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三十歳から始める魔法少女  作者: 千夜詠
15/17

フェチ・ティッツ③

 巨大な欲望鬼の出現は、初めて観測されて以来であろうか。


 大きな違いはその数だ。


 六体。これまで短い間隔での出現はあったが、一度に複数体というものはなかった。


 深夜の都心に咆哮が響き渡る。


「フェチ・ティイイイイイぃイイぃッッツ!」


 自分勝手な欲求をただ一人に向けて、思い通りにいかない苛立ちをぶつけるように、暴れ始めた。

その巨体が歩くだけで地が揺れ、道行く人々を踏み付けそうになる。拳が振られれば、ビルを抉り、コンクリート片が大量に落ちてきた。


 自衛隊のヘリが奴らを照らす。報道は規制され、今回ばかりはドローンを飛ばす事も許されない。


 さながら、怪獣映画のような状況だ。


『ご覧ください。六体もの巨大な欲望鬼の出現で、街は騒然としております。その姿はまるで、欲望を肥大させた人間そのもの。新宿南口を中心に――』


 遠方のビルからの映像か。レポーターが緊迫感のある様子で、喋り続けていた。


 真っ暗な部屋の中で、膝を抱えながら雪花はテレビを消す。


「うう……、もう嫌ぁ……、絶対に批判されてるぅ」


 欲望鬼は勝手に自分に変態的な想いを募らせているだけなのだが、世間一般はフェチ・ティッツが悪いと決めつけてくるはずだ。


 ――私はもう辞めたんだから……。そう、もう魔法少女じゃなくて、ただのOLの七原雪花。


 こうなったら、自分も一般市民側になって、フェチ・ティッツをぼろくそに批判してやろうか。


「虚しい……」


 分かっている。


 ただ、怖がっているだけなのだ。


 怖がってはいけないの?


 それが普通のはずなのに。


 誰かに解かって欲しい。


「もう……、魔法のステッキもないし……。仕方ない……よね」


 ただ膝を抱えるしかできる事がなかった。


 ――――


 複数体の欲望鬼が一度に現われるという事態に、恵は慌てている。連絡を受けて、急行したものの、変身してから呆然となった。


「これ……、どうにもならないんじゃ……」


 正直、逃げだしたいが、社会人であり日本人である彼女の性か、請けた仕事を投げ出す事はできなかった。


 例えば二人しか販売員がいなくても、厨房を一人で回さなくてはならなくても、客が来たら対応するしかない。


 それでクレームを言われる理不尽さを、全国の販売系の職種の皆は解かってくれるだろう。辛い。


『メグ叔母さん、今、ネオ魔法ランドから連絡があって、とにかく、被害を出さないようにだけ気をつけて。チャンスがあったら、攻撃して欲しいらしいけど……』


「うう、無茶を言わないで……」


 攻撃できるチャンスなんて、ありはしない。


 しかし、周辺に残っている人々の避難が済むまでは、どうにか時間を稼ぐ必要があるのは確かだ。


 どんなに頑張っても、一人でも死人が出たら、賠償とか言いだす者まで出てくるのは予測できる。やはり理不尽だ。


 ――それにしても今回の欲望鬼って、変?


 巨大な欲望鬼は、初めて現われた時に前例があるからまだ分かる。


 ただ、六体とも同じ形状なのだ。


 巨人型。蟲の王の集団を薙ぎ払いそうな見た目で、空洞のような瞳と口をしている。


 主張は皆、フェチ・ティッツ関係の事ばかりを口にして、その動きは――、


「うおおお、フェチ・ティッツ、早く来いぃ!」


「フェチ・ティッツじゃなきゃヤダぁ!」


 と、駄々を捏ね始めた。


 出現位置から、数歩程度しか移動していなくて、ちょっと暴れてビルを壊しても、下に人がいない場所だけ。


「…………ねえ、これ、かえって攻撃しない方がよくない? うわ!?」


 幹線道路に仰向けになって、手足をジタバタとさせる欲望鬼。その振動が大地震のように足元に伝ってきた。


「ああん、本当に、ただの駄々っ子じゃない」


 肝心のフェチ・ティッツはいない。


 彼女の決断は理解できる。自分だって、辞めたいと思うのだから。


 はあ、と溜息をつき、欲望鬼らを宥めに向かうフェチ・アッスだった。


 ――――


 佳弥はとりあえず、欲望鬼の一体に説教を始めた。ビルの屋上から、真正面に感情のまるで読めない欲望鬼の顔を見詰める。


「なあ、どうして、そんなにフェチ・ティッツに拘る? それは本当に、君が求める最高の事なのか?」


 まるで古いRPGのNPCのように、欲望鬼は繰り返す。


「フェチ・ティッツを全裸にしたい。したい。したい」


「じょ、女性の裸体に興味があるのは理解できるぞ。うん、先生だって、そうだ。毎日、ドキドキしている。あっ、いや、生徒にそんな……。だ、だが、その欲望は強引に叶えるものじゃない。いいか、意中の女性には、誠意をもって接し、交際を申し込み、そのうえで、合意があって、初めて裸体を見せてもらえるものだ。相手の気持ちを無視して、自分の欲求だけをぶつけてはいけないぞ」


