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三十歳から始める魔法少女  作者: 千夜詠
12/17

同居

 玄関の扉を開けた途端、田所佳弥の鼓動がドキッと跳ねた。


 見慣れた教え子の顔がある。大きな荷物を抱え、ドアの向こうで立っていた。


「んじゃ、先生、今日から宜しくね」


 立浪寧々亜の私服姿は初めて見る。ヒョウ柄のボディコンとか、趣味が微妙だ。


「ああ、宜しくって、何だ?」


「ん? 今日から一緒に暮らすって……、言ってなかったっけ?」


「はあ?」


 そのまま部屋に入ってくる寧々亜。六畳一間のフローリングで、如何にも男の一人暮らしといったここに女子高生が入り込んでくる。


 童貞はそれだけ勃起しそうだ。


 ポカーンとしてしまった佳弥であったが、ハッと慌てて六畳間に飛び込んでいく。


「おおっ、結構綺麗にしてるじゃん、って、思ったけど、やっぱ、あるんだ、こういうの」


 ニヤニヤと笑う褐色の顔があった。


 AVのディスクを持って、もうこちらのマウントを取ったような表情である。


「が、学生がそんな物を持ってはいかん」


「そんなんで、誤魔化せると思ってんの? へえ、爆乳JKと変態エッチ三泊四日……、いけないんだ、教師が、こんなの。ねえ、そんな目であたしらを見てたんだ」


「いや、それは……、作り物はあくまで……」


「けどぉ、興味あるんだ。へぇ……。ねえ、他にもある?」


「いや、それは……」


「白状しないとぉ、皆にばらしちゃおうかなぁ」


「ぐ……」


 泣く泣く、指を差せば、テレビ下の棚を寧々亜が開けた。


「あった、あったぁ……、爆乳OL、爆乳OL,爆乳OL……って、うわぁ、趣味丸分かり……。ぐっ、この女優、ちょっとフェチ・ティッツに似てる。ん……、この奥は……」


「ま、待て、そっちは――」


「…………」


 緊縛スカトロ物があった。


「そ、それはだな……、悪友が置いていって……」


「変態……」


 終わった。教師生命が終わった。


「そ、それより、どうして、急にやってきたんだ」


 話題を変えなくては。


「だから、マスコットと魔法少女って、いつも一緒にいるものだから、今日からあたし、ここで先生と一緒に暮らすんだって」


「はあ? って、こら、勝手にディスクを入れて――」


 リモコンで、操作をし始める寧々亜がいる。


「で、先生、ベッドは一つ?」


 テレビのモニターには、教師役の男優が、JK役の女優をベッドでバックから突き込んでいる場面が映し出されていた。


「一つだが……」


「んじゃ、寝る時は一緒かぁ」


 喘ぎ声がテレビから聞こえてくる。


『ああん、先生っ、あ、あんっ、あんっ。あっ、あっ、あっ……』


 どうにか抑えていた股間が反応しきって、膨らませてしまった。


「僕が床で寝る。って、一緒に暮らすと言っていないぞ」


「一緒に暮らすのは確定なんだって。そういう決まりなんだしさ」


「まずいだろ! 教師と教え子なんだぞ」


「セックスではあたしが教師だったりして」


「揶揄うのもいい加減に――、ん? ちょっと待て。マスコットと魔法少女は一緒に暮らすのなら、七原さんも誰かと一緒に……」


 寧々亜がムッとした顔をした。


「そうだよ。確か、五十を超えたおっさんと一緒に住んでるはず」


「な――」


「あのエロい体した美人だし、姦ってんじゃないの? あっ、不倫かな。確か、高田川のおじさんって、独身? 先生と同じ童貞だったりして。ん? 先生?」


 放心状態になっていた。


「七原さんが、おっさんと同居……」


「気になるなら、見にいく?」


「い、いや、それは……」


 呆れたような溜息が聞こえた。


「ヘタレ……。そんなんだから、顔はいいけど、童貞なんだよ。まっ、先生らしいけど……」


「童貞は余計だ」


 テレビではまだAVが流れている。


 視線をモニターから外して、下に向けると、寧々亜が無防備に胡坐を掻いているから、下着が丸見えだ。こちらもヒョウ柄で、股間に食い込んでいる。


 真っ赤になって、慌てて、顔を背けると、


「ん? ああ、これ……、先生、見たぁ?」


「み、見てない」


「膨らませている癖に。いいんだよ、先生だったら」


 何がいいんだ!?


