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不思議な犬

作者: つらら

そいつは、


じっとしていた


「どこから来た?」


答えもせず、そいつはクビを傾げ裕を見ている


「答えるわけ無いか」


一人喋ってる自分が馬鹿みたいだった


茶色の柴犬だった


首輪はしてなかった


いつからここに居るのか


どこから来たのか考えてみても解らなかった


家の鍵を出す裕を、そいつは黙って見ている


ドアを開け、中に入ろうとした裕に、そいつはついて来た


「おい、入って来るつもりか?」


裕が言うと、そいつはまたクビを傾げ裕を見た


「俺は犬好きじゃないんだよ」


そいつは裕を見つめたままだった


「参ったなぁ」


「腹減ってるのか?」


答えるかわりに、そいつはドアが閉まらないように座ってしまった



「しょうがないなぁ」


犬嫌いだといえ蹴飛ばすわけにもいかず

昨日買ったパンがあるのを思い出しキッチンに向かった


パンを手に玄関に戻ると、そいつは、ちゃんと待っていた


「これ、食べたら出て行けよ」


一人喋ってる自分が、また馬鹿らしくなった


一度裕を見てから、そいつはパンを食べ始めた


前脚でパンを押さえ食べている


裕は黙って見ていた


そして食べ終わった、そいつは出ていくどころか中に入って来てしまった

ため息が出たが、そのうち出て行くと思いドアを開けたままにして、裕はリビングに行った


静まり返ったリビングは散らかったままだった


一人の生活は気楽と孤独が同居していた


突然のリストラにあい、妻と言い争いをしてしまった

自暴自棄になり、やけ酒を飲み続けた


その結果、妻は息子を連れ実家に帰ってしまった

それからは、時が止まってしまった家だった




リビングを出て二階に上がろうとした裕を黙って、そいつは見ていた


「陽が暮れる前に出て行ってくれよ」


そいつは、またクビを傾げ裕を見つめていた



上着を脱ぎベッドに横たわると知らぬ間に眠ってしまった



もうすぐ、陽が暮れようとしていた









息子が走っていた


裕の前を走っていた

息子の横には、茶色の柴犬がいた

時折、柴犬に視線をやりながら息子は走っていた

柴犬は息子の足に寄り添うように、息子が走る速度に合わせて走っていた

裕が追いつきそうになったとき、、目が覚めた




陽が暮れてしまっていた

階段を下りながら玄関を見たら、そいつはいなかった


犬嫌いなくせに、いなくなったと思うと何だか少し寂しくなった


灯が消えた家に居ると、人恋しくなったのだろう


「あいつは人じゃ無かった」


自分の言ったことが可笑しくて笑っていた


玄関のドアを閉めるとき外を見たが、やっぱりあいつはいなかった




リビングに入り電気を点けた裕は、びっくりして声をあげるところだった



そいつは、ソファーにいた


ずっと前から、ここに住んでいたかのように


ごく自然に座っていた


裕と目が合うと、そいつはソファーのはじに移動した


「横に座れと言う意味か」


律儀な仕草に、裕は参ってしまった


少しためらったが、横に座った



裕が横に座ると、そいつは安心したように前脚に顎を乗せ目を閉じてしまった





子供の頃近所にいた犬に咬まれたことがあった


悪さをしたわけでは無い


頭を撫でようとした裕の手を、そいつはいきなり噛んだ


咄嗟に手を引いた裕は、尻餅をついた

指先が少し痛かったが、血は出てなかった


犬は吠え、裕は走って逃げていた



それ以来、犬は苦手だった

息子が犬を飼いたいと言ったときも反対した


咬まれたということを忘れられずにいた


恨めし気な息子の顔を思い出していた




咬まれた記憶が蘇り裕は少し緊張していた


そっと横を見たが柴犬は目を閉じたままだった



どこから来たのか、


不思議な犬だった






大人しいので追い立てるわけにもいかず、裕はそっとしておいた


ここに居たければそれも構わない、咬みさえしなければ、、、


そいつは、住み慣れた我が家のように自然に振る舞っていた


まだ撫でる勇気は無かった




翌朝、裕は散歩に行く気になった

独りになってから、そんな気持ちになったことが無かったが、そいつがそうさせたのかも知れない



玄関を出ようとすると、そいつは、ちゃんとついて来る


歩き出した裕の少し前をそいつは歩いた


(俺が散歩して貰ってるみたいだな)