 寧々亜の呆れた声が聞こえてきた。


『うわぁ、彼女無し、童貞が言っても、説得力ねえっての』


「う、五月蠅いぞ、立浪」


『んじゃ、先生、説得力が出るように、寧々亜の裸見たいって、お願いしてみて』


「ふざけている場合か。ま、まったく……」


 正面の欲望鬼に視線を戻した。


 いなかった。


「ぐ……、お前まで、無視する気か!」


『先生……、どんまい』


 教室で覚えたトラウマに泣かされそうだ。


 ――――


 会見を開いたホテルの一室で、高田川はローリー馬塲と共に、情報を収集していた。


 フェチ・ティッツ引退に関する情報を発していた時に、彼女を名指しする欲望を口にする欲望鬼らが六体も出現した。因果関係を勘ぐらずにはいられない。


「荒れてますね、ネットも」


「全て無視よ。高田川、七原雪花はどうしている?」


 パソコンのモニターから視線を外さないまま、高田川は答えた。


「もう一緒に住んではいないので……。ですが……」


「想像はつくか」


「ええ……。彼女は、気が強いという訳ではないのですよ。ただ、責任感が強いというか、自分の我を通すのが苦手というか……。そんな彼女が、今回ばかりは、自分から魔法少女を辞めると言ってきた」


「責任感が強いから、じゃないの?」


「…………はい、その通りです」


 解かっているのだ。


 七原雪花が魔法少女を辞める理由は、自分の都合なんかじゃない。欲望鬼が出現する原因が自分にあるのだと考えたから。


「だが、おかしいとは思わない?」


「七原さんは――」


「そうじゃない。最近の欲望鬼どもが、よ。偏り過ぎている」


「それは……、確かに」


 同居していた高田川が最も雪花の魅力を知っている。


 明るく見せながら、落ち込みやすくて、悩んでいるようで、直ぐに開き直る事もできて、身だしなみには気を使っているのに、見えない部分がズボラであったり。


 だが、それを知っているのは、素の七原雪花という女性をよく知っている者だけ。


 魔法少女フェチ・ティッツとしてしか、世間は知らない。


 確かにそれだけも充分の魅力的であろう。


 認知しきれない顔は、かえって想像力で保管され、より美化されてしまったのかもしれない。


 だが、そこに関しては、高田川は断言できる。


 雪花本来の顔の方が絶対に美人だ、と。


 それに魔法少女という特別感はあっても、世に魅力的な女性は大勢いる。フェチ・ティッツに対する欲望を持つ者だけが、何故、六体も欲望鬼を出現させたのか?


