、危機的状況をエンターテイメントに変えられたのだ。


 ただ、今回の引退戦で、誰も魔法少女側が敗れるとは考えていない様子で、負けた時にどうなるのか、考えるのが怖い。


「七原さん、今日までお疲れ様でした。今日までは、貴方のマスコットとして、フォローさせて頂きます」


「うん……。あのね、高田川さん、その……、ありがとう」


 高田川の瞳が潤んでいる。しかし、彼は人前では泣かない。


 ここまで、自分の事を真剣に考えてくれた人は家族以外にいただろうか?


 一度は返したステッキが、渡された。


「さあ、伝説を始めましょう」


「伝説?」


「キャンディーズ、山口百恵、長嶋茂雄……、今日、フェチ・ティッツが肩を並べるのです。引退の名言をお願いします」


「は?」


「では、行きますよ。八万の観衆、テレビにライブ配信と全世界が注目していますからね」


 高田川も恵も当たり前のようにグラウンドに向かって、歩き出していった。


「…………ちょっと、待ってぇ!」


 逃げたい気持ちは、無茶ぶりに塗り潰された。


 ――――


 快晴の青空の下、大歓声が東京湾に響き渡った。安全面が確保された事から、上空にヘリが飛びまわり、魔法の花火が打ちあがる。


「ほへぇ……」


 六体の欲望鬼が出現した夜の悲壮感はなく、お祭り気分。何より、驚かされたのは、この洋上スタジアムがたった一日で完成した事だ。


「ほら、しゃんとしてください、七原さん。これから、登場ですよ」


「あ、はい。いやぁ、こんな立派なスタジアム、よく一日で作ったわね」


「一日もかかった、と言うべきでしょうね。魔法を使っても、それだけかかったのですから」


 高田川の言う事に、成程、と納得。


 でもよく考えてみれば、ネオ魔法ランドにそれだけの力があるなら、もっと簡単に欲望鬼を封じ込められたのでは? とか考えてしまった。


 きっと、事情がある。


 だが、その事情はきっととんでもなくくだらない事のように思えて、聞くのは躊躇われた。


「安全面は本当に大丈夫なの?」


「はは、魔法なんて、科学的根拠のない者を政府にどう信じさせたか、なんて、聞かない方がいいですよ」


「こわ!」


 洗脳魔法というのがあるらしいですよ。


 長々と高田川と話している時間はなかった。


 グラウンドへと目を向けると、六体の欲望鬼が、観衆のブーイングを浴びながら、紹介されている。


「――続きまして、フェチ・ティッツの股間に異物をぶち込みたい、巨大欲望鬼D!」


 止めて、その紹介は。子供だって、見てる。


 その後、フェチ・アッス、フェチ・フェイクと登場し、最後にフェチ・ティッツが現われるのだ。


 もう二人にもファンがいて、魔法少女の登場は大いに盛り上がる。


 いよいよ、メインの登場である。


 ピンクに彩られた登場ゲートが開かれ、場内アナウンスが聞こえてくる。


「そして、最後に現われるのは、幾多の苦難を乗り越え、欲望鬼から町を、人々の幸せを守ってきた我らがヒロイン、そのオッパイに、私も顔を埋めたい。初代魔法少女、フェチ・ティッツ!」