「と、とにかく、ホントにここにいる気か?」


「うん。決まりだから。あっ、うちの親の事とか気にしなくていいから。許可取ってるし、何かあったら、責任取ってくれる先生だからって、言ってある」


「何も起きん!」


「んじゃ、いいじゃん。ここで、暮らすからね」


 悪戯に笑う寧々亜だった。


 ――――


 朝食の準備を終えて、甥っ子を起こそうとキッチンから出ると、彼の姿が見えた。


 バスルームへと入っていった。


 不思議に思って、恵も向かい、そっと覗いてみる。


 浴室で桶に水を入れているのだ。


「何してんの、綺羅ちゃん?」


 途端に、ビクッと少年の体が震える。手に何かを持っているのが分かった。


「メ、メグ叔母さん……。何でもないんだ」


「何でもない事ないでしょ。ちょっと、見せて」


「いや、これは……」


「洗濯しようとしてたんでしょ。いいから、遠慮せずに洗濯機で洗えばいいのに。私のと一緒に洗うから」


 素早く取り上げてみた。ヌチャっとした物が掌につく。


「ああ……」


 真っ赤になった綺羅がいる。


「…………っ!?」


 取り上げた物を見て、恵も赤くなった。


 子供の下着くらいで、そんな反応もおかしいのだが、手に付いた物の正体に気付いてしまった。


 ――嘘っ、綺羅ちゃんの歳で……、ええと、早いの? それとも今の子って、これくらいで普通なの?


 白くヌルヌルとしたそれの独特の臭いで間違いない。


 綺羅が夢精したのだ。


 真っ赤な顔を俯かせている美少年がいる。


「あ……」


 ――やばい。キュンキュンしちゃう。ダメ……。ダメだって、甥っ子なんだし。って、何がダメなのぉ! 私の馬鹿ぁ!


 落ち着こう。


 しかし、こんな時にどう接したらいいのか? 男の兄弟はいなかったし、こんな時に旦那がいてくれたら、上手く言ってくれただろうか?


「え、えーとね。何も恥ずかしい事じゃないのよ。初めてかな、こんな事は?」


「うん……」


 甥っ子の精通の朝に遭遇。夫は長期出張中。欲求不満気味の三十代の女。


 ――いやぁっ、ダメだってば、甥っ子をそんなエッチな目でみたら。


 もう一度、落ち着こうと試みる。


「綺羅ちゃんが大人になった証拠だってば。大丈夫、男の子は皆、こうやって成長していくんだから。これも、私が綺麗にしておくからね」


「うん……」


「多分、これからもあると思うから、そうしたら、気にせずに言ってね」


「は、恥ずかしいよ」


 どう言ったらいいのか。


 ――私が嫌がったり、綺羅ちゃんを気持ち悪く思っていないって、伝えればいいのかしら?


 ちょっと大袈裟に言って、安心させよう。


「私、むしろ、興奮するから」


「え?」


 ――何を言ったの、私? え? え? えええっ!?