「うん……、間違いない。こいつら、統制が取れた動きをしている」


「統制?」


「ます、フェチ・ティッツを強く求めるような行動をしているが、どいつもそこに留まっている。普通は探し回るものでしょ」


「待っているのでは?」


「そう、待っている。だけど、欲望に突き動かされる者が、じっとしていられるものなの。こいつらは、いったい……」


 以前には出現したけど、その場に留まった欲望鬼もいる。ただそれは、途中で欲望を刺激する物、あるいは者がなくなったからだ。


 奴らはずっとフェチ・ティッツの名を呼んで、それはまるで、街を人質に誘っているように見えた。


 同時に出現。ここにも統制を感じる。


「何者かが、制御している?」


 ボソッと高田川が呟いた。


「それだ!」


「ちょ、ちょっと待ってください。欲望鬼をコントロールして、意のままに操るなんて」


「分からないけど、それしか解はない。もしもそんな奴がいるなら……、近くで報道もできない状況で、奴らの動きを確認するなら、近くにいるわね、そいつ」


 高田川が立ちあがる。


「私が、探してきます」


 部屋を飛び出していく高田川。


 疾風のような人間離れした速さに、ローリー馬塲は――なんであいつ、自分で欲望鬼と戦わないのよ――と思うのだった。


 ――――


 田原山猛一郎、七十六歳。下半身、現役。


 年齢と共に衰える欲望。それを自覚したのは、穢れた欲望が彼に入り込んだ時だった。


 自分の中に、何かがいる――穢れた欲望を宿して、感じ取れる者は極少数であるが、彼はそれに該当した。


 欲望鬼出現の事件が報道されるようになって、猛一郎は自分の中にいるそれがどんな存在かを知る。


 だが、育つ気配はなく、そのまま墓まで持っていくつもりでいた。


 ところが、彼女との出会いが、大きく変える。


 魔法少女フェチ・ティッツ。彼女がとある学校で欲望鬼を倒したその時、猛一郎は外から見ていたのだ。


 そして、彼女の腋に生い茂る物を目の当たりにしたその時、股間を膨らませ、昇天した。


 いや、死んではいないが、天女を見たかのような衝撃だった。


 彼は震えながら呟いている。


「何という、卑しい女じゃ!」


 人生で最大の興奮を覚えた猛一郎は、自分の中の穢れた欲望が急速に育っていくのを感じた。


 ネオ魔法ランドの開示した情報から、このままでは自分の胸に灯った欲望の炎が、欲望鬼の顕現と共に抜けてしまう事を知る。


 嫌だ。


 この若々しい滾りが消えてしまうのは、もう嫌だ。


 穢れた欲望はどんどんと育ち、時間の問題となっていく。


 ある時、猛一郎は自分の中の穢れた欲望に話しかけた。


「おい、お前さん、どうだ、このまま儂の中にいてはくれんか。出ていく必要はないだろう。お前さんのしたい事は、儂のしたい事でもある。そうだ、儂がお前さんの代わりに、いや、お前さんと一緒に、それを成そう」


 彼らは話し合った。語り合った。親友のように。


 そして、一つになる。


 欲望鬼になるはずであったものは、そのまま猛一郎の中に残り、力を貸した。


 欲望のままに暴走して行動する鬼に、理性が融合し、彼は欲望鬼らの王、欲望大帝となったのだ。


 猛一郎には見える。誰の中に穢れた欲望が入り込んでいるか。


 ネットでフェチ・ティッツのファンを集め、オフ会で宿主を見付けると、巧みに唆した。


 フェチ・ティッツへの欲望を駆り立て、それを膨らませ、穢れた欲望の成長を促し、同時に支配していったのである。


 準備は整い、時を同じくしてフェチ・ティッツ引退が噂されだした。


 今しかない。


 ラインの交換をしていた穢れた欲望の所持者らに、秘蔵のフェチ・ティッツが自分で自分の陰毛を抜く瞬間を捉えた画像を送りつけると、一斉に顕現したのだ。


 ビルの屋上から、猛一郎は六体の欲望鬼らを確認している。


「さあ、もっと主張しろ。フェチ・ティッツが現われるまで、この狂乱は続くのだと、教えてやれ!」


 白髪の膝もプルプルした老人が、入れ歯が飛び出しそうに叫んだ。


「見付けました」


 跳躍してきた誰かが、背後に降り立った。


 落ち着いたまま、振り返らずに猛一郎は答える。


「ほう、こんなに早く儂の存在に気付かれるとは……。ネオ魔法ランドの関係者かね」


「私は、魔法少女フェチ・ティッツのマスコット……だった者です」


「だった……か。本当にフェチ・ティッツは引退してしまうのか。儂は欲望大帝、この人間の世界にあって、欲望鬼を統べる存在」


 フェチ・ティッツの引退が本当であったと知り、欲望大帝は拳を握り締めた。


「欲望大帝?」


「どうでもいい。フェチ・ティッツがいないのであれば、こんな世界に意味はない。そう、儂にとって、彼女こそが全て。フェチ・ティッツを十字架に磔にして、ねっとりと眺めながら、熱燗を頂くのが、儂の夢なんじゃ!」


 変態と罵るがいい。


「いいでしょう。一つ、提案があります」


「提案じゃと?」


「フェチ・ティッツは引退します。それは彼女が決めた事。私が引き止める事はできない。だが、リアルに飛び出した初代魔法少女の引退にしては、このままでは寂し過ぎる」


「うーむ、確かに」


「そこで、私は、フェチ・ティッツの引退戦を提案します」


「引退戦!?」


 何という心躍るフレーズか。


「場所を用意するべきかと」


「確かに。東京ドーム……では、狭いか」


「東京湾にネオ魔法ランドが場所を用意します。それまで、欲望鬼らを邪魔にならない場所に移動させてはもらえませんか?」


「いつまでも待てんぞ」


「三日を頂きたい。それまでに、告知、準備を済ませ、そしてフェチ・ティッツを説得します」


 欲望大帝は振り返った。


 そこには、覚悟を決め、強き意志を持つ男の顔があったのだ。


「ふははは、よかろう。その提案、乗ってやろうではないか」


「では、連絡するのに、連絡先を……」


「うむ」


 あっさり、個人情報を教えてしまう欲望大帝であった。

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