 この日、一番盛り上がる瞬間がやってくる。


 ――え、ええと、走ってグランドに出たら、直ぐに変身して……。


 高田川が、背中を押した。


「さあ、いってらっしゃい」


「…………うん、いってきます」


 確かに批判的な意見も多いけど、こんなに大勢の人々が集まって、自分に歓声を送ってくれている。


 これもまた事実であり、認めてくれる人だっているのだ。


 もう少しだけ、頑張ろう。そして、この時、自分はできる事を精一杯頑張ったのだと、後に胸を張るのだ。


 緊張だけじゃない。少しの高揚感と、希望を胸に、雪花は走り、そして眩い光の先へ。


 ゲートを抜け、さあ、変身――。


 欲望鬼同士が殴り合いの喧嘩をしていて、誰も雪花を見ていなかった。


 ――――


 発端は、六体のうち、一体だけがフェチ・ティッツと戦えると説明があったからだ。


 引退試合ではバッターなら一打席のみだったりするが、それと同じである。試合中、ずっと出ているわけではない。


 だから、欲望鬼どもは、自分こそフェチ・ティッツと戦いたいと、言い合いになって、同士打ちを始めたのであった。


「おで、がぁ、フェチ・ティッツとやるぅ!」


「いいや、俺に、任せろぉ!」


 巨人同士の殴り合いに、取っ組み合いは、大迫力であったが、観客は置いてきぼりである。


 で、誰が彼らを止められるのか。


 フェチ・ティッツ(変身済み)は、ポカーンと欲望鬼らを見ていた。


 爆笑している観客もいる。


『七原さん、今のうちに攻撃しちゃってください』


「高田川さん? いいの? 間違いなく、攻撃のチャンスだけど……、ほら、正義のヒロインがこういうせこい真似をしていいのかな?」


『何を今更。そういう戦い方こそ、フェチ・ティッツじゃないですか』


「う……」


 頭を下げた欲望鬼を殴りつけた事はありました。


『こうなったら、三対六の集団戦です。本当は一対一を繰り返して、徐々に盛り上げていく予定でしたが……』


「ああ、天下一武闘会的なの、皆、好きですよね」


『決戦っぽく、派手にやっちゃってください』


 離れた場所で待機していたアッスとフェイクと目で合図して――二人にも担当のマスコットから指示があったようで――魔法少女側から攻撃を開始した。


 今のところ、六体が入り乱れて、自分以外は全て敵と拳を振り続けている。最初から、自分の欲望を満たす事しか頭にはない連中なのだ。


 そこに割って入るのではなく、三人は周囲をぐるっと走って、囲むようにしながら、魔法による遠距離攻撃を行っていく。


 フェイクがマジカル・イージスで欲望鬼らを押して、


 ティッツがマジカル・安全カミソリで削り、


 アッスがマジカル・ガトリングで破壊していく。


 魔法少女から攻撃されている事に欲望鬼らも気付く。


 だが、一体が魔法少女に向かうと、その隙に他の欲望鬼に叩かれてしまう。


 今のところ、魔法の攻撃より、同じ欲望鬼の拳の方が強烈だから、先にそちらを対処するしかないのだ。


 よって、魔法少女らは、攻撃を受けることなく、一方的に攻めていく。


 ――まさか、高田川さん、ここまで計算して?


 流石にそれはない、と心の中で苦笑いをしながら、このまま終わってくれれば、とも考えた。


 観客はちょっと不満そうだ。


 これが街中での事件であったら、早く片付いてくれた方が安心できよう。だが、安全が確保された半分エンターテイメントと化した場所では興醒めだ。


 しかし、誰が何と言おうと、このまま終わらせたい。ピンチなしで済む。これに越した事はないのだ。


「ふえええ、ちょ、ちょっと休憩します」


 アッスが魔法を使い過ぎて、コスチュームが虫食いの、肌の露出が増えてきてしまっている。メイド服のようなアッスのコスチュームの裾丈が、極端に短くなって、お尻が丸見えになってきた。


 真っ赤になって、グラウンドの端に逃げるアッス。そこで魔力の回復を待つ。男性の観客の視線を一身に集めていた。


「ぼ、僕も精神的に立て直す時間が……」


 フェイクの場合、攻撃が地味過ぎて、ヤジが入りだしていた。中身が男だとばれているから、それを揶揄う声が大きい。女装趣味のない彼にとっては、耐え難い恥ずかしさとも戦っているのだ。


「うわ、二人とも……」


 二人が離脱。


 ただ、フェチ・ティッツだけは元気であり、まだまだ魔力も充分に残っている。


 だから、二人が戻ってくるまでは、欲望鬼の回復がされない程度に攻撃を繰り返すつもりでいたが、


『七原さん、ここは、派手に決めてください』


 リクエストがされてしまった。


「派手にって、言われても……」


 遠距離からの攻撃となると、マジカル安全カミソリくらいしか使えない。


 けど、どうせこれで最後なのだし、試してみてもいいだろう。以前から、考えていた応用した攻撃方法がある。


 ――えーと、じゃあ、とにかく、いっぱい、魔法のカミソリを大量に出して……。


 これまでの中で、最大数を顕現させて、それを回転させていく。


 コントロールに直ぐに慣れてくると、どんどんと回転速度を速めていって、


「よし、これなら……、いけ、マジカル安全カミソリ・トルネード!」


 安直なネーミングであったが、光の刃のハリケーンが、取っ組み合っている欲望鬼らを飲み込んで、巨体を切り刻んでいく。


 これで一気に封印の儀ができるまで、奴らの質量が削れれば、その後は引退のセレモニーが待つばかりだ。


 ――はあ、これで、やっと終わるのね。やっぱ、魔法少女はなるものじゃなくて、日朝に見ている方がいいわ。


 その時、フェチ・ティッツは思い出した。


「あ、挨拶、どうしよう」


 名言なんて、考えていない。


 というか、気の利いた事がとても自分に言えるとは思えなかった。


 途端にプレッシャーが襲い掛かる。同時に、魔法の制御ができなくなって、光のカミソリが全て消えてしまった。


「あわわ、ね、ねえ、これくらいダメージを与えたら、もう封印の儀に入っていいんじゃない?」


『いえ、まだです。それより――』


 高田川の緊迫した声のトーンに、ハッと欲望鬼らを見た。


 殴り合ってクロスカンター状態になっていた二体が、溶けて融合していく。拳が相手の顔に減り込んで、そのまま一つになっていくのだ。


「え!?」


 二体が一体になると、漆黒の体が金属のように硬くなったように見える。


 ――合体して、変化したの?


 奴は見下ろす。叩き合って、共倒れになって二体がいて、それに触れると、また一つに溶け合っていくのだ。


 何事かとざわつくスタンドであったが、もう気付いた者もいただろう。


 ボス戦王道の形態変化。


 四体分の力を得たそいつが残りの二体も取り込んでいく。


 客席は盛り上がり、フェチ・ティッツがどう立ち向かうのかに注目は移った。


「嘘……でしょ」


 大きさは、元の一体分と変わらないが、形状がまるで違った。


 赤黒い肉体は、金属の鎧か、甲虫のような肌となり、節足の関節に悪魔のような顔を見せてくる。


 そして吠える。


 グオオオオオオオ――――ッ!


「フェチ・ティッツを肉便器にしたいんじゃぁ!」


 強烈な欲望が突き刺さってきて、フェチ・ティッツの体が金縛りになってように動かなくなる。


 巨体から見下ろされた。


 血が燃えるような赤い瞳に捉えられ、フェチ・ティッツは漏らした。

読んでくださる皆様、いつもありがとうございます。


次回の更新を最終と考えております。

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