前を行く、そいつを見ながら裕は可笑しくなった




早朝の公園には誰もいなかった

リストラにあう前は息子とよく来た公園だった


裕は虚ろな目でブランコを見ていた


息子がブランコに乗り、自分が押していた


ついこないだのことなのに遠い過去のようだった


そんな裕を、そいつはじっと見ていた

相変わらずクビを傾けて裕を見ていた




ベンチで煙草を吸い帰ろうとした裕にそいつは、ちゃんとついて来る


他人が見たらずっと裕に飼われているように見えるだろう


「パン一切れで、、律儀な犬だ」


裕はまた可笑しくなった




孤独が支配していた家にぼんやりと灯がともり始めた気がした









久しぶりに掃除をする気になった


部屋中の窓を開け、澱んでいた空気を押し出した

掃除機をかけ洗濯もした

その間、そいつは玄関に逃げていた


邪魔にならないように、ちゃんと気を使っているようだった



一息つき、心地よい疲れの中珈琲を飲んだ


掃除が終わったのが分かったのかソファーの端の定位置に、そいつは戻って来ていた



ずっと居るなら名前をつけるか



柴犬だから、、、、シバでいいか?


答えるはずのない、そいつを見て言った




「シバ!」




前脚に顎をのせた、いつもの恰好のそいつが呟いた、、、気がした




(単純な名前だね)




そう言われるとそうだ


センスの欠片もない



「分かりやすくていいだろ強そうだし」


喋らない犬に言い訳してる自分が可笑しかった



名前はシバにした




久しぶりに散歩に行き、掃除をし洗濯をした




何かが、



変わりつつあった




本当に



不思議な犬だった






裕は家にじっとして居られなくなって

コンビニに面接を受けに行った


たまに行くコンビニでアルバイトを募集していたからだ



不思議なもので家の中も一度綺麗にしたら掃除や洗濯も苦にならなくなっていた


朝の散歩も日課になっていた


今まで気づかずにいたが、裕達以外にも決まった時間に散歩に来るお年寄りとも顔見知りになり、毎朝挨拶を交わし、時には談笑するようになっていた




シバは、そんな裕を満足げに見ていた





コンビニでの採用が決まり仕事が始まった、接客業は初めてなので、客が入って来る度に緊張したが、新鮮な気分にもなれた



今迄の不規則な生活が一変していた


朝の散歩で一日が始まり、しっかり朝食も食べ仕事に行き、帰ったら洗濯を片付け、ゆっくりと風呂に入る、平凡だが有意義な生活だった




シバは相変わらず大人しく、裕を見守っていた




コンビニで働き出して二ヶ月が過ぎた頃だった


外にあるゴミ箱を片付けているときだった





「お父さん!」






息子の声だった





振り向いた裕の前に妻と息子が立っていた



突然のことに言葉も返せず笑顔にもなれずにいた





「お父さん、、、」






また、息子が言った





無理に笑顔になろうとした裕の顔は少し強張っていた




そして胸が熱くなっていた





「お父さんは、お仕事中だから帰って待ってようね」



妻が息子に言い聞かせていた



その妻が微笑んでいた気がした




裕の中の熱くなったものが込み上げてきそうだった




二人の後ろ姿が、少しぼやけて見えていた









家には灯りがついていた


帰って来たときに、灯りがついているのは何ヶ月ぶりだろう


裕は微笑んでいた


微笑まずにはいられなかった


リビングに入ると、息子が走って来た


抱きしめた息子の温もりが愛しかった、

忘れていた温もりだった


妻はキッチンにいた

微笑み何ごとも無かったような自然な表情だった



「お帰りなさい」





「許して、くれるのか、、」




「貴男が、、以前の貴男に戻ってくれたから」




「父が、コンビニで働く貴男を見て驚いてたわ」



「馴れない仕事を一生懸命してる貴男を誉めてたわよ」




全く気づかなかった

お父さんが来てたなんて



失ってしまったと思ったものが、、、、


戻って来た


普段は当たり前過ぎて気づかない一番大切なものが、、、




あいつのおかげかも知れない


いや、きっとそうだ



シバのおかげだ、、あいつが俺を変えてくれたんだ




「シバ!」




ソファーの定位置にはシバの姿は無かった



部屋中を見回したが


どこにもシバはいない




「犬が、、、柴犬がいただろ?」



「犬って、、犬嫌いの貴男がどうしたの?」



「それより、玄関のドア開いてたわよ、戸締まりは忘れないようにね」





裕は走った、ドアを開け外に飛び出しシバを探していた


公園に行ってみた





「シバ!」





「シバ!」





何も聞こえなかった




陽が傾き黄昏の中に




包まれた公園には、




シバの姿は無かった




家族が戻ったら、、シバが消えてしまった






「シバ、、、お前も

お前も、、家族だよ 家族になったのに」





裕は声を出して泣いていた








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