 脳が思い出すのを拒否している。


「と、とにかく、こんなの普通だから、私が洗っておくからね」


「あ、うん……」


「はい、この話はこれでお仕舞。じゃあ、朝ごはんを食べよう」


 これから思春期に入っていく少年にどう接したらいいのか、この戸惑いは始まったばかりである。


 ――それより、綺羅ちゃん、どんなエッチな夢で夢精したのかな? ああん、気になる。


 無意識に綺羅のパンツをポケットに入れてしまう恵であった。


 ――――


 雪花がトイレから出て、ジャスト五分、高田川がトイレに向かう。


 その間に雪花はパジャマから部屋着へと着替える。今日は休日で、出かけてもコンビニまでの予定でいたから、上下スウェットで済ますのだ。


 丁度、着終えた頃に高田川がトイレから出てきて、自然に朝食を頂く。今朝の当番は雪花だったから、簡単にトーストとスクランブルエッグ。そして、珈琲が淹れられる。


「今朝はやっぱりMVPの話題ばかりですね」


「そうね」


「チャンネル変えます? あっ、好きでしたよね」


「うん。カッコいい。あっ、顔とかじゃなくて、生きざま?」


「はあ。七原さんらしいですね」


 全く、普通の会話。


 午前中は休日にしかできない事を。即ち、溜まった洗濯物の処理から、掃除である。


 おじさんの下着も自分のそれも一緒に洗濯機に入れた。


 ええ、全く気にしませんとも。だって、二回洗う方が面倒だもの。


 そりゃあ、最初の頃は意識しましたけどね。何というか、思春期も過ぎた娘的な。高田川さんも二人目のお父さん的な。


 いずれ結婚した時、義父の下着を気にしていたら、そっちの方が気まずいでしょ。


 世の他の女性はどうなんだろう?


 特に決めていなかったけど、高田川が掃除機をかけている。


 もうなんか、普通の生活です。


 そう、二人は同居のベテラン。達人になっていた。


 ここまで至るまでには、色々と乗り越えなくてはならない課題もあった。


「あっ、高田川さん、アレした後のティッシュ、トイレには流さないでくださいね」


「あ、ああ、いやぁ、あれ、水に溶けるやつで……」


「えっ、くっつきません?」


「まあ……」


 下の話も平気になった。


 どうなのそれ? と思うでしょうが、こういうのは、変に隠したりして意識すると息が詰まります。


 偶然、見ちゃった事があったんです、以前に。


 ですが、考えました。


 明日は我が身、と。


 女にだって、私にだって、性欲はあるの!


 なので、高田川さんの事を男性だと考えないようにしたのです。女同士位の気持ちなら、下ネタだって平気です。


 高田川さんが、どう考えているか、までは知りません。向こうが勝手に興奮しようが、襲ってこないのですから関係ありません。


「お昼、何にします?」


「じゃあ、これ、頼みませんか?」


 スマホを見せてくる高田川。


「巨大ソーセージ弁当?」


「うちの会社の社長秘書にフェチ・ティッツのコスプレをさせてみた、の第二弾で、これを食べているところをですね……」


「あー、何となく、狙いが……。あと、わざわざコスプレする必要ありますか?」


「変身すると、顔がぼやけますので」


「いいですけど……胸元のカットが多すぎませんか?」


「お願いします。二割、いえ、収入の三割をお渡ししますから」


「五割」


「三割プラス家賃で」


 手を打った。


「腋の下、写さないでくださいね」


「ああ、社長から剃るの禁止にされたんですよね」


「あのちびっ子……、理由は何だと思います? 面白いから、ですよ。く……」


「アレのファンも多いですから」


「処理した方が、ファンが増える気がするんですけど」


 世間では、フェチ・アッスが一般男性の人気が高く、ファチ・ティッツはマニア向けとか言われているらしい。


 撮影と昼食の後は、それぞれが好きに過ごす。


 もはや、空気。


 慣れもあるのだろうが、高田川の醸し出す雰囲気が、楽なのだ。


「七原さん、珈琲飲みますか?」


「うん」


 いい時間帯で、お茶とお菓子を出してくれるし。


 雪花はふと思った。


 あっ、これ、婚期遅れる――と。


 ――――


 昼間からカーテンを閉め切った部屋で、彼はいた。モニターの灯りだけが、彼の顔を照らしている。


「ハァ、ハァ、社長秘書、エロぉ……。こ、この胸の谷間の黒子……」


 一度、停止して、魔法少女フェチ・ティッツの動画を確認した。


「完全に一致……」


 似せるのがコスプレだが、こんな際どい部分の黒子まで再現するだろうか?


 再現度高い、というコメントは多いのだが、これに一体何人が気付いているのか。


 魔法少女フェチ・ティッツ。欲望を殲滅する者にして、欲望を刺激する存在。


 我らの敵にして、我らが崇めるべき存在。


「くく……、この女を利用すれば、多くの男から欲望を引き出し、同胞を増やす事も可能。そう、我が名は欲望大帝。欲望をこの身に宿したまま鬼の王となった者」


 漆黒のオーラが全身から漏れ出た。


 ドンドンと扉が叩かれた。


「おじいちゃん、ご飯ですよ」


「ふぁあい。よしこさん、晩のオカズはなんじゃったかの?」


「ちらし寿司にしてみましたけど」


 大帝は入れ歯をセットしなおした